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リアクション
【終戦のカンテミール 前】
大規模なイコンでの市街戦の終結から数時間後。
両陣営のイコンは撤収し、街は警戒を解かれて、日常の光景が戻りつつあった。
「大した被害も無かったとは言え、逞しいもんだ」
その様子に戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が呟くように言ったのに、ふん、とディルムッドが鼻を鳴らした。
「このような街でも、エリュシオンの土地、エリュシオンの民だ」
これしきのことで乱されるような柔な者達ではない、と苛立たしげに言うと、彼のパートナーであり、暫定とは言え新たなカンテミール選帝神となったティアラ・ティアラの元へと集まってきていた面々を、じとりと見回した。エリュシオンの龍騎士の一人であるディルムッドは、エカテリーナについていた者達がティアラの回りに、それも突撃リポーターと称して関谷 未憂(せきや・みゆう)達が和気藹々とやっているのが気にらないようだ。当然と言えば当然だが、ティアラのほうは月崎 羽純(つきざき・はすみ)から花束を受け取ってご機嫌である。
「カンテミールをシブヤ化するのには、やっぱステキなぱんつを販売する店は必須です。ですからね、セコールの支店をカンテミールに出すべきなんですよ」
そのティアラは、セコール空京支店の丁稚の肩書きが入った名刺を渡し、商品の見本片手に持った国頭 武尊(くにがみ・たける)の熱心なセールストークに耳を傾けている最中だ。地球出身であるティアラにとって、その名前はなじみが深いものであることも手伝って、ティアラは「そうですねぇ」と興味津々と言った様子だ。
「やっぱりブランドは一揃い並べておきたいですしぃ、こちらこそお願いしたいところですよぅ」
そう言ってあっさり出店許可証を作らせるように職員に声をかけると「そいつはありがたい」と武尊は破顔すると、協力の礼として教導団女子生徒プロファイルの写しを渡してきたのに、ティアラは一瞬首を傾げたものの、ぱらぱらとめくってみてから、その意図に気づいたようににっこりと笑ったのに「ああ、忘れる所だった」と武尊はぽん、と手を叩いた。
「シブヤ化に際して、アキバめいた要素の企業な排除の方向になると思うんだけど、その後の処遇について、なんですけど……いきなり強制退去ってやるわけじゃあないんですよね?」
「流石にそれをやっちゃうとぉ、クーデター起こされちゃいますよぉ」
でもそれがどうかしたんですか、と不思議そうに尋ねるティアラに、武尊は排除対象のそれらの企業を、キマクか大荒野に誘致できないか、と切り出した。武尊自身の目的は、彼らの持つ機晶技術による最新鋭装備を恐竜騎士団に配備させることにあったが、ティアラは別の価値を見出したようで、ぱんっと手を叩いた。
「それ、いいですねぇ。それなら、強制立ち退きより響きもイイですしぃ、街ごと一気にお掃除できますしぃ。早速計画を立てましょうかぁ〜」
「……それはちょっと、時期尚早なんじゃあないか?」
うきうきと言った調子で話を進めようとするティアラに、口を挟んだのは小次郎だ。ディルムッドは微妙な顔をしているが、街の統治についての実績を買われての協力であるからか、遠慮するでもなく小次郎は続ける。
「選帝神になったとは言え、暫定だ。それにまだ、エカテリーナに付く者は多く残っているはずだしな」
小次郎の言葉に、ティアラは肩を竦めた。
「だからぁ、町の有り様そのものを変えてしまおうって言ってるんじゃあないですかぁ」
エカテリーナの人気が高いのは、ここカンテミールの都市の持つ性質に寄るところが大きいのだ。アキバのオタクがエカテリーナを推すなら、そのオタクたちが済む場所をカンテミールでは無くしてしまえばいい。だがその意見には、小次郎はなおも首を振る。
「街ってのは都市構造全部を他所に移したから、って中身まで自動的に移ってくわけじゃない」
流通や交通、人の流れも、街を作る重要なファクターである。それがそっくり、しかも唐突に変わってしまえば、都市機能は維持できなくなってしまうのだ。そう説明すると、ティアラははあ、と溜息をついた。
「やっぱり、そう簡単にはいきませんかぁ……」
呟く声音に、小次郎はぽんとその肩を叩いた。
「焦る必要は無いだろう。本当に変えるつもりがあるなら、じっくり行けばいい」
現時点で他の部分、例えば町の権力者をいきなり挿げ替えたり、選帝神の座を振りかざしたりせず、現在の統治システムを維持しつつの変革を表明をしたりと、ティアラのやり口はなかなか手堅い。アキバの誘致は持久戦かな、と武尊が息をついた時だ。「すいません、すいません!」と、ティアラたちの下に駆け寄る声があった。
「すいません、うちのおばあちゃんが……ちょっと目を離すと、おばあちゃん、徘徊するから………銃だって、隠しとくのにどうやってか見つけちゃうんで、困ってるんです」
「別にぃ、いいんですよぉ〜。面白いおばあちゃんですよねぇ、その年で銃をぶっ放すとか、マジヤバっていうかぁ」」
気にする風も無く笑ったティアラに、高崎 朋美(たかさき・ともみ)が頭を下げた。
先の戦闘で悪目立ちしていた高崎 トメ(たかさき・とめ)が、危険人物として引っ張られてきていたのを、引き取りに来たのだ。これが厳密な戦争であれば罪人扱いが妥当なところを、あっさりとティアラが許してしまっているのも、厳格なディルムッドの不機嫌に拍車をかけているようだ。どこかに帰られてしまう前にと、中断していた尋問を再開させた。
「引き取り手も来たことだし、罰しはしないと言っているんだ、いい加減に質問に答えてもらえまいか」
何とか声を抑えて、エカテリーナの居場所や残る戦力、協力者たちを訪ねるディルムッドだが、そういう尋問になると途端に、トメはショットガンを杖代わりによろろっとか弱げにして見せた。
「いたた、持病の癪が……」
あからさまなはぐらかし方にディルムッドの苛立ちが募っていくのがはたから見ても判る。そんな彼を何とか宥めるように朋美がぺこぺこと頭を下げているが、効果は今ひとつのようだ。
「良いんですか?」
そんなやり取りに、ディルムッド程ではないが、意外そうに首を傾げたのは天貴 彩羽(あまむち・あやは)だ。厳罰に処して欲しいと言うのではないのだろうが、あれだけ大規模にやりあった「戦争」にしては随分と寛大な処置だと思うのだ。すると、ティアラは「勝敗なんて、もう目に見えてますしぃ。ティアラたちは別に、軍隊じゃないんですからぁ」と、面倒くさそうに答えて肩を竦めた。
「いいですよぉ、別に敵って言っても、あなた達の位置って、傭兵ですよねぇ。それってぇ、ぶっちゃけ派遣とかバイトみたいなもんじゃないですかぁ。そんなんで同じ陣営にいたからには同罪、とか、いつの時代、って感じ? みたいな」
それって、女子高生は皆おばかって言うのと同じじゃないですか、とティアラは鼻で笑うようにしながら続ける。
「それにぃ、そういうギスっちいのは、ティアラ嫌いなんですよねぇ」
エカテリーナとは派手にやりあったものの、別に互いの存在に対して、憎しみあうほどの何かがあったわけではない。理由がどうあっても戦争は戦争だが、逆を言えば終わってしまった以上は残るのは結果だけだ。この上、勝者が敗者を徹底的に排除しなければならない、と言うような空気は「何かムカツク」のだとティアラは口を尖らせた。
「こうして降伏勧告も出してるんですしぃ、もう一度戦争しろって言って来てるならともかく、負けましたぁって頭を下げてくる人をバッシングとかぁ、超KYって言うかぁ」
勿論、降伏した振りをして反撃してくる可能性が無いとも言い切れないが、その辺りはディルムッドの担当なのだろう。先だってジャジラッドの提案のこともあり、ティアラ積極的にエカテリーナ達を討伐するつもりは無いようだ。
そんなティアラに「それなら」とグンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)と口を開いた。その途端、その顔を見知っている未憂が僅かにぴくりと顔を強張らせ、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)がその後ろに隠れたが、グンツは構わず続ける。
「エカテリーナが降伏してくれば、罰したりはしないと?」
「罰を与えて、何かメリットがあるなら別ですけどぉ、これ以上って弱いものいじめみたいじゃあないですかぁ」
イメージが悪くなる、と続けるティアラの言葉に、顔を見合わせたのはブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)と如月 和馬(きさらぎ・かずま)だ。
「つまり、俺たちがエカテリーナを連れて来れたら、和解して良いって考えて良いのか?」
「あちらにその気があるかによりけりですけどぉ?」
和馬の言葉にティアラは何とも言えない顔だ。ティアラとしては、今現在のカンテミール大多数を占めるアキバ派へのアピールとして、エカテリーナを味方にすることを良策と考えてはいるようだが、問題はエカテリーナがティアラの存在をどう捕らえているかだ。
「そこは”説得”してみるしかないだろうね」
意味深に言って、ブルタはステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)を伴って踵を返し、和馬もその後に続く。いつの間にか彩羽も消えている中、自らもその背を追おうとしながら、グンツは不意にちらりとティアラを振り返った。
「一つ聞くが……エカテリーナがもし、荒野の王派だった場合は、争わなかったか?」
その問いに一瞬目を開いたティアラは「さぁ」と首を傾げた。
「もしそうだったらぁ……ティアラはいらなかったんじゃないですかねぇ?」
その意味深な言葉に、ティアラがティアラ自身のことをどう認識しているのかを悟って、グンツは目を細めた。
「……だそうだ」
誰にとも無く言い残された言葉の意味を何となしに悟りつつ、その場を後にしていった面々を見送ると、小次郎はティアラを振り返った。
「負けた側が言うのも何だが、良いのか? こんなにあっさりとお咎めなしで」
「全くだ」
何故かディルムッドがそれに同意していると、ティアラは息を吐き出した。
「シツコイですねぇ、良いんですってぇ。今時敗者叩きなんてやって、逆に叩かれるのはティアラの方ですよぉ?」
半ばディルムッドに言い聞かせるようにしながら、ティアラは肩を竦める。
「それにぃ、派手にやれってオーダーもクリアですからぁ、宣伝的には充分って言うかぁ」
「オーダー?」
ティアラの言葉に、ずいっと身を乗り出したのはリン・リーファ(りん・りーふぁ)だ。
「この戦争ってもしかして、誰かにお願いされてたって事?」
その問いに、武尊や小次郎達も耳を傾ける中、ティアラはうーん、と言葉を探すように眉を寄せた。
「お願いって言うか、指示? みたいな? プロモーションも兼ねてたわけですしぃ」
何の、という部分は明言しないところに、小次郎は目を細める。
「で、そのディレクターだかスポンサーだかは、この大々的な戦争をご所望だったってことか?」
「…………」
その問いに僅かに沈黙したティアラに、小次郎は畳み掛ける。
「まさか、アキバが気に入らないなんてだけの理由で、事を起こしたわけじゃないんだろう?」
アキバをシブヤにする、だの、荒野の王リスペクトだのと、言っている事自体は軽いが、行動から考えて、ティアラは感情に任せてやらかすタイプではない。暫く無言の続いた後、はぁ、と諦めたようにティアラは苦笑した。
「……まぁ、そういうことですねぇ。ティアラが具体的にどういう力をどのくらい持ってるかってアピールには、絶好の機会になったわけですしぃ」
「お金かけて宣伝してるなあ……選帝神になるなら、そのぐらいしなきゃ駄目ってこと?」
プロモーションにしては大きすぎる規模に、半ば呆れたような顔をしたリンに、ティアラはマイクを下ろさせると口元でしいっとオフレコですよ、とばかりに声を潜めた。
「そもそもぉ、ティアラ的には選帝神に名乗りを上げただけって言うかぁ」
「え?」
一瞬、皆が目を瞬かせたのにティアラは肩を竦めた。
元々高い技術力を有したカンテミールは、選帝神不在中でも特に混乱が無かったほど自立した土地だ。だが選帝の儀が行われようとしている時に、その役目を持つものが欠けているのは問題があるとして、オケアノスのラヴェルデの推薦を受けたティアラが、アイドルと言う実績を伴ってやって来たのだ。それをエカテリーナに嗅ぎ付けられ、結果的に戦争という手段に至ったのだと言う。
「嗅ぎ付けられた時に、協力を求めるとか、説得するとかいう手段はなかったんですか?」
未憂が問うと「ティアラ的にはアリかなーって思ってたんですよぉ?」とティアラは首を振った。だが、アキバへのこだわりが強いエカテリーナとシブヤ系アイドルなティアラの話は常に平行線を辿り、その内色々な部分がこじれる内、本人たちも思いも寄らなかった程の規模で、戦争開始となったのだと言う。それを聞いて、遠野 歌菜(とおの・かな)がううん、と困惑したように唸った。
「そもそも……何故、選帝神になろうと思ったんですか?」
「なろうと思った、っていうかぁ、なる必要があったって言うかぁ」
一瞬口ごもったティアラに、続いて未憂が口を開く。
「ティアラさんは地球人……ですよね。エリュシオンでは快く思われていないんじゃないかと思うんですけど……」
エリュシオン国民でもなければパラミタの人間でもない地球人を、自分たちの神として果たして受け入れるだろうか、と未憂が疑問を口にすると「だからこそのカンテミールなんですよぉ」と、ティアラは面倒くさそうに口を開いた。
ここカンテミールは地球へのリスペクトを根幹にして発展した場所でもある。ティアラが、そしてエカテリーナが地球人でありながら選帝神候補となっていた理由も、そのあたりにある。ただし、ネットゲーマー達の間で神として君臨していたエカテリーナに並び立つ為には、それなりの知名度がいる。選帝神になる必要性が先にあった、というのなら、ティアラが知名度を上げた理由は推して知るべし、である。
「きっとそれだけじゃないですよ、ティアラさんの歌唱力、凄かったですし!」
「熱心なファンもいるんじゃないのか?」
重くなりかけた空気に、歌菜と鬼院 尋人(きいん・ひろと)が反論したが、ティアラは苦笑した。
「多分それも、理由の一つなんだと思うんですよねぇ」
ティアラの持つ歌唱力に加え、その気になれば、精神的に支配下に置くことすら可能なその能力は、どんな説得や実績よりも多くの人々の心を短時間で動かすことが出来てしまう。カンテミールをより効率よく乗っ取るため、であることは想像に堅くない。その事実に、一同は軽く顔を見合わせた。そうしてカンテミールを乗っ取って得をする人物が背景だとすれば、その誰かは明らかだ。
「いいのか、そんなにぺらぺらとしゃべっちまって」
小次郎が思わず言ったが、ティアラは微妙な顔で笑い、ディルムッドも渋面ではあるものの、今まで止めなかった辺りに、その背後の人物に思うところがあるようだ。
「アンタは、このやり方に納得しているのか?」
そう言った羽純に、ディルムッドはふん、と鼻を鳴らした。
「手段は気に入らん。だが、エリュシオンを正しく強い国へ導く為に、必要だと言われればそうするまでだ」
「ったく、馬鹿正直ですよねぇ」
その態度に呆れたように言いながら、ティアラはくるくると指先で髪の毛をいじりつつ「だから、そこまでの義理はないんですけどぉ」と前置きして、更に続ける。
「ここまで売って貰ったのは事実ですしぃ、大人しく役目はこなしますよぉ?」
「……いざって時に、切られてしまうかもしれないのに?」
ティアラはエリュシオンの民ではなく、地球人だ。最初からそれも目算で、体よく利用されているのではないか、と懸念を口にした未憂に「わかってますよぉ」とティアラは笑った。
「それでも、ティアラがアイドルやってくにはしょうがないじゃないですかぁ?」
あっけらかんと、悪びれもせずにティアラが言うのに、不意に、プリムが口を開いた。
「歌うの……すき?」
一瞬きょとんと瞬いたティアラは、にっこりと笑って見せた。
「好きですよ」
その笑みが今までのそれと違う様子だったのに、ずい、と歌菜は身を乗り出した。
「選帝神になるよりも!?」
「ええっと……それはぁ……」
口ごもったティアラに、歌菜は続ける。
「選帝神になったら、街の統治が最優先、やることがいっぱいで、アイドル活動は難しくなっちゃうんですよ?」
そんなの、あんまり勿体無いじゃないですか、と訴えるのに、尋人も口を開く。
「歌ったり、踊ったり……楽しいよな。そういうの、忘れられるのか? 諦め、られるのか?」
答えあぐねているティアラに、尋人は尚も続ける。
「荒野の王は、それを犠牲にしてもいいぐらい、ふさわしいと思えるような相手なのか?」
「そりゃあ、好みは好みなんですけどぉ……」
ぼそり、一言。
「え?」
「え?」
「あ」
こほん、と咳き込んでティアラは仕切りなおした。
「……ぶっちゃけて言えばぁ、ティアラにとってはアイドルのほうが、上ですよぉ」
その言葉に苦い顔をしたディルムッドを綺麗にスルーしつつ、「でも」とも続ける。
「ふさわしいか、って言われればぁ、力が全て、のエリュシオンにふさわしい王さまなんじゃないですかねぇ……かわいくって、年下で、強くて恐いとか、チョー好みですよぉ」
後半の言葉は兎も角、ティアラの言葉に続いて、尋人の視線を向けられたディルムッドも「私は先も言った通りだ」と更にむっつりを顔を顰めたのに、小次郎が「なら」と切り込んだ。
「もしセルウスが、皇帝にふさわしい存在とわかったら、どうする」
「真にふさわしい存在だとわかれば、俺はそちらにつくだろう」
きっぱりと言ったディルムッドに、ティアラは「相変わらず堅物ですねえ」と呆れた息を吐き出すと、意味深な、それでいて小悪魔的な笑みを浮かべると、くすり、と目を細めた。
「ティアラが、どうなれば、どうするか……なんて、ここまで聞いたらもう、判ってるじゃないですかぁ?」
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