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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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2.戦支度・2

「えーと……ここを、こーすれば……」
 会議の後、早速窮奇は一室を与えられて、通信装置の改造に励んでいた。
 小柄な彼女の尻尾がゆらゆらと揺れつつ、その手さばきは案外早い。
「大変そうね」
 その声に、ぴんっと窮奇の尻尾が反応する。
「タリアさんっ♪」
 嬉しそうに振り返った窮奇に、タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)は艶やかな笑みを返す。その傍らから、ぴょこっとマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)も顔を覗かせている。
 呼雪とヘルは、集まりつつあるパラミタからの協力者たちへ説明にあたっているため、ここには二人だけだった。
「窮奇ちゃん、機械の改造も出来るのね。凄いわ」
「え、えへへ。あたい、あんまり力は強くないから……その分、道具とか機械とかでカバーできないかなって思って、です」
 窮奇は照れくさそうに答えて、タリアを見上げた。窮奇はタリアには完全に懐いていたし、マユも外見ならば男女の区別はほとんどつかない。今日も可愛らしいチュニック姿で、窮奇はまったく嫌悪感をあらわにはしていなかった。
「あなたも戦場に出るの?」
「はいです。この準備が終わったら、相柳様たちと一緒に、戦にでますぅ! 負けませんよぉ!」
「そう。私などよりも窮奇ちゃんの方が余程強いでしょうけれど……ソウルアベレイター達は得体が知れないわ。私も歌で後方から支援したり、手当てくらいなら出来るけれど……気を付けて頂戴ね」
 そう言うと、タリアは小さなマスコットを窮奇に差し出した。タリアの美しく長い髪を飾る鬼百合と同じ形をしたものだ。
「これは時間が空いた時に作ったの。良かったら、お守り代わりに持っていてくれないかしら」
「タリアさん……」
 マスコットを受け取り、窮奇は目を丸くしている。
 タリアは口にしていないが、そのマスコットはあらかじめ早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が禁猟区を施してあった。
「タングートと交流出来るようになって、もっとのんびり出来るようになったら、あなたに似合う可愛い服も作りたいわ。地上には、沢山の国や民族の衣装があるのよ」
「……ありがとう、です。タリアさん」
 マスコットを大切そうに両手で包み、窮奇はきゅっと目を閉じる。それから、少し潤んだ瞳で答えた。
「あたい……地上の人って、男の奴らも多いし、もっとやな奴かと思ってた、です。でも、タングートのために戦ってくれたり……タリアさんみたいな人もいたり、して。なんか、……あたい頭悪いから、うまく言えないです、けど」
 窮奇にとって、一種のカルチャーショックであり、今までの常識が覆される体験だったのだろう。大きく感情を揺さぶられ、窮奇は困惑している様子だった。
「そう感じてもらえて、嬉しいわ」
 タングートとタシガンの交流には、まだ時間はかかるかもしれない。だが、こうして少しずつでも相互に理解を深めていければ良いことだ。
(いつかタングートのみなさんと、ぼくもこんな風になれたら嬉しいな……)
 二人の姿を見守りながら、マユはそう思っていた。
「タリアさんも、気をつけてくださいです」
「だ、大丈夫です。タリアさんは、ぼくが守ります!」
 精一杯きりりと表情を引き締め、マユがそう強く宣言する。
「それで、みなさんのために、一生懸命歌いますから」
「……ありがと」
 あんたに? と一瞬窮奇は口にしかけて、マユの表情にそれを飲み込んだようだった。こんな小さな子でも、懸命になっていることに、心を打たれたからかもしれない。
「頑張ってもらおうかな。あたいも頑張るから」
 窮奇はそう言うと、そっとマユの金色の髪を撫でた。初めての触れあいに、マユは驚きつつも、小さな花が綻ぶような笑みを浮かべる。 
「マユ、タリアさん。あの。……この戦が終わったら、また歌ってもらえます? あの、地上の世界の歌」
「もちろんよ。喜んで」
「わかりました!」
 窮奇の願いを、タリアとマユは穏やかに快諾したのだった。



 一方、その頃。
 城下にある、一軒の寂れた食堂……紅華飯店では。
「その荷物、どうしたんですか!?」
「あー、ごめん。ちょっと手伝ってくれる??」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が両手に荷物を抱えて、戻って来たところだった。唯一の店員である花魄は、その荷物に唖然としつつ、あわてて駆けよろうとして転んでしまう。
「い、いたたた……」
「大丈夫? 慌てることはないよ」
 手をとって助けてくれた見慣れぬ人物に、花魄は小首を傾げた。
「あの、貴方は……」
「ああ。あに…じゃない姉の知り合いの、ナラカ人だよ。ちょっと、手伝ってもらおうかなと思ってねぇ」
 弥十郎がのんびりと花魄に説明する。
「よろしくね」
 伊勢 敦(いせ・あつし)が挨拶をするが、花魄は「な、ナラカの??」と顔を青くしてしまった。
「安心していいよ。私はただ、弥十郎と君の手伝いをしに来ただけだから」
 もとから敦の見た目は女の子っぽいが、今日はさらに念入りに女装を施している。その姿で微笑むと、花魄はようやくほっとしたようだった。しかし。
「それで……八雲さんは?」
 そういえば、今朝方から姿を見ていない。花魄が心配して尋ねると、敦は「ちょっと用事があってね。大丈夫、済めば戻ってくるよ」と八雲に頼まれた通りに答えてやった。
「そうですか……」
 納得はしたようだが、花魄は気落ちして肩を落とす。どうやら、弥十郎と佐々木 八雲(ささき・やくも)には、相当頼り切っている様子である。
(なるほどね……)
 八雲が話を盛っているかと敦は思っていたが、どうやらそういうことでもなさそうだ。 普段は弥十郎の肉体を借りている敦だが、今回は八雲の身体を借りている。弥十郎が寝ている隙に、八雲に呼び出されて、力を貸すように頼まれたのだ。

「戦が始まるみたいだ。少し弟を手伝ってくれないか。断ったら…君の存在をバラすけど。困るよね」
「最初から断らせない気じゃないか、それ」
 敦はやや呆れた調子で八雲に答える。
「わかった、いいよ」
「弟には僕の知り合いのナラカ人が来るという話になっている。後はよろしくたのむな。あと、……花魄には用事が終わったら戻ると伝えておいてくれると嬉しい。弥十郎と僕を頼ってるみたいだし」
「わかったよ」
「あ、くれぐれも体を渡したからって変な事につかっちゃだめだぞ。女の子にもてるのは僕くらいで充…」
 そこで敦は八雲に憑依し、八雲からの言葉は途切れた。
(女の子にもててるって、どうだかと思ってたけど……本当に花魄って子は、八雲に気があるのかもしれないね)
 敦はそんなことを思いつつ、花魄の様子を観察していた。
「佐々木、ここに置いていい……ですかぁ?」
 同じく搬入を手伝っていたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が、花魄がいることに気づき慌てて途中から裏声に変える。
 スレヴィは、一度はタシガンに戻ったものの、噂をききつけて再びゆる族姿に変身してとんぼ返りしてきたのだった。
「スレヴィさんも、お疲れ様です。でもあの、この荷物は……一体?」
「ああ。まわりの店がね、戦争の間は閉めるっていうから、食材とかもらってきたんだぁ。あと、食料品店の人とかもね、在庫余ってるっていうから」
「ええ!?」
 花魄は飛び上がるほど驚き、弥十郎に「でも、わたしたちも避難しないと……」とおろおろと口にする。
「そう? でも、そのわりに、君荷物もまとめてないよね」
「あ……それは……」
 花魄は俯き、両手の指をもじもじと交差させる。
「わたし……なにをしたらいいのか、わからなくて……」
「君に何ができるか? 答えが出てるじゃん。何かしたいけど、それが分からない。というのが分かったよね」
「……」
 弥十郎の言葉に、花魄は小さく頷くが、まだよくわかってはいないようだ。弥十郎は言葉を続けた。
「そんな時君は何をするのかな。師匠が居なくなって絶望してた時、君は何をしてた?」
「……お料理、してました」
「そう。それならそれが、君ができる最善の策だと思うよぉ」
 にっこりと弥十郎が微笑む。
「戦争があるなら、ますますみんなお腹がすくよね。お腹がいっぱいになれば、元気になるし、美味しければ幸せになれる。僕らはそれをしなくっちゃ」
「……はい!!」
 花魄は両手をぐっと握りしめ、決意したように顔をあげた。
「そうですよ。こういうときは、避難所も必要です。食事と怪我の手当をするのも、大事な仕事ですよ」
 スレヴィも同意し、花魄を励ます。
「戦争が始まるまえに、できるだけここで下ごしらえを済ませて、珊瑚城に運ぼうか。いつでも炊き出しができるようにねぇ」
「わかりました!」
「あ、他のお店の人たちも、珊瑚城のほうでは手伝ってくれるって言ってたよぉ」
 弥十郎はそう口にしたが、頼んだのは弥十郎だった。しかしあくまで、花魄からの提案として、としてある。
 いずれ自分たちがいなくなった後でも、花魄がやっていけるようにとの配慮だ。
「ところで、私も料理の手伝いで良いのかな」
「ああ、それなんだけどねぇ。ナラカの料理ってどんなのか教えてほしいんだよね」
「えっ、ナラカの戦闘方法とかと思っていたのに、料理? まぁ、答えるだけこたえるけどね」
「お料理……あるんですか?」
 花魄も料理人として興味はあるらしい。せっせと食材を運びつつも、聞き耳をたてている。
「ないよ」
「え」
 今度は弥十郎のほうが驚く番だった。
「少なくとも、ソウルアベレイターは食事しないからね。趣味的に食べる輩もいるかもしれないけど、その場合は、単純に美味しいものなら良いんじゃないかな。でも、どうして?」
「んー、タングートから流れ出る香りの中にナラカ料理があれば、攻め手側に「内通者がいるかも?」って思うかもしれないし……それに、お腹がすいてれば精神的にもキツいかなぁと思ったんだよねぇ」
「弥十郎さん、すごいです! そんな風にお料理が使えるなんて、思ってもみませんでした!」
「たいしたことないよ。それに、その手はあんまり使えないみたいだしねぇ」
 あはは、と弥十郎は笑いながら謙遜する。
(それに……内通者の疑惑でいったら、こっちにもあるようだからねぇ)
 先ほど街中で見かけた一枚のビラ。そこには、『闇の声』を使い、ソウルアベレイター側につく地球人たちもいるということが、センセーショナルな文面で綴られていた。それを目にした数人からは、疑惑の眼差しを向けられたことも事実だ。
(一体、誰の仕業なんだろうねぇ)
 ただそのことを、弥十郎はこの場では黙っておくことにした。花魄を不安がらせるのは、今は得策ではない。
「わたし今まで、料理人にできることって、あんまりないと思ってました……でも、違うんですね。お料理の可能性を信じて、頑張ります!」
「うん、その意気だよぉ」
 作戦通りとはいかなかったが、花魄はかなりやる気を取り戻したらしい。ひとまずは、タングートの民や、義勇軍として参加した人たちのために、弥十郎も改めて気合をいれて下ごしらえにかかることにした。
 一方、スレヴィはちょこちょこと花魄に近づくと、前から気になっていたことを尋ねる。
「花魄。店長さんのこと、教えてもらってもいいですか〜?」
「え? 店長のこと、ですか?」
「はい。こういうときですから、店長もタングートに戻って来ているかもしれません。特徴を教えてもらえれば、探す手立てになるかなと思ったんです」
 スレヴィの申し出に、花魄は「そうですね!」と両手をあわせた。
「みなさん、色々考えてくださって……本当に、ありがとうございます」
「いやいや、そんな。それで、店長はどんな方なんですか?」
 若干探偵のような口調で、スレヴィは花魄に聞き込みをはじめる。
「店長は……厳しくて、優しくて、なにより料理の天才です。一度見て、食べたものなら、すぐに完璧に再現できる才能があるんですよ」
「ふむふむ」
「探究心も強くて……以前から、何度か修行の旅には出てらっしゃいました。ですから、今回もすぐに戻ってくると……そう思っていたんですけど……」 
 そう語ると、花魄は辛そうに目を伏せた。
 帰れない何かがあったと、そう考えるのが普通だ。
「んー……じゃあ、外見は?」
「そ、そうですね。安心感があって、愛嬌がある感じです」
「もう少し、具体的には?」
「え、ええと……その……丸い、です。スレヴィさんみたいな感じで……毛皮が全身を覆っていて、毛皮が白と黒の二色なんです」
 毛皮が白と黒のツートンカラーの、丸い生き物。それは、つまり、パンダとしか思えない。まぁ、悪魔の外見は様々だから、どう見てもパンダという悪魔もいるのだろうが……。
「ただ、店長は自分の外見を気にされていて……自分は、厨房にふさわしくないと悩んでいました。そんなこと、関係ないと思うんですけど」
「わかりました。花魄や佐々木が料理をしてる間に、探してみます」
「……ありがとうございます!!!」
 ばさっと長い前髪を揺らして、花魄は深々と頭を下げた。ふとその動きが気になり、スレヴィは手を伸ばすと、花魄の額に触れる。
「え??」
「これ。気になってたんですけど。前髪が長いのって、飲食店の店員としてはマイナスじゃないかなって」
 裏声で話し続ける負担に、小さく咳払いを挟みつつ、スレヴィは「ちょっと失礼」と花魄の前髪をまとめてピンで止めた。
(漫画だと髪をあげたらすごくかわいかったりするけど、花魄はどうなんだろ?)という、多少の好奇心があったせいもある。
「きゃ!」
 あらわれた花魄の顔は、とくに極悪でもないがものすごい美人でもなかった。むしろ、なんで隠していたのか謎なくらいだ。
「わたし、相手の目を見るのが苦手で……その、迫力もないですし……」
「でも、このほうが似合うと思いますよ? ああ、それと」
 スレヴィは用意していた光精の指輪を取り出し、花魄に差し出した。気休め程度かもしれないが、護身用だ。
「お守りにはなると思いますから。わりと便利なんですよ〜」
「綺麗な指輪……ありがとうございます! 私、こういうものいただくの、初めてだから……嬉しいです」
 よほど嬉しかったのだろう。花魄は頬を紅潮させ、破顔する。そのえの笑顔は、美人ではないものの、愛嬌に溢れていた。
「なんだ、可愛いな」
「え?」
「あ、その……笑うと、可愛いですよ」
 スレヴィの感想に、花魄は耳まで赤く染めたのだった。