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フューチャー・ファインダーズ(第2回/全3回)

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フューチャー・ファインダーズ(第2回/全3回)

リアクション


【2】


 ラグーンを出航した船団は、一時間ほどの穏やかな航海を経て、目的のサルベージポイントに到着した。海原にグランツ教の巡回艇の姿はない。
「全船に通達。機関停止。投錨せよ」
 太公望が司令を下すと、船団は配置に付き錨を下ろした。
 潜水作業の先導は、特務隊隊員のアイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)が行う。
 我等の知る彼女よりも幾分幼さの見える彼女は、不格好な潜水服と不格好な潜水兜を装着し、潜水メンバーを連れて海底に向かった。
 彼女達が向かう先には、崩壊した旧海京のブロックが段々畑となって、歪んだ碁盤のように海底に貼りついている。
 その上に横たわるのは、巨大な建造物の残骸。水中とは思えない軽やかな動作で、瓦礫の頂きに登ったアイリは残骸を指差した。
「あれが海京崩壊の際、倒壊した天沼矛の一部、即ちイコンデッキです」
 兜の通信装置から聞こえる彼女の声に、皆は足を止め、イコンの墓所となったイコンデッキを見つめる。
 視線がイコンデッキに向く中、世 羅儀(せい・らぎ)は墓所から視線を外しアイリに目を向けた。
「……彼女がどうかしました?」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)は怪訝な表情を浮かべた。
「なに、天学のお姉さんっぽいアイリちゃんもいいけど、こっちの世界の有能士官っぽいアイリちゃんもいいなと思ってね」
 けれど、頬が緩むのと同時にむずむずと脳裏をくすぐるものがある。
「……魔法少女のアイリちゃん。それに海の中。前にもどこかでこんな……」
 次の瞬間、白のもこもこフワフワした女物の衣装で水中作業をしている自分と白竜の姿がフラッシュバックした。
(い、今のはオレの記憶……なのか……?)
 ふと白竜を見ると、彼もニガムシを潰した顔をしてる。どうやら同じものを見たようだ。同じものを見て安心する反面、それが白昼夢の類いでなく、確かな記憶だと裏打ちされてしまって、ズシリと落胆が肩にのしかかる。
 無言で目を合わせた二人は、思い出したものには触れず、静かに首を振った。
「……うん、今は、調査に集中しよう」

「……照明、行くぞ」
 クジラ型に変形したホエールアヴァターラに捕まり、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は施設の上をひとまわりした。
 海中作業用の発光球を打ち上げ、光なき海底世界を照らす。
 露になったイコンデッキの一部は、骨組みを残して朽ち果て、格納庫が剥き出しだった。外にも中にも、おびただしい数のイコンが横たわっている。多くは錆び付き、海藻と貝に覆われ、海底の風景の一部と化していた。
 潜水メンバーはイコンデッキに足を踏み入れる。
 グレアム・ギャラガーは柱にもたれ座り込むイコンの前で止まった。
「……見つけた」
 藻に覆われ変わり果てた姿になってしまっても、乱世とともに初めて搭乗したバイラヴァを忘れるはずはない。
 サルベージ船に座標を伝え、引き上げ用のクレーンを下ろしてもらう。
 その横では、アイリがアガートラームを回収している。
「……第一世代機を好き好んで回収するのは僕らぐらいかと思ったが」
 アガートラームはイーグリットをベースにした第一世代機だった。
「性能よりも思い入れですよ。目には見えない価値があるんです」
「ああ。その感情の存在は承知している」
 その時、アイリの横に浮かんでいる潜水兜から「にゃー」と声が聞こえた。
「……それは?」
「この機体のサルベージの依頼人です」
 密閉された兜の中にいるのは、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)だ。
「こちらの機体で間違いありませんか?」
「にゃーにゃー」
「えっと……」
 よくわからないけど、間違いないと言ってる気がする。たぶん。

「ぬおおおおっ!!」
 ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は怪力でイコンの残骸を持ち上げた。
「……ったく肉体労働はわしの担当とは言え、海底にまで行かせんでも。こちとらようやく森から出たばっかりだと言うのに」
 森から平原に出た類人猿の祖は、鼻息荒く残骸の下にあるものに目を向ける。
 何年も尻に敷かれた所為で歪んでいるが、その形状には見覚えがあった。
「……生駒に振り回される同志よ、会えて嬉しいぞ」
 相棒の手によって何度となく爆発を起こした幸薄き巨大な友、ジェファルコン特務仕様だ。
 そして、ヴァディーシャ・アカーシ(う゛ぁでぃーしゃ・あかーし)も探しものを見つけた。
「……どうしてボクが”失敗作”のためにこんな海の底にまで……」
 愚痴をこぼしながらとぼとぼ歩いていると、天井に吊るされた機体が目に入った。一見すると戦闘機にも見えるが、どちらかと言えば”鳥”に近い。
 彼女は泳いで傍まで。ぐるりと機体を一周して確信に至る。錆びた翼の下にあるのは紛れもなく”インファント・ユニット”だ。
「やっぱりフィーニクスです。しかも次世代型のフィーニクス・NX/F
 これこそ、ヴァディーシャの探していたものだった。
 眉間に皺を寄せ、忙しい母から任されたもう一人の娘を思い浮かべた。
「お前のためにやってるんじゃないです。ママに頼まれたから仕方なくです」
 一方、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)は目的のものを見つけられずにいた。
 二人は、手に数字のある人間の集まりがあるとのネットの掲示板の情報(ヴァディーシャが迂闊に流してしまった)を頼りに、こちらに合流した。
 恭也と白竜に詳しい事情を教えてもらい、サルベージ組合の正体が救國軍の特務隊である事、そして彼らが大規模な反攻作戦を計画している事を知り、協力することに決めたのだ。
 しかし作戦に必要なイコンを探しに来たものの、成果は芳しくなかった。
「あたし達の機体は見つからないな……」
「ここのイコンデッキに俺達のイコンがあるはずなんだが……」
 けれど残念ながら発見することは出来なかった。
「仕方がない。代わりになる機体を探そう」
 それから、二人は比較的保存状態のいいイーグリット・アサルトを見つけた。
「第一世代機か……ちょっと頼りねぇな。第二世代機はねぇのかよ?」
「この際、贅沢は言ってられないだろ。イーグリット・アサルトなら機動力も悪くはないし、近接戦闘にも強味がある。別段、悪い機体じゃないと思うぞ」
「……まぁ”チョコルト”じゃないだけいいか。チョコサーベルじゃ生き残れる気がしねぇ」

「……ったく、ヒデェ目に遭った」
 マーツェカ・ヴェーツは先ほど締め上げられた首を摩った。
 気を取り直し、特務隊に借りた音波探知機で周辺を探索する。音波の反響が海底を舐めるように走り、横たわるイコンの形状が装置に映し出された。
 聞くところによれば、ここからジェファルコンが回収されたと言う。彼女の記憶が途切れる前に乗っていた機体はジェファルコンのカスタム機。もしかしたらと考えた。
 横たわるイコンを踏み分けて、マーツェカは探知機の示す場所で顔を上げた。
「……こんな台詞を吐くのも妙だが、久しぶりだな」
 そこにイルマタルは眠っていた。
 傍には、数発分のガネットトーピドーと朽ち果てたドージェの鉄拳が転がっている。
「こいつも回収しておこう。まともに使えりゃいいんだが……」
 と言った瞬間、イルマタルの頭部に珊瑚のかたまりが激突した。
「んなっ!?」
 欠片を散らし、そのかたまりは目の前に落ちてくる。
 それは珊瑚であって珊瑚ではない。
 珊瑚のたくさん生えた鎧、“いい感じに育った舶来品の鎧”を纏ったフランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)だった。
「あ、あう、頭がぐらんぐらんしまするる……」
 ただでさえ動きにくい潜水服の上に、余計に動きにくい鎧。その動きにくさたるや山の如し。パーソナルスラスターパックで移動は出来るものの、精密な動作は絶望的だった。
「……なんでそんな格好を?」
「どこに教団の目があるかわからないから、カタリナ姉様がこのガラクタを着ろと……」
 皆でイコンデッキに来てるのだから、自分一人こんな格好してても無意味なのだが。
「……あ!」
 その時、彼女の目に、探し求めていたイコンゾフィエルが映った。
「特務隊の方には、旧型と呼ばれてしまいましたが、短期決戦においては第二世代機は第三世代機に勝る機体です。歴史上最初の第二世代機、神の代行者たるクルキアータの真価、薄汚い異端どもに見せてやりますわ!」
 狂信の炎を燃やしていると、たくさんの魚が(珊瑚に)群がってきた。
「きゃあ!? ちょっ……ああもう! なんですのこのガラクタ!!」
「へぇ。魚を獲るには便利じゃねぇか」

「……これなんて使えそうじゃないか?」
 白竜と羅儀は、壁に背中を預けて座り込むアンズーを発見した。
 所有する黄山と同型の機体だ。破損箇所も少なく腐食も目立たない。
「この機体を使わせてもらいましょう。サルベージ船に連絡を」
「了解」
 羅儀にクレーンの指示を任せ、白竜は回収の準備を行う。
 その時、ふと後ろの壁に目が行った。海藻とフジツボに覆われた何の変哲もない壁だ。けれど何か違和感がある。
 探索セットから調査用ナイフを出し、海藻とフジツボを落としていくと、しばらくして格納庫とは材質の異なる壁が出てきた。
 後ろで様子を見ていた恭也は、不自然な壁の出現に怪訝な顔を見せた。
「……なんだこりゃ?」
「おそらく上の階層が落下して、壁のように格納庫を分断してしまったのではないかと」
「……ってことはこの先にも空間があるってことか?」
「確認してみましょう」
 白竜は隙間からアクアバイオロボットを送り込んだ。
 インプロコンピューターでロボの得た情報を処理し、立体的な空間画像を表示させる。奥にある空間は広く、床には人形の物体が倒れ、あるいは立ったまま遺されている。
 彼の直感は当たったようだ。
「……叶、ちょっと下がってろ」
 ホエールアヴァターラをクジラからバズーカに変形させ、恭也は壁を吹き飛ばした。
「これでよし。さぁて、どんなお宝が眠ってるかなっと」
 雪のように降りる塵の中、目を凝らし、立ち並ぶイコンを見回す。
 実は彼には探しているイコンが四機あった。一機は自身のイコンだが、他の三機は友人のイコンだ。別の地区にいる仲間とテレパシーで情報交換してたところ、イコンのサルベージに行くことを話したら、彼らの分の回収まで頼まれてしまったのだ。
 それはなんだか修学旅行の夕食の時、炊飯器に一番近いという理由だけで、ご飯をよそう係にされてしまう理不尽さに通ずるものがある。
「……ったく、俺は業者じゃねぇってんだよな」
 それでも引き受けてしまうのが、恭也のお人好しなところだ。
 最初に発見したのは、ヴァレリアのゴスホークだった。その次にルカルカのヨク、唯斗の魂剛と順調に目的のものを見つけていく。
 更に格納庫の奥に。深淵に足を踏み出すように、海の底の闇を見上げる。
「……随分、長いこと待たせちまったな」
 恭也は立ち止まり、発光球を頭上に投げた。
 降り積もる星霜を身に受け、バイパーゼロはその場所に居た。
「また一緒に暴れようぜ、バイパー」