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リアクション
【終戦のカンテミール 後】
『……ってわけだ』
朋美からの情報伝達係としてエカテリーナの元に残ったウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)からの報告に、カンテミール市内のネットカフェに篭って情報収集に乗り出していた裏椿 理王(うらつばき・りおう)は、成る程ね、と息をついた。
「そこまでおばかさんじゃない、ってことは、カンテミールがアキバからシブヤになっちゃうまでには時間がある、ってことかな」
それに、上手いことやれば、アキバを維持しつつ、ティアラをセルウス側に引き込める可能性も見出せた。そうと決まれば、とパートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)と共に機材などもこっそり持ち込んで、ファンサイトや資金源等、武器に出来そうな具体的データを集める為に、片っ端からアクセスをかけ始めた。
「一番良いのは、資金の流れと、親衛隊に流れた武器の動きかな。他地方への内政干渉の証拠になるし」
反撃の材料になるしね、と理王はキーボードを叩きながら呟く。機晶技術がマニアックに最先端のカンテミールに比べると、他の地方はインターネット等には疎いためか、ハッキングについてはさして労苦にはならなかったが、問題は情報量そのものだ。
「えーっと、お次は白竜の旦那からだっけ。ジェルジンスクのテロリスト、それからグランツ教に……ふう。全く人使いが荒いんだから」
電気街を漁り歩きたかったのになぁ、と文句は言いつつも、しっかり指が動いている辺りは流石である。エリュシオン国内だけではなく、パラミタ、シャンバラまで情報を求めてデータの収集と共にバンク化させていきながら、理王は思わず息をついた。
「全く、白竜の旦那は、氏無大尉と心中するつもりかね……それまでに間に合えば良いけど」
情報は確かに武器だ。それを尤も喉元で扱えるのは確かに、当人の傍に居る氏無たちだろうが、それは逆に相手の懐刀が届く位置でもある。もしこちらが武器を揃えられなければ、氏無はどうするか、と考えると何だか嫌な予感がするのだ。
「あー、もう。メイド喫茶堪能する時間がなくなっちゃうよっ」
「あんま一人で抱えんなって。いくらかこっちでも引き受けっからさ」
美少女アバターの声を借りた理王の愚痴に、坑道に残るシリウスが苦笑した。地下の坑道側でも、エカテリーナを先頭に、四天王たちが情報収集や情報操作に奔走しているところなのだ。本当はエリュシオン全体へ影響を与える程度のことが出来ればよかったのだが、そもそもネット環境についてはカンテミールが特異すぎるのである。他の地域はまだ、魔法や手紙が伝達の手段と聞いて、そこは諦めざるを得なかった。
「その代わりってのも何だが、超獣やらブリアレオスやらのデータがあったら、共有させてもらっていいか?」
「オーケー。幾つか経由して、データを四天王に送っておくよ」
直接にではなく四天王へ送るのは、エカテリーナとの接触を出来るだけ避ける為だ。互いの情報を交換していきながら、シリウスは僅かに眉を寄せた。
「しっかし、こんなんで埒があくのかな」
今彼らがやっているのは、地道な情報収集作業と、ティアラに対するネガティブ情報の流布、それから、ドミトリエの存在のアピール等、どちらかというと消極的と思える手段ばかりだ。ここらで大きな一手を出したいところだが、と呟いたシリウスに『ふっふ』と不気味な笑い声が聞こえた。
『いつから手を打っていないと錯覚していた?』
え、と首を傾げたシリウスに、工房ネットワークを最大稼動させつつのエカテリーナ(の合成音声)は得意げだ。
『ネガティブキャンペーンはもう始まっているのだぜ。地道に見えるけど、これが一番協力ってことダナー』
現実として勝敗のついてしまった状況は、簡単にはひっくり返らない。選帝神の座を奪い返すのは、戦争と言う手段によってその座を争った以上、それ以上の力を見せ付ける必要があるが、それでは今度こそ、カンテミール、ひいてはエリュシオンを騒乱に巻き込みかねない。そこでエカテリーナは、状況をひっくり返すのではなく、その状況の中から自分たちに都合の良くないと困る部分だけを、塗り替えてしまう、ということだった。
『要するにクリア条件設定の問題なのだぜ。HP1でラスボスを倒せ、なら積んでるけど、ラスボスの立ってる土台の色を変えろっていうのなら、腕次第……バグ技ハメ技何でも使えば、突破できない壁じゃあないのだぜ』
そう、エカテリーナの目的はそもそも、このアキバをシブヤ化させないことで、自身が選帝神になることではない。そもそもそれはドミトリエに押し付ける予定だったのだ。そのドミトリエが推すのがセルウスならば、ティアラがセルウスを推すようになればその問題も同時に解決できる。エカテリーナは歴戦の神ゲーマの眼差しで、モニターごしに目を光らせた。
『さあ、オペレーション開始なのだぜ!』
その直後。カンテミールのネット上は、一種のお祭状態に陥った。
「何だこりゃ?」
武尊がセールスマンをしている間、電気街を買い物に回っていた猫井 又吉(ねこい・またきち)は、突然点滅した店頭のパソコン達に首を傾げた。並んでいたそれらのディスプレイに、突然、それは再生されたのだ。
―――シブヤは、何も生み出さない―――
そんな一瞬のメッセージの後、流れたのはマジカルレイヤー海音☆シャナ――もとい富永 佐那(とみなが・さな)の、歌う『スキップジャック・フィーバー』、そのプロモーション動画だった。
先の戦いの折には、ティアラのその声量と能力に邪魔をされたが、ネット上ならそういった、音の上書きのような妨害は無理だ。エカテリーナの協力を得てエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)は足がつかないように注意しながら、様々な動画サイトや掲示板等にその映像を流していく。
「池に投じた小石が作る、そんな僅かな波紋も、やがて大きな流れとなるのです」
アイドルにはアイドルで、と言う狙いもあるが、合間合間に挿入されたメッセージは、サブリミナル効果による刷り込みも狙ったものだ。ティアラが歌でその知名度を上げたように、歌は説得よりも実績よりも早く、無意識下に残るのである。
そして更に、そのプロモーションの合間では、トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)が作成したCMも挟まれて放映されていた。こちらは断片的にシブヤ化のデメリットを説く内容だが、何よりインパクトがあったのは最後にぱっと流れるこの文句だ。
シブヤ⇒\No you can’t!/
アキバ⇒\Yes we can!/
いつぞやの大統領の決め台詞に似ているが気のせいである。
重ねて言うが、断じて気のせいである。
そして、そんな映像が流れ出してから暫く。カンテミールの市街地では、じわじわと異変が起こりつつあった。
「あ、ここですね」
街の様子を観察して回っているコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が指をさすのに、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は足を止めた。コルセアの調べるよると、ネットで密かに話題に上っている噂の屋台だそうだが、噂になっているのは味ではない。無人とロッコを改造したキャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)のホットドッグ&ハンバーガーの屋台は、一見してはただの屋台だが、監視カメラの死角に軒を構えた、オペレーション前線基地である。
もぐもぐと客の様相でハンバーガーを齧りながら「どんな感じでありますか?」と吹雪が尋ねると、「上々」とキャロラインは口角を上げた。
「やっぱり、シブヤ化に反対するって人、かなり多いみたいだね。アキバへの執着もそうだし、急な環境の変化は不安だって声も多いよ」
声を潜めて、キャロラインは続ける。
「表にこそ出てないけど、潜在的に保守派が多いみたい。おかげで大繁盛♪」
その隣では、トーマスもにやりと笑って、噂を聞きつけてやってきた客たちにビラ付きのCDを配っている。それぞれがそれを手にしながら、何やら携帯端末などをいじっているのを満足そうに見やって、トーマスは「順調順調」と呟いた。
「この調子で、じわじわ味方の数を増やしていくのでありますね」
吹雪が言うのに、二人は頷いて笑う。
「『力が正義なら、人々の集める力もまた正義』……佐那さんの言うとおりよね」
言いながら、キャロラインは焼き上がったばかりのホットドッグをびしっと街に張られたティアラのポスターに向けて突きつけて、不敵に笑った。
「アキバはやっぱりアキバなんだってとこ、見せてやろうじゃない」
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