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地に眠るは忘れし艦 ~大界征くは幻の艦(第2回/全3回)

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地に眠るは忘れし艦 ~大界征くは幻の艦(第2回/全3回)

リアクション

 

先遣隊

 
 
 ゴアドー島に到着するなり、HMS・テメレーアと土佐が、空港で船体の分離作業を開始した。
 両艦はゴアドー島の埠頭にアームで固定されていた。その大きさと、艦艇の形状から、空港に着陸できないため、雲海に浮かんだままで繋留されている。本来は、HMS・テメレーアは水深80メートル以上ある水上、土佐は500メートルほどの平地でなければ機関を落として停泊することができない。
「全艦に告げます。本艦は、ただいまより、船体分離フェイズに移行します。各員、持ち場についてください。なお、これより、危険区域は立ち入りが制限されます。艦内指示に各自従ってください」
 高嶋梓のはっきりと響く言葉が、土佐の艦内の隅々に広がった。
「よし、艦内隔壁閉鎖。左右副船体、中央船体、各部接合部の第二装甲隔壁を下ろせ」
 湊川亮一が、命じた。
「艦内隔壁、すべて閉鎖します。第1ブロックから、第53ブロックまで完了。船体通路、第二装甲隔壁により封鎖。完了です」
「右副船体、ロックボルト解除」
「ロックボルト解除します」
 右舷にある中央船体と右副船体を繋ぐ巨大なボルトがロックを外され、回転しながら収縮していく。同時に、接合部の気密用パッキングをつけたアームが開放されていく。それらの解放後、内部固定フックが音をたてて開放されていった。
 右副船体の姿勢制御バーニアが噴射を開始し、ゆっくりと右副船体が土佐から分離していった。長くのばされた繋留索が外され、踊りながら中央船体のウインドラスに巻き取られていく。
「右副船体、イコンによる曳航を開始します」
 高嶋梓の言葉に、待ち構えていたソフィア・グロリアの陣風が、機体後部からマグネットアンカーを発射する。先端のプローブが十字に開き、カツンという音と共に右副船体のカタパルト先端に貼りついた。
「移動を開始しますわ」
 ソフィア・グロリアが、陣風のスロットルを開いた。ベクターノズルが炎を吐き出し、ゆっくりと土佐の右副船体が動き始める。
「その調子、その調子。よいせっと」
 岡島伸宏が、飛燕で右副船体の後部を強く押し出した。
「右副船体移動確認。続いて、左副船体の分離作業に移行します」
「よし、桟橋のアームロック外せ」
「アームロック、解除します」
 土佐の左舷から副船体部分をロックしていた桟橋のアームが開き、土佐を自由にする。だが、すでに右副船体を分離していた土佐が、水平バランスを崩して船体が傾く。
「右ロール+3。水平戻せー」
「オートバランサー可動。船体、復原します」
「桟橋からの安全距離まで移動」
「移動開始。メインスラスター、噴射10秒。旋回可能域、出ました」
「反転、180度。桟橋へと戻る」
 艦首と艦尾のバーニアをふかして反転した土佐が、再び桟橋に接舷した。本来は専用のドックで行う作業を専用の設備なしで初めて行っているため、しっかりと船体を固定しながら分離作業を行っている。
「中央船体固定確認。左副船体分離作業開始せよ」
「左副船体分離開始します」
 再び同じ手順で、左副船体が分離されていく。
「順調だな。続いて、左副船体牽引作業に移れ」
「左副船体牽引作業開始します」
 高嶋梓が、二機のイコンに告げた。
「まったく、忙しいな」
「愚痴を言ってないで、押しますよ」
 山口順子に言われて、岡島伸宏が、あわただしく左副船体を中央船体後方へと引っぱった。
 レーザービーコンの軸線上に乗せて位置を固定する。
「陣風、変形です。牽引ワイヤー、接続作業に移りますわ」
 ソフィア・グロリアが、陣風を変形させると、中央船体後部から射出されたワイヤーロープを、マニピュレータを使って順次左船体カタパルト先端と中央部のコネクタに接続していった。
 続いて、今度は右副船体を左副船体の後方に移動させ、同じように曳航用ワイヤーロープで接続する。
 作業が終わると、土佐はまるで列車のようなシルエットに変わっていた。実に全長は一キロメートルを超える。
「土佐の作業は終わったようだな。イコンをこちらへ回してもらうとしましょう。テメレーア、艦橋下げー。潜行形態へと移行を開始する」
 ホレーショ・ネルソンが、全艦に命令を発した。
「テメレーア潜航シーケンスに移行」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが復唱する。
 同時に、HMS・テメレーアの艦橋部が沈下し、船体へと収納されていく。二つの艦橋が上下に隣接し、同時に上部アンテナも縮んで収納されていった。本来は、海中行動時の水の抵抗を減らすためのモードだが、艦橋部の被弾面積を減らした防御モードでもある。
「アンテナ収納、及び、航海艦橋の収縮完了」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが、状況を確認する。
「さあ、こちらも、作業、急ぐわよ」
 HMS・レゾリューションに乗ったローザマリア・クライツァールが、HMS・テメレーアの艦底部分離作業を開始した。
 HMS・テメレーアの艦艇後部には、補助推進装置であり連絡救命艇となっている部分がある。これを移動させようというのであった。
『全機、位置についてください』
 ローザマリア・クライツァールが、待機していた陣風と飛燕に告げた。HMS・レゾリューションには飛行能力がないので、土佐の分離作業を終えた二機に、頼み込んで作業を手伝ってもらったのである。
「この辺でいいのでしょうか?」
 陣風のメインパイロット席で、ソフィア・グロリアがアルバート・ハウゼンに聞いた。
「問題ないでしょう」
 アルバート・ハウゼンが、位置を確認して答える。デルタ型の救命艇の右舷を人型に変形した陣風がささえる。
「こちらもいいぞ」
 左舷を飛燕にささえさせた岡島伸宏も、準備ができたことを告げる。
「ローザマリアさん、準備できました」
 山口順子が、HMS・レゾリューションに通信を入れた。
「全船、位置につきました」
 HMS・レゾリューションのサブパイロット席にいるフィーグムンド・フォルネウスが、配置を確認する。
「パージ開始してください」
 ローザマリア・クライツァールが、指示を出した。
「艦底部連絡艇、パージ開始」
 HMS・テメレーアのブリッジにいるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーの最終指示で、救命艇のロックが一斉に外れた。ゴンという重い音と共に、両脇のイコンごと救命艇が数メートルほど雲海に沈む。救命艇自体に浮力があるので墜落はしないが、陣風と飛燕にはそこそこの負荷がかかった。
「救命艇、移動開始して」
 ローザマリア・クライツァールの誘導で、救命艇がHMS・テメレーアの艦首にむけて運ばれていく。
「ガイドビーコンに沿って移動させて」
 ローザマリア・クライツァールの指示で、飛燕と陣風が救命艇をゆっくりと移動させていく。
 HMS・テメレーアの艦首に救命艇を固定する。もちろん、形状的にすんなりと固定できるわけはないので、フィンを倒した上で、両者の間にアダプタを噛まして固定している。
「固定作業開始します」
 HMS・レゾリューションで接合部にむかって甲板上を移動していきながら、ローザマリア・クライツァールが言った。自動で締まったアダプタのジョイントが、ちゃんと固定されているか一つ一つ確認していく。もし、移動中に外れたりしたら、大変なことになるだろう。
「現在、本艦の全高89メートル。ゲート通過に支障なし。各部最終点検クリア」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが、最終確認を行う。
「土佐に連絡、ドーバー海峡の波は静まれり」
 ホレーショ・ネルソンの言葉を、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが土佐の富永佐那に伝える。
「テメレーアから、作業終了の連絡がありました」
 高嶋梓が湊川亮一に告げた。
「イコンの収容状況は?」
「陣風、飛燕、共に着艦ずみです」
 湊川亮一に訊ねられて、高嶋梓が答える。
「いよいよですね。無人ドローンで内部の安全が確認ずみになったとは言え、中では何が起こるか分かりません。進入は、相応の間隔を開けて実行するものとします。進入順は、まず伊勢を先頭とし、内部の安全を再確認させます。その後、輸送船を随時進入させます。それが完了次第、土佐を進入させます。速度的には土佐の方が早いですし、現在の形状では土佐の方がゲートをくぐりやすくなっていますので。テメレーアは、最後尾で安全を確保しつつ航行してください」
 富永佐那がゲートに入る各艦に指示を出した。
 その指示に基づいて、伊勢がゲート進入コースに移動する。
 ほどなくして、ゲートの官制室からヴィムクティ回廊への進入許可が出た。
「それでは、ニルヴァーナへ出発であります!」
 葛城吹雪が、ビーコンに従って伊勢を進める。
 ゴアドー島に面したゲート境界面に、ゆっくりと伊勢が近づいていった。墨のような漆黒の空間に、伊勢の艦首が呑み込まれていく。時空の歪みによって、伊勢の船体が不規則な振動に震えた。様々な波長の音や電磁波が重なり合って、ゲート後方に待機する艦艇のセンサーを震わせる。
「突入であります!」
 土佐の艦橋に、漆黒の境界面が迫る。葛城吹雪の視界が奇妙に歪んだ。視界にあるすべての物が、一瞬にして激しく歪み混ざり合った。闇に入っていくのにホワイトアウトした視力が戻ると、景色が一変していた。
 青空と白い雲に二分されていた景色が、漆黒の空間に姿を変えていた。そこを、様々な閃光が、まるで生き物のように前方へとむかって走り去っていく。赤い光がただひたすらまっすぐに、青い光は螺旋を描きながら、緑の光は不規則なジグザグを描きつつ、別の赤い光は奇妙に点滅ともワープともつかない動きで、回廊の先の空間へと呑み込まれていく。
 それらの光があるために、ここがヴィムクティ回廊と呼ばれる時空間トンネルであることが分かる。トンネル部の直径は、体感では一キロメートルほどだ。この光の外は、時空の連続面を越えた未知の世界になる。たとえ、それを越えて真実を掴んでも、それを戻って伝える術はない。不思議は、不思議のままである。
 艦の後方には、ゴアドー島の近くに浮いていたゲートと同じ巨大なリングが見える。巨大さゆえにゆっくりに見えるが、こちらは時計回りに回転しているようだ。
「さあ、突っ走るでありますよ。伊勢、全速前進であります」
 漆黒の空間を、伊勢が全速力で前進していった。回廊内は、普通に大型飛空艇の航行が可能となっている。この亜空間を進んで、遥か遠方とのショートカットを行うのである。
「現時点で、艦内に異常は発見されていないのだよ」
 鋼鉄二十二号が、艦内モニタを確認して報告する。
「じゃあ、後続艦に侵入許可を出すわよ」
 コルセア・レキシントンが、ゴアドー島のゲートにむかって通信を発した。