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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 16


 世 羅儀(せい・らぎ)のアブソリュート・ゼロの氷の壁を、ザリスと甲斐 英虎(かい・ひでとら)の二人が駆け上がる。
「振り切れないか」
 英虎は逃げ切るの諦め、氷の壁を蹴って体を空に投げ出し、ルミナスアーチェリーでザリスの背中を狙う。
 ザリスも続いて壁を蹴って空中の英虎を追う。
 英虎の光の矢は肩の上辺を掠めて氷の壁を穿つ。
 そのままぐんぐん近づいたザリスは、途中で何もないところを切った。何も無い場所が切られるたびに、小さな火花が散る。
「なら、こっちはどうだ」
 地上から、ザリスに向かって女王騎士の銃を撃っていた叶 白竜(よう・ぱいろん)は、フュージョンガンに持ち変える。
 プラズマが発射されると、ザリスは英虎への攻撃を取りやめ、片方の剣を氷の壁に向かって投げつけた。刺さった剣から、ザリスの手元までワイヤーが繋がっており、それを手繰り寄せてザリスは氷の壁の上に立つ。
 プラズマはそのまま氷の壁にぶち当たり、そのままぶち抜いていった。
「危ないもの持ってるなぁ」
 剣を引き寄せて、再び両手に一本ずつ剣を持つ。
 三メートルはありそうな氷の壁から、気軽にひょいっと降りたザリスはくるくると剣を回して持ち手を直すと、羅儀に向かって駆け出した。
「退路がないなら進むしかないなあ!」
 羅儀は怯まず立ち向かう。叫びにレゾナント・アームズが共鳴する。
 迷い無く首を掻っ切ろうとする切っ先を掻い潜り、拳を振るうが肘で止められる。
「あ、意外と楽しめるかも」
 片手で飛んでくる銃弾の処理をしつつ、ザリスはちょっと楽しそうに言う。
 と、そこへ英虎が飛び込んだ。
 低い姿勢からのタックルだったが、ザリスは回し蹴りで英虎を蹴り返す。
「さすがに露骨だよ」
 ザリスはつまらなそうに視線と言葉を投げかける。そうしている間にも、白竜と羅儀の攻撃を凌いでいる。
 吹き飛んだ英虎を、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)が受け止め、すぐに命のうねりを施した。回復した英虎が自分の足で立つと、突然ザリスの動きから精彩が無くなり、羅儀の拳をまともに受けて吹っ飛んだ。受身も取らず、地面をゴロゴロと転がる。
「トラ、何を?」
「もし本当に契約者なら、効くと思って」
 英虎の手には、Pキャンセラーが握られていた。
「ここまで、効果があるなんてな」
「油断はするな」
 倒れたザリスは、起き上がろうとして一度崩れ、再び剣を地面に突き立てて体を起こす。
 そして、どろりと溶けた。
「……!」
 思わず、息を呑む。
 一塊の黒い泥は、地面に広がっていく。
「し、死んだ、のか?」
 羅儀が英虎の顔を見るが、英虎にだって何が起こったのかわからない。
 開きっぱなしの通信で、どこかの部隊とザリスの会話が聞こえてきたからもしやと思いPキャンセラーを試したのだ。弱体化する可能性は考えていたが、こんな展開は想像していないし、できない。
「おい、目を離すな」
 白竜の声に、再び皆の視線がザリスの居た場所に集まる。
 一度溶けて崩れた黒い泥が、再び人の形を取り戻そうとしていた。溶けた瞬間を逆再生しているかのようだったが、違いがあった。人の形は二つに増えていたのだ。
 ほぼ同時に、ザリスは元の形に戻った。
「最悪だよ」
 二つのザリスはまさに瓜二つだったが、片方のザリスは両手に剣を持っている。もう一方は、何も持っていない。
 剣を持ったザリスは、素手のザリスの方を見ると、その頭に剣をつき刺した。新しいザリスは少しもがいていたが、すぐに動かなくなる。今度は溶けたりせず、死体はその場に残った。
「なんだ、これは……」
「自分で、自分を殺したの……」
 剣で突き刺したまま、ザリスはザリスを持ち上げて、地面から飛び出している根に押し付けた。泥に沈んでいくように、死んだザリスは黒い大樹の中に取り込まれていく。
「ちょっとした傷薬の代わりにはなるか……はぁ……いいよ、もう、みんなさっさと終わらせよ」
 剣を鞘に戻したザリスは、手を叩いた。
 地面を突き破って、ライオンの顔を持つ人型もモンスターが続々と現れた。その体はゴブリンなどと同じ黒い皮膚に覆われているが、半分は機械のようなものが埋め込まれたようになっている。
「なんだ、こいつら」
「こいつら結構重いんだけど、その分、下級兵なんかとは違うから、舐めない方がいいよ」
 そう言ってザリスは背を向ける。
「待て……っ」
 ライオンヘッドが白竜の前に回りこみ、大きな口を開けて威嚇する。
「邪魔だ」
 白竜は至近距離でフュージョンガンを放った。
 発射されたプラズマを、ライオンヘッドは片腕を伸ばし握りつぶそうとする。電撃と炎は、その腕の先から肩までを破壊する。
 片腕がボロボロになり、だらりと垂れ下がるが怯まずライオンヘッドは前に出て二発目を撃たれる前に銃を叩き落した。
「ぐるるるる」
 女王騎士の銃の銃を咄嗟に撃つ。皮膚の途中までめり込んだ弾丸が、ぽろぽろと地面に落ちた。ライオンヘッドは至近距離からのショートアッパーを白竜に打ち込む。浮き上がった体が地面に落ちる前に、その場で三回転、回転の力を乗っけた回し蹴りを叩き込む。
「いけない」
 ユキノが命のうねりが届く距離まで近づこうとするが、無傷のライオンヘッドが正面からタックルで弾き飛ばす。
 英虎の前にもライオンヘッドが飛び掛る。縦回転からのかかと落としを回避した先で、もう一頭が大口を開けて待っていた。噛まれた衝撃だけで、骨が悲鳴をあげるのが聞こえる。
 食べるつもりは無いようで、首を振って放り出した。投げられた先で、両拳を合わせてそれを高く持ち上げてまっていた。
「おいおい、やばくね?」
 それぞれ、近くの敵が動かなくなったのを確認したライオンヘッドが、羅儀へと向かう。その数、五体。一体は手負いだが、他はほぼ無傷だ。



「ストーーーーップ!」
 突然、ザリスは両手を前に出してそう宣言した。
 あまりにも唐突なこの宣言に、思わず永井 託(ながい・たく)と、桜月 舞香(さくらづき・まいか)奏 美凜(そう・めいりん)は動きを止める。
「五分、いや一分、ううん、十二秒待って!」
 ザリスは伸ばしていた鞭を手元も戻した。
 何か慌ててる様子だ。
「なんだいきなり……」
 託はつい癖で何か裏があるのではないかと様子を伺う。だが、きっかり十二秒の間何も起こらなかった。
「……えーと、これって喜ばしい事なのかなぁ」
「いや、事情もわからないのに聞かれても答えようがないアル」
 美凜は首を左右に振る。
「あー、えっとね、僕がどうやら個別に自我を持ってるっぽいんだよね。この感じ、剣と格闘だな。ハンマーは普通に死んだっぽいけど、ネットワークの設定を勝手に弄るとか、困るんだけど」
「よくわからないけど、自分の意思があるのは悪い事じゃないんじゃない?」
「うーん、そだね。それはそうなんだけど、ほら、僕の生きる意味って最強の武器を決める事じゃん? それって、基本スペックに違いが出ちゃうと比較にならないんだよね。その辺りが悩みどころでさ……あ、しかも勝手にとっておき使ってる。あれ面白くないのに、あーもう!」
 ザリスは地団駄を踏む。
 どうやら、思惑を外れた事態が立て続けに起こっているらしい。
 それは、彼らに攻撃を仕掛けている契約者達にとってはきっと喜ばしい事態なのだろう。ただ、何が起こっているのか、という点は全然わからない。
「なーんかやる気削がれるなぁ。この辺でお開きにしていーい?」
「そう言われてもな……」
 託は周囲を見回す。三百六十度、びっしりとゴブリンが取り囲んでいる。彼らは武器を傍らに置き、静かにザリスの戦いを見守っていた。
 普通、決闘を兵士が見守る時というのは、敵味方半分ずつで囲むものだろうが、悲しいかな精鋭部隊にそこまでの人員は居ない。
 完全に包囲されている状況では、逃走経路を作る隙間も無い。生き残りたければ、目の前の司令を堂々と倒すしかない。ザリス本人も、「僕が負けたら安全は保障するよ」と気軽に言ってたし。
 戦った感覚としても、ザリスは絶対に手が届かない相手とは思えないでいた。取り囲むゴブリンを突破を試み、背中からザリスが追ってくるのに比べれば、この決闘に勝つ方が十分見込みがある。
「そっちから仕掛けてきて、逃げるのは許さないアル」
「だよねー、そっちの事情もあるんだし、うん、切り替えて、仕切りなおしといこっか」
 丸めていた鞭を伸ばすために振るい、地面を叩く。
 多少毒気を抜かれた気はしないでもないが、戦いが始まるとそれまでの気の抜けた雰囲気はすぐに忘れ去られた。
 鞭の独特な間合いに慣れてきたのもあるのだろう。
 だが、この戦いに決着がつけられる事は無かった。
 彼らから視線を上にあげると、長刀を持ったザリスと鳴神 裁(なるかみ・さい)の一騎討ちが繰り広げられていた。
「逃がさないよ!」
 長刀を持ったザリスは、自ら積極的に戦うのを嫌がっているようだった。しかし、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)とユニオンリングで合体し、魔装ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)のバトルオーラを纏った裁の方が早い。
「困ったな、僕は全体指揮をしなきゃいけないんだけど」
「だったら、尚更逃がさない!」
 斜めに崩れかけたビルや、大樹から延びた枝を飛び移りながら行われる空中戦は、裁が一方的に攻撃を繰り出していた。
 長刀のザリスは、次々と繰り出される攻撃を、避け、いなし、受け止めるがあまり余裕は無かった。それほどまでに、裁の攻撃は苛烈だったのだ。
 なんとか逃げ切ろうとザリスは懸命に足を使うが、裁は周りこんで逃がさない。
「むー」
 不満気な声を漏らしながらも、段々防御の精度も悪くなり、攻撃を貰う回数も増えていた。確実に、ザリスの体力は削れていた。
 相手の消耗は明らかだ。そして、相手は危険な司令級の一体。切り札を切るタイミングは、ここを外してどこにあるだろうか。
 裁の拳に魔力が集中する。これは合体したアリスの魔闘撃だ。燃費は悪いものの、その威力折り紙付きだ。
「ボクは風、変幻自在の風の動きを捉えきれるかな?」
 既に高速だった裁は、さらにギアを上げる。
 速度をあげた分の負荷は、強化した回復力と痛みを鈍化させることで対処する。とはえ、長時間持たせられるものではないし、最高速度を維持できる時間は限定的だ。
 もはや目にも止まらぬ速度になった裁に、ザリスの対処は追いつかない。
 背後に回りこんだ裁は、振り返ったザリスに鋭いキックでガードを崩す。
「くらええええ!」
 がら空きになった体に、魔闘撃を叩き込む。
 拳を受けたザリスは、大の字に黒い大樹にたたきつけられ、人型に大樹をへこませた。その手には、大事な長刀はなくなっていた。
 放り出された長刀と一緒に落下しながら、裁はザリスを視界に捉えていた。たった今殴り飛ばしたものではない、さらに高い位置、黒い大樹の枝の上で、銃剣を構えたザリスだ。
「あーあ、もうちょっとだったなぁ……」
 左肩、右のわき腹、そして魔力を込めていた拳にザリスの撃った弾丸が直撃した。
 回転しながら落下した長刀は、地面から飛び出した根に突き刺さって止まった。
 裁は、その根が飛び出した時にできた、底の見えない亀裂の中に吸い込まれるようにして消えていった。
 自分の体で作ったくぼみから、ザリスは身を乗り出し、落ちていく裁を見ていた。裁が暗闇の中に消えると、二度左右に首を振って、額に手をあててため息をついた。
「死に損なっちゃったな……わかってるよ、そろそろダルウィが帰ってくるから、真面目にやってるふりはするさ」