リアクション
▽ ▽ ――世界が、滅ぶ。 けれどキアーラのこの絶望は、滅びを前にしたからではなかった。 愛しい人の、死を知った。 彼はきっと、自分の思いを知らなかったろう。自分達は敵同士だった。 幾度となく戦場で相見え、時に助け合い、時に助け、助けられることもあった。 実らない恋と解っていた。 その悲報は、世界の滅亡よりも深い悲しみを、キアーラに与えた。 「……あなたの、後を追いますわ。エセルラキア。 叶うならばどうか……死後、赴く世界で、貴方と再会できますことを」 滅亡を前に、キアーラは自ら命を絶った。 △ △ 行方不明者と聞いて、そういうことなら教導団の出番かしら、とニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)も捜索に加わった。 聞き込み調査の為にトオルの写真を入手して、 「あらっ、可愛い子ね」 などと呟く。 「こうして見ると少年も良いわねえ。 体が出来上がる前のアンバランスさがいいわ」 ふふふ、と一人不気味に笑っていると、どしん、と背中に誰かがぶつかった。 「あら、ごめんなさい」 「ごめんなさいっ」 二人は同時に謝ったが、ぶつかった相手は、ニキータを見てぽかんとした。 「……マユリ先生?」 「あら、あたしを知ってるの」 それは最近夢に見るようになった、自分の前世の名だ。 雄の孔雀を彷彿とさせる、豪華な翼を持つディヴァーナ。 「だって私、先生の学校に通ってたもん」 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はそう言って笑った。 「ああ、成程……」 ニキータも微笑む。 あの世界で、孫と祖父ほど年の離れた富豪に十代で嫁いだマユリは、数年後に夫と死別して莫大な財産を相続し、その余りある私財で学校を設立したのだ。 生徒は主にディヴァーナの高貴な子女で、稀にアシラや祭器の娘達を入学させることもあるが、いずれも才に秀でた者、美しい容姿の者が多かった。 「マユリ先生もトオルの捜索? 私達もだよ。 今、『不可思議な籠』からヒントを貰って、『人気のない場所』って出たところ」 ニキータの持つ写真に気付いて、美羽は言う。 「人気のない場所? それはまた、アバウトねえ。 それはそうと、あたし今ニキータよ、――ミルシェちゃん」 そう、それが彼女の名前だったはず。 「そうだった。ごめんなさい」 美羽は肩を竦めて謝った。 美羽達の様子を見て、リネン・エルフト(りねん・えるふと)には思うところがあった。 「……ねえ、シキ。 もしかしてトオル、いなくなる前に、前世の話なんてしてなかった?」 「いや、俺は聞いていない」 シキはそう言うものの、リネンは推測を捨てきれずに、考え込む。 (まさか、トオルも『前世の記憶』を……?) トオルもまた、同じ前世の記憶を得、それに動かされたのではないかと、リネンは推測していた。 今迄、自分の前世について積極的に語ることを、リネンはしなかった。 話す時も「知り合いがこんな夢を見て」というように濁していた。 いきなり話しても、危ない人と思われても仕方ないような内容だったからだ。 だが、その前世を持つ者が、今は集まっている。リネンは思い切って切り出した。 「実は……ね。私も前世を思い出してる。 あまり大声で言えたような内容ではないのだけど……」 そう、サディストのディヴァーナだった、なんて。 リネンは内心で頭を抱える。 少しずつ、思い出す度に困惑した。けれど、それは今の自分ではないのだ。そう言い聞かせている。 「皆も、詳しく話してくれない? それが手がかりになるかも、しれない」 「私、パンツ見られちゃったんだよ!」 美羽が真っ先にそう言って、リネンはぽかんとした。 「……え?」 「スワルガの軍に襲撃された街を護る為の、防衛戦だったんだけど、戦いの最中に、味方のシャクハツィエルにパンツ見られちゃって、思わず平手打っちゃった。 そんな記憶なんだけど」 「……美羽らしいわ……」 くす、とリネンは思わず微笑む。 「見た目は高貴で清楚で美少女で天使みたいなんだけど、中身はおてんばでね。 でも民の前では頑張ってそれ隠してた。 なのに平手打ってたらダメだよねー」 「……私は、魔剣でした。敵ですね……」 テレジアが言う。 リネンはふと思った。 「もしも、トオルも前世を思い出してたら、私達の敵だったのかしら、味方だったのかしら……」 「生きているといいんだが」 シキがぽつりと呟いた。 「パートナーのシキに変調が無いのだから、無事でいるはずよ」 リネンの言葉に頷くも、ぽつ、と何かを呟く。 「え?」 「いや……」 シキは首を振ったが、リネンの耳に、微かに届いた。約束を、と。 ◇ ◇ ◇ ブラブラと街を歩いて幾つか店を覗いた後、街を歩いていたらしい。 人通りが多く、具合が悪そうに体勢を崩す、トオルの姿が目撃されていた。 彼は誰かと話していたらしい。 そしてその後、その相手が立ち去り、トオルもフラフラとそこを去った。 皆でその後の足取りを追い、公園で暫く休んでいたらしい、という情報を得た。 トオルは暫くぐったりと座り込んでいだか、不意に何かを見て立ち上がると、突然走り出して行ったという。 その奇異な行動に、憶えていた者がいたのだ。 山葉 加夜(やまは・かや)も、ベンチ周りから公園内を探し回った。 トオル本人はいなくても、何か手がかりが無いかと思った。 「電話も通じず、連絡もないなんて……」 どうか無事で、と願いながら捜す。 そして、藪の中からそれを見つけた。それは、壊れた携帯電話だった。 「トオルくんの……」 加夜は携帯を拾い上げる。 こく、とひとつ息を飲み、サイコメトリを掛けてみた。 トオルはベンチから、殆どぎょっとした表情で立ち上がった。 「……何だ……?」 「我等が解るか?」 前方に、一人の男が佇んでいる。 「知るわけねーだろ」 トオルは、じり、と後退する。 「ならば、思い出して貰おう」 ばっ、とトオルは逃げ出した。男も後を追う。 逃げながら、トオルは携帯を手に取った。 だがそれは、何処からかの攻撃で弾き飛ばされる。 「他にもいんのかっ!?」 携帯は地に落ち、トオルはそのまま走り去った。 「……誰かに追われてた……。誰?」 映像が途切れ、加夜は目を開けた。 早くシキ達に知らせないとと思いながら、ふと疑問に思う。 「どうしてトオルくんは、一人で逃げているのでしょう? シキくんのところにも、私達のところにも、来ないで……」 携帯を失って連絡は出来なかったにしろ、まだ捕まっていないのなら、シキのところへ逃げ帰れるはず。 トオルの身に、何が起きているのか。 不安にかられて、加夜はぎゅっと壊れた携帯を握り締めた。 「どうか、トオルくんが無事でありますように……」 ▽ ▽ その啓示は、ヤマプリーの上層の者にとって不都合なものと言えた。 「ばっかじゃないの。 そんな啓示、この大事な時期に流布させられるわけないじゃんよ。 もうちょっと考えて口にしたら?」 世界に危機が訪れる。二つの世界は争っている時ではない。 そう言ったアザレアを、真っ向否定したのはアーリエだった。 「余計な口は、切っちゃえば?」 「早計だ、アーリエ」 いつもの不機嫌そうな表情で黙っていた、隻腕のディヴァーナ、ジャグディナが口を開く。 「どこがよ。どうせ男でしょ。今はどうだか知らないけど」 アーリエにとって、男という時点で存在する価値などなかった。 言葉の意味は、殺せということだ。 「貴様がかつて、何処の三下男にどれほどの屈辱的な目に遭ったかは知らんがな」 皮肉を多大に込めた口調に、アーリエの表情がカッと険しくなる。 「“この大事な時期に”、民に支持のある者を安易に処刑するわけにはいかん。役に立つなら尚更だ」 「……勝手にすれば!」 きつくジャグディナを睨みつけた後で、アーリエは足音も荒く、その場を立ち去る。 結局、アザレアは幽閉されることになった。 鳥籠のような釣鐘型の、身分の高い者用の、調度品などの整えられた牢で、鉄格子の窓辺に来る鳥達にパンを分け与えながら、届く者の無い予言の歌を、アザレアは口ずさみ続けた。 △ △ その日は月夜だった。 窓の外から歌声が聴こえて、呼雪は宿の外に出た。 夜空を見上げてハンプティ・ダンプティの歌を歌っている、普段は何処かで呼雪達を見守るラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)の姿があった。 「今晩わ」 呼雪に気付くと、ラファは歌をやめて笑みかける。 「思い出したのかい?」 「……何を?」 「君の過去は、私の過去でもあるかもしれないからね」 「……俺の前世に、何か関係が?」 「まさか。でも」 謎掛けのような会話。 ラファは前世の記憶を持たないし、その知識も無い。けれど呼雪の変化を感じている。 「砕け散った魂は、もう元には戻らない。 現世の浜辺に打ち上げられ、互いに存在を認められるのももう君と私だけ……。 私も、そう遠くない未来に、ただの残滓と成り果てるのかもしれない。 けれど、君は見つけられそうかい?」 そう言って、呼雪の答えを待たずに、ラファは光の翼を広げて飛び去った。 |
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