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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第3回/全4回)

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【水面下にて蠢くもの】



 同じ頃のラヴェルデ邸の中庭では、氏無の半分は滞在の名分でもある、小型龍の撤去作業が行われていた。
 白竜がカンテミールでの戦闘の時の裏切り行為や、ジェルジンスク監獄での内通の例を逆手に取る形で、「味方の振りをした敵が潜んでいる可能性」をラヴェルデに示唆したこともあって、今は監視の目も少ない。元々クローディスを警護するという名目も、建前だということは承知の上であったからだろう。それとも、自身の能力に絶対の自信があるためか、屋敷の中に機材を入れるのも、ご自由に、とラヴェルデはにこやかに許可した。
 だが、そうやって寛大な素振りを見せている反面で、完全に無視してもいられないのだろう。
 中庭を望めるテラスから、歓談の傍ら作業を眺めているラヴェルデに、声をかけたのはファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)だ。
「カンテミールの新たな選帝神が荒野の王を推し、ジェルジンスクの選帝神が不在、となれば、残る懸念はアルテミラの選帝神が誰を選ぶか、ですわね」
 アルテミラ地方の選帝神アルテミスは、パートナーが地球人であることもあってか、シャンバラと交流が深い。先だってもジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)から、彼女がセルウスを推す可能性を示唆されていたこともあって、難しい顔をしたラヴェルデに、ファトラは蟲惑的な笑みを浮かべた。
「一つ、提案がありますわ。もうひとり、候補者を立てるのです」
 ファトラが言うにはこうだ。セルウスに票を与えないために、アルテミスがセルウス以上に信認をおく置く人物、つまり彼女のパートナーであるダイソウトウを、第三の皇帝候補として推挙するようアルテミスへ打診してはどうか、と言うのだ。そうすれば、アルテミスは間違いなく自らのパートナーを選ぶであろうから、セルウスへ流れる可能性のある票を潰すことが出来るのではないか、と。 だが、残念ながら、とラヴェルデは申し訳なさそうにして首を振った。
「皇帝を選ぶ立場である選帝神と違い、エリュシオンの皇帝は、エリュシオンの民にしかなれないのですよ」
「資格が無い、ということですの?」
「左様です」
 首を傾げるファトラに、ラヴェルデは頷く。
「地球でも、その国の人間以外が国の代表になることは決して無いでしょう。それと同じことです。如何にアルテミスが地球人を贔屓目に見ておるとしても、彼女も選帝神ですからな」
 資格の無い人間を皇帝候補として選ぶことはせんでしょう、と続けたのに、「ならば」と後を引き取るようにして続けたのはのはジャジラッドだ。
「考えを逆転させては如何かな。シャンバラに近しいことがセルウスの頼みであるなら、それ以上に近しい者を荒野の王と組ませれば良い」
 そう言ってジャジラッドが提案したのは、特定の恋人のいないアスコルドの娘、アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)を荒野の王と婚姻だ。セルウス以上にシャンバラとの交流も深く、尚且つ、力はあっても暴力的で人間味の薄い荒野の王の不足している部分を補う、良い相手ではないか、と続く説明に、ラヴェルデもなるほど、と強い興味を示した。
「それは良いですな」
 今だ強いアスコルドへの人気も同時に取り込むことが出来る、と喜色を浮かべたラヴェルデは満足そうだ。
「いやはや、貴方のような人がヴァジラを支持していただけているというのは、心強い限りです」
 その言葉には「いや」とジャジラッドは首を振った。
「荒野の王が皇帝にふさわしい力と器を持っている、とは思っている。が、私と仲間たちにとって重要なのは、選帝神ラミナ・クロスが彼を認めているから、という一点のみだ」
 その言葉に、薄く笑みを湛えたままのサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が補足する。
「つまり、もしもラミナ様がセルウスを推した場合、私たちもそちらを支持する、というわけですわ」
 完全には仲間と言うわけではないし、そのつもりもない、と自分たちの立場を率直に告げるジャジラッドに、ラヴェルデは苦笑した。
「成る程……それは失礼を。ですが……覆るとは思いませんがね」
 僅かに微妙な色になった空気の中で「あのうー」と控え目なようで堂々と口を挟んだのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だ。
「むずかしー話の途中ですいません。ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」
「何ですかな」
 尋ねられ、アキラはぺらりと一枚の書状を取り出して見せた。所々文字が間違っているが、簡単に言えばグランツ教教会への紹介状である。困惑気味に首を傾げたラヴェルデに、アキラはへらっと笑った。
「この街って、けっこーグランツ教が盛んなんですよね。折角なんで、俺も試しに入信してみようかなーとか。で、ラヴェルデさんにここにサインしてもらえないかなー、とか、思ったわけなんですよ。選帝神お墨付きとなれば、お断りはされないだろうしー、それどころかちやほやされたりー、そしたらいきなり幹部候補生になれりゃったりしてー、でゆくゆくは大司教とか、出世街道間違いなし。そしたらきれーな女の子の信者をはべらせてぐへへへとか、兎に角色々そんな感じでお願いできませんかね、お願いできますよね、お願いしますー!」
 以上、息継ぎ二回。立て板に水状態で一気にまくし立てるアキラの言葉に、目を瞬かせていたラヴェルデは、どの程度その内容を理解したのだか判らなかったが、それ以上口を開かせればどこまで喋りつつけるのか、と危険を感じたのか、やたら愛想の良い笑みで「サインだけで宜しいかな」と紹介状にさらさらとペンを走らせると、それに教会の責任者らしき名前を加えると、アキラに紹介状を手渡した。
「教会で、この名前を尋ねてみると良いでしょう。悪いようにはしないと思いますよ」
 明らかに、これ以上厄介な事を言われないうちに教会に押し付けてしまえというラヴェルデの魂胆は見え見えだったが、アキラは気に止めた風もなく、寧ろ得たりとばかり、どもども、と笑ってその場を後にしたのだった。



 努めて態度に出さないようにしながら、彼らの会話を耳に挟んでいたルカルカ達は、ラヴェルデが客間へ遠ざかったのを見計らって、そっと息をついた。
「状況はどんどん荒野の王に好転して行っている感じですね……」
「奴さんの本領発揮、ってところかな?」
 ルカルカの呟きに、氏無は苦笑を漏らした。ラヴェルデの持つ能力が自身の運気に他人のそれを巻き込むというなら、彼の都合の良いように事態を好転させているのだろう。下手をすれば、身近で誰かが何かをするほど、流れはますますラヴェルデに流れていくのかもしれない。そんな不安の中で、ルカルカはふと思いついたように口を開いた。
「もしかしたら、荒野の王も、ラヴェルデの力に取り込まれちゃってる、なんてことはないですよね?」
 ヴァジラは敵じゃないのかもしれない、と言うルカルカに「相変わらず甘いな」とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は切り捨てた。
「俺たちがセルウスに手を貸す限り、奴は敵だ」
 冷たく言い捨てながら、小型龍の調査を進めるダリルに、ルカルカはむっと眉を寄せたが、反論する材料も無く、今はそんな時間の余裕も余り無い。粗方は撤去の済んだ小型龍の破片の中で、残った中心部に触れながら、ダリルは「ふむ」と確認を終えて息をついた。
「構造そのものは、コンロンでの作戦中にもあった報告の通り、遺跡龍とほぼ同じ構造のようだ」
 遺跡で鉄心とツライッツが取ったデータを参照しながらダリルは口を開く。
「つまり、中心に心臓にあたる装置があり、それが活性化している限りは再生を繰り返す。ただ、本体の遺跡龍と違うのは、そのエネルギーの供給先だな」
 遺跡龍は、それ自身が大陸の地脈にリンクし、中枢の秘宝が地脈を活性化させることによって生じる大きな流れをエネルギーとしていたのに対して、小型龍達はその本体からエネルギーの供給を受けていた、ということだ。
「構造が同じ、ってことはその機能もある程度同じ……ってこと?」
 ルカルカの言葉に、ダリルは「データを見る限りはそういうことになるな」と頷いた。
「それなら……遺跡龍の秘宝が持っていたのと同じ機能を引き出すことも可能ってことよね」
 恐らくクローディスがルカルカ達に見せたのは、先日の戦闘の際に砕かれた、小型龍の残骸を継ぎ合わせたものだろう。その欠損のないものが、ここには残っている。顔を輝かせかけたルカルカに、ダリルは「難しいな」と息をついた。
「単純に出力の問題だ。小型龍と遺跡龍では、その規模が違いすぎる。完品とは言え、そこまでの機能を期待は出来ないだろう」
「……うーん……あ、そういえば、秘宝の所在は?」
 くじかれた形になったルカルカが眉を寄せていると、ここには無いよ、と氏無が答えた。
「引き続きファーニナル中尉の預かりになってるよ」
 続けて、氏無はふうっとやや重たげに息を吐き出す。
「いずれにしろ、秘宝については警戒されてるだろうし、エネルギー供給の問題もある。ルレンシア女史の言ったように、何か別の手段を考えておいた方が良さそうかなぁ……」
 手段は多いに越したことは無いからね、と続けて氏無は「と言うわけだから」とダリルの肩を軽く叩いて二人に向って声を潜めた。
「ラヴェルデのやり方は判ったし、自由に動いてくれて構わないよ」
 トマスの反撃によって、教導団の立場はグレーで停滞している。敵味方の判別も、状況の有利不利の判別も難しい今、セルウス達以外の誰が何処で何をしているか、という瑣末なことにラヴェルデは構わないだろう。どうせ責任の所在は自分にあるのだしね、とのんびり言って氏無は肩を竦める。
「ここでのんびりしてるわけにもいかないからねぇ……兎に角、動くしかない、さ」




 そんなやり取りの後、引き続き小型龍の調査に戻ったルカルカ達を見ながら、氏無はゆっくりと下がって壁にもたれかかると、疲れでも出たのか、煙草を恋しがるように、ふう、と息をつく。そんな横顔に、先程から羅巍と共に、マリーや理王達、各所の仲間との情報集約の中枢として連絡を密に取り合っていた白竜が、纏めたデータを氏無に手渡しながら、じ、と探るような視線を向けた。
「そろそろ教えて頂けませんか、大尉」
「何をだい」
「あなたの本当の任務ですよ」
 どこか確信を持った言葉に、ごまかしは利かないか、と氏無は苦笑して「大体ご想像の通りだよ」と目を細めた。
「傷の赤が”本当に独断で”動いてるわきゃあ無い……”だからこそ”教導団は関与を否定しなければならない。そしてそのために、ボクはここに居る……意味、判るね?」
 その言葉に、白竜は思わず眉を寄せ、厳しい視線を投げると、氏無は逆に笑みを深めた。
「ルー大尉もそうだけど、君らがここに残ってくれて助かったよ、叶大尉。これで最悪、教導団が潔白であるっていう証明手段は残されたわけだからねぇ」
「……そんな風に、二重三重に切り捨てる駒を用意してまで、エリュシオンの継承問題に手を出すのは、何故なんです」 
 その言葉に、いざとなれば自分達に自身を討たせる気で居るのを悟って、苦いものを噛み殺しながら問いを重ねた白竜に、氏無は「そんなもの」と笑った。
「この大陸の命運が掛かってるから、に決まってるじゃあないの」
 白竜と羅儀が言葉を失っているのに構わず、氏無は続ける。
「散発的に起きているようで、先日の超獣事件も含め、幾つもの騒動は根っ子で繋がってる。ここエリュシオンでも、その内の大きな一つが、この継承に絡んで吹き出そうとしてるのは、掴んでる……んだけど、実証できるものが無いんだよねぇ、これが」
 イルミンスールが狙われたように、今度はユグドラシルが狙われているのでは、という声もあるが、事が事だけに、下手に触れば国際問題になる。実体を掴みつつそれを阻止するためには、間近に飛び込んでしまうしかなく、そのためには「教導団」としては動けないが、個人では動かす力は限りがある。上層部のジレンマの結果がこれだ、と氏無はおどけるように肩を竦めた。最悪の場合は、聞かなくても判る。重たくなった空気に白竜が眉を寄せると、対照的に氏無は笑みを深める。
「誰かがやんなきゃいけないことさ。ま、ボクみたいな年寄りが適任でしょ」
 まだ犠牲になるとか決まったわけじゃないしねえ、と妙にのんびりした声で言い、氏無は火をつけられない煙草を口にくわえてぴょこりとやって笑った。
「貧乏くじ引かせちゃったのは謝るけど、まぁ最後まで付き合ってくれないかねぇ?」
 その代わり無事に帰ったら一杯奢るからさ、と続けた顔は、いつもののんびりとしたそれだった。