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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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「では、話をきかせてもらおう」
 レモ・タシガン(れも・たしがん)とともに珊瑚城を訪れていた面々のほとんどが、今回タングートに協力することにしていた。
 協力するにあたり、意思統一を図るという名目で、彼らは作戦会議の招集を希望したのだ。
 タングート側からは、相柳をトップに、窮奇や、数名の女悪魔が集まっている。共工は長いテーブルの端で、豪奢な椅子に腰掛けて成り行きを見ているようだった。
「お時間をいただき、感謝しているのだよ」
 アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)がそう切り出した。
 テーブルの上には、大型の地図が広げられている。その中央にあるのが、ここ、珊瑚城だ。
 作戦については、すでに話し合いをすませている。アーヴィンは代表として、この場でそれを披露することになっていた。
(大丈夫かな……さすがに、大丈夫だとは思うんだけど。女の人しかいないし)
 マーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)が内心そうハラハラしていたのは、日頃の行いの故というやつだろう。
「相手方はどの様にでてくるかわからないが、この珊瑚城を攻めてくるなら、やや分が悪そうだ。相手がどこから攻めてくるかわからないうえに、周囲をぐるりと外壁で囲っているわけでも無い故に、どこからでも攻め込める。この認識で、間違いはないだろうか?」
「タングートの壁はなによりも勇猛果敢な戦士だからねっ」
 窮奇が自慢げに反論するが、外壁が存在しないというのは事実だ。珊瑚状には城壁も存在しているが、そこまで攻め込まれる前に片をつけたいというものだ。
「それについては、信頼しているとも。だが、相手の兵力が正確にわからぬ以上、兵の分散は愚策というのが常であろう。……そこで、だ。ならば、攻めやすい場所をあえて作り出して待ち構えるようにすればよいのではないだろうか」
「…………」
 相柳の眉がぴくりと動き、続けろ、と言わんばかりにアーヴィンを見やる。
「たとえば街に防衛陣を作ってもらい、手薄なところをあえて作り通ってくる場所を限定させる。または人目がつくところ、明るく騒がしいところを作ると同時に、2・3箇所まったく人気がないところや忍びやすい場所を故意につくるといいかと思う。向こうとしても目的地まで無駄な労力は避けたいところだろう。ならばそういった場所から攻めたくなる心理も働くと思うのだが……」
 どうだろうか、とアーヴィンは言葉を切り、一同を見渡した。
「悪くないな」
 そう口にしたのは、共工だった。
「我も、完全に外へと押し出せるとも思わぬ。相柳、最も民家の少ない都の箇所を選べ。そこをきゃつらにくれてやろう。かわりに、完全にそこへと誘い込むのじゃ」
「御意」
 短く答え、相柳の細い指先が地図の一転を指す。
「ここならば、よいかと」
「異論がなければ、相柳の指揮に従うがよかろう。それと窮奇、例の件は進んでおるか?」
「もちろんです、共工様ぁっ」
 窮奇が弾んだ声で答えた。例の件とは、実は機械に強い窮奇が、パラミタで使用している通信機器をタングートでも使用可能に改造するということだった。
「それと……俺様たちが裏切ると思っているかもしれない。なにやら、妖しげな術を使うという噂もある。だが、信じて欲しいのだよ」
「もしも信用できないなら、ボクが人質になるよ!」
 ぴょんとその場で立ち上がり、木・来香(むー・らいしゃん)がためらいなくそう口にする。
「アヴ兄……じゃない、アヴ姉やマー姉たちが裏切るようなことをするなら、ボクを殺せばいい。絶対にないけどね!」
 小柄な身体を精一杯反るようにして胸をはり、来香は言い切った。
「…………」
 価値を値踏みするように、相柳が来香を見据える。氷のような眼差しに、しかし怯むことなく、来香はぐっと口元をひき結んだ。
「度胸のある御子じゃの……じゃが、その必要はあるまい」
 共工は楽しげに笑い、来香に座るように緋扇で促す。
「そなたらは裏切らぬ。そうであろう?」
 この世界の破滅を望まぬ限り。そして同時に、なによりの人質を、すでに共工は手にしているのだ。
 レモ・タシガンという切り札を。
「しかし主上、ナラカの穢れた民に墜ちる者もいるとか……」
 相柳が控えめにながら、そう注進する。しかし早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がそれに反論した。
「たしかに、ソウルアベレイター共は密かに地球人を誘惑している様子。私もそれらしい声を耳にしましたが…自分の世界を守れなかった彼らに、私の願いを叶えられる筈がありません」
 呼雪が今願うのは、タングートを含めパラミタを守り切り、レモが無事に真の目覚めを迎える事だ。ソウルアベレイターとは、真逆の立場ということになる。
「かつて友人の言葉を聞いた時に思ったのです。誰かに信じて貰いたいのなら、まず自分から相手を信じようと。共工様は長きに渡りこの美しい都を治め、相柳殿のような実直な臣下に敬愛されておられます」
 呼雪の言う友人とは、清泉 北都(いずみ・ほくと)のことだった。
 今はおそらく、タシガンで、カルマを守ってくれていることだろう。
「…………」
 相柳は黙り込んでいる。
 共工は扇を口元に当てたまま、微笑んだ。
「なるほど。我も、そなたらの働きを信じておる」
「私の、命に賭けて」
 呼雪はそう誓い、すっと頭を下げた。
「それと……数名は、レモの護衛とさせてよいだろうか」
 アーヴィンの提案に、共工は首肯する。
「かまわぬ。我とて、レモの覚醒前に手出しされるのは困るからの。そなたらであれば、守り抜いてくれるであろう。……相柳、戦場を頼む。我は天守閣にて祈祷を続け、ナラカの民がこれ以上我が地に穢れた輩を送り込むのを阻まねばならぬ」
 共工はそう言うと、扇で口元を隠し、すっと目を細めて告げた。
「世界のために。タングートには、勝利の他許されぬのじゃ」
「……御意、主上」
 相柳が答え、一同もまた威圧感とともに頷いたのだった。


「迫力だったねぇ……」
「だね、マー姉」
「ねぇ、それやめない? まぁそりゃ、スカート姿だけどさ……」
 来香とマーカスはそう言いながら、珊瑚城の廊下を歩いていた。慣れないロングスカートが足下にまとわりつくようで、マーカスは時折蹴躓きそうになるのをなんとか踏ん張る。その様子が面白いのか、来香はきゃっきゃと声をあげてそのたびに笑った。
「もう……。少しは男の人に対しての意識が変わってくれれば楽なんだげど、いままでの意識がすぐに変わるわけがないから仕方がないかなぁ」
 マーカスはそうぼやき、それからはっとしたように言葉を続けた。
「ええと、とにかく。来香はレモの傍にいてね。なにかあったら、僕かアーヴィンを呼んでよ」
「うん!」
「大丈夫かな……」
 置いておくことに若干の不安はあるが、戦場に連れて行くのも心配だ。人質という立場でないのは、よかったが。
 複雑に入り組んだ珊瑚城の廊下を迷わないように注意しつつ進む。天守閣といってもいい高層階のひとつに、それはあった。
 淡い青い光が、薄暗い室内に満ちている。床から天井まで伸びた円筒形のガラスの内側には、透明な水が満たされていた。実際には水ではなく、共工の力の一部が具現化したものだという。
 そして、その中に、ひとつの青い石が静かに浮かんでいた。部屋を満たす光は、この石から発せられている。
 いつ見ても、不思議な感じだとマーカスは思う。この石こそが、レモ・タシガンだということが。
「いかがでしたか?」
 作戦会議の間、レモの警備に残った神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)が、マーカスと来香を出迎えた。
「作戦そのものは通ったよ。これ、書類」
「ありがとうございます」
 翡翠が受け取り、マーカスに軽く会釈する。
「レモの様子は?」
「目立った変化はないようです」
 桂がそう答え、翡翠とうなずき合う。
「そっか……」
 悪くもなっていないが、良くもなってはいないというところか。
「例の件も、伝えておいたよ」
 声を潜めて、ぼそりとマーカスは言う。それに、翡翠は静かに頷いた。
「……そう簡単に奪われるわけには、行かないんですよ? 本人が、せっかく覚悟決めたのに叶えて上げたいんですよ」
 翡翠の言葉に、マーカスは「そうだね」と答える。

 レモはただ、夢の中にいた。