リアクション
▽ ▽ 片翼のディヴァーナの戦士、フェスティードは、精鋭部隊の先頭に立って、常に前線を駆け巡っていた。 信頼する仲間に支えられ、無敗を誇っていた。 「俺達ならば、何があっても負けはしない!」 剣を掲げてフェスティードは叫ぶ。 「請う者は赦そう! 立ちはだかる者は斬り捨てよう! 行こう友よ、愛する者達を護り、我等に勝利をもたらす為に!!」 主にディヴァーナで構成される部隊だったが、その戦いで初めて実戦に出るという、辺境から出仕してきた水のアシラの戦士、ミカガミも加わっている。 水の精霊術と同時に風の精霊術も扱える彼は、それを友好氏族から学んだものだと説明したが、風のアシラとの混血なのかもしれなかった。 最も、血筋などはどうでもいいことだ。 「……あの人、魔剣でしょうか」 ミカガミは、敵の中にある人物に目を留める。 魔剣でありながら、使い手を持たずに自ら戦っているのは、使い手を失ったのか、または得ていないのか。 彼も自分に気付いたらしく、自分を標的と定めたようで向かってくる。 「勿体無いことですね!」 ニ、三度戦いあった後、ミカガミは思わずそう声をかけた。 「魔剣は、主を得てこそ、その力を生かせるのでしょうに」 「安い相手に使われるくらいなら、自ら戦う」 そう答えたアストラは、しかし内心で、心境を言い当てられた気持ちになっていた。 尊敬できる戦士に出会い、自分を存分に振るって欲しい。それは魔剣として在る以上、心に思う感情だからだ。 だからこそ、こうして戦場を渡り歩きながら、自分の使い手を探している。 その戦場に、一際目立つ者がいた。 純粋に、戦う為だけに生きているような、それだけが存在の全てであるマーラの戦士、ジョウヤだった。 生きる為に戦っているのではない。戦う為に生きている。この乱世の申し子のような男だ。 「俺が相手する!」 苦戦する味方の軍勢を見て、フェスティードは自ら剣を手に向かう。 それに気付いて、大暴れしているジョウヤは満面の笑みを浮かべた。 「あんたが次のワシの相手かっ!」 「止めさせてもらう!」 二人は激しくぶつかりあう。 場面は突然切り替わる。 そこは別の戦場だった。 フェスティードは、仲間の骸を掻き抱いて愕然としていた。 「エセル! エセルラキア!!」 その叫びにも、もはや彼は目を開けない。 「……何故、何故こんな ……おい……おい、しっかりするんだ! 目を開けろ! 開けてくれ!!」 彼だけではない。周囲には累々と仲間達の死体が散乱する。 「こんな……こんな、俺だけが生き残って……!」 エセルラキアの死骸を縋るように抱きしめて、フェスティードは咆哮を上げた。 「……これが、俺のしてきたことか。 人の命を奪い、誰かに絶望を与えることが…… ……違う! 俺は、俺はただ皆を護ろうと!!」 ――けれど今、その絶望が己を押し潰す。 (……俺は、俺は一体、何の為に戦っていたんだ……) △ △ 「はっ!」 ばちん、と音がするような勢いで、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は目を開けた。 「……うわ、泣いてるよ……」 雫澄はベッドから起き上がり、腕で顔を拭う。 周囲を見渡して、自室にいることを確認した。 「……これ、最近起きてる、例の現象、だよね、やっぱり……。 僕も当事者の一人だったかぁ……」 人ごみで、誰かに触れた。その相手が誰だったかは、解らなかった。 けれど、強く心に残っている名前がある。 「エセル……エセルラキア」 思い出したのは、戦場での二つの記憶。 とても満ち足りた気持ちと、とても悲しい思いだった。 満ち足りていた時の自分は、人の命を奪うことに迷いも罪悪感もなかった。 けれど、もう一つの記憶では……。 「……ここでこうして考えていても始まらない、か」 雫澄はベッドを降りて着替える。 「よし、あの人を探そう。 アテは無いけど、何もしないよりはマシなはずだ……!」 こんなにも鮮明に、彼の姿と名前を思い出したのだ。 彼もきっと、今同じ時代にこのシャンバラの何処かにいる人だと信じることにする。 「僕と同じ、前世の記憶持っている人を探そう。 いつか、あの人に辿り着けるはず」 グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)に最初に現れた兆候は、『怒り』だった。 自身から沸き上がる、行き場の無い怒り。そして自身に向けられる、無数の怒り。 「糞ッ……何だってのよ、イライラする!」 月のものでも来たのかと思ったが、この不安定さはあの時とは違う。 吐き捨てる言葉で気を紛らわそうとしても、払拭できないその感情は、グラルダの心に何かを訴えかけていた。 (滅す! 滅す! 滅す!) 「何を! 誰を!?」 強い感情に、そう問いかけるも、答える言葉はない。ただ、その強い感情を叩きつけてくる。 (滅す! 滅す! 滅す!) 「痛ッ……!」 その時、不意に左腕に激痛が走った。 まるで、腕が切り取られたかと思えるような痛みだった。 そして一瞬だったが、鮮明に脳裏に閃く光景。 「……何、今の……」 (滅ぼしてやる、燃やしつくしてくれるッ! 覚悟しておけ、劣等種共ッ) その顔には、憶えがあった。 間違う筈がない。あれは自分の顔だった。 ――そうだ、答えは自分の中にある。 ◇ ◇ ◇ 「未来人すら見かけるこの世界で、今更前世の記憶程度で驚いてもいられないけれど」 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の言葉に、パートナーのドラゴニュート、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は軽く肩を竦めた。 「でもまあ、みんなして同時期に、同じ世界のことを思い出す、っていうのはやっぱり、気になるわよね」 同じ前世の記憶を持つ者と接触し、状況を調べてみようと、リカインはキューと共に、主に海京で調査する。 聞けば、行方不明になった者もいるらしい。 他にもそういった者が出ていないとも限らなかった。 また、湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)も同じように、前世の記憶を持つ人達とコンタクトを取ろうと、掲示板やソーシャルネットの呟きに、『スワルガやヤマプリーの記憶持ってるヤツいる?』といった書き込みをしてみた。 「反応があったら、実際に会いに行って、どんな記憶を見たのか聞いてみたいな」 出来れば、だが。 この件は、単純な好奇心で片付けられない部分がある、と、忍は思う。 「結構エグい記憶を持ってるヤツもいそうだし、あんま踏み込みすぎたりすんのもまずいよな……」 それでも、自分の前世に関連した記憶を持つ者と出会えたら、という興味を捨てることもできないのだ。 「私は、マーラみたいだったのよね」 「奇遇だな、俺もだ」 そして、掲示板を見て合流したリカインと忍は、挨拶もそこそこに、互いの前世を確認した。 「どうも誰かに追われてたっぽいんだけど」 「俺も、誰かに陥れられた記憶がある」 レン、という名の男だった。 彼に陥れられ、部下を殺された後のことは、まだ思い出していないのだが。 関わりを持つ二人が接触すると、一緒に居た記憶を思い出しやすいとのことで、二人は握手してみたが、とりあえず今はまだ、脳裏に浮かぶ記憶はなかった。 「それよりも、調べてて、気になったことがあるんだが」 「私もよ。行方不明者のことよね」 リカインの言葉に、忍は頷く。 「ほんの数名だけどな。 前世の記憶がどうこう言ってた後で、行方をくらましたヤツがいる」 「しかも忽然と消えてて、足取りが全く追えない……」 数名の内の一人は、海京に住む者だった為、リカインも比較的早くその情報を入手していた。 「消える前も、様子がおかしかったらしいわよ。 行方不明者の身内を当たってみたんだけど、何かね、『何処かに行ってしまう』雰囲気じゃなくて『実際に消えてしまうような』雰囲気を感じたことがある、って言うのよね」 「消える……? 前世の記憶を思い出すことは、消えるかもしれない危険があるってことか?」 「どうなのかしら……。 でも、前世を思い出すだけで消える、って、変よね」 消えたのではなく、もっと別の現象だったのかも。 リカインは首を傾げ、忍は腕を組んで考え込んだ。 |
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