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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第3回/全3回)

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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第3回/全3回)

リアクション


プロローグ

 赤い湖の空気のような湖水をヤークトヴァラヌスのモニター越しに透かし見て、ヘクトル・コンモドゥス、は疲れきった面持ちでぼやいた。
「祭りでスポーンたちに『心』を教える……遺跡に向かってルークがイレイザーを魚雷代わりに使いながら接近……。
 そこまではまあ、想定範囲だ。
 ここへきてただでも問題の多かったゴダートがヒトガタを持ち出して逃亡とは……なんとも頭の痛い……」
機動要塞にヒトガタを積み、ゴダート・グリーンベルトが遺跡を離れたという一報がたった今ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)から届いたのである。
ヘクトルは眉間に深い皺を寄せ、意気揚々とインテグラル・ナイトを駆る弟、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)を見つめた。
「……何も考えない脳筋のアホが羨ましいことだ」
「まあ、そうぼやくな。ゴダートのことは私に任せておけ」
嘆くヘクトルに向け、ジェイダスの微かに笑いを含んだような声が通信機から響いた。
「ああ……今は遺跡破壊の阻止に全力を尽くすさ」
ヘクトルが半ばひとりごちるように返答を返した。
 ゴダートの機動要塞の格納庫はジェイダスの迅速な行動により制圧されていた。そこからヒトガタを取り返す、あるいはゴダートを追うものと、契約者たちが次々と機動要塞の各所へと散らばっていた。シュッツァーを駐機すると、リア・レオニス(りあ・れおにす)レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)、他数名のジェイダスの護衛の契約者たちとともにヒトガタを奪回すべく、彼の側につき従っていた。
「しかし。突然ヒトガタを奪って逃げ出すとは……あの傲慢そのもののゴダートが錯乱するほどとは……。
 いったい滅びの軍勢とはどういう物だったのでしょうね。あれほど頑なで強硬だった心が折れるほどのものだったのでしょうか……」
リアの言葉にジェイダスは首を振った。
「さあな。私も報告を受けた以上のことは知らん。だがアクリトが分析したように、ヤツの心はヤツが思っていたより脆弱だったということだろうな」
レムテネルが考え込むように口を挟んだ。
「ゴダートがヒトガタを持ち出したのは、パニックに駆られてとにかくあの巨大光条兵器から遠ざけようとしたのでしょうか。
 それとも……あれを光条世界の使者に差し出し、自分だけ優遇して貰おうとしている……?」
「ヤツは何を差し置いても地球を滅亡から護りたいのではないか。選民思想からくる歪んだ認知が最後にすがる砦なのだろうな」
「……そういえば、配下の強化人間の女性たちを、薬漬けにして使っていたそうですね」
「女性に辛い想いをさせるなんて男のすることじゃない!」
レムテネルが言うと、リアが叫ぶように言った。
「確かにあのようなことは人として許されるべきことではないな」
レムテネルがリアに言い、ジェイダスに身を寄せるとそっと言った。
「リアのあの怒り……愛する女性アイシャの苦しみを助けられないもどかしさも根底にあるのでしょうね」
リアは通路の左右を確認した。ゴダートの直属の配下はさほど多くはない。また事情を知らされぬまま協力しているものもいるだろう。完全に敵対した存在というわけでもないから、可能な限り平和的に事態を収めるほうがどちらにとっても得策だろう。
「心がカギになる話は色々聞きますが、具体的に心が豊かになった時にどう……なるんでしょうかね?
 巨大光条兵器がゲートになるんでしょうか? どうにも光景が想像できなくて奇妙な気持ちですよ
 光条兵器や剣の花嫁のエネルギーの元になる世界ということくらいしか知らないんですよね、俺……。
 グランツ教ともかかわりがあるという噂もありますが……光条世界がどうして、パラミタに手を出そうとしているんでしょう?」
「今までの調査で判明したことからすると、だが。
 光条世界は、このニルヴァーナとパラミタが存在するナラカ世界に『一定の周期で大陸が創世と滅びを繰り返す』というルールを定めているようだな。
 その事から鑑みるに、ニルヴァーナとパラミタは彼らからすれば巨人族の神を使って不当に大陸の滅びを逃れ続けている存在ということになる。
 しかるに正しい滅びを与えようと考えているのかもしれんな」
「なんていう……理由だ……」
レムテネルが嘆息する。リアが懸念げに言った。
「……嫌な考えかもしれませんが……剣の花嫁が敵に回ったり動けなくされたり……なんて事も……有るのでしょうか?」
「少なくとも剣の花嫁は光条世界と繋がっている。そうである以上、可能性はあるかもしれないが、今は何とも言えないな」
ジェイダスの言葉にリアとレムテネルは警戒行動をとって進みながらも、深い思考の淵に沈んでいた。

 一方の遺跡ではルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)夏來 香菜(なつき・かな)が中心となり、祭りを開催することでレナトゥスやアピス、そして町のスポーンたちに『楽しむ心』を得てもらおうと、東奔西走していた。アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)は、スポーンらの様子を観察し、彼らの変化を見守るべく街の片隅の喫茶店に場所を得て、各種の情報の収集。解析を行うつもりでいた。何故かアピスもアクリトと一緒にいることにしたようで、アクリトの側の席にちょこんと止まって――昆虫型のアピスには人間のように座るという動作ができないので――店の中の様子などを興味深げに眺めていた。
「さて、と。とりあえず校舎からアピスは降りてくれたけど、今すぐ校舎を返せなんて無粋なまねをする気はないねえ。
 祭りといえば、地割と仕切り、揉め事を納めるってのがあたしの仕事だ。
 急激に成長したとはいえ、アピスは他のスポーンと心を通わせる時期じゃねーのかな、情操教育ってヤツだっけ?
 大人ってのは、ガキ同士の遊びにはやばくなるまで絡まないのが大事なことだって言うじゃないか」
弁天屋 菊(べんてんや・きく)は呟いて、屋台の資材などを運ぶ面々――契約者もいればスポーンもいる――を見渡した。ルシアと香菜をちょいちょいと手招きする。
「皆さんこういうことには不慣れなようだねぇ。
 いいかい? 祭りの出店なんかは配置が大事、匂いの強いものを風上に置くと、風下の出店に全部臭いがついちまう。
 同じような店を並べると興味を失って素通りされるだろうから、メリハリの利いた配置を考えなきゃいけないよ」
「そうなんだ〜。みんな適当に屋台を出してるのかと思ってた」
「そんな風に計算されて出店してたのね……」
香菜とルシアが目を丸くする。
「そうだよぉ。焼きイカなんかの匂いを綿菓子が吸っちまってごらんよ」
「そういえば……そうねえ」
香菜が頷いた。菊はにいっと笑った。
「だろう? 雑然としてるようでも、考えてきちんと配置されてるのさ。
 レナトゥスやアピスが客人として祭りを見に来るなら、騒動に巻き込まれないように注意も払っておかないとねぇ。
 何かあったら渡世の縁を欠く事になっちまう」
菊は屋台の配置や、遊びに来る人々―スポーンたちも含め―の楽しい雰囲気を壊さないように会場を警備する方法などをルシアや香菜、屋台を出すスポーンや契約者たちを一堂に集めて説明を始めた。このお祭りを楽しいものにするために。

 ピラミッド側に佇むドゥケの側には、あれこれ根回しの末マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)とともに、フラフナグズに機乗した斎賀 昌毅(さいが・まさき)がガードマン然と控えていた。
「なぁ、ドゥケは分かってくれた。あいつと戦わなくてよくなったのは何よりだぜ。
 流石のオレも一晩寝たら落ち着いたぜ。今回はこの前みたいな発作はおこさねぇよ……多分な。
 ルークが近づいてきてるんだっけ? ほんとなら俺はイコン乗りとしてそっちの対処にまわるべきなんだろうけどさ。
 ドゥケの奴、光条世界からの滅びの軍勢を一人で請け負うみたいな事言ったって聞いたぞ」
「ドゥケとの一時的とはいえ戦いを回避できたのは全体の観点からすればよかったですけど……」
マイアは答えてドゥケをモニター越しに睨みつけ、小声でぼやいていた。
「……ボク個人としてはスクラップにする機会を失っただけのような……。
 それに話を聞いていると、機晶石を原動力としていて、誰かに作者がいて、自律型で、ソウルアベレイターになった?
 ようするに……でかくて強いだけの機晶姫なんじゃないですか、それ?
 ドゥケの警護兼監視って言って出てきましたけど、絶対会ってイチャイチャしたかっただけですよね?
 もちろん扉がいつどのような形で開くのか定かじゃない以上、戦力を残しておかなければならないって言う言い訳も分かりますが」
昌毅はそんなマイアには気付きもせず、30分ほど瞑想するドゥケの側に黙って控えていたものの、とうとう辛抱しきれなくなって話しかけた。
「お前さ。なんかその身をかけて光の軍勢を相手取るって言ったそうだな? ふざけんな。
 お前が良くてもオレはお前を死なせるわけにはいかねぇんだよ! お前の種族最後の生き残りなんだろ? もうお前しかいないんだろ?
 俺も一緒に光条の滅びの軍勢とやらと戦うぜ。もとはといえば俺達の世界の問題でもあるからな。
 一応上にはお前の監視って事にしてが、誤解のないように言っておくがオレはドゥケの事信じてるぜ。
 話してみてソウルアベレイター全体はともかく少なくともドゥケ自身は信用出来る漢だと分かったからな。
 ……ドゥケのいた大陸の事とか色々聞きたいんだけど、瞑想の邪魔地ちゃ悪いかな?
 参考の為に仲間のこととか、技術的なこととか、文化的なこととか、教えてくれないか?」
ドゥケはポツリポツリと語り始めた。
「お前たちのような人型も居れば、甲殻類? お前たちの言葉で言う昆虫とか言ったか?
 それらと似たものもあったし、大陸に住むさまざまな生物ををモチーフにしたものが居たな。
 それと、何か勘違いしているようだが、パラミタのイコンと自分達とでは外見は似ていても中味は違うものだ」
そこまで言って、ドゥケははるかな昔に思いをはせた。
 ……我らの世界は、合理的な考え方をする者の割合が多く、理知と論理こそを最高とする社会理念を持つ文化であり、常に安定していた。
 逆に情緒的、感情的に不安定すぎる者は隔離されたりもしていたな。今思えば、それもあまり論理的とはいえなかったかも知れぬ」
「論理と理知か……感情のぶつかり合いだけよりは確かに平和そうだな。
 なあ、みんなお前みたいに強かったのか? ソウルアベレイターって」
「強さはまちまちだったが、我は特にぬきんでていたな。
 だからこそ……我のみが大陸が滅んだ際もソウルアベレイターとなりナラカを生き抜いてきたのだろうが……」
マイアが昌毅をつつく。
「イレイザー魚雷見ながらこっちでおしゃべりってどうなんですかね?
 これからくるという軍勢との戦いの話は気になりますけど……」
「あ? も、もちろんこれから矛を交えるであろう敵の事もちゃんと聞くぜ。当然だろ……アハハハ」
マイアは目をぐるりと回してお手上げと言った動作をしてみせた。