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リアクション
【行く手を遮って】
「まあ、大人しく引き下がるような輩ではないか」
ジェルジンスク監獄付近上空。
小型飛空艇に乗り込み、空からセルウス達の逃げた後の状況を窺っていた洋は、そう言って肩を竦めた。
そもそも止まるつもりなど微塵も無かったに違いない。荒野の王の本隊の到着より先に現場に到着した、ドラゴンタイプのイコンを引き連れた先遣部隊は、荒野の王が監獄の中に立ち寄る間も待たずに、直ちに戦闘を開始していた。
「随分な歓迎だ」
先頭となるのは、五体のドラゴンだ。少ないようではあるが、相手は生身のテロリスト達だと判っているのだから、寧ろ大げさとも言える戦力だ。しかもその後方にはまだ、荒野の王のブリアレオスと生身の追撃隊が控えている。これだけの数に一気に押し寄せられれば、ひとたまりも無いだろうな、と洋は冷静に分析して「というわけだ」と逃亡を開始しているセルウス達本隊へ通信を寄越した。
「イコン達はこちらで止める」
だから足は止めるな、と続いた言葉にセルウスが「でも」と反論しかかったが、それを言わせずに洋は続ける。
「とにかく逃げ延びろ、時間は稼ぐ!」
そう言い残して通信を切ると、洋は乃木坂 みと(のぎさか・みと)達を振り返った。
「空艇降下は今回は無しだ。空対地戦闘に専念し、我々を囮とする」
「相変わらずの空爆ですか」
洋の言葉に、みとが言って少し笑う。相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)とエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)も表情は似たようなものだ。仕方ないなあと口では言いながらも、その目は戦意に満ちている。
「いいか、兎に角足を止めろ。可能な限りの戦力を削り取る!」
「了解!」
そして上空で飛空艇が散会するのと同時「こっちも負けてられないわ」と拳を握り締めたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。森の奥へと向うセルウス達から大分距離が離れてから身を翻すと、接近してくるドラゴンたちの前に颯爽と身を躍らせた。
「フィス姉さん!」
「来たわね……やってやろうじゃないの!」
リカインの合図に、監獄の外で待機していたシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)は、待っていましたとばかりに声を上げた。遠巻きに見れば、圧倒的な戦力差があるように見える両者だったが、目的は両者とも殲滅ではないのだ。
「セルウス達が逃げ切ることが出来れば、我々の勝利だ、行くぞ!」
洋の一声が激突の合図だ。すうっと息を吸い込んだリカインは、その「声」を解き放った。
「―――――ッ!!」
体全体を楽器にしたようなその咆哮と共に、それに共鳴したレゾナント・アームズがその真価を発揮する。雪の上難儀しながら突撃してくるドラゴンなど、格好の的だ。翼の靴を履いた足は雪に取られることなく鋭く接近し、その拳が巨体の横腹へと綺麗にのめりこむ。
「……ッああああ!」
更に二撃。足を踏み込ませて、威力の増した一撃が足元を掬い上げ、ドラゴンは騎乗していた戦士ごと横転して地面に轟音を響かせた。あからさまな戦力差があるはずだった状況での、思わぬ初撃に、突撃しようとしていた一団の動きが一瞬乱れた。
その時だ。
「こちらに!」
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が、ノヴゴルドを手招き、自身の白虎への騎乗を促し、セルウス達はその行軍速度を一気に上げた。リカイン達が派手に戦っている間に少しでも距離を取り、追ってから位置を悟られないようにするためだ。
メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)が木々を切り裂き、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)がパイロキネシスでこじ開けた道へ飛び込む。その先頭で、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、チムチム・リー(ちむちむ・りー)と共に、本隊の進行方向とは別に、その足を向けて突き進んだ。先行し、追っ手たちをこちらに引きつける為だ。
「セルウスは嫌がるかもだけど、少しでも危険は減らしておかないとね」
同じように、カル・カルカー(かる・かるかー)も、夏侯 惇(かこう・とん)達と共に道を離れた。
「じゃあ、打ち合わせどおりに行くよ!」
「承知」
惇が答え、あらかじめセルウスから渡してもらった服の一部を取り出した。より一層、追っ手たちがこちらに惑うように細工をするためだ。逃げるように距離を取りながら、目を引くような、そうでないような痕跡をところどころに表出させるといった細々とした細工をするのは骨が折れる作業ではあるが、距離を稼ぐのが目的のセルウス達と違って、こちらは欺くためのものだ。
「できるだけ、手数が減らせればいいんだけど……」
カルが呟いた、その一方。
セルウス達が森へと入り、更に方々へ囮も散って、上空からの視認も難しくなり始めた頃。段々と押し勝ち始めたドラゴンたちの前に、後続を断つように空激していた洋達も躍り出た。
「これより、全力空爆を開始します。聞き届けよ……ワルキューレの嘲笑……以上」
エリスの冷たい声と共に、上空の飛空艇部隊が爆撃を開始した。乱れた一団の中へと、それぞれの武器を惜しげもなく雨のように降らせると、更にみとの放ったブリザードが足元を凍りつかせて更に行軍を阻んでいく。動きが鈍れば、地上で身軽なシルフィスの独壇場だ。あちこちで上がる爆煙の中を掻い潜り、一撃一撃を食らわせることで、確実にその戦力を削っていた。見通しの効かない森の中、アクセルギアを全開にさせたそのスピードを捕らえることは難しい。逆に、巨体であるドラゴンは隠れることすら難しい。頑強かつ強力なドラゴンとは言え、当たらなければ意味が無い。体力の消耗こそあるものの、シルフィスは今だ無傷だ。逆に、一撃一撃が致命傷にならずとも、何度も喰らっていればダメージは蓄積していくものだ。上空からの爆撃にあわせて、リカインからの強力な一撃も相まって、一体、また一体と、ドラドンの巨体はズゥン、と雪山の上に体を傾がせていく。
だが、弾の数も無制限ではない。ついに残すところは自前の白兵武器となったが、エリスは頓着するふうでも無く、一撃離脱と方法を切り替えた飛空艇をドラゴンたちの間に突っ込ませた。
「剣の結界発動。防御しつつ、さらに戦闘を継続します。以上」
その後、ドラゴンが沈黙し、洋達が撤退、リカイン達が本隊の到着によって捕縛されるまで、ジェルジンスク監獄のすぐ傍では、盛大な戦闘が続いたのだった。
次第に激しい戦闘音が遠ざかり、残る体力配分のこともあって、速度を落とし始めた頃だった。
「……あれっ、皆は?」
気付けば、何人かの姿が見えなくなっているのに気付いて、セルウスはきょろきょろと視線を彷徨わせたが、やはり居ない。だというのに、皆は探すどころか、足を止めようとする気配も無い。焦ったように「ねえ!」とセルウスは声を上げた。
「待ってよ、はぐれちゃったら、危ないよ!?」
だがやはり、皆の足は止まらない。困惑するセルウスに「はぐれたわけじゃないのよ」と宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が言った。
「皆、それぞれの役目を果たしに行ってるだけ。万が一の為に、合流ポイントは伝えてあるから大丈夫よ」
「それって……っ!」
意味を悟って、セルウスは顔色を変えたが、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は、聞き分けの無い子供を宥めるような声で「セルウス」と名を口にした。
「足を止めるな、鈍らせるな。それこそが、皆の努力を無にしてしまうことなのだから」
その言葉に、ぐっと顔を歪めたセルウスに、自身にも言い聞かせるように、キリアナが口を開いた。
「今は逃げ切ることだけ、考えなあかんのどす。心配せんでも、皆、大丈夫に決まっとりますよって」
それでもまだどこか表情が浮かないセルウスに、リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)は「いい、ちびっ子君」と言葉をかけた。
「君は自分の気持ちを言葉にしたけど、これから先に進むには、まだ足りないものがあるわ」
何だと思う、と問われてセルウスが首を振ると「それは覚悟よ」とリーゼロッテは言い切った。
「気持ちを実現するには、相応の覚悟が必要よ。君と荒野の王との差は、力なんかじゃないわ。覚悟の差よ」
「言い換えれば、差はそれだけよ。力は必ず君にもあるわ。だから覚悟を決めなさい」
リーゼロッテの言葉に、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)も「そうだ」と強く頷く。
「道は俺達が必ず切り開く、だから絶対に諦めるなよ……お前が諦めなければ、皆も必ず、それに応える」
ぎゅうっと拳を握り締め「〜〜……ッ」と、珍しい唸り声を上げて、躊躇い、躊躇い、そして。
「……うん」
ただ短く一言。歯を食いしばるように言ったセルウスは、ぱんっと自分の頬を叩いた。
振り返りたい自分の気持ちを、戒めるように。
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