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リアクション
第四章 御落胤
「やっぱり、どうしてもダメですか?」
「何度言われましても、ダメなものはダメです」
あくまで食い下がる風祭 隼人(かざまつり・はやと)を、大倉 定綱(おおくら・さだつな)は言下に切って捨てる。
「ダメですか〜。わかりました、今回は諦めます……。あーあ、良いアイディアだと思ったんだけどな〜」
「何が良いアイディアなものですか。『広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)』として、九能 茂実(くのう・しげざね)の見舞いに行くなどと……。無謀にも程があります」
「でも、豊雄様の御落胤が見舞いに来たと聞けば、向こうだって会わない訳には行かないじゃないですか。仮病使って引き篭もってるヤツを引っ張りだすには、いい方法だと思うんですけどね」
「わかった」と言う割に、隼人は未練タラタラである。
「それ程焦らずとも、貴方が四公会議に御落胤として名を上げれば、茂実も嫌でも動かざるを得なくなります。それより下手に踏み込んで
、捕まってしまったらどうするおつもりなのです」
「そんな簡単に捕まったりしませんって」
「――風祭殿」
それまで、黙って二人のやり取りを聞いていた大倉 重綱(おおくら・しげつな)が、重々しく口を開いた。
「今のそなたは、最早調査団の一員ではない。藩主豊雄公の一粒種、雄信様の影武者じゃ。色々と気になることはあろうが、
今は雄信様に成り切る事にのみ、集中してもらいたい。よいな」
「わ、分かりました」
何時に無く凄みを聞かせた重綱の物言いに、思わず隼人にしゅんとなる。
「今、我々は手を尽くして本物の雄信様を探しておる。もしご本人が見つかれば、その時はそなたと本物の雄信様を、入れ替えるつもりなのじゃ。いざ本物と入れ替えようと思った時に、影武者のそなたが大失態をしでかしているようでは、それも叶わぬ」
「重綱様、ちょっとよろしいですか?」
これまた、今まで一言も発すること無くこの成り行きを見つめていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が、口を開く。
優斗は、常に隼人をサポート出来るよう、『雄信様御養育係』という肩書きを得ていた。
「その、本物の雄信様のことなのですが――ウチの調査団の御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)さんが、行方を探しているんですよね」
「うむ。如何にも御茶ノ水殿には、ご尽力頂いておる」
「前々から気になってたんですが、重綱様は、豊雄様と春日様の間に男子が生まれていた事を、前からご存知だったんですか?」
「そ、それは――」
「確かに、以前から知っていました。しかし、それ程前から知っていた訳ではありません」
「――定綱」
「いいではないですか、父上。隠すようなことではございますまい。それにお二人――特に隼人殿――には、知っておいて頂いたほうが
よろしいと思います」
定綱は、改めて二人に向き直る。
「私も数年前、豊雄様からその事を聞かされるまでは、知りませんでした。豊雄様は、奥方様とお子様を亡くされた後、春日様をお城に
迎えようと思われていたのです」
「春日さんを?」
「ハイ。私は豊雄様の命を受け、八方手を尽くして春日様を探し出しました。その時、初めて分かったのです。豊雄様には、もう一人お子様が、しかも男子がいる事を――」
「しかし春日殿は、豊雄様の申し出を断られた。『子供には、このまま庶民として暮らして欲しい。家のために、好きな相手と添い遂げる事を諦めねばならないような、そんな立場にはなって欲しくない』と」
重綱が、渋面を作って言う。
「そのお言葉に、豊雄様は相当なショックを受けられたようです。それからというもの、春日様と雄信様の事は一切口にしなくなりました」
「それは――辛いだろうな」
隼人が、なんとも言えない悲しそうな顔をする。
春日の言葉は、東野公を暗に批判していることは明らかだ。
「私も父上も、それっきりお二人の事は忘れておりました――豊雄様が、あんな事になるまでは」
「今回は、以前とは事情が違う。藩の混乱を最小限に留めるには、雄信様に跡目を継いで頂くより他ない」
「それで、御茶ノ水にお二人を探すよう頼んだ訳ですか……。そうそう、その御茶ノ水からの報告によると、お二人が暮らしていたという庵は既にもぬけの殻で、『御家老様』と宛名の書かれた手紙が残されていたという話ですが」
「確かに、私たちもそう聞いています」
「あの、ちょっと確認したいんですが、春日さん達は、重綱様たちから使者が来ることは知っていたんでしようか?」
「いえ、春日様が豊雄様の誘いを断れてから、私たちは一度も連絡を取っていませんから、それは無いと思います」
「でも、現地には『御家老様』と宛名のある手紙があった――少し、おかしくありませんか?」
「なんでだ?春日さんたちも、豊雄様が倒れたという話は聞いてるだろう。なら、自分たちの事を探しに来ると思って、
姿を隠したたとしても、別に不思議じゃないだろう」
優斗の言葉に、隼人が反論する。
「もしそうだとすると、宛名がおかしいと思わないか?」
「宛名って?」
「それじゃ隼人。ちょっと聞くけど、重綱様の役職は?」
「え……?だから、筆頭家老――」
「そう!ただの『家老』じゃない。“筆頭”家老だ。筆頭と言うからには、他にも家老がいるのが当然じゃないか?」
「た、確かに……。我が藩では、家老職を筆頭家老を含め三人まで置くのが決まり。そのうち一つは今空席になっておりますが、
筆頭では無い家老職があと一人、おりまする――」
「定綱さん、その人の名は?」
「茂実――九能茂実じゃ。儂とした事が、こんな当たり前の事にも気付かんとは……」
自分たちよりも早く、茂実が春日たちと接触を取っていた。しかも春日たちは、茂実たちに追われている可能性が高い――。
その事実に重綱は、ひたすら己の不明を悔いた。
「キャアァァァァ!!」
彼方から聞こえて来た女性の悲鳴に、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は身を固くした。
《超感覚》を持つ千代でなければ捕らえることの出来ない、わずかな声だ。
続いて争うような声が、行く手から聞こえて来る。
(今の声……人違いだといいけど……)
嫌な予感を胸に、千代は【疾風迅雷】の勢いで走る。
数キロに渡り曲がりくねっていた山道が、いきなり開けた場所に出る。
恐らく、山で働く者たちの作業場だろう。
その広場の端、千代の視界のギリギリの所に、何か白いモノが見える。
それが女性の腕だと直感した千代は、「どうした!何があった!」と大音声(だいおんじょう)で呼ばわった。
襲撃者に第三者の存在を示すことで、更なる犯行をためらわせるためだ。
両の手に《赫奕たるカーマイン》と《曙光銃エルドリッジ》を構える。
【超感覚】が、行く手の茂みから、複数の人間が遠ざかっていく、押し殺した足音を捉えた。
襲撃者たちは間違いなく、特殊な訓練を受けている。
千代は、慎重に近づいていった。
果たして、千代が女性の所にたどり着いた時には、既に周囲から人の気配は亡くなっていた。
中年の女性が、額から血を流して倒れている。
千代はぐったりしたまま動かない女性に駆け寄り、胸に頭を当てる。
(……大丈夫、息はある!)
千代は、すぐさま応急手当に取り掛かった。
「ん……」
わずかな声に千代が振り返ると、ちょうど女性が目を覚ましたところだった。
「まだ、動かないほうがいいですよ」
上体を起こそうとする女性を留める千代。
「あ、あなたは――」
「私は、御茶ノ水千代。大倉 重綱(おおくら・しげつな)様に頼まれ、貴方を探しに来たものです。春日さん」
千代がその名で彼女を呼んだ途端、春日は「あぁ……」と小さく一つ声を上げた。
「失礼とは思いましたが、手荷物を改めさせて頂きました」
「私が――。私がいけなかったんです。こうなることはわかっていたのに……。お願いです!息子を、雄信を!!」
「連れ去られたのですね」
「ハイ。待ち伏せを受けて……。私と雄信とで3人までは倒したのですが、隠れていた縄術使いの男に、不意打ちを受け、
私が捕まってしまい――」
春日が目を覚ますまでの間、千代は辺りを調べて回ったが、春日が倒したという3人の姿は、どこにもなかった。
恐らく、仲間が連れて逃げたのだろう。
千代は春日が、的確に状況を把握しつつ、尚且つ襲撃者を撃退していることに、内心舌を巻いた。
並の女性であれば、抵抗はおろか、何が起こったかすらわからなかっただろう。
闘舞の名手であると言うことは、優れた戦士でもあると言う事実を、千代は改めて思い知った。
「私を人質に取られた雄信は、あいつらの言う事に従ってしまったのです。私は、逃げるよう何度も言ったのに……」
春日の目に、涙があふれる。
「春日さん、雄信さんを責めてはいけません。もちろん、ご自分も。責められるべきは、卑劣な手を使って雄信さんを連れ去った、
犯人たちです」
「お願いです!雄信を、あの子を助けて下さい!!あの子は、意志の強い子です。あの子に言う事を聞かせようとして、
茂実様がどんな手を使うか――」
息子が拷問にかけられる姿を想像したのか、春日は両の手で顔を覆い、泣き崩れた。
「大丈夫です、春日さん。雄信さんは、茂実様にとっても重要な切り札。決して手荒なマネはしないはずです。それよりも今考えないといけないのは、春日さん。貴方の身の安全です」
「私の……?」
「はい。雄信さんが抵抗すること無く連れ去られたのは、貴方を人質に取られたから。そうですよね?」
「は、はい……あ!」
「そうです春日さん。敵は、雄信さんを脅迫し、言う事を聞かせるためのコマとして、必ずまた貴方の身柄を手に入れようとするでしょう。
今一番気を配るべきは、春日さん、貴方の身の安全です」
「わ、わかりました――」
両の目の涙を拭い、覚束ない足で立ち上がろうとする春日。
その身体を、千代がすかさず支える。
「まだ、寝ていたほうが――」
「いえ、もう歩けます――千代さん、私の命、貴方に預けます。私を一刻も早く、重綱様の所に連れて行って下さい」
「いいんですか、春日さん。一旦重綱様の所に行ったら、貴方はもう二度と、東野藩お世継ぎの母という運命(さだめ)から、
逃れられなくなりますよ」
「はい。そもそも逃げて問題が解決すると思っていた事自体が、過ちだったのです。そのために、雄信を――そしてあの人も――裏切ることになってしまった。絶対に、雄信を守り切ると約束したのに……。お願いします、千代さん。私はもうこれ以上、過ちを犯したくない」
「――わかりました、春日さん。貴方の命、我々がお預かりします」
千代は、強い決意に満ちた春日の目を真正面から見据えて、力強く言った。
こうして春日を保護した御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は、一路広城を目指して、来た道を逆に辿っていた。
日の暮れる前に今いる山を下りて、何とか人里まで辿り着きたかったが、千代が頭以外にもあちこちに傷を追っていたため、
道行(みちゆき)は思ったようにはかどらず、結局、山中で一夜を明かさねばならなくなってしまった。
「仲間たちと連絡を取りました。明日の朝までには辿り着けると言っています。今晩さえ乗り切れば、大丈夫です」
毛布に包まりながら、そう春日を元気づける千代に、彼女は「わかりました。よろしくお願いします」と落ち着いて言った。
千代は、野営の炎を挟んで横たわる春日に、九能茂実について訊ねた。
庵に残されていた手紙が九能 茂実(くのう・しげざね)宛のモノだった事は彼女も知っているが、
何時から関係があったのかについて、調査する必要があった。
茂実は、豊雄公が倒れた事が公表されたその日にはもう使者を寄越し、雄信に後継者となるよう誘いをかけて来たと言う。
もちろん、茂実がその後援者になるという条件付きである。
元よりそんなつもりは全くない春日と雄信はその申し出をきっぱりと断ったが、その後も茂実の使者は何度も何度もやって来た。
その内に、使者が脅迫まがいの事を言い始めたため、やむなく夜逃げを決意した、と言う訳だ。
疲れが出たのだろう、話をしている間に眠ってしまった春日の寝顔を見つめながら、千代は、「確かに美しい女性だ」と思った。
正確な年齢は知らないが、今年60歳になる東野公の恋人だったのだ。きっと、自分よりも年上だろう。
長命なマホロバ人の血が混ざっているせいもあるのだろうが、とても成人に達する子供がいる年齢には見えない。
それに物静かだし、何より肝が据わっている。
「もし東野公と結婚できていたら、きっと似合いの夫婦になったでしょうに……」
そう思うと千代は、何ともやりきれない気持ちになる。
焚き火に薪をくべようと、傍らに伸ばした千代の手が、不意に止まった。
彼女の【超感覚】が、近付いて来る複数の気配を感じ取ったのだ。
【殺気看破】を持つ千代には、押し殺していても尚隠し切れない殺気がビンビンと伝わって来る。
千代は、出来る限り物音を立てないようにして春日に歩み寄った。
襲撃者達は、全く物音を立てずに野営地を取り囲んだ。2人が焚き火を挟んで向かい合うように寝ている。
彼等は、互いに合図を送り合うと、同時に近づいていった。
人影まであと半歩と言う所まで近づいた所で、先頭の男の足が止まった。
あと半歩を一気に踏み込むと、頭からかぶっている毛布を勢い良く剥ぐ。
中にあったのは、眠りこけている女の姿ではなく、人形に丸めた毛布の塊だった。
「逃げられたぞ!追え!!」
襲撃者たちは、一斉に二人の後を追った。
「春日さん、頑張って!あともう少しです!!」
「は……ハイ!」
千代と春日の二人は、敵から一歩でも遠ざかろうと、必死に山を下りていた。
しかし、《パワードレッグ改》の支援の得られる千代と違い、自分の足でのみ歩かねばならない春日の歩みは、早くも遅れ始めている。
その一方で千代は、スグそばまで迫っている敵の気配を、ヒシヒシと感じていた。
(……そろそろ、限界ね)
「春日さん、しっかり捕まっていて!」
「え……?キャッ!」
千代は春日の返事も待たずに彼女を抱きかかえると、猛然と山道を下り始めた。
彼女の両手に、春日の重みがずっしりとのしかかる。
《怪力の籠手》で強化されているとは言え、自分と同じ位の重さの物を抱えて走るのは、容易な事ではない。
(こ、このままじゃ追いつかれる……!)
千代の背中を冷たいモノが走ったその時。
(いいぞ、少尉!そのまま真っ直ぐ走れ!!あと100メートルだ!!!)
待ちかねていた“声”が、千代の脳髄を震わせた。
(わかったわ!)
返事を返すのももどかしく、最後の力を振り絞って走る千代。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
追手の声が、すぐ後ろで聞こえる。
その声に駆り立てられるようにして、ひたすらに走る千代。
突然、目の前に現れた小さな広場に千代が踊りこむ。
その後ろで、何かがメキメキと音を立てる。
そして、千代にとっては聞き慣れた、春日にとっては初めて耳にする機械音。
驚いて振り返った千代の視界一杯に、四州の山中にいるはずもない《多脚装甲車》の、巨大なシルエットがあった。
「遅くなった、少尉!後は任せろ!!」
装甲車の運転席に仁王立ちになった三船 敬一(みふね・けいいち)は、ここぞとばかりに【サンダークラップ】を連発する。
辺りの大気が一気に帯電し、夜闇の森が眩い光に包まれる。
その光の中に浮かび上がった人影目がけ、立て続けに《荷電粒子銃》の引き金を引く敬一。
たちまち2人が、消し炭と化した。
突然出現した圧倒的な火力にも怯む事無く、前進を続ける襲撃者たち。
彼等は一斉に散開すると、多脚装甲車を回りこむ様にして、千代たちに迫る。
その彼等の眼前で、次々と爆発が起こった。
襲撃者の行く手を阻むように、森の木々が次々と倒れていく。
敵の迂回を予想していた敬一が、【破壊工作】で仕掛けたトラップが作動したのである。
足止めを喰らった敵を、一人ひとり粒子銃で攻撃していく敬一。
「ひ……、引けっ!引けっ!!」
リーダーの号令一下、一斉に退却を始める襲撃者。
その背後にも、敬一は容赦なく攻撃を加える。
襲撃者が去った後には、すっかり原型を留めていない襲撃者たちの死体と、すっかり破壊し尽くされた森が残った。
「――しかし、随分ハデにやらかしたわね」
「こっちは人手が足らないんでな。一撃で、相手に撤退を決断させるような、圧倒的な打撃を加える必要がある」
「それにしたって、やりすぎよ」
その場の惨状に、流石の千代もやや呆れ顔だ。
「大丈夫、春日さん」
自分のすぐ隣で、呆けたようになっている春日に、声をかける千代。
初めて見る近代兵器のあまりの威力に、すっかり圧倒されてしまっている。
「だ、大丈夫です……」
「遅くなりまして申し訳ありません、春日様。筆頭家老大倉重綱様の命により、お迎えに上がりました」
装甲車から下りてきた敬一が、春日の前で直立不動の姿勢を取る。
「あ、貴方は――?」
「申し遅れました。自分は、四州開発調査団の三船敬一少尉であります!」
自己紹介とともに、ビッ!と敬礼する敬一。
「これは一体なんですか?魔法……じゃないですよね」
「これは、魔法ではありません。科学です」
「かがく……?」
「外の世界では、魔法以上に一般的なモノです。魔法と違い、訓練すれば誰にでも使う事が出来る、スグレモノです」
「そ、そうなんですか。外の世界というのは、スゴイ所なのですね……」
「エェ。その科学の力で、春日様を無事に広城までお連れ致します。もうアヤツ等には、春日様に指一本触れさせません」
敬一は、自信たっぷりに言った。
「――来ました。小鳥遊殿、あれが例の伝令です」
東野藩の隠密が、声を上げる。
広城城下にある、九能家の上屋敷に、美羽が貼りこんで丸一日。
ついに、待ちわびていたモノが現れた。
見た目はごく普通の侍だが、この男が上屋敷と御狩場を何回も行き来している事を、東野藩の隠密は掴んでいた。
「有難う。忍者さんは、ここまででいいよ」
「ハッ……。ご武運を」
隠密が姿を消すのを見届けると、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はイキナリ侍の前に飛び出した。
突然現れた美羽に、驚く侍。
「な……何者だ!」
「あなた、九能家の伝令でしょ。悪いけど、ちょっと付き合ってもらうよ!」
「貴様、外(と)つ国の者か!」
美羽を憎々しげに睨みつけながら、巧みに手綱を捌く侍。
馬の首を返すと、ムチをくれて逃げ出そうとする。
「甘いよ!」
美羽は男の行く先を確認すると、勢い良く地面を蹴った。
軽々と宙を舞い、民家の屋根に降り立つ美羽。
そのまま【歴戦の飛翔術】で家々の屋根を次々と飛び越え、先回りする。
「いた!」
上空から男の姿を確認した美羽は、その行く手を塞ぐように着地した。
「大人しく言う事を聞けば、悪いようにはしないわ!諦めて、投降しなさい!」
突然現れた美羽に驚き、後ろ立ちになる馬。
美羽は【バーストダッシュ】で一気に近づくと、【百獣拳】をその無防備な腹に見舞った。
強烈な一撃に加え、何頭もの狼に食い千切られる幻影に襲われ、馬は、どうと横倒しになった。
恐怖の余り、口から泡を吹いている。
「もう逃げられないわよ、観念なさい!」
身軽な動きで馬から飛び降りた侍は、再三の美羽の呼びかけに一言も答えず、尚も逃走を試みる。
「逃げられないっていったでしょ!!」
ひとっ飛びでその背に迫る美羽。
しかし、それが男の狙いだった。
「むんっ!」
振り向きざま、抜刀して斬りつける侍。
その斬撃を、美羽は何処からとも無く取り出した《ブライドオブブレイド》で受けた。
「な、何っ……!いったい、何処から!?」
美羽が丸腰だと思っていた侍の目が、驚愕に見開かれる。
「甘いよ、オジサン」
ドスウッ!という鈍い音と共に、侍の身体がくの字に折れ曲がる。
侍は、口から反吐を吐きながら、その場に崩れ落ちた。
「残念ですが、これだけで茂実に捕縛使を差し向ける事は出来ません」
「エエッーー!何でぇ!!」
大倉 定綱(おおくら・さだつな)の予想外の返答に、美羽は思わず大声を出した。
「これだけでは、証拠としては不十分なのです。良いですか、小鳥遊殿――」
不満タラタラの美羽に、こんこんと事情を説明する定綱。
美羽が捕らえた伝令は、一通の書状を携えていた。
そこには、御狩場にいるとされる武装集団の補給状況が記されていた。
「兵たちは、充分な補給を補給を受けており、いつでも行動を起こすことが出来る」というものだ。
その内容は、御狩場の集団と茂実のつながりを疑わせるに充分な内容であるが、茂実を逮捕するには充分とは言えない。
書状だけでは、「偽造したものだ」と言い張られてしまえば、それ以上追求できなくなってしまうからだ。
「茂実殿を捕らえるのであれば、御狩場の馬賊の頭目か、それに等しい者の証言が、どうしても必要になるのです」
定綱は、厳しい顔で言った。
「……わかったわよ!なら、御狩場に行って、そいつら捕まえてくる!それなら、いいんでしょ!」
ふくれっ面のまま、大股で外に出ていく美羽。
「な……!そ、そんな『捕まえ来る』って簡単に――」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の声は、既に美羽には一切届いていない。
「行くよ、コハク!!」
「み、美羽!ちょっと待ってよ、美羽!!」
コハクの返事を待たずに歩いて行く美羽。
そのままピシャン!とすごい勢いで襖を閉めると、部屋を出ていった。
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