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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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「色々な記憶が集まってる」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、広く募集した記憶の内容を、HCに打ち込んでデータベースを作成していた。
「断片を集めただけじゃ、矛盾した事柄が並んでるだけかもしれないけど、沢山集めれば、つじつまが合ってくる、ってこともあるかもしれないし」
 ひとつひとつの記憶は、パズルのピース一片に過ぎなくても、集めれば、何らかの全体像が見えてくるかもしれない。
「でも、きっかけの男を捜さないとな……。
 一体、何がしたいんだろう。終わった世界の因縁を甦らせて、何か得することでもあるんだろうか」
「名前は思い出せませんか?
 前世の世界で高名だったとか、特徴のある名を持つとか、高位支配層であるとか」
「うーん、全然解らない……」
 エースが思い出しているのは、剣を捧げたレウのこと。
 そして、敵ながら強く心惹かれた、魔剣のことだ。
 パートナーの悪魔、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の知識も借りて、エース達は様々な予測を立ててみる。
「失われた世界の伝承は、多いですからね。特にこれ、と思い出すものはないですね……」
 考古学に詳しいメシエだったが、心当たりは思いつかない。
「かつてあった世界の復興とかか?
 とにかく目的がなければこんなことはしないよな」
「当座、記憶の扉を開けることが彼の役目なら、人の多いところに出没しているでしょうね」
「そうだな。推測だけじゃ、何も判らない。彼から話を聞かなきゃ」


▽ ▽



 目の前で剣が振り上げられて、最期と覚悟した時、彼が脳裏に思い出したのは、レウの姿だった。
 恋愛感情ではない。しかしとても大切に思っていた。
「レウ……!」
 だが、その呟きを聞いた時、魔剣デュージャルグは、目の前の敵にとどめを刺すことをためらった。
「何じゃあ!?」
 手にしていた魔剣が突然人化したことに、手にしていたジョウヤは驚く。
 エセルラキアも目を見開いて、人化した魔剣、キアーラを見た。
「……レウとは、どなたです?」
 彼には、帰還を待つ人がいる。
 深手を負い、死を前にしても、還ろうと思う相手が。
 何故、それを知りたいと感じたのか。
 じっとキアーラを見て、エセルラキアは答えた。
「……俺が、剣を捧げた相手だ」
 全てを捧げ、護ると、騎士の誓いを立てた相手。彼女の守護者であろうと誓った。
 キアーラは、その真摯な瞳をしばし見た後、ジョウヤを見る。
「この方を、殺さないでいただけませんか」
 ジョウヤは肩を竦めた。
「とっくに水をさされとる」

 その後エセルラキアは、何度も戦場で彼女と対峙した。
 彼女の持ち手は、出会う度に違い、いつも痛み分けで勝負がつかなかった。
 彼女の姿を見かけない戦場では、心がざわめいた。
 それが恋だと気付いたのは、いつのことだったか。
 自分は、敵の魔剣に恋をした。
 想いと立場の間で悩むエセルラキアは、初めて会った時、彼女が自分を見逃したのも、同じ感情からくるものなのだと気付かなかった。


△ △


「これまでの情報では、ひとつの町での目撃情報は、大抵一週間から10日前後の間に集中してる。
 ザンスカールでの目撃情報で最も古いのは5日前だから、未だその男がザンスカールにいる可能性は、充分に高いだろうね」
 銀髪の男についての調査結果を、松岡 徹雄(まつおか・てつお)は一応、パートナーの白津竜造に伝える。
「ふうん……」
 竜造の答えは上の空だ。細かいことはどうでもよかった。発見さえできれば。
「シャンバラの、他の主な都市には既に行っているみたいだし、どうも此処がラストっぽいねぇ。
 この次はどうする予定なんだろうか」
 まあ彼に言っても無駄だろう、という思いも無きにしも非ずと徹雄も解ってはいたのだが。
「引き続き、情報は募集しておくよ。
 今のところ、懸賞金の支払いに及ぶまでの有力な情報は、入って来ていないね。
 僕も町に情報収集に行って来るとしようか。美人が多いとおじさんも嬉しいんだけど。何か解ったら連絡するよ」
「任せる」
 情報が入ったらすぐさま向かえるよう、蹂躙飛空艇の準備は万端である。
 何をするにもまずは、その男を捕まえるのが第一だ。
 ちっ、と竜造は舌を打った。
 彼にも、まるで無理やりねじ込んでくるように、自分の中に侵食して来る記憶がある。
 誰かを殺した、その記憶。

 殺すつもりで追っていたのではなかったはずだ。
 だが、何がきっかけだったのか、怒りが弾けて暴走し、ヤマプリーの祭器、シュクラを手にかけた。
 自分にはそんな非道なことなどできないと思っていたのに、凶暴な感情と高揚感に支配されて殺し、その命を吸収した。
 そのことは、竜造の前世、ナゴリュウの深いトラウマとなっている反面、その背徳感を、甘美とも思っていた。

「……目覚めた者だと? ふざけやがって」


▽ ▽


 弱々しく目を開けた時、傍らに誰かの気配を感じた。
「大丈夫ですか?」
 案じる声に、シュヤーマの意識は覚醒し、思い出した。
 自分はヤマプリーで、うっかり獣の姿を曝け出し、追われて、逃げて……力尽き、行き倒れたのだったか。
 目の前の少女は、ヤマプリーの水のアシラだった。
 小さな小屋の中、出来る限りの手当てがされている。
「まだ人化はしない方がいいですよ」
 半端に獣化している。
 身じろぎするシュヤーマに、ヴァルナが止めた。
「何故……助けたのです」
「傷ついている人に、敵も味方もないです」
 ヴァルナは言った。そして肩を竦める。
「……実は、私も逃げているのです。戦いは……嫌です」
 精霊としての力を、戦争に使うことがどうしてもできなかった。
 ヴァルナは戦いを放棄して逃亡し、今も放浪の身である。
 そして、行く先々で、説得を続けた。どうか戦争をやめて欲しい、と。
「どうしたら、争いがなくなるのでしょうね……」
 外から雨音が聞こえるのは、この少女の涙か、と、シュヤーマは思う。
「敵も味方もないです。
 その力は、平和の為に使って欲しい。
 このままでは、どちらの大陸も滅んでしまうのではないでしょうか」
「……突飛ですね」
「いえ、私は祭器ではありませんし……可能性の話ですが」
 ヴァルナは俯く。
 シュヤーマは目を閉じ、静かに口を開いた。
「……私は、世界樹を探しています」
「世界樹?」
 この大陸の何処かに、ハシバミの巨大樹『世界樹の王』があり、びっしりと張った根は、死者の国と繋がっているという。
 真偽の解らない、けれどその噂にすがって、シュヤーマはヤマプリーを旅していたのだった。


△ △


 最初に見つけたのは、新風燕馬だった。
 あの男がそうだ、と、何故かすぐに解った。
 そう認識した途端、燕馬の脳裏が、カッと焼けた。
「止まれ」
 銀髪の男は振り返る。向けられた銃口を見て、肩を竦めた。
「随分なご挨拶だ」
「御託はいい。知っていることを洗いざらい吐いてくれ。5秒だ」
 暴走している自覚はある。だが止められない。心が不安定になっていた。
 誰か、俺を止めてくれ、と思う。さもないと、この男の手足に2、3発撃ち込みかねない。
「致しかねる。撃たれてはたまらないので、逃げさせて貰おう」
 男は笑ってそう言うと、身を翻す。
「……くそっ!」
 燕馬は奥歯を噛む。
 何故か、トリガーにかかった指先は、固まったように動かなかった。


 発見の報は、速やかに伝えられる。
 上空から、ヨルディア・スカーレットの聖邪龍が急降下し、白津竜造の蹂躙飛空艇も到着しつつあった。

 その男を見つけて、黒崎天音は目を見開いた。
「お前の名前は……」
 口から、自然と言葉が零れる。

「――イデア……」

 そうだ。自分はこの男を知っている。だが、何処で?
 そして、不可思議なもうひとつの事実。
「どうして……君は、前世と同じ姿なんだい?」
 天音の問いに、銀髪の男、イデアは笑った。
「俺を知っているのか」
「思い出せないけれどね」
 同じ姿で転生したのではない。同じ人物なのだ。そう確信する。

「あの方……」
 ヨルディアが呟いた。
「もしや、ソウルアベレイター……?」
 あの男が纏うものと、同じ雰囲気を知っている。
 自分達のように、技術を教授されてそれを名乗るのとは違う、真正の。
 イデアはふっと笑った。
「そういう風にも言うらしいな。
 一応自己紹介しておこうか? 俺は、イデア・サオシュヤント」
「イデア様」
 ヨルディアが、ぎゅっと胸の前で両手を組み、真剣な瞳をイデアに向けた。
「教えて頂きたいことがあるのですわ」
「ほう」
「わたくし、前世の自分のように、ナイスバディーになれますでしょうか」
 がく、とパートナーの十文字宵一が力尽きた。
「お前……」
「大事なことなのですわ!」
「……ふっ」
 くくく、とイデアは笑い出した。
「なれるとも。簡単なことだ」
 そして笑いながら、そう答える。
「全てを思い出せばいい。前世に身を委ねることだ」
「前世に身を委ねる……?」
 イデアはちらりと上を見た。
「さて、千客万来だな。
 まあ、いずれこうなると思っていたが。仕方ない、少し付き合うとしようか」