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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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第十章  闇取引

「皆、準備はいいか」

 ギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)の問いに、サミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)藤原 時平(ふじわらの・ときひら)藤門 秀人(ふじかど・ひでと)の3人は、黙って頷いた。

 ギュンターたち4人は、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)の依頼を受け、駅渡屋の屋敷に忍び込もうとしていた。
 裏帳簿を始めとする、不正取引の証拠を盗み出すためである。
 この時間、駅渡屋が取引に出かけているのは調査済みだ。
 駅渡屋本人の警備のために、屋敷の警備が手薄になる瞬間を狙おうというのだ。

 屋敷の構造については、拘束した手代の自白を元に、秀人が【式神の術】で送り込んだ《銃型HC》で下調べが済んでいる。
 
「いくら悪徳商人相手とはいえ、不法侵入に窃盗となると、万一、発覚したらタダでは済まん。絶対に、痕跡を残すな――行くぞ」

 外部からサポートにあたる秀人を残し、ギュンター・ユンク・時平の3人は次々と闇に消えていった。


 裏口から真っ先に忍び込んだユンクは、【隠れ身】で身を隠しながら、用心棒たちの宿所を目指す。
 【ダークビジョン】を持つユンクは、暗闇であっても昼間と同じように進んでいく。
 庭に仕掛けてある鳴子の罠を【トラッパー】で無力化すると、縁側から屋敷の中に侵入した。

 道中、常に左右を警戒しながら、宿所へと近づく。
 徐々に、酒盛りをしているらしい男たちの声が聞こえて来た。
 口うるさい雇い主が留守の間に、羽を伸ばしているのだろう。
 薄く襖を開き中を覗くが、酒盛りに夢中な男たちは、まるでこちらに気づいていない。
 ユンクは思い切って、襖を開けた。

 突然開いた襖に、驚いて刀に手を伸ばす用心棒たち。
 そこは、ユンクが【ヒプノシス】をかける。
 既にしたたかに酔っ払っていた男たちは、術に抗う事も出来ずに、一人、また一人と眠りについた。


「こちら、ユンク。警備陣の無力化に成功」

 ユンクは、宿所の襖をそっと閉めると、用心棒たちを縛り上げ、手早くメールを打つ。

『了解。引き続き、警戒に当たられたし』

 仲間たちから、次々と同様のメールが帰って来る。
 ユンクは、じっと吉報を待った。


 その頃時平は、既に駅渡屋の書斎に入り込んでいた。

(なんとも、下品な内装でおじゃるな……。成金趣味が、そこら中ににじみ出ているでおじゃる)

 以前この部屋に忍び込んだデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)と同じ感想を抱く時平。
 室内にはこれといって警報装置も仕掛けられておらず、時平は室内を悠々と室内を物色する。

(ふむ……これは……?)

 時平の足が、一枚の掛け軸の前で止まった。
 成金趣味の部屋には似つかわしくない、山水画が描かれている。
 近づいて、掛け軸をめくる時平。
 何の変哲も無い壁がある。
 しかし、時平の【トレジャーセンス】が、そこに何かがあると告げていた。
 慎重に、壁をなぞっていく時平。
 その指が、僅かな隙間を見つける。

(ありましたね……!)

 隙間に沿って壁を調べていくと、思った通り、そこに、隠し戸棚が現れた。
【ピッキング】で鍵を外し、中を覗き込む時平。
 そこには、書状や裏帳簿が、ギッシリと詰まっていた。
 

「待たせたでおじゃる」
「急げ」

 退路を確保していたギュンターが、時平を手招きする。
 ユンクは、既にギュンターの傍らで、時平を待っていた。

(こちらギュンター。任務完了、これより帰投する)

 【テレパシー】で、サオリに成功を報告するギュンター。

(了解ですぅ〜。こちらも、首尾は上々ですよぉ〜)

 あちらからも、嬉しそうな『声』が帰って来る。
 ギュンターたちは、一路広城へと急いだ。




 一方その頃――。

 自分の屋敷で大変なことが怒っているとはつゆ知らず、駅渡屋は、御狩場で取引相手が来るのを待っていた。
 傍らには、久我内 椋(くがうち・りょう)モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)がいる。
 川面に泊めた船の中では、念のため夜・来香(いえ・らいしゃん)も待機していた。
 契約者の高い能力を耳にした駅渡屋が、「是非に」と護衛を頼んだのである。

「遅いですな。SMS(セキュリティ・マネジメント・サービス)の方々は……」

 落ち着かない様子で、舶来品の懐中時計を何度も確かめる駅渡屋。
 もう何度、このセリフを口にしたか知れない。

「まあまあ駅渡屋さん。遅い遅いといっても、約束の刻限はまだこれからではありませんか」
「そうは言いますが久我内屋さん。これまで、遅くとも約束の30分以上前には必ず現れていた方々ですよ。心配するなという方が無理というもの」

 これまでの脅しが過ぎたのか、今の駅渡屋には、椋の言葉など、まるで耳に入らないようだ。

(しかし、遅いな……。そろそろ、来るはずだが……)

 駅渡屋に「心配するな」と言っておきながら、実は内心、椋も焦っていた。
 SMSが来る前に、三道 六黒(みどう・むくろ)がここを襲う手筈になっているのだ。

 野盗を装った六黒と羽皇 冴王(うおう・さおう)がこの場を襲い、そのどさくさに紛れて九段 沙酉(くだん・さとり)が商品を強奪。
 商品を全て失い、取引先からの信用も失って商売の出来なくなった駅渡屋を両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が篭絡して手駒としつつ、
SMSとの橋渡しをさせる――という筋書きになっているのだ。

 つまり駅渡屋は調査団という狼を恐れる余り、椋と六黒という虎を招き入れてしまったのだ。


 不意に、「ヒュン!」という風切り音と共に、燃え上がる矢が、椋の足元に突き刺さった。
 続いて二の矢、三の矢が飛来し、駅渡屋の側や、荷車にも突き刺さる。

「荷車を中心に、防御体制を取れ!」

 モードレットの号令の元、駅渡屋の雇った護衛が、荷車を囲うように移動する。

「く、久我内屋さん!」
「落ち着いて下さい、駅渡屋さん!身を低くして、物陰に隠れて!!」

 駅渡屋を、手近な荷車の陰に誘導する椋。

 やがて火矢の明かりに混じって、彼方の森で小さな火花が上がり始めた。
 後に、乾いた発砲音が続く。
 誰かが、銃を撃っているのだ。

「ぐあっ!」

 しゃがんだまま移動する駅渡屋の前に、護衛の一人がうめき声を上げて倒れた。
 襲撃者の中に混じっている羽皇 冴王(うおう・さおう)の仕業だ。
 冴王は、火矢の明かりにおぼろげに浮かび上がる人影を【ホークアイ】で捉え、【シャープシューター】で確実に仕留めていく。

「的を照準に入れ、引き金を引く。簡単な商売だぜ、銃使いってのは」

 生まれて初めて見る狙撃の妙技を、感嘆の眼差しで見つめる手下に、冴王はそう嘯(うそぶ)いてみせる。


「ひ、ひいっ!」

 悲鳴を上げて、腰を抜かす駅渡屋。
 護衛は、一撃で胸を貫かれ、絶命していた。

「し、しししし死んでる!死んでますよ久我内屋さん!」
「しっかりして下さい、駅渡屋さん!」

(死体を見るのが、これが初めてという訳でもあるまいに……)

 駅渡屋のあまりの小心振りに、内心唾棄しながら、ともかくも駅渡屋を避難させる椋。
 今ここで、駅渡屋に死なれる訳にはいかない。

「駅渡屋さん、ここは私たちに任せて。あなたは、船に戻って下さい」
「わ、分かりました」

 すっかり怯え切った駅渡屋は、椋の提案に一も二も無く頷く。

「おい、お前たち。駅渡屋さんを船までお送りしろ」

 手近な護衛に駅渡屋を任せると、椋は荷車の一つに近づいていった。

「お待たせしました。もう結構ですよ」
「わかった。では、てはずどおりに」

 《ベルフラマント》で気配を消していた九段 沙酉(くだん・さとり)はそう返事をすると、予め荷車の下に仕掛けておいた《落とし穴キット》を【物質化・非物質化】させた。
 いきなり支えとなる地面を失った荷車が、次々と穴の中に落ちていく。
 より正確に言えば、穴の中に待機していた《砂鯱》の背中の上に、だ。
 これまた、砂鯱の周りに控えていた手下共が、荷車を手早くシャチの背中に固定していく。

「な、なんだ!」
「に、荷車が消えた!」

 突然のことに、慌てふためく護衛たち。
 その隙をついて、冴王が一つ、また一つと死体を量産していく。

「やれやれ、七面鳥撃ちより楽な仕事だぜ。――いいのか六黒。あんたが殺らねぇんなら、オレが全員殺っちまうぞ」

 楽しそうに引き金を引き続ける冴王に対し、六黒は腕組みをしたまま、まるで動こうとしない。

「好きにしろ。雑魚には興味が無い」
「契約者以外には興味が無いってか?でも、ホントに来るのかよ契約者?このあたりはもう、沙酉がクリーニング済みなんだろ?」
「さぁな」
「さぁなって……。ま、どうでもいいか。とにかく、オレはオレの仕事を片付けるまでだ」

 冴王は、もうそれきり六黒への興味は失ってしまったらしく、ひたすらに殺戮に興じた。


「さて。私も、そろそろ戻ります。モードレッド、すみませんが、後始末を頼みます」
「わかった。先に行け」

 そう言って、駅渡屋が逃げた方へと姿を消す椋。
 それを見届けたモードレッドは、《流体金属槍》を手に取ると、自分の隣で銃弾から身を隠している護衛を、串刺しにした

「な……」
「悪く思うな。お前等に生きてられると、こっちが困るんでな――成仏しろよ」

 驚きの表情を浮かべ、口から血を溢れさせながら絶命する護衛。
 モードレッドは槍を引き抜くと、新たな獲物へと向かう。

 冴王の狙撃を避けるために遮蔽を取れば、モードレッドに串刺しにされる。
 かといって物陰から飛び出せば、その瞬間に冴王に狙い撃ちにされる。
 護衛たちに、生き残る術は残されてはいなかった。


「さおう、にもつをもってきた」

 一頻り殺戮を満喫した冴王の元に、沙酉が荷車を引き連れてやってきた。
 冴王たちには、この後この荷を無事にアジトまで運ぶ仕事が残っている。

「お、もうそんな時間か?ま、粗方片付けたし、後はモードレッドに任せれば良いか――おい、行くぞ六黒」
「どうした、むくろ?」

 虚空の一点を見つめたまま動こうとしない六黒を不審がる冴王と沙酉。

「うぬ等は先に行け。儂にはまだ、やることがある――」

 六黒が最後まで言い終わらぬ内に、何かが六黒の前に落ちてきた。

「ガキィン!」

 金属同士がぶつかり合う音と共に、激しい火花が散る。

「悪人の上前をハネるたぁ、相変わらずやる事がえげつないねぇ、旦那」
「そういうお主も、相変わらずのやり口よの」
「そうかい?これでも、進歩してるんだぜ?」

 互いの刃越しに、三道 六黒(みどう・むくろ)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、ニヤリと笑いあった。
 それはまるで、戦場で生き別れた戦友と、思いがけなく再開したような笑顔だった。


「むくろ!」
「聞こえなかったか、おいガキ。六黒は先に行けっつったんだ」

 六黒の方へと駆け出そうとする沙酉の襟首を、冴王が引っ掴む。

「は、はなせ!」
「なんだコラァ?六黒のお気に入りだかなんだかしらねぇが、手間かけんならガキだろうがなんだろうが容赦しねぇぞ、アアァ?」

 暴れる沙酉の眉間に、銃口を突きつける冴王。
 二人の視線が、激しくぶつかり合う。

「二度とは言わぬぞ、沙酉。先に行け」
「むくろ……。わかった」

 沙酉は、もうそれ以上逆らう事無く、冴王に連れて行かれた。

「随分と、慕われてるな」
「しつこく付き纏うのでな、困っている」

 まるで、時が止まったような激しい鍔迫り合いを演じながら、それでいて、茶飲み話でもするように言葉を交わす二人。

「つれないね」
「しつこいのは、お主だけで充分だ」
「大人しく捕まってくれりゃ、こんなにしつこくする必要もないんだがな」
「お主が、儂の手にかかって死ぬという手もあるぞ?」
「そいつは、御免蒙(こうむ)る」

 そこまで話した所で、唯斗はスッと上体の力を抜いた。
 そのまま弾かれるように、六黒から離れる。

「さて。そろそろ本気で行くぜ、旦那。あいつ等を逃がすために、オレの与太話に付き合ってくれたんだろ?」
「そこまでわかっていたなら、何故最初から本気で来ない?」
「何、単に3対1じゃ勝ち目が無かっただけさ」
「今なら、勝ち目があるとでも?」
「ああ、あるね」
「面白い。――来い!」
「ウラァ!」

 気合の声と共に、六黒に向かって走る唯斗。
 《黒檀の砂時計》を逆しまにし、それを迎え撃つ六黒。
 唯斗は、六黒の間合いに入る直前、高く跳躍する。
 《妖刀白檀》を振りかぶり、六黒に斬りかかる唯斗。
 その一撃を、《梟雄剣ヴァルザドーン》で受け止めようとする六黒。

「――!」

 互いの刃が重なる瞬間、唯斗の姿が掻き消えた。

「もらった!」

 六黒が分身に気を取られた隙を狙い、六黒の懐に入った唯斗の本体が、下から《居合の刀》で斬りつけた。 

「ぬうっ!」

 【殺気看破】で、抜刀する直前の殺気を感知した六黒は、咄嗟に身体を後ろに逸らしながら、《梟雄剣ヴァルザドーン》を力任せに切り返す。
 全身をバネのようにして飛び上がった唯斗のが、後ろにトンボを切り、着地した。

 一瞬の、間を置いて――。

 ガックリと、膝を付く六黒。その腹から肩にかけて、《破壊者の鎧》が、バックリと切り裂かれていた。
 そこから、血が溢れ出す。

「ぐ、グウッ……」
「な、だから言ったろ?」
「見事だ……。だが、儂にはまだやることがある――」

 六黒はニヤリと笑うと、ヴァルザドーンを大地に突き立てた。
 その先端から、まばゆい光が溢れ出す――。

「なっ――!死ぬ気か、旦那!?」
「また会おう、唯斗――」

 ヴァルザドーンから放たれた強烈なレーザーが半球状に広がり、六黒を中心とした空間を焼き尽くしていく。
 唯斗が目を開いた時、既にそこには六黒の姿は無かった。

「無茶するねぇ、旦那も」

 六黒がいた場所に座り込み、そっと地面を撫でる唯斗。
 その指が、何か白い糸の様なモノを探り当てる。
 それは、鍔迫り合いの間に唯斗が六黒に仕掛けた、《不可視の糸》だった。

「だから言ったろ?『進歩してる』ってさ」

 唯斗は、糸を辿って、御狩場の奥へと消えていった。



「さ、逃げんぜ野郎ども!捕まっても助けねーからな!つか、捕まったら俺が殺す。いいな!」

 生き証人たる護衛たちを皆殺しにした冴王が、荷車の上に仁王立ちになり、今度は手下共を殺しかねない勢いでどやしつける。

「さて。私の仕事は、ここからですね」

 その騒がしい光景を眺めながら、悪路は一人呟いた。
 略奪は無事終了したが、今度は略奪した商品を運ぶ仕事が残っている。
 略奪した品は、この後一旦陸路で御狩場のアジトまで運び、そこで船に載せ替える。
 そこから更に太湖のほとりにあるアジトまで運び、最終的には西湘の領内まで運び入れる予定だ。

「しかし、これからどうやってSMSと渡りを付けたものか……。考えただけで、頭が痛いですよ」
「――皮肉のつもりか、悪路」
「いえいえ、そんなつもりはありません。本当に、そう思っただけで――。駅渡屋が捕まったとわかれば、きっとあちらも警戒するでしょうからね」

 久我内 椋(くがうち・りょう)は、苦々し気に悪路を見た。
 しかし、扇の下に隠されたその表情は、杳(よう)として読めない。

 駅渡屋は、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)に率いられた調査団に、捕らえられてしまったのだ。
 わずかな護衛だけで、先に返した椋の不覚である。
『万が一にも、駅渡屋に死なれては困る』という焦りが、判断ミスを招いたのだ。
 椋自身も、危うく捕らえられる所を、夜・来香(いえ・らいしゃん)の機転で、危うい所を逃れたのである。

「自分のミスは、自分で片をつける――商品は、こちらの手にあるのだ。やりようは、いくらでもある」
「わかりました。では、そちらはお任せしましょう。吉報を、期待していますよ」

 最後まで表情を見せる事無く、去っていく悪路。

「クソッ!」

 椋は、力一杯テーブルを殴りつけた。



「ダーリン、大丈夫?」

 戻ってきた椋を、来香が心配そうに出迎える。

「ああ……、心配ない。お前こそ、大丈夫か?」

 椋は、自分に寄り添う来香の腰に手を回しながら、その肌に手を這わせた。
 椋を逃がそうとして調査団と戦った時の傷が、幾つもついている。

「あたしは大丈夫。こんなの、みんなかすり傷だもの」

 来香は、健気に笑ってみせる。
 その笑顔を見ている内に、椋の心の重しが少しずつ取れていく。

「いいか、来香。二度と、こんな無理はするな。これは、命令だ」
「で、でも……」
「来香」
「わ、わかったわ……」

 椋に睨まれ、シュンとする来香。
 まるで、叱られた子犬のようだ。

「でも、今日はよくやってくれた。だからこれは……褒美だ」
「――え?」

 何が起こったのかわからない、と言う風に目をパチクリさせる来香。
 その唇に、椋の唇が重なっていた。
 来香がもう一度目を瞬かせる間に、離れていく椋。

「だ、ダーリン……今のって――?」

 呆然とする来香を置いて、スタスタと歩いて行く椋。
 今の表情を来香に見られたら、何を言われるかわからないからだ。

「今のって、チューでしょ?チューよねダーリン!?」
「置いていくぞ、来香!」
「ちょ、ちょっと待ってよダーリン!ダーリーーーン!」

 手痛い失敗をした割に、今夜の椋の心は、妙に晴れやかだった。