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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 11


「なにこれ、あっつ」
 クマラとエオリアはダリルから追加の情報を受け取りながら、ルカルカ達が戦っていた場所に到着した。近くには、国連軍の衛生兵が待機しているのだが、倒れているルカルカ達からは遠い位置で動いていなかった。
「これが、近づけない理由というわけですね」
「生卵持ってない?」
「……いえ、持ってませんよ。生卵なんてどうするんですか?」
「ここからころころ転がしていけばさ、ゆで卵ができそうだよね」
「その前に、破裂するような気がしますね」
 周囲に立ち込める熱気は凄まじい。
 何かしらの対策を用意しなければ、この熱気の中で動くのは無理があるだろう。とはいえ、二人も特に耐熱スーツなどを持参しているわけではない。
「では、お願いします」
 熱くて近寄れないのならば、冷ましてしまえばいい。
「いっくよー!」
 クマラは熱の中心に向かって、ブリザードを打ち込んだ。氷の嵐は一瞬で解けたと思うと、それもすぐに蒸発してしまう。一発で足りないのなら、二発、三発と積み重ね、クマラの精神力が枯渇する少し手前で、なんとか突入できるぐらいまで熱を逃がす事ができた。
 無事二人を回収すると、エオリアのスキルで可能な限り応急処置をしたのち、衛生兵にあとを託した。

 管制塔の上から飛び降りてきたタパハと、残り僅かなダエーヴァの怪物達の抵抗は、凄まじいものがあった。
 ここが最後の砦であるから。指揮官が誰よりも前で奮戦しているから。それらしい言葉はいくつか思いつくが、確かなのは彼らの気迫は一味違っていたという事だけだ。
 そんな気迫を持ってしても、一人また一人と怪物達は倒れていく。
 そうして、最後の一人になった。
「俺一人か……やはり、俺には人の上に立つ資格などは無かったのだな」
 タパハは自らをせせら笑い、深く息を吐き出した。
 あとはただ一人だというのに、タパハを取り囲む兵士達には緊張が走った。この一呼吸は諦めの吐息ではなく、死に逝く覚悟を決めるためのものであったからだ。
 限界までの引き伸ばされた緊張の糸が切れるその瞬間、タパハは頭を大きくのけぞらせた。僅かな時間さで届く対物ライフルの銃声。
「……レンジャーか」
 ゆっくりと、タパハの頭の位置が戻る。その口には、ごつい弾丸が咥えられていた。取り囲む兵士達の隙間を縫った先で、マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)と視線が交錯する。
 咥えていた弾丸を吐き出すと、タパハはマイアに向かって駆け出した。
「おっと、人の事を無視するとは連れない奴じゃのう」
 兵士達では止めるどころか、触れる事さえ叶わないタパハの前に、カスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)が躍り出て道を塞ぐ。
 マイアを狙っていたタパハは、ターゲットをカスケードに切り替えた。容易く抜ける相手ではない、そう判断したのだ。
「せめて一人でも多く、黄泉路に付き合ってもらう!」
「貴様の爪は、わしの鋼鉄の身体を貫けるか、試してみるのじゃな!」
 左の爪が、突き出される。カスケードは両腕を交差させ、受け止めた。爪は交差した奥の腕まで達するが、身体にまでは届かない。
「どうやら、わしの勝ちじゃな」
 タパハは右の爪がまだ残っていた。
 右の爪はカスケードではなく、明後日の方向に降られ、それも中途半端な位置で止まった。この右手の動きが見えていた者は、同じ戦場に立って居た者の内、ごく僅かだった。
 さらに、その右手の爪の先に、小さな袋の存在に気づいたものはさらに少ない。その中身が、しびれ粉である事を知っているのは、斎賀 昌毅(さいが・まさき)ただ一人だった。
 タパハはその中身が何であるかはわかっていなかった。だが、自分に向かって飛来したこれが、囮である事にはあとほんの僅かな差で気づく事ができた。
 銃声が三つ。
「ダルウィ様のようにはいかん、か」
 タパハは力なくその場に膝をついた。カスケードの腕に刺さっていた爪がずるりと抜け落ち、うつ伏せに倒れて動かなくなった。
「殺したのか」
 意外そうに呟くカスケードに、昌毅は手の中のしびれ粉の入った小さな袋を見せる。そこには、爪で僅かな穴が開けられていた。
「こいつはきっと、動かなくなるまで戦い続けたはずだぜ」
 穴を開けて投げ返されたしびれ粉に、執念を感じ取った。中途半端に手傷を負わせて、捕獲しようなどとすれば、余計な被害を被っていただろう。
 そうして、結局最後はこうなって終わるのだ。
 僅かな時間の、閃きのようなやり取りではあったが、この判断に間違いは無い。そう不思議と確信できる何かが、昌毅の中にはあった。



 ダルウィの撤退、敵施設指揮官を討ち取り、それらに前後して各地の戦いも次第に沈静化していった。中でも大きかったのは、援軍としてやってきたダルウィの撤退だろう。
 敵援軍本隊は、間もなく戦場に到着するという段階で反転、撤退を開始したのだ。この敵が到着していたら、この戦いの行方もわからなかっただろう。
 彼らの撤退を促したのは、新星による遅滞戦闘、事前に綿密に準備された撤退経路、そして多くの職員を手早く空港から退避させ、仮に彼らが再占領を完了したとしても、施設の運用ができる状況ではなくなった事が決め手になった。
 空港攻略作戦に参加した国連軍と契約者達は、残って戦いの後始末に奔走した。いくつかの滑走路や設備に被害が出たものの、利用可能な滑走路を残すこともできた。日本のダエーヴァの、国外への玄関口を奪い取る事もできた。
 だが、何よりも大きかったのは、痛み分けなどではない、国連軍の完全なる勝利を得た事だった。