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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 15


 荷台に木箱とゴブリンを三人の乗せたトラックが、でこぼこの道を揺れながら走っている。
「来たよ、ルートは想定どおり」
「了解……発射、着弾まで4、3、2、1」
 黒乃 音子(くろの・ねこ)の通信を受け取ったフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)は、すかさず砲兵に指示を出した。
 空気を切り裂いて落下してきた砲弾は、トラックの一メートルほど手前に着弾した。
「惜しい!」
 フランソワはその様子を確認して悔しがる。
 着弾の衝撃で荷台のゴブリンのうち二人は投げ出され、荷物も一個落ちた。ただでさえ悪路だったのに、そこに穴まで空いてしまってトラックは一旦停車する他なく、そこへ、
「突撃!」
 音子とその号令に従うにゃんこ中隊の精鋭がトラックに飛び掛る。
 敵に一発も発砲させないまま、トラックと物資を制圧した。
「敵の輸送車を確保。このまま予定通り敵の背後に回るよ」

 黒大樹攻略作戦、本隊の戦いは日が傾きかけた頃に山場を迎えていた。
 巨大なターミナル駅にダエーヴァは部隊を集結させ、国連軍はその地点の攻略に戦力を注力したのである。
 このターミナル駅は、軍事基地という役目と同時に、各基地に手配する物資の集積地点としての役割も兼ねていたのである。ここに備蓄された物資を失えば、必然的にダエーヴァは防衛ラインを縮小せざるを得なくなる。
「これ以上好き勝手はさせんぞ」
 両手にそれぞれ斧を持ったミノタウロスは、この基地を攻略する上で最大の問題だった。物資集積所の所長とはいえ、ダエーヴァは全部が全部肉体派なのだ。
「そろそろ、降参してもよろしいのですのよ」
 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)の放ったワルプルギスの夜が、ミノタウロスと取り巻きのゴブリンを包む。ゴブリン達は次々と倒れていくが、ミノタウロスは気合としか呼べない何かで、これを振り払った。
 中途半端に、牛肉を焼いたような匂いがする。
 ミノタウロスは一歩事に地面を揺らしながらエリシアを狙って斧を振り下ろす。床がクラッカーのように砕けるが、エリシアを捕らえられない。
「ちょろちょろと!」
「あなたがのろまなだけですわ」
 のろまと言ってはみたが、ミノタウロスは決定的な隙はなく、中々のやり手だった。信頼がおけるほど、耐久力特化した肉体を持っていながら、無茶な攻めはしようとしないのだ。
 ミノタウロスらしからぬ慎重な動きは、何か理由があるように思えてならなかった。
 この戦いで何かを狙っているのかもしれない、そう考えると、エリシアも迂闊な攻めを選ぶわけにもいかず、互いに探り合うような形になってしまっていた。この場に居ない御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の顔が頭にちらつく。信頼のおけるパートナーならまた状況も違ったかもしれない。かもしれないが、今ここにエリシアが一人でいるのは互いに信頼しているからこそだ。雑念を振り払い、目の前の問題に集中する。
 その均衡は、地面の揺れと爆発音がきっかけになって終わりを迎えた。
「なに、ばかな、あそこは―ーー」
「物資の集積地点、だよね?」
 入れっぱなしの通信装置から、金 麦子(きん・むぎこ)の声がして、ミノタウロスの言葉に返事を行う。
「忠告してあげる。もっと警戒を厳重にしないと、簡単に裏口から進入されるようじゃ、まだまだね」
「ぐっ」
 多少手を加えたとはいえ、交通の要所である駅はそもそも防衛に適した施設ではない。ダエーヴァは国連軍の攻めが苛烈であり駐屯部隊で対応できないと判断し、ここに集まっている物資を運び出すという判断を下していた。
 応援を呼んでもいい返事が帰ってこないどころか、配置された部隊事に情報が錯綜している現状では、このミノタウロスの手駒で可能な行動はそれぐらいしかなかったのである。
 そして少しでも時間を稼ぐため、本人も前線に出て時間稼ぎに奔走していたのだ。だがそれも、ご破算になった。
「おのれ、貴様と遊んでやるのもこれまでだ!」
 一刻も早く、物資の状況を確認したいミノタウロスは、エリシアに渾身の攻撃を繰り出した。
「あら意外、わたくしも同じ意見ですわ」
 一頭と一人が交錯する。
「貴様、手を……抜いていたのか」
「まさか。ちゃんと切り札ですわ」
 機晶スクラマサクスについた返り血を払い落とす。
 崩れ落ちたミノタウロスが、床を揺らした。

「おお、大収穫ですな」
 フランソワ・ポール・ブリュイ(ふらんそわ・ぽーるぶりゅい)は適当に開けた木箱の中から、さっそく酒の入った瓶を取り出した。
「勝手に飲むのはだめ」
 その手から、麦子はひょいっと酒を取り上げる。
「すぐに飲むわけではない。スキットルが空になったから補充するだけだ」
「それって、すぐ飲むのと何が違うのよ」
 ダエーヴァが集積していた物資は、食料武器弾薬と多彩だ。いくつかは運びされたものの、それでも相当な量が残っている。
「先ほどの爆発は、物資を処分したわけじゃなかったのね」
 桜月 綾乃(さくらづき・あやの)は積み上げられた物資を見て、驚いているようだった。
「偽装よ。いざとなったらそれも手段の内だったけど、幸い突入にそこまで梃子摺らなかったからね」
 音子はそう答える。
 敵の物資の移動部隊を襲い、物資を受け取りにきた部隊を装って近づく、という行動は思いのほか簡単に成功した。咄嗟の現場判断で、きちんとした警戒や確認ルールを設けてないのが大きかったのだろう。
 おかげで、工作に手を回す時間ができた。爆発はここのダエーヴァの戦意をごっそりそぎ落とし、彼らを撤退させるのに十分な衝撃になった。
「素晴らしい戦果だ。しかし、我々が攻勢に出られるのはこの辺りが限界だろうな」
 遅れて物資集積地点にやってきたアナザー・コリマは、最前線の彼らにそう伝えた。
「このまま夜戦を続けるのは厳しいですね」
「それがし達はまだ動けるますが、それを皆に強いるのは厳しいでしょうな」
 もともと陽動として行われた作戦だ。その為、多少の無理をして攻勢を維持していたのである。このまま長々と戦い続ける体力は、軍という単位にはあまり残っていないだろう。
「この物資は可能な限り運び出そう。その後は―――」
「我々の隊が残り、施設を破壊したのちに撤収します。主要部隊は物資の運び出しに尽力してください。その間の、防衛も我々で引き受けます」
 音子の提言に、アナザー・コリマは迷い無く頷く。
 この施設を守りきるだけの戦力は無いし、隅々まで調査する余裕もない。後腐れなく壊してしまうのが一番だ。
「わかった。だが、今は物資より君達の方が大事だ。無理だと判断したら即座に引いてくれて構わない。よし、物資の運搬を行う」
 国連軍兵が物資に運び出しに取り掛かる中、アナザー・コリマは綾乃に視線を向けた。
「今なら、労せず千代田基地まで下がれるはずだ」
「……足手まといなのは、わかってます。でも」
「待つ側は辛いものだな……邪魔だと判断したら無理にでも送り返す。それまでは、好きにしていて構わん」
 物資のほとんどを運び出すまで、ダエーヴァの本格的な反撃は無かった。それだけ、彼らは混乱していたのだろう。それは本隊と、黒い大樹に向かった精鋭達が分け合うべき功績だった。