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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

「何も語らず、過程と結果をありのままに反映してくれる。それこそが道具としてのあるべき姿。
 ……アタシに使われる事を誇りなさい。理由も意義も勝利も罪も、全部アタシが背負ってあげるから」

 イコン基地にて、整備を終え安置されている自身の搭乗機、アカシャ・アカシュを見上げ、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)が言い放つ。見上げるというよりは睨みつけるような眼差し、高圧的に感じられる物言いは時として誤解を生みやすいが、言った言葉の内容を精査すれば、彼女が意外と面倒見のいい性格をしていることが読み取れる。ただ粗暴であるなら、『道具』に目をかけない。

 彼女、グラルダを今のように振る舞わせているのは、乱暴であるからとか冷徹であるからというわけではない。そこには『覚悟』の存在がある。
(……アタシは人としても、魔術師としても、未熟者だ)
 グラルダがイルミンスール魔法学校に入学してから、まだそれほど日は経っていない。そして彼女は日々の中で、先達との明らかな『差』を感じていた。たとえば校長、彼女は人格的にはどうかと思われるが、魔術師としての技量は自身の遥か上にある。その他の者についても、あるいは先に入学している生徒についても、人としてのもしくは魔術師としての差を痛感してきた。
 魔法の才能は、先天的に依る所が大きい。人格についても、幼少期の育てられ方である程度は決定する。つまりこの時点で生まれた差は、ただ漫然と日々を過ごし、魔法の勉強をしただけでは埋められない。
 だから彼女は、『覚悟』した。その差を埋めるために。
(誰かに認められなくてもいい、必要とされなくてもいい。自分を偽って、信念を曲げるよりはずっといい)
 それからの彼女は、知識を得る事に異常なまでの執着を見せる。必要とあらば誰に対しても高圧的な言葉を突きつけ、他人の抱える地雷という地雷はことごとく踏み抜き、自身の容姿と性格も手伝って、年長者からは生意気とされ、同世代や年下からは近寄りがたい存在として認識されるようになる。入学した時は数名いた友人も一人、また一人と去っていき、やがて彼女は独りになった。

 それでもグラルダは、今もひたすら前を向いて歩いている。カナンの『アンズー』とイルミンスールの『アルマイン』の技術を融合させた第二世代機、『ウルヌンガル』を手に入れ、徹底的に手を加えた。真紅の装甲には魔術式が隙間なく刻まれ、仄かに漏れる魔力光が周りの雰囲気と相まって、幻想的な光景を作り出す。
(アタシがコイツを使いこなせさえすれば……)
 そうすれば、自分と他とを隔てていた『差』は縮まる。覚悟を抱いてから幾星霜、やっと自分はスタートラインに立ったのだ。
 小さな芽が息吹き、天に向かって胎動する――そんな姿を思い描いたグラルダは、背後からかけられる声で現実に返る。
「何処に居るかと思えば、ここでしたか」
 パートナーであるシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)の声を耳にして、グラルダはあぁ、と呟き、小さく口にする。
「アンタが居たね……もうひとつの“道具”」

 グラルダとシィシャ。二人の関係を一言で表すなら、『変わっている』。
 もちろん、パラミタにやって来た契約者の中には、彼女たち以上におかしな関係を結んでいる者もいる。会えばいつも殺し合いをする仲だってあるだろう中では、二人の関係は『普通』かもしれないが、一般的な関係から見ればやはり変わっているだろう。
 お互いに必要としなければ会話もしないし、行動を共にする事もない。イルミンスールにある寮の一室をシェアしているものの、日常では目も合わないことが普通。そうでありつつ、共に行動するときはシィシャはグラルダに隷属する形となり、彼女の指示が最優先となる。
 まるで、シィシャ自身が道具としてグラルダに使われることを望んでいるようだった。実際彼女は自分のことを道具と称する。いつでも無表情な様は人形を想起させ、口を開けば難解で詩的な言い回しが多く、誰に対しても丁寧な口調を崩さない。かといって相手を敬っているわけでもない、言うなら『何を考えているか不明』。

「行くよ。グズグズしてる暇はないんだ」
「はい」
 シィシャと目を合わせることなく、言い放ったグラルダがイコンに背を向け、出口へと歩き出す。シィシャも特に何も言わず、頷いて彼女の後を付いていく。
(そうさ、アタシはこんな所で立ち止まってなんていられない。アタシにはまだまだ、やるべきことがある)
 最後に決意のようなものを心に呟いて、グラルダが出口の向こうへと姿を消す――。


「込み入った予定もなし、急な依頼もなし。平和なものじゃな、カッカッカッ!」
「……ええ、そうですわね」
 自室にて、鵜飼 衛(うかい・まもる)が自身が得意とするルーン魔術に使用する符を作りながら、横で作業を手伝っているルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)に話しかける。一応衛の顔を見て声を発する妖蛆だが、彼女が不機嫌であるのは明確であった。
「ふー。今日も繁盛、ええ事やのー。……お、どうしたプリン、お前らしくもない顔しとるのー」
 そこに、メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)がやって来る。彼女はお好み焼き屋台『はっくちゃん』の店主を務めており、ここには休憩に訪れたのであったが、妖蛆がいつもは見ない浮かない顔をしているのが気になり、声をかける。
「カッカッカッ。妖蛆はアーデルハイト殿がこちらに戻ってくると聞いて、機嫌が悪いのじゃろう!」
「アーデルハイトというと、校長の祖先の魔女と言う奴か? 確かに、ザナドゥから帰ってくるかもと聞いたが」
 衛の指摘と、メイスンの疑問に応えるように、妖蛆が口を開く。
「わたくしはあの方に封印された身ですので、快くは思っておりません。いっそのこと、永久にザナドゥに隔離されていればよかったのですが……」
「言うのう、妖蛆! ……ふーむ、じゃがわしはアーデルハイト殿が気の毒に思えるがのう」
 衛の言葉に、妖蛆が否定的な意思を含んだ眼差しを、メイスンが単純な疑問を含んだ眼差しを向けてくる。そんな二人に向けて説明するように、衛が話し出す。
「罪というのは償えば終わる、というわけではない。大切な者を奪われて、償ったから許す、なんてそう簡単にはいかんじゃろう? それだけ人の感情は複雑で計りがたいものじゃ。
 わし等はザナドゥとの戦争の後に来たから、事の顛末は詳しくは知らん。じゃが戦争の原因はアーデルハイト殿にあったと聞く。つまり、多くの憎悪を受けているということじゃな。そんな御仁が禊を終えたとばかりにシャバに帰ってくる。どうなるかと言えば、今度はその憎悪を間近に受けるということじゃ。まな板の鯉……どころか針のムシロじゃな。むしろ、隔離されたザナドゥの方が天国だったと思えるほどに、アーデルハイト殿にとっては負担になるのではないかのう。
 わしも傭兵時代、そんな感情をモロに受け続けたから分かるがな。まあわしの場合は、あんまり気にならんかったが。カッカッカッ!」
 衛の言葉に、メイスンはなるほどと頷きを返し、そして妖蛆も一応は同意の姿勢を示す。
「……確かに、衛様の言われる通りかもしれませんね。
 あのド腐れ魔女がそんなことを気にする殊勝な気持ちがあればの話ですが」
 しかし放たれた、アーデルハイトを毛嫌いする言葉に衛が笑い、メイスンが「め、珍しく毒舌じゃのー」と返す。
「……じゃが、妖蛆のように気持ちだけぶつける奴だけならよいがな」
「衛、それはアーデルハイトに危害を加える奴もおるかもしれん、ということか?」
 気になる言い回しにメイスンが問えば、衛はその通りじゃ、と頷いて続ける。
「憎悪は戦いの火種じゃ。もしそれに火が放たれれば、新たなる戦争の口火になるやもしれん。
 そういった意味で今回のアーデルハイト殿の帰還、大事にならねばよいがのう。まあなったらなったで、面白いことになるがな、カッカッカッ!」
 衛は終始楽しそうだったが、メイスンと妖蛆は表情を改め、互いを見遣りつつ言う。
「……店は副店主に任せておく。自分は大剣のメンテナンスと道具の準備はしよう。プリンはどうする?」
「そうですね、メイスン様。わたくしはイルミンスールの酒場で情報を収集しますわ。皆様がすぐに動けるように、情報は集めておきます。お二人とも、有事の時の準備は万端に」
 言って、妖蛆とメイスンが衛の私室を後にする。
「備えあれば憂いなし、じゃな。
 わしにとって面白い展開になればよいがな、カッカッカッ!」
 一人残された部屋の中で、衛が心底楽しそうに笑う――。


 読んでいた本をぱたり、と閉じて、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)が思案に耽る。本はここ最近のイルミンスールに起きた出来事を記したものであり、果実狩りやお正月、節分に行われた楽しげな(ある意味ぶっ飛んだ)イベントから、小さな事件、果ては国家間の戦争までが写真とともに掲載されていた。
(……俺たちは入学したてで、ザナドゥやイナテミス、そこに住んでいる人たちの事をよく知らない。どんな諍いがあって、今の平穏を手にしたのかも。
 それは幸せな事なのかもしれない。でも、本当の幸せを感じる事が出来るのは、その戦いをくぐりぬけてきた人たちなんだろう。俺たちは、そのおこぼれをもらっているだけ)
 今こうして自分が、パートナーと共に穏やかな日常を過ごせているのは、数々の激戦をくぐり抜け、勝利を掴んだ人たちのおかげ。彼らはきっと、俺たちよりもずっと、平穏を大切に思っているはず。そう思った東雲は、そんな彼らに少しでもこの平穏を味わってもらいたい、と考える。
(その為に、俺は何ができるだろう? 新参者の俺に出来る事が、あるのかな?)
 うーん、うーん、としばらく考えて、そして浮かんだ答えは、料理。
(よし、クッキーを大量に作って配りに行こう! まずは材料を――)
 そう思い、東雲が席を立とうとして、うまく足に力が入れられないことに気付く。
(あれ? 足に力が入らない……、あ、大丈夫、立てる)
 しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には何事も無く立ち上がる。
(なんだろう……?)
 ちょっと考えるも、病弱である自分のいつもの事、と結論付けて、東雲は部屋を後にする。

「ん〜、いい匂い。これはクッキーだね!」
 漂う香りにつられて、リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)がキッチンに顔を出す。
「でも急にどうしたの、クッキーなんて……ってうわ、なにこれ、これ全部材料!?」
 東雲の周りには、クッキーに必要な材料が数十個単位、数キロ単位で置かれていた。どう考えても、パートナーたちに作りました程度では済まない。
「うん。お疲れさまの意味を込めて、先輩方に持って行こうと思って」
「気持ちは分かるけど……それにしたって大量過ぎでしょ。一人でやらせないからね!? 何が何でもボクも手伝うから!」
 東雲の体力を把握しているリキュカリアが、手伝いを申し出るも。
「でもリキュカリア、料理出来たっけ?」
「う……だ、大丈夫よ! クッキーくらい、なんとかなるって!」
 痛い所を指摘されたじろぐリキュカリアだが、ここで退くわけにはいかない、と強引に東雲の隣に立つ――。

「我がエージェントがクッキーを作り始めたのである。僭越ながら我も――味見役になってやるのである!」
 またも匂いにつられたか、ンガイ・ウッド(んがい・うっど)がキッチンに入ると棚の上に飛び乗り、クッキー作りに励む東雲とリキュカリアを見下ろす。一見すると猫にしか見えないンガイは、実に生意気そうに見えた。
「そんなのはいいから、シロも手伝ったらいいじゃん」
「ん? ニャンコの手も借りたいと言うか? 土を踏んだ手でも良ければ貸してやらんでもないぞ」
 肉球をかざして、ンガイがニャー、と鳴く。あ、こいつ笑ってるなと思えるその態度に、リキュカリアから何やら黒いものが浮かび上がったかと思うと、ボウル一杯に盛られた『黒い何か』をンガイの前に突き出す。
「ふ〜ん……それじゃあシロには、味見をお願いしちゃおっかな〜……」
「な……ごごごごご主人様!? その黒い物体はなんであるか!?」
「何って? クッキーだけど?」
 ニッコリ笑って言ったリキュカリア、掲げたボウルから名伏し難い鳴き声が聞こえてくる。
「クッキー!? クッキーはそんな奇声をあげたりしていないので――アーッ!」

「……ふむ。『くっきぃ』とやらを作る為には、術師や物の怪のように争わねばならんのか?」
「うーん、それは違うかな」
「……ふむ。しかし『くっきぃ』とやらは消し炭の様に黒く、魔物のように咆哮するものなのか……面妖な」
「うーん、それも違うかな」
「……ふむ」
 横で東雲の手捌きを見守りながら尋ねる上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)に、東雲が苦笑を以って答える。背後ではちょっとお茶の間ではお見せできないような光景が広がっているが、二人は無視することにした。

「俺には分からない事ばかりだな……俺は座して待つとしよう。配りに行くなら俺も行くからな」
「ありがとう、三郎さん。もう少ししたら終わるから、待っててね」
 うむ、と頷いた三郎景虎が、好物である海京えびせんをまるでリスのようにぱりぱり、と食べながらクッキー作りが終わるのを待つ。
「こらー、逃げるなー!」
「逃げるなと言われても逃げるわ!」
 後ろのリキュカリアとンガイのバトルは、まだまだ終わりそうになかった――。

 ちなみにその後、『宿り樹に果実』で配られたクッキーは、概ね好評を博したのであった。