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リアクション
遺跡調査本部にて
ところ変わってこちらは遺跡のある赤い湖のほとりに着艦した大型機動要塞。この要塞には調査隊の発見物の収容も無論だが、敵の襲来に備えて多数のイコンを格納している。その中の比較的広い一室に調査本部室がおかれ、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)、ヘクトル・コンモドゥス、ゴダート・グリーンベルトらが打ち合わせや隊の指示などを行う。
黒崎 天音(くろさき・あまね)はブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)とともにこの要塞でイコン整備を担当していた。整備といっても頭を使うほうの仕事だ。博識を使い、戦闘時の被害状況、戦闘データの分析など、やることは山ほどある。彼は仕事をしながら先だっての影人間のことを考えていた。強い光から濃い影が発生するように、インテグラルを操っていた影人間達は光条世界の意思で動いているのではなかろうか。先日確保された、ナラカのゴーストイコンにパラミタともニルヴァーナとも違う技術が用いられていたことや、一部に薔薇学第二世代機であるファーリスに用いられているのと同様の技術“も”用いられていること、部品の中には、数万年を超える過去の物と思われるものがあるという情報にもに興味を引かれていた。
「パラミタともニルヴァーナとも違う技術……近頃、融合機晶石なんて物も発見されたようだし……。
頻繁に目撃されるようになっているソウルアベレイターの存在を考えれば、失われし大陸の技術とも考えられるけど。
真相はさて、どうなんだろうねぇ」
声に出して呟くと、隣席のブルーズが頭を上げる。
「何か言ったか?」
「いや、ただの独り言」
伸びをする天音の目に、漂うようにやってきたアラムと、その後ろからゆったり歩いてくるジェイダスの姿が目に入った。天音は席を立ってそちらに歩いてゆく。
「やあ、今度、一緒にお茶でもしないかい?」
天音が陽気にアラムに声をかけると、アラムは微笑んで頷いた。
「そうだね、ひと段落したら気分転換にいいかもしれない」
ブルーズは黙ってアラムを見つめていた。存在をこの世界に半分しかとどめられなくなったアラムの肉体は、半透明になり、背後のものが透けて見える。物質についてや次元についてなど複雑な問題が絡むのだろうが……。だがアラムの表情は以前とちがっていた。ゾディアック戦直後は抜け殻のようだった表情に、はっきり何とはいえないが意思を表すような何かが宿っている。アラムは軽く会釈をすると格納庫を出て行った。ジェイダスがその後姿を見つめていると、天音が声をかけた。
「理事長、少し質問があるのですが構いませんか?」
「ああ、構わんが。どうした?」
「理事長、ウゲン・カイラス(うげん・かいらす)と何か取引されましたか?」
天音は整備室の奥の一角に格納された自分のシパーヒー、イスナーンとファーリス、ジェイダスの特別機を見遣りながら問いかける。ジェイダスは面白そうに目を細め、聞きかえした。
「取引? ヤツと? 一体なんのために?」
ジェイダスの表情から、天音はそういった事実が無いということを察した。
「光条世界に関する情報をウゲンから何か伺われたのかと思いましたが……僕の勘違いのようですね」
「光条世界……いや、光条の力に対しては以前より興味を持っていた。
理想的なエネルギーを探る上で、光条兵器から引き出される光条の力は機晶エネルギーと同様に興味深いものだった。
それも今や、ナラカの黒い太陽よりエネルギーを引き出すことが可能となったわけだが――」
そこでジェイダスは言葉を一度切ってから歩み出し、天音に背を向けたままついでのように続けた。
「あくまでもこれは私の個人的な考えだが……。
ゲルバッキーへの対抗策としてウゲンをコリマが動かしていたのではないかと思う。
コリマ自身が感じていたゲルバッキーの企みと、光条世界とゾディアックとの繋がりに関する推測……。
それをウゲンに与えたのではなかろうか。
――この地を探り、光条世界への道を求めていれば、自ずとそれぞれが何を考えているかも見えてくるだろう」
天音は頷いた。
「僕は最高のイエニチェリではなかったけれど……いつまでも、貴方の生徒ですから」
ジェイダスは少年の姿になっても変わらない。天音は小さく笑い目を細めた。そこに急ぎ足で向かってきたのは同じく整備に当たっていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だった。泰輔は機晶技術や先端テクノロジーを用い、新しく入った情報の応用を考えながら、イコンの改修・メンテナンスに当たっていたのだ。他校のイコンを実際に触れる機会はそうそうはない。メンテ技術の向上を図るにはいいチャンスであると考えての整備参加であった。彼はジェイダスと天音が立っている所からそう離れてはいない位置で作業をしていたのだ。パートナーであり恋人でもある讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は丁寧にイコンのパーツ交換を行っていたが、時折泰輔の方を懸念げな表情を浮かべて見ている。
「理事長はん、ちぃーっと聞いてみたいことがあるんやけど、かまへんやろか?」
「なんだ?」
「薔薇学は第2世代機が配備されたのが一番遅いでっしゃろ? なぜそうなってしまったのかなーと思いましてん」
「タイミング? 特に意図的にそうしたわけではない。結果的にそうなった、ただそれだけだ。
三賢者とウェルチが開発担当だったしな」
「なるほどな〜。早くも第3世代機も出ている状況で、インテグラル・ナイトのイコン化実験もありますやろ?
我が校のファーリスはその中でどのように活躍すべきか――どのような活躍を、理事長はんは望んでられますのやろか?
理事長はんは元々蒼空学園におった僕をイエニチェリに選んで呼んでくれはった。
意向は尊重して、その望みは実現させるようにありたいなぁと思いましてん」
「そもそも第3世代機と第2世代機――各学のイコンは、それぞれコンセプトが違う。
イコンがどうのではなく、各々の生徒たちがこの状況でどう振る舞うか、好奇心や美学をどう昇華するか、それだけだろう。
望むことなど別にない」
「理事長はんは、一体ニルヴァーナのこの先に、一体なにを『この先』に見てはるんです?」
「石原肥満が死の間際に漏らしたように、私自身も2つの大きな意思がパラミタを巻き込もうとしているのを感じていた。
ウゲンが転生するまでに出会っただろうソウルアベレイター達……。
彼らの事を思い返してみるといい。彼らの意識の一部は、何か我々の及び知らないものに向けられていた。
――どちらの勢力も、既に動き出している。
このニルヴァーナで“光条世界”への道を切り拓くことが出来るかどうか……。
それが今後のパラミタや契約者の運命に深く関わるものとなるだろう」
いつになく真剣に、熱弁をふるう泰輔の表情だけが顕仁からは見える。会話の内容は離れすぎて聞き取ることは出来ないが、泰輔はジェイダスを尊敬していることはわかっている。そしてジェイダスは恐ろしいほどの才能と、誰もが知る美貌とを兼ね備えている男だ。もし……泰輔が彼に心引かれたら……。恋人を信じたい、信じなくてはいけないという気持ちと、ジェイダスに向かい素直に賞賛の表情を浮かべて話す泰輔の表情に、顕仁はひどく複雑な感情を抱えていた。ジェラシー。それは決してよい結果を恋人との間に引き起こすことはない。苦悩を抱えながら顕仁は黙々と作業を行っていた。ふと気づくと泰輔が戻ってきている。ジェイダスも天音も話を終えて立ち去ったようだ。
「なんや? どないしたん?」
「……マジメに仕事はしておるぞ」
泰輔はちょっと首をかしげていたが、忙しさからの疲労かもしれない。今回の仕事が片付いたら少し気分転換にどこかへ出かけてもいいかもしれないなと思ったのだった。
源 鉄心(みなもと・てっしん)は調査本部に向かっていた。彼は新しい司令官―ゴダード―が一体どんな人物なのか、人となりを見ておきたいと考えていたのだった。ルシアが苦手と言うだけでなく、ヘクトルまで頭と胃を痛めているという人物。宇宙開発に関わり月面にも居たと言うことは有能であることは間違いないだろう。噂ではやり方が強引だと言う話も聞くが……さて。イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は真剣な表情で鉄心に言った。
「鉄心がお話してる間、わたくしはゴダートおじ様のパートナーさん達の様子を窺うことにしますわ」
ティー・ティー(てぃー・てぃー)は相変わらずお気に入りのウサ耳をつけ、完全にマイペースである。
「アメリカ……USA……うさ……!? つまり、仲間うさ〜?
とか言って会いに行ったらヘクトルさんがますます頭抱える羽目になるのかな?」
「……それはやめとけ」
「でもでも、うさ耳は外せません!
このうさ耳が気になって気になって、相手は催眠術にかかったように嘘をたやすく見破られてしまうのですうさ……。
パートナーさんたちは、三人寄れば色々って言いますし。仲良くできたら良いな」
「そこは3人寄れば文殊の知恵ですの。ウサギはやっぱりアホですの」
「むううう……」
鉄心がおとなしく出来ないなら置いていくと宣言し、イコナとティーはぴたりと黙った。調査本部でゴダードはパートナーの少女たちと離れ、ソファでコーヒーをすすっていた。いかにも軍人然とした男。年のころ40代後半か50代前半だろう。傲慢そうな表情に押しの強い性格がにじみ出ている。
「何か用か?」
「俺達は今回新しく派遣された調査団の護衛の任に当たらせていただきたいと思いまして。
今まで調査隊は多くの人を失ってきました。、これ以上、犠牲は出したくありません。
調査隊を失ったのは我々の責任ですから……新しく来られた方々も命がかかってますし。
全面的に信頼していただくのは、まだ難しいでしょうが……少しでもコミュニケーションを取れればと思いまして」
ぶしつけな目線が鉄心の全身を値踏みするように走る。ついで3人のパートナーのほうへ駆け出して行ったティーとイコナに目を移す。
「彼女らについても問題ありません……ああ見えて、彼女らはプロフェッショナルです」
鉄心は言い切った。内心の動揺が表に現れていなければいいのだが。気休めかもしれないが友情のフラワシもしっかりと使っている。イコナとティーは3人の少女達―どうやら強化人間のようだ―とのコミュニケーションを図っていた。
「イ、イコナですの……。ど、動物ビスケット……いかがです?」
そう言ってイコナがバスケットに持ったお菓子を差し出すが、少女達は黙って首を振った。姉妹でもなんでもない、顔立ちも違うはずなのに、3人の少女達は一律に無表情で生気がなく、個性というものを感じ取れないため似通って見える。
「……い、いらないですか」
少女達は無言のまま、イコナを見つめる。どこか虚ろな、無関心なまなざしにイコナは怯んだ。イコナはティーの背後に急いで回ると、彼女をぐいっと前に押し出した。要は盾である。
「こちらに来たばかりだと不安もあるかもしれませんけれど……。
わたくしがいる限り無問題ですの! イコナにお任せですの!」
鉄心は咳払いをしてゴダードに言った。
「一見、遊んでるように見えるかも知れませんが……実はそう思った時点で、彼女らの手の内なんですよ」
ゴダードは鼻を鳴らした。
「魔導書にヴァルキリーか。劣等種族だが、従えているお前は地球人のようだな。フン、まあよかろう」
一瞬鼻白んだ鉄心だったが、気を取り直してゴダードに問う。
「ところで、ゴダードさんは今もアメリカ軍に所属しておられるんですか?
調査団と言うのは、多国籍合同なのでしょうか……。それとも、アメリカ主導という事になるんでしょうか?」
「アメリカ? もうそんなものは昔の話だ。地球主体としての調査権を持ってワシは来ている」
「……なるほど、そうでしたか。……コーヒーを入れ替えてきましょうか」
「いや、もういい」
「では片付けてきましょう」
簡易キッチンがゴダードの机の向こうにある。そこには小さな盾のようなものが飾ってある。あれに触れられないだろうか、鉄心は空のカップを手にティーにテレパシーを送った。イコナに盾として押し出されたティーが引きつった笑みを浮かべている。それでもなんとか少女達の心を開かせようと言葉を押し出す。
「強化人間さんは依存っぽい感じになっちゃう事も多いみたいですけど、私だって似たような感じだったかもしれないし。
でもイコナちゃんが来てからは、2対1で鉄心を圧倒してますうさ!
3人でも足りない時は私もお手伝いするので、何か困ったことがあったら、遠慮なく言って下さいね」
心からの言葉に、少女達の一人の表情に戸惑いと何かの感情が一瞬表れた。
「そういえば、お名前はなんとおっしゃるのでしょうか」
イコナが問うた時だった。
ゴダードが立ち上がって少女達の方へ歩いてくる。
「名前? アルファ、ベータ、ガンマで十分だ。そいつらに何を聞いてもムダだ。人形もどきだからな。
換えもいくらでもきく」
イコナとティーが息を呑む。少女達は再び無関心の殻に閉じこもってしまった。
そのスキに鉄心は通りしな彼の机の上の記念盾に手を触れサイコメトリでチェックした。
(地球こそが選ばれた場なのだ。地球がもし独自に新しい力を得られれば、劣等種族の住むパラミタに対しより優位に立てるだろう)
地球人至上主義者。ゴダードの今までの態度にも出てはいたが、これほどまでとは。アメリカ軍に居たころ幾つかの軍事関連の企業と繋がりを持っており、現在は、そちらからもニルヴァーナでの成果を期待されているという噂もある。鉄心はそのことを心に留めておいた。
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