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伝説の教師の新伝説 ~ 風雲・パラ実協奏曲【1/3】 ~

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伝説の教師の新伝説 ~ 風雲・パラ実協奏曲【1/3】 ~

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第五章:決闘ダンス

 シーンを校舎へと移す。
 ここは、収穫祭が行われている一角とは離れた場所の広場だ。
「さて、まずはだ。初心者で素人の君たちに、黒ワッペン保有者にして近々金ワッペンに昇格予定の偉大なるボクが、決闘システムについて、バカでも分かりやすいように簡単にレクチャーしてあげよう。心して聞きたまえよ」
 成り行きからイヤイヤこの分校にやってきていた吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)は、すでに決闘システムにずぶずぶに嵌っている様子だった。
 額には誇らしげに黒いワッペンが光っている。下位ランクの手下を十人ほど引き連れて、いっぱしのリーダー気取りだ。
「決闘の種目は、大きく分けて、格等術、勉強、その他に分かれている。ワッペンにはポイントがあり、このポイントを集めることで上位ランクへと昇格することができるってわけさ。そこの三下を手本に実演して見せよう。おい、ちょっと来い」
 偉そうなゲルバッキーに、 話を聞いていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、笑顔でギリギリと締め上げる。
「は〜い。誰が三下かな? あまり調子に乗っていると、首がもげたりすると思うんだけどな〜」
「ぐああああっっ! 痛ててててっっ! 分校で私闘やむやみな暴力は禁止なんだぞ!」
「おや。偉大なる黒ワッペンのゲルバッキー様なら、まさか泣き寝入りはしないよね〜。この詩穂に、そのすごさを教えてよ」
「ぐぐぐ……。このボクを挑発するだと。よろしい。ならば決闘だ!」
 ……というわけで、とゲルバッキーは上手く話をつなげることに成功した。
「こういう場合、決闘に両者が同意するとお互いのワッペンを重ね合わせるんだ。そして、日時と場所が決まったら、『決闘委員会』の立会いの下で決闘が行われるんだ」
「詩穂は白いワッペンしか持っていないよ」
 詩穂は、購買部で手に入れた白いワッペンを取り出す。いきなり上位色は手に入らないようだった。最初の白ワッペンは、誰でも購入できるようになっている。それを持って参加するのだ。
「どうやらボクが出るまでも無いようだ。こちらの手下の熊虎君がお相手しよう」
「オオッシ!」
 ゲルバッキーの紹介で、手下の熊虎君が黄色いワッペンを手に登場した。
「これを重ね合わせるの?」
「オオッシ!」
 詩穂が相手のワッペンと重ね合わせると、ワッペンは光を放ち空中にタブレットの画面のような映像が映し出された。どんな構造なのかは知らないが、結構凝った演出だ。
「決闘する種目と対戦日時は、決闘を申し込んだ方が決めることができる。つまり、仕掛けた方が有利ってわけだよ。受身では、負け続けやすい。そういう意味では、好戦的で良く出来ているね」
 説明しながら、ゲルバッキーは対戦日時を1分後に決めた。すぐ始めるつもりだ。
「そして、対戦ポイントを提示する。白ワッペンの場合、最初に100ポイントあるんだ。白の場合、最低10ポイント、最大は50ポイントまで好きなポイントを賭けることができる。負けるとポイントを失うけど、勝てば相自分の提示ポイントを相手から手に入れることができる。詩穂はどれだ賭ける?」
「10ポイント」
 詩穂は迷わずに言った。練習段階で最大ポイントを賭けるつもりは無い。
「オオッシ!」
 熊虎君は、対戦種目に格闘技と黄色ワッペンの最大である100ポイントを賭けて来た。
「さあ、どうする? 詩穂、君が負ければ0ポイントだ。しばらく地下自習室行きだな。このボクを馬鹿にした報いを受けるがいい!」
 ゲルバッキーがくっくっくと笑うと、次の瞬間、当たりに一陣の風が吹き荒れた。
 どこからともなく、真っ白なお面をつけた学ラン姿のモヒカンたちが5人ほど姿を現す。
「『決闘委員会』だ。申請により、これより決闘を行う」
 仮面の学ランモヒカンは堅苦しい口調で言うと、詩穂と熊虎君の二人にメタリックな片眼鏡のような機器を手渡してきた。形状的に例えると、あの超有名バトルアニメで宇宙人が付けていた“スカウター”に似ているといえば分かりやすいか。
「なにこれ?」
 手に取った詩穂は訝しげにいじくりまわす。
「付けてみれば分かるよ。いくら決闘だからと言って、相手を本当に身動きできなくなるまで叩きのめしていたのでは、私怨の絡んだ喧嘩と同じだろ。この眼鏡にはHPが表示されて、センサーがダメージを感知する。HPが0になったら勝負は終わり。身体にダメージが残らない工夫さ」
 ゲルバッキーが説明を終えると、仮面モヒカンの決闘委員会は詩穂と熊虎君を促した。早く始めろと言っているらしい。
「なるほど。こちらのステータスは表示され相手のステータスは見えないわけね。駆け引きも交えて楽しめるわけか」
 とにかくやってみることだ。詩穂は素直に片眼鏡を装着した。
「オオッシ!」
 熊虎君も、準備が終わる。
「では、始め!」
 決闘委員会の合図で決闘が始まる。
「オオッシ!」
「えいやっ!」
「オオッシ!?」
 詩穂の一撃で、熊虎君の眼鏡が赤い点滅を放った。HPが0になった印らしい。こんなよくわからないモブキャラがLV120を超える詩穂に格闘戦で勝てると思ったのだろうか。哀れな熊虎君は10ポイントを失ってその場に撃沈した。まあ、黄色ワッペンでそこそこポイントの蓄えもあるみたいだから、大丈夫だろう。
「騎沙良詩穂さま。おめでとうございます。20ポイント獲得です。黄色ワッペン獲得まで、あと180ポイントです」
 ピロリロリ〜ン! 片眼鏡がポイントを加算し、詩穂のワッペンに転送された。詩穂の保有ポイントは120ポイントになったわけだ。
「おかしいじゃない。詩穂が賭けたのは10ポイントよ」
「相手は格上の黄色ワッペンだったろ? 格上に勝った場合は倍のポイントが手に入るんだ。対戦相手は、相手に挑まれない限りは一階級上のみに限られるけど、チャレンジしたくなるだろ」
 熊虎君を助け起こしながらゲルバッキーは言った。
「これにて決闘を終了する」
 そういうと、仮面モヒカンたちは、あっという間に居なくなった。
「やってみればわかるけど、白ワッペンのままでも結構ダラダラと長期に渡って遊べるんだ。ランクの変動はあまり頻繁に起こらない。狙うはフィーバータイムか、戦国タイムかな?」
 ゲルバッキーが連発する専門用語に、詩穂は首を傾げる。
「フィーバータイムといって、賭けポイントが更に倍になる時間帯があるんだよ。大体、一日に一度、20分くらいの間で行われるかな。戦国タイムは、自分のポイントと相手のポイントを全て賭け合って闘う時間帯。三日に一度くらい行われる。本当に相手を叩きのめしたい時には、この時間帯に決闘するんだ。勝てば、相手はポイントを全て失い、地下教室行きさ」
「なるほどね」
 詩穂は頷く。
「地下教室へ行くとどうなるの?」
「それほど悪い結果が待ってるわけじゃないよ。ワッペンを失っても、長くて一週間ほど自習してくれば、白ワッペンを再発行してくれるんだ。そうすると、また戻ってこれる。これ以外にも、リスク無しでポイントチャージできるイベントがあってね。それほど胡散臭くないし、皆が心配しているほどの事件が起こっているわけでもないのさ」
 何でも聞いてくれよ、とゲルバッキーはヘラヘラと笑った。この決闘システムで勝ち抜くためにルールは隅々まで把握しているらしい。
「つまり、こういうルールってわけ」
 詩穂は、今聞いたことを纏める。
「決闘は、双方がポイントを提示しあって闘う。
 ポイントは勝ったほうが自分の提示したポイント分だけを相手から奪える。相手が格上の場合には、獲得ポイントは倍になる。
 詩穂がゲルバッキーに挑んだ場合はどうなるの?」
「ボクは受けてもいいけど、拒否もできる。上位ランカーは下位と戦う必要は無いんだ。闘うのは、せいぜい一階級の差くらいかな。誰でも受けていたらキリが無いだろう。逆にボクが挑んだ場合、詩穂は必ず受けなければならない」
「下位殺しができるわね。下位ランカーばかり刈って楽しんでいる上位ランカーも居そうな感じ」
「もちろん。だから気をつけたほうがいい。挑戦する側が勝負時間と対戦種目を決めることができるんだからね。更には、決闘中に第三者が乱入することはできない。決闘の日時予約はダブルブッキングできない、ってことかな」
「ランクアップのための経験ポイントは?」
「白から黄色が200ポイントを獲得した上で、黄色ワッペン保有者を1人倒す。
 黄色から青が400ポイントを獲得した上で、青ワッペン保有者を2人倒す。
 青から赤が1000ポイントを獲得した上で、赤ワッペン保有者を3人倒す。
 赤から黒が2000ポイントを獲得した上で、黒ワッペン保有者を4人倒す。
 そして、金ワッペンになるには3000ポイントを獲得した上で、金ワッペンを最低1人倒さなければならない。さらには特殊なミッションがあるんだ。
 最初は違ったみたいだけど、これが改変後のルールさ。これがどれほどの苦労か詩穂にはわかるかい?」
「全然」
「現在、この分校には金ワッペン保有者が3人居る。黒ワッペン保有者は、ボクも含めて10人くらいかな。その下は無尽蔵に居るよ。数え切れないくらいだ。ボクはもう、ポイントは貯めてある。あとは金ワッペン保有者との対決と迷宮ミッションをクリアするだけさ」
「それは大変そうね」
 まだ先が長そうな気がするけど、と詩穂は思ったがゲルバッキーはもう金まであと少しと考えているらしい。
「手下を引き連れているのは?」
「白ワッペン保有者なら、100ポイントで120時間雇えるよ。このポイントは白ワッペン保有者には渡らないし、奴隷じゃないから無理な仕事はさせられないけど、ちょっとした雑用くらいなら手伝ってくれる。ボクのような黒ワッペン保有者は、面倒な雑事はしないものさ。下位ランカーだって上位ランカーの庇護下にあったほうが安全な場合も多いしね」
「随分とたくさん雇ってるのね」
「ふふっ、ボクの人徳のなせるわざかな。雇用期間が過ぎても、ついて来る子分は多いよ」
 ゲルバッキーの自慢げな話に、子分たちもうんうんと頷いている。
 それでいいのか? と詩穂は思ったが突っ込まないでおいた。
「まあ、大体わかったわ。というわけでゲルバッキー、詩穂と勝負だよっ」
「だが、断る」
 ゲルバッキーはカッコイイ口調で言った。
「今のボクは利益にならない戦いはしないのさ。拒否権は上位ワッペンのボクにあることを忘れないで欲しいな。戦いたくば、ランクを上げてきたまえ」
「ちょっと、ゲルバッキー本気なの?」
 詩穂はゲルバッキーの首筋をぎりぎりと腕で締め上げながら小声で聞く。調子に乗りすぎだろ、と思った。もう少し狡賢いはずなんだが、演技しているのだろうか。
「ここの分校の様子がおかしいのはわかってるでしょ。一芝居打って協力して捜査しましょう」
 だが、ゲルバッキーはヘラヘラと笑ったままだった。
「捜査なら、ボクもやってるよ。それにボクはここが結構気に入っているんだ。ボクが金ワッペン保有者になって、分校を支配すれば手間が省けるってことさぁ。真理子も子分たちに探させるよ」
「呆れた」
 詩穂は手を放し溜息をついた。これはもしかしたら、本当に使い物にならないかもしれない。何かされたのだろうか?
「詩穂は、他の収穫祭来訪者も連れて帰るといい。本当に捜査したいなら、決闘システムには関わらないことだ」
 ゲルバッキーは、一瞬だけ本気の目つきになって言う。
「決闘は繰り返せば繰り返すほど、抜け出せなくなる。ボクが正気を保っている間の忠告だよ」
「何か知っているのね」
「あの決闘時に用いられる機械が」
「ああ、あのスカウターみたいなの」
 詩穂が頷く。次のゲルバッキーの台詞を待った。
「……。……ヘッヘッヘ」
 ゲルバッキーは、完全に犬になって尻尾を振っていた。何のことかわからない、とばかりにつぶらな瞳で詩穂を見る。
「ゲルバッキー?」
「ク〜ン」
 誤魔化している様子は無かった。強いて言うなら、狂気に侵食される前に精神を退避させたような状態だろうか。
「わんわん」
「……」
 詩穂は我慢強く待ったが、ゲルバッキーはそのままだった。黒ワッペンを額に付けたまま、走り去ってしまう。
「あ、待ちなさい!」
 追いかけたが、もう姿は見えなくなっていた。
「決闘をするなって、どういうこと? それに機械がどうしたのよ」
 詩穂は、もう一度ゲルバッキーを探し出し強引にでも闘うことにした。
 ポイントもちまちま貯めなければいけないのが面倒そうだし、ランクごとの対戦相手の縛りもある。予想していたほどスムーズに事は運ばないようだ。
 ゲルバッキーと闘うとすれば、先ほど聞いた“戦国タイム”とやらでお互いが全ポイントを賭けて勝負する。ゲルバッキーか詩穂がどちらか負けた方が地下教室へ落ちるのだ。
「次の戦国タイムは明日のお昼過ぎかぁ」
 詩穂は校内に貼られていたスケジュール表を見た。
 ゲルバッキーとやるからには、勝てる準備をしておきたい。格闘にするか他の種目で対決するか。金ワッペンも欲しいし、無為に闘いたくなかった。
「ま、それまでランクアップに努めましょうか」
 更に細かいルールは戦いながら把握していけばいいだろう。ゲルバッキーが数にモノを言わせた時のためにモブの手下も連れていたい。
「……?」
 詩穂は首を傾げる。今ちょっと、クラッと眩暈がしたような気がした。パラ実の空気が悪いせいだろうか。