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リアクション
スポーンたちの街
湖の中に漂ってきた春物バーゲンのチラシ。ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)、夏來 香菜(なつき・かな)、レナトゥス、アラムらと共に契約者たちの何人かはスポーンの町を探るべく遺跡群の中にある街に足を踏み入れた。そこはあの黒い種子に再現されていた東京のように、空京の繁華街と酷似していた。あの種子にあった街と違うのは住人であるスポーンたちがにぎやかに行きかっているところだった。姿かたちはさまざまで、以前闘ったような頭部が爬虫類に似たもの、竜のようなものなどさまざまだ。ただ、背中の触手はここにいるスポーンたちにはなく、剣呑な雰囲気は一切ない。服は上着だけのものやストールだけつけているものなど、人間の基準から言えば奇妙な取り合わせで着ていたりするが、和やかな空気(水中ではあるが)が町全体を満たしている。動くと抵抗があり、通常の動作がし辛い点など体感的には完全に水の中だが、呼吸は普通に出来るし、衣類や持ち物も濡れることはない。なんとも奇妙な場所である。街を行くスポーンたちは男性的な容姿や女性的な容姿のものもいるが、性別もとくにはないようだ。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が辺りをゆっくりと見回す。
「なんとも……今までのイメージからかけ離れた場所にきちゃったわね。
ね、街でショッピングをしよう? ここにいるスポーンたちのことを知ろうとするなら生活に溶けこむのが早そうだし。
……聞き取り調査でもいいんだけど、いきなり地雷踏んでもまずいし」
十七夜 リオ(かなき・りお)も頷く。
「パッと見で、確かに空京とかの繁華街っぽいな。通貨もゴルダだし……ってゴルダ!?
町は元々あった遺跡と考えられなくもないけど、古代ニルヴァーナまでゴルダが通貨だったとは考えにくい。
通貨の製造番号が全て一緒、なんてオチはないよね?」
「どうだろう……でも、もしそうなら……おつりが出ないように買い物をしないとね」
ルシアが妙な心配をしている、
「しかし……春物処分セールとは、やたらリアルだな。
食べ物も売っているという事はスポーン達の体内には消化器官や内臓があるという事になるか。
独自進化というよりは、何か手本があるのだろうか? それこそ、香菜の記憶を元に再現された黒い月の街のように?」
リオが呟くように言う。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も香菜に腕を絡め――親しいというのもあるが、香菜とルシアが危険な所にふっと行きかねないのを警戒してのことだ――言った。
「どうやらこの街では、普通にゴルダが使えるようだし、スポーンたちに敵意はないみたい……。
街のブティックでお買い物をして、お金を払いながら店員に話を聞いてみよっか」
美羽はなぜスポーンたちがこの街では他と違い平和に暮らしているのか突き止めたいと思っていた。
「チラシによると、どうやら春物セールが開催されているようだし……行ってみよう?」
祥子も勢い込んで言う。
「気に入ったデザインがあれば買って行きましょう。
サイズが合わなければ創世学園都市の仕立て屋さんに持ち込んでリメイクしてもらえばいいし。
緑・黄色系の春物……屋外活動向きの服とかあるかしら?
ルシアや香菜ちゃんズはどうする?気に入ったのがあれば一緒に会計済ませちゃうわよ?
調査の一環だしあとでヘクトルに頼んで経費で落としてもらいましょう☆」
祥子と美羽は香菜、ルシアとレナトゥスを引っ張って、チラシにあった店を訪ねることにした。美羽のパートナー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は外で待機することにした。
「僕はちょっと食べるものを調達してきてみる。そのあとここに戻ってくるよ。女の子たちの買い物は長いしね……」
最後の一言にはずっしりと実感がこもっていた。
「僕は独自に商品や機械、建物なんかを先端テクノロジー、機晶技術、イノベーションを使って調べてこよう。
通貨はいつ頃発行されたものか、機械は地球の物と差異はないか、いつ頃建てられた建物なのか
イレイザーは形を変えたり、機械に寄生したりする事も出来たよな……。
下手すりゃ、この町にあるモノは、人型スポーンだけじゃなくて、全部形を変えたスポーンって可能性もある訳だ。
逆に違ってたとしても、それはそれで何でそんな事してるって話だしな……」
リオはそう言って単身、繁華街の人―いやスポーン―の流れに身を投じた。
チラシの店はかわいらしいデザインのものから大人っぽいものまで、一渡りそろえている様だった。色も春らしく淡いイエローやグリーン、パステルピンクなど優しい色使いのものが多数ある。そして奇妙なのはスポーンたちが1メートルほどの小型であるのに対し、服のサイズは人間標準であることだった。
「いらっしゃいませ」
ワニに似た頭部、ぶかぶかのまま淡いクリーム色のシンプルなデザインのワンピースをまとったスポーンがにこやかに頭を下げる。おしゃれなブティックの店員らしい格好ではあるが、子供がムリに大人の服を着ているような按配だ。
「きゃー、ちょっとこのワンピース可愛くない?」
胸元に卵色のレースとリボンをあしらい、ふんわりしたギャザーたっぷりのスカートのワンピースを手にして祥子が歓声を上げる。
「こっちのミニスカートのも良くない?」
美羽が香菜にシンプルなデザインのワンピースを当ててみる。
「あ、これ良いかも……」
香菜とルシアもすっかり服を見る気満々である。
「お勧めデザインとかありますか?」
美羽が聞くと、スポーンが頷く。
「こちらのデザインが今年は流行ですね」
ゆったりしたデザインにレースなどをあしらったカットソーや、フリルの可愛いスカートなどを勧めてくれる。祥子はざっと見て気に入った服をチェックし、あれこれと試着してみている美羽達に言った。
「香菜、それちょっと良いじゃない?」
「……ちょっとシンプルすぎるわよ。白一色だし」
香菜が応える。
「え〜。カナホワイトとかお茶の間ヒロインみたいで可愛いじゃない?
レナトゥス。これは【ツンデレ】といって本当は嬉しんだけど恥ずかしいからツンツンして嫌がって見せてるだけなのよ」
レナトゥスは目をぱちくりさせている。
「レナにはこういう少しはっきりした明るい色が良いと思うのよ」
美羽が言ってエメラルド・グリーンに白いレースを胸元にあしらったワンピースを差し出し、試着を勧める。祥子はちょっと気になったものを一渡り買い終わると、美羽たちに言った。
「さて、経費で落すためには男物とか日用雑貨も買っておかないとね。
この街の住民の生活環境や私達への評価がわかれば交流も生まれるでしょう?
そうしたら交易だって生まれるかもしれない。ローマに至らばローマに従え。ここの流儀に合わせるのが筋ってものよ。
あとは食料品も! これもイレイザー・スポーンの生態を知る上で重要なサンプルになりそうだしね。
そう、私のお買い物は全て大事なサンプルなのよ」
そして新たな獲物を求め――もといショッピングのために店を出て行った。美羽をはじめ、ルシアも香菜もレナトゥスも、買ったばかりの春物の服を着て、街に出てみることにした。美羽は勘定を払い、店員に聞いてみた。
「この街がいつからあって、なぜみんなこの街で暮らしているの?」
だがスポーンは困ったような顔をしただけだった。
「……あまり……よくわかりません。住むところは……ここしかないですし……」
聞き方を変えて幾度か尋ねてみるが、どうやら彼らにもはっきりとしたことがわかっていないらしい。
「どうしたらいいんでしょう? 何かニンゲンと言うことやなにか、違っていますか?」
店員はひどく困惑した様子で逆に尋ねてくる。
「ううん、そんなことはないよ」
香菜が言い、レナトゥスも頷くと店員のスポーンは安心した様子だった。
「それならいいのですが……なにかあれば色々教えてくださいね」
「ねー、香菜もルシアも、レナも新しい春物、とっても似合うわ」
そろいで色違いのミニワンピの香菜とルシア。香菜はなんとなくスカートが短すぎて落ち着かない様子だが、それを表面に出さないようにしているつもりらしい。ルシアはくるりとその場で回ってみたりして楽しそうだ。レナトゥスは選んでもらったエメラルドグリーンのワンピースを着て、いつものように落ち着いている。
「さて、じゃあ経費でまたお買い物をしながら、調査の続きをしましょう! どこのお店にする?」
ルシアが張り切って案内板で次なる目標の品定めを始めた。
そのころヘクトルは機動要塞の一角で寒気を感じていた。
「……なんだか悪寒……がする。ただでもゴダードとの調整で頭が痛いというのに。救護室で薬をもらってくるか……」
「春物セール開催中……だと……こいつら服を着るのか……。だがそれなら話は早い」
じっとスポーンたちを観察していた瓜生 コウ(うりゅう・こう)が、マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)に言った。
「こいつらが何が好きで、どうすれば喜ぶか? 雑誌はあまり役立たなかった。
……内容がみんな空京の去年のコピーだったしな。だが現地のナウなヤングにウケそうな衣装は調達完了だ。
先行偵察終了、プランBへ移行する」
そしておもむろに広場の一角にポムクルと屋外ライブ会場の設営を始めた。ドッグズ・オブ・ウォー傭兵団に運ばせた資材を使ってステージを組み、簡易テントを設営する。ステージの周辺を購入してきた花などで飾りつけ終わると、空飛ぶ箒で街の上に舞い上がる。空(?)からビラを撒いて歌姫マリザのゲリラライヴ開催を宣伝しようというのである。チラシを見たスポーンたちがステージ周辺に集まり始めた。一様に好奇心でいっぱいの表情を浮かべ、目を輝かせている。
「ハローハロー、メンズ&レディース……っと、性別はないのか。
ここに集まった幸運なお友達、これから夢のような時間がはじまるぜ」
司のコウが口上を述べる。マリザが従者で奏者の五人囃子を従え、きらびやかな衣装をまとってステージに登場した。
「シャンバラでの『名声』はココで通用するのかしら?
まあ、通じないなら、これから通じるようにすればいいだけよ。 さあ、私の歌を聞きなさい!」
聴衆は全てイレイザー・スポーン。だがいつもと変わりなく彼女は堂々とステージに出て歌う。翼を持つ妖精ならではの激しくダンサブルなステージパフォーマンスも見事だ。
客席に混じった傭兵達が一斉に叫ぶ。
「ご存じないのですか? シャンバラの妖精、マリザちゃんです!」
スポーンたちは喜んで歓声を上げる。ゲリラライブはすっかり彼らを魅了したようだ。
セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、ウゲンがホットドッグを売る広場の別な一角でマネキ・ング(まねき・んぐ)とともにアワビを売っていた。なんと特別試食サービスつきである。通りかかるスポーンたちは好奇心いっぱいで試食し、その食感に驚き、歓声を上げたりしながら順調にセリスらの売り上げを伸ばしていた。
「北ニルヴァーナの調査に来てみれば、こんなところにスポーンの街があるとは……。
いや、つーか、俺たちはこんなところでスポーン相手にアワビの販売なぞしていてもいいのか!?
光条世界についても調べる必要があるのだろう?」
マネキ・ングは堂々たる物腰で試食用アワビをごく薄の薄切りにしながら言った。
「北ニルヴァーナの地にスポーンの街があることは前々から知っているのだよ。
フフフ……スポーンたちは、我のアワビをいまかいまかと待っていたのだ!
調査だと? そのようなこと、全てを知っている我には必要のない事だ。
ふむ……『口上』世界については、遠い昔に研究したことがあるぞ」
マネキ・ングは元『分割思考』の研究者であったが、あわびを目的に据えた壮大な妄言や奇行が最優先されるという厄介な性質がある。全ての事象を自分は知っていると思っているだけであり、当人は現実感を持って断言しているのだが、実際の知識は他の契約者達となんら変わりはないのだ。
「……もう、研究した事があるって? 多分、お前の研究ってそれ字が違うと思うぞ……」
「フフフ…読み方は同じなのだから辿りつく先も同じではないか……」
マネキ・ングが尊大に言った。
「さて、そんなことよりも新たなお得意様ができたのだ、そこのウゲンドックに負けないようにアワビを売ろうではないか。
気に入っていただければ重大な情報を教えてくださるかも知れぬぞ」
セリスは何か違うような気もしたが、首を振ると冷蔵ケースから試食用のアワビをひとつ選んで取り出す。
「客相手に、商売するのも情報を仕入れるのも有効ってことか?
……そう思うなら有益な情報が欲しいものだな」
そう言ってセリスはため息をついた。
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