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リアクション
イナテミスが人口増加によるエネルギー問題に直面しているらしい、という話をアナタリアから聞いた茅野 菫(ちの・すみれ)は、人が増えることによって起きる様々な問題を想像する。
(住む土地とか家とか、食糧とか色々あるけど……あたしが気になるのは街と街の周囲の環境ね。
森はどうなってるのかしら。そこに生息する植物は? 動物は? ……あぁ、気になって仕方ないわ)
居ても立ってもいられなくなった菫は、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)とヴィオラにも声をかけ、イナテミス周辺の自然環境の調査を行うことにした――。
「そうだなぁ……獣が街から離れていっている、って気はするかな。北の森は確実に増えてるね。繁殖によって増えてるのかもしれないし、外から入ってきてるかもしれない。ただ、前にイルミンスールの森から相当数の獣たちがこの近くの森に入ってきたから、平和になった今そいつらが戻っているのかもしれないな」
猟をしていた街の住民から、菫が周囲の森の様子を聞く。ちなみにこの猟師は、森の生態系を維持する目的で街の承認を受けて狩りをしている。他の猟師仲間の話でも、元々イナテミスの近くにあった森からは大型生物の姿が消え、イルミンスールの森に行ったり『イナテミスファーム』や『希少種動物保護区』などがある北の森に移動した、とあった。ただかつて『ザナドゥ魔戦記』の時にイルミンスールの森が大ダメージを受けた際、森に住んでいた獣がイナテミス近くの森に移動した過去があるため、元からイナテミスの森に住んでいたのかそうでないのかの判別がつきにくかった。
「そう、ありがと。……はぁ、思ったより難しいわね。過去のデータが揃ってないのも痛いわ」
聞き込みを終えた菫が、額に浮かんだ汗を拭う。ある程度の過去のデータは猟師の報告や、時々行なっているヴィオラとアナタリアによる森の調査から集められているものの、それも大規模な戦争中の時は極端に数が不足している。結果、今直ぐにはイナテミスの発展がどれだけ周囲の環境に影響を与えているかは見えてこなそうであった。
「でも、今からでも、データを蓄積しておくことは大切だと思うのよ。これからイナテミスが、周りの環境を大切にしながら成長していくためにはね」
「そうだな。今後は私も、調査の回数を増やすことにしよう。母さんやミーミルにも協力をお願いしてみよう」
菫の言葉にヴィオラが頷き、二人はデータ集めに奔走する。一方でパビェーダとアナタリアは、イナテミスを襲っている気温上昇が森の生態系にどれほどの影響を与えているかを調査していた。
「アナタリア、街の気温が上昇したのはいつ位から?」
「確か、七月に入る前辺りだったわ。日を追う毎に暑くなっていくように感じたけど、最近は上昇自体は落ち着いているように思うの」
気温上昇の範囲と、そこで見られる植物の変化を地図に記録しつつ、パビェーダがアナタリアに問う。気温はイナテミス市街地とその周囲の限られた範囲で上昇し、その幅はばらつきがあるものの、平均すると約五度。上昇の幅は極端ではないが、イナテミス周囲だけでもかなりの広さがある。
「調べてみた限りだと、街の南側より北側の方が、上昇の幅が大きいわね」
地図を眺めて、パビェーダが感想を漏らす。だとすると動物の流れも、北から南に移動しそうなものだが、そうはなっていないのが不思議だった。
「動物の中には、気温の上昇をもたらしている原因が、危険でないと感じているものもいる、という所かしらね」
アナタリアはそう結論付けたが、パビェーダは一つ腑に落ちない点があった。北に行った動物のその後だ。
(これは菫の報告を待たないといけないけど……どうも、忽然と消えてしまっているように思う。
北で、何かが起きている? 出来る事なら直接足を運びたいけど……)
思いつつも、今はデータを取ることに専念すべく、二人は調査を再開する。
やがて完成したデータは、『どこにどんな森があってどんな植物が生えているか、どんな獣がどの辺りにどれくらいの個体数いるか』を可能な限り詳細に記録したものとなった。データから求められた、『北の森よりもさらに北の方で、この異常気候の原因があるかもしれない』という推測も合わせて添えられる。
「これほどのデータを……ありがとう。こちらの方でもデータを精査して、原因への対処に務められるようにしよう」
菫からデータを受け取ったケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)が、セイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)と共に周囲の環境に気を配る旨を約束する。
『ザナドゥ魔戦記』中、攻撃用や避難用の大型飛空艇建造から運用までを一手に引き受けた『飛空艇発着場』。主にイナテミスの住民を動員して保たれた生産力だが、戦争が終わってしまえば当然、余ってしまう。作るものがないからはい解散、というわけにはいかない。経営責任者である日比谷 皐月(ひびや・さつき)とマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)には、雇った者の生活を保護してやらなければならない義務が生じている。
(戦争は経済活動って言うが、ホント、その通りだよな。
戦いは、作った物の消費。そして戦いを維持するためには、生産力を維持しなきゃなんねぇ)
一時の賑わいから、今は閑散とした発着場を眺め、皐月が思う。戦争が最も技術を発展させるのは皮肉にしか聞こえないが実際そうであり、ここで飛空艇の生産に携わった者たちも、相当のノウハウを得たはずである。
(けど、戦いが終わりゃ絶対、生産力は余る。……幸いっつうか厚意に甘えてんのかもしれねぇけど、従業員の多くが元の暮らしに戻ってくれた。今はトントンってとこだけど、設備の劣化を考えたらジリ貧だよなぁ)
従業員の多くは、街の危機に力を貸しただけと思っていたため、戦争が終わったことを唯一の報酬としてその後、元の暮らしに(第一次産業がメインである)戻っていった。今ここで働いている者は、発着場としての機能を最低限維持させるのを仕事としている。まだイナテミスに、飛空艇やイコンを使った事業は芽吹きそうにないため、利用されることは多くなかった。
(だからって、武器作りはやらせたくねぇ。戦いのための道具を、あいつらに作らせたくはねぇ)
実の所、イナテミスは『超大国エリュシオンと強大国ザナドゥの侵攻に屈しなかった街』として認められている。実際は契約者によって守られた街なのだが、事情をよく知らない国からはそう見られる。そこで作った製品――特に、戦いのための道具――は、当然飛びつくだろう。何せ、『負けなかった国』の武器だ。しかし皐月は、ただ自分たちの街を守るために働いてくれた者たちに、そんなことをさせるわけにはいかないと考えていた。
(なんかこう、人の役に立つものづくりで貢献出来たらなぁ……。そのためにはものを作り続ける環境を作らないとだけど)
その辺りはマルクスが話を持ってきてくれるだろうか、淡い期待を抱きながら管制室に戻れば、端末を置いたマルクスが珍しく顔を綻ばせて皐月に報告する。
「風力発電施設の話、前にしたな? イナテミスのエネルギー問題解決に、それが使われることになりそうだ」
「本当か!? ……でも、イナテミスのメインエネルギーって魔力だろ。風力発電って電気作るためなんだし、そこんとこどうすんだ?」
「話では、施設で生み出したエネルギーを魔力に変換する機構が、イルミンスールと精霊、魔族の協力で実用化にメドがついたそうだ。この技術については詳しく知らせてはくれなかったが、ともかく発電施設の建築に相当額の予算が下りる算段だ。これから忙しくなるぞ、皐月。……あぁそうだ、もし従業員を集める段階になったら、ここに載ってる者たちにも声をかけてやってくれ」
マルクスが言い、手元にあった書類を皐月に渡す。それは『ザナドゥ魔戦記』終了後、マルクスの手引きでイナテミスに住居を持つことが出来た者たち(当然、魔族も含まれている)の一覧であった。彼らに一時的にでも仕事を斡旋することが出来れば、彼らはノウハウを持ち、次のステップに進むことが出来る。
「これを機にイナテミスでもものづくりが盛んになり、他国に輸出出来るまでになれば、経済も安定するだろう。俺の方で進めている伝統工芸支援も、日の目を見るかもしれんな」
作業に戻るマルクスを置いて、皐月は話をしにかつての働き仲間の元へと向かう――。
その後、彼の元に集まったものづくりの担い手たちは、風力発電設備の建設に加え、イナテミス港で新しく着工を認められることになった冷蔵庫・冷凍庫内蔵の船の建設も請け負うことになる。飛空艇建設技術は決して無駄にはならなかった。
「……わ、なにこの暑さ。ここの夏ってこんなに暑かったっけ?」
自分の店で使用するスパイスを仕入れに、イナテミスを訪れたネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、周りの空気が他の都市と比べて暑いことに気が付く。
(うーん、この暑さは異常だよ。子供たち、大丈夫かな)
ふと、『こども達の家』の子供たちが頭に浮かび、ネージュは心配になる。クーラーなんて便利なものはない、暑さでバテていないだろうか。
(……うん、仕入れが終わったら様子を見に行こう。あたしは氷術が使えるし、それで子供たちを冷やしてあげられたらいいな)
そうと決まれば、即行動。ネージュはまず『うぉーたーみる』への道を急ぐ。
所定のスパイスを買い終え、『こども達の家』への道すがら、ネージュはサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)とカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)が何やら話をしているのを目にする。
「ほんっっっとに暑いわねもう! サラ、どうにかならないの?」
「どうにか、と言われてもな。……原因については心当たりがないわけでもないのだが、まさか、という思いが強くてな……」
瞬間、ネージュの姿を認めたサラが表情を緩め、挨拶をしてくる。ネージュはこの暑さの原因が気になって、話しかけてみた。
「サラさんは、イナテミスのこの暑さについて、何か知ってるの?」
「知っている……というか、感じている……という所かな。同時にまさかそんなはずは、という思いもある。
……あぁ、暑い中立ち話も何だ、とりあえずどこかに移動しようか」
サラがそう言い、ネージュは『こども達の家』に向かう途中であることを告げると、お邪魔でなければ一緒してもいいだろうか、と返ってくる。
「うん。子供たちも喜んでくれると思う」
そして、サラとカヤノと共に、子供たちが待つ家へと向かう。
「わー、つめたーいっ!」
「かやのおねーちゃん、すごーい!」
「ま、あたいにかかればこんなものよ!」
『こども達の家』の庭で、カヤノが作り出した氷のプールで楽しそうに遊ぶ子供たちを眺めながら、サラとネージュがスイカ片手に言葉を交わす。
「かつて、イナテミスを竜巻や寒波が襲った出来事を知っているだろうか。今回の暑さは、それに非常に酷似しているのだ。
前の事件の時は、『雷龍』そして『氷龍』が目覚めた。ともすれば今回も、『炎龍』が目覚める可能性があるのでは……私はそう“感じている”のだ」
二年ほど前に起きた事件のあらましを聞かされたネージュが、気になったことを尋ねる。
「……もし、その『炎龍』ってのが目覚めちゃったら、この街はどうなっちゃうの?」
「おそらくは、暑さに関係する何か……大熱波、地割れと溶岩の噴出が発生するかもしれない。
ただ、それらが前の時と同じ、この街を襲うかどうかは分からない。もしかしたら何も起こらず収まってしまうかもしれない。……歯がゆいものだな」
何かが起きると分かっているのに、何が起きるか分からないから対策が取れない。このことは街を守る長にとって、とても歯がゆいものであった。
「だが昔と違い、今は私たちが揃っている。街の設備も整っているし、住民も一致団結してくれる。
そして何より、君たちがいる」
視線を向けられ、ネージュはスイカをかぶりついた格好で目をぱちくりさせる。
「君たちが街のことを考えて行動してくれる、これはとても大きな力だ。
頼む、というのも勝手な話だが……今後もしこの街に何か起きた時には、是非その力を貸してほしいと思う」
サラの言葉に、スイカを咀嚼し終えたネージュが答える。
「あたしにとってイナテミスは、第二の故郷みたいなもの。
この街の未来を、子供たちの未来を守っていきたい。そのためにあたしが出来ることは、なんでもするつもりだよ」
力強いネージュの言葉に、サラが満足したように微笑む――。