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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第十四章:集合するだけで時間がかかるにきまってるだろ!



 真理子が特命教師たちと一緒に農作業に取り掛かっている頃、分校の外ではもう一つ、大きなイベントが並列して進行していた。
 パラ実極西分校で初めて行われることになった、防災避難訓練である。
異次元に存在する“光条世界”の使者による機晶技術のエネルギーダウンを想定して、キマク一帯で機晶技術が使えなくなった状況下での予測訓練で、周辺の一般住民たちも協力してくれるという、非常に大規模で重要な行事だった。
 パラ実生たちが真面目に学校行事に取り組むという噂に半信半疑だった近所の人たちも、古参教師たちの熱心な働きかけに、力を貸してくれることになった。
 それだけ、極西分校の教師たちは、この行事に力を入れていた。生徒たちはヒャッハー! していても、古くからいる教師たちの中には、分校を普通の学校として運営していきたいと考えている熱血がいないわけではなかったのだ。私闘禁止の規則が出来てから、モヒカンたちの暴力行為は、決闘委員会に仲裁を委ねられ、死傷事件は激減していた。これを機会に生徒たちを更生し、まともな学校として機能させようと気合を入れていた。
 ザワザワ……。
 訓練開始直後のこと。
 分校には、多くの生徒たちがお祭り気分で集まってきていた。校庭には、モヒカンたちがうろうろとたむろしており、破壊されずに原形をとどめていた校舎には、物珍しさに見物しに来た生徒たちが詰めかけている。どこで伝達内容を間違えたのか、荒野で種もみを強奪するよりも、学校へ行ったほうが幸せになれるらしいという噂を聞きつけて、荒っぽいモヒカンたちまでが押し寄せてきていた。
「お前らー! よくぞ分校に集まってくれた。先生たちは嬉しいぞ! 力を合わせて防災訓練を成功させようじゃ……ぐはっ!?」
 ぐしゃり、ぼこぼこ。
 分校の真面目な熱血教師たちは、掛け声だけは立派だったが、物資の配給と勘違いして駆けつけてきたモヒカンたちに押しつぶされて、多くが救護室へと運ばれていった。無事だった残りの教師たちも、分校生たちの勢いに押されて、隅っこに追いやられてしまっている。
「ヒャッハー! 何だか知らんが、登校してきたぜぇ! 早く面白イベント見せろや、ゴルァ!」
「飯よこせぇぇぇぇぇ!」
 非常事態を知らせる警報が、ウゥゥゥ〜! と長時間、広範囲に響き渡っている。各所に備え付けられたスピーカーからは、異変を知らせる放送が繰り返し流されていた。訓練のために用意されたサイレンだったが、日常が非常事態のパラ実では、音だけで警戒心を呼び起こすことは難しい。
「そこまでだ。大人しくしろ!」
 モヒカンたちの暴走を止めるために、決闘委員会のお面モヒカンたちが大勢出張ってきていた。しかし、彼らとて無差別的な襲撃に全て対応しきれず、押し戻されそうになっている。それほどの勢いだ。
「全員整列! 注目よ! 訓練内容と手順をもう一度説明するから、よく聞きなさい!」
 葦原明倫館から派遣されてきた父母清 粥(ふぼきよし・かゆ)は、興奮気味の生徒たちに号令をかけて、落ち着かせようとしていた。
 訓練の実施は、事前に予告されていたにもかかわらず、多くのモヒカンたちが内容を理解していないようで、開始早々騒ぎは大きくなっている。他人の話を全く聞いていないところがパラ実らしいといえばそうなのだが、比較的秩序が保たれつつあった分校でこれだけ混乱が大きくなるのには理由があるのだ。
「早くもテロリストたちが蠢いているようね。伝単で撹乱してくるなんて、なんて恐ろしい奴らなの」
 粥は、辺りに撒き散らされたビラを拾い上げて許すまじ、と怒りをあらわにした。ありもしないことが書かれている。
 伝単とは、戦時において相手国民、兵士の混乱や戦意喪失を目的として配布する宣伝謀略用の印刷物だ。古典的だが、単純なパラ実生たちには効果的だ。中でも、食糧配給やびっくりイベント開催のビラに反応が大きく、荒野をさ迷うモヒカンまで食欲と刺激を求めて分校へとなだれ込んでくる。
「災害時は、デマやニセ情報に流されないことが肝心よ! 落ち着いて行動すること。さあ、仕切りなおしましょう!」
「ヒャッハー! 可愛い先生来たー!」「萌え〜!」
「きゃー!」
 粥の外見は、勢いに乗ったパラ実生たちを制するには迫力不足だった。大勢にもみくちゃにされて、どこかへ連れ去られてしまった。取り合いになり乱暴に小突きまわされて意識が暗転する。
 こうして、粥はテロリストたちの邪悪な陰謀により闇へと葬り去られてしまったのだった。
「……」
 と言う夢をつかの間見たような気がした。
 粥は、我に返って目をしばたかせる。
 気がつくと、彼女は分校の校庭に立っていた。すでに訓練が始まっており、分校生たちは警報に従って避難してきていた。モヒカンも、他の生徒たちもビシリと整列して次の指示を待っている。
「?」
 辺りを見回した粥は小さく首をかしげた。撒き散らされたビラもなく、騒ぎもない。
 たった今見えた光景は幻影だったのだろうか。リアルに感触も残っているのだが。
 モヒカンたちにいつになく緊張感が漲っていた。失敗は許されないという真剣な表情で、少し冷や汗をかいているようにも見える。それだけ力を入れてくれれば上出来だ。一人が口を開く。
「おらおら、早く次の指示を出せよ、粥っち。訓練はもう始まっているんだぜ」
「粥っちじゃないもん! 父母清先生とよびなさい。私は指導教官なのよ」
「ちっちゃいし」
「それほど小さくないでしょ! 標準体型よね!? でも一応、誰か台持ってきてー!」
 粥が言うと、どこからともなく階段状の高い台が用意された。彼女は、その上に登って生徒たちを見下ろしながら胸を張った。
「これでよし! では、全員で計画通りに取り組むわよ。くれぐれも、テロリストの卑劣な伝単に惑わされないように!」
 そう説明する粥は、何が起こっているのか理解に苦しむ表情になった。
 一瞬、目をそらしていた隙に、彼女に馴れ馴れしく呼びかけたモヒカンがいなくなっている。彼女に台を差し出してくれたのは、誰?
「……」
 集まってきていた生徒たちが、物言いたげに粥を見つめている。
「……」
 そんなモヒカンたちの影に隠れて、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は息を潜めていた。
 粥は、避難訓練を今後に活用できるよう、葦原明倫館校長のハイナにも命じられている。成果も無く手ぶらで帰ることは許されないのだ。
 重い課題を課せられた粥をこっそりと守り、手伝い、訓練を成功に導くことが、ハイナの忍者を自負する唯斗の使命なのであった。そのために、つきっきりで手伝う予定だ。
 とりあえず、騒ぎに乗じて葦原明倫館のロリっ娘教師にちょっかいをかけようとした生徒たちと、エラそうなタメ口を叩いたモヒカンには早業で退場してもらった。
 全く、どさくさに紛れて、あんなところやこんなところを触ろうなどとは不届き千万。後ほど、簀巻きにして川へでも流し、特別な避難訓練をやってもらうとしよう。
 もちろん、粥が幻影と思っていた出来事も全て彼が処理したことだ。生徒たちを整列させ、台まで用意したが、幸い今のところ感づかれていない。
(フザけたまねしていると、コロすよ?)
 わかっているな、と唯斗は陰から生徒たちを睨みまわした。粥の頑張りが残念な結果に終わろうものなら、忍者の技がどういうものか、その身で思い知ることになるだろう。
 ちなみに。彼は内心で付け加える。
 モヒカンたちを呼び寄せるビラが撒き散らされたのは、テロリスト達の仕業ではない。町の住人や一部の分校教師たちが好意で作ってくれた参加を呼びかけるチラシが、ニュアンスが間違えて伝わっただけで、粥が言うように伝単ではなかった。
(参加チラシを作ってくれた町の人たち、ありがとう。モヒカンとちっちゃい娘が読解力なくてごめんね!)
 唯斗は彼方の人々に礼を言っておいた。
 そんな彼は、分校生たちの中に見覚えのある顔を見つけて声をかけた。
「あんた何やってんですか?」
「大きな声を出さないでよ。目だって注目されちゃうじゃない」
 パラ実女子生徒たちの群れに紛れ込んでいたのは、蒼学所属にしてタシガン空峡の空賊王の異名を持つリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)(当時:リネン・エルフト)だった。なにしろ彼女は名声だけでなくルックスも抜群に人目を引く。普通にその場にいたのでは存在感が浮いてしまうために、わざわざ賑やかな女子生徒たちと行動することになったのだ。彼女らは、人数が多いので一人ひとりの顔を把握していないようで、リネンがいても不自然ではなかった。
「なるほど。貴女も密かに護衛ですか。いろいろと大変なことになりそうですな」
 唯斗はリネンを見て他人事のように言う。女の子を侍らせがちな唯斗は慣れているため気にならないが、他の男子生徒たちには刺激的なスタイルだ。早くも熱い視線が注がれている。
「あんたたちとは別口よ。遊んでいるつもりはないから巻き込まないでね」
 リネンは唯斗にそっけなく答えた。悪気はないのだが、どうも大雑把な感じで軽めのノリのパラ実生たちとは馴染みにくい。
 それもこれも、警護対象のエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)の身の安全ためだった。
 リネンは、エンヘドゥがさらわれたり人質に使われる可能性を危惧していた。実際によくいままで事件が起こらなかったものだ。分校生たちが従順で大人しいのも異様だ。表向きは大人しさを装っておいて裏で何かを画策しているであろうことくらいは予想ができた。不良たちの不穏な動きを察知したリネンたちは影ながらエンヘドゥを護ることにしたのだ。
(こっちは準備オッケーよ)
 少し離れた物陰から、パートナーのヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)がリネンに合図してくる。
 ヘリワードもリネンとともに、訓練に乗じて襲撃を試みようとするテロリストたちを迎え撃つ態勢を整えていた。彼女は、生徒たちに混じるのではなく、主に【インビジブルトラップ】のスキルを用いて敵を人知れず始末するのが目的だ。訓練の実施範囲が広すぎて全域を網羅できないため、敵の進入経路を予測してピンポイントで設置していたため時間がかかってしまった。
「やれやれ、誰のための訓練なのかしらね」
 ヘリワードは、溜息をつきながら奥へと引っ込んで行った。しばらくはモヒカンでも引っかからないか待ってみようと思う。本格的な活動はテロリストたちが襲撃してきてからだ。
 二人とも大変な苦労だ。無事に訓練が終わってくれるといいが。
 そのエンヘドゥが、リネンたちには気づかずにやってくる。
「騒ぎの音が聞こえましたけど、ヒャッハー! していませんか? 悪い子はいませんか!?」
 教師としてやる気に満ち溢れたエンヘドゥが、モヒカンたちの襲来を聞きつけて様子を見に来た。
 大変残念なことに、彼女は分校に赴任してきて以来すっかり馴染んでしまっており、多少のドタバタでは動じなくなっていた。生真面目で熱心なあまり、お姫様としての高貴さや上品さも捨てつつあり、分校生達と同じ目線で物事に取り組むようになっている。
 避難訓練では、動きやすく不測の事態にも対処しやすいようにと体育会系教師風に体操服に着替えていた。どういうわけか、手には竹刀が握られている。本人は気づいていないが、胸といい腰まわりといいボディラインがえらいことになっていて、別の意味であらぬトラブルを引き起こしそうだった。
「整列しましょう! 言うことを聞かない生徒たちは、ピシピシお仕置きをしちゃいますわよ!」
「是非よろしくお願いします!」
 エンヘドゥにお仕置きされたい生徒達の行列が出来た。
「はい、みんなはこっちよ〜」
 煩悩にまみれた男子生徒たちを、リネンが列から引き離した。離れた場所まで行くと、彼女は笑顔を浮かべたままでエンヘドゥに代わって軽くお仕置きしておく。テロリストではなくただのスケベ男子なので手加減はしているが、アホなモヒカン共の動向まで気にかけなければならないところが頭が痛い。
「?」
 エンヘドゥが生徒たちを整列させている間に、どういうわけかモヒカンやエロ男子が何人かがいなくなっている。彼女は、少しの間戸惑っていたが、パラ実ではよくあることと一人納得したようだった。
「これでよし、と」
 一部のエロ男子たちをゴミ捨て場に置いてきたリネンは、何事もなかったように女子生徒たちの輪の中に戻っていた。やれやれ、だ。そんな彼女の苦労も知らず、エンヘドゥがリネンを見つけて近寄ってくる。
「あなた、何ですかその格好は!? 風紀を乱してはいけませんわ!」
 声をかけてから、エンヘドゥはリネンに気づいたようだった。
「あら、お久しぶりですわね」
「お疲れ様。別に校内の風紀を乱すつもりは無いから心配しないで」
 リネンはいつもどおりの空賊スタイルだが、露出度の高さがエンヘドゥは気になっているようだ。これまではそんな反応はしなかったのだが、真面目な教師としての自覚が芽生えてきているらしい。他の女子生徒たちに悪影響が……、とかなんとかぶつぶつ言っているエンヘドゥにリネンは苦笑を浮かべた。悪影響も何も、パラ実に風紀など無いのだが。
「まあ、エンヘドゥがそう言うなら余計な行動は極力控えておくわね。私たちはだだ、危険な連中の噂を聞いて、様子を見に来ただけよ」
 リネンは、あまり怯えさせない程度の口調で、テロリストに警戒するようエンヘドゥに注意を促した。戦闘以外では校内を荒らしたりしないしパラ実生たちを挑発したりしないと約束してエンヘドゥを安心させておく。
「わざわざ遠くからそのために来ていただいたのですか? とても申し訳ないです」
「恐縮しないでよ。フェイミィの同郷のよしみってだけじゃないけど、私たちの目的のためにも、あなたを護らせてもらうだけだから」
 元より、リネンはエンヘドゥの教育方針や自主性に口を出すつもりは無い。彼女が気を使わないよう離れたところから見守っている、と伝えた。
 リネンは【禁猟区】のスキルをエンヘドゥを中心に張り巡らせた。これで、敵が接近してもすぐに察知できる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「私たちはいないものとして行動してくれていいわ。訓練、頑張ってね」
「はい、頑張りますわ!」
 気合を入れるエンヘドゥに、リネンは手を振った。訓練の邪魔にならない場所へと移動する。リネンが動くのは危機的状況のときだけだ。
 と……。
「俺たちは粥タソ派だから。罵られたり踏まれたりしたいぜ」
 粥にも、お仕置きをされたい生徒達の行列が出来ていた。
「ヒャッハー! こいつはいいぜ。お仕置きし放題だ」
 唯斗も粥に代わって分校生たちを締めておいた。程なく、生徒たちはみんな行儀がよくなった。
「?」
 またしても、粥がエンヘドゥの方へと顔を向けている間に何かが起こったらしい。今、視界の隅で体罰があった気がして、彼女は辺りを見渡す。
「今、何か乱暴なことが無かった?」
「……」
「まあいいか」
 モヒカンたちが友好的な愛想笑いを浮かべて頷いているのを見て、粥も余計な詮索をしないことにした。
 体勢を立て直し、ペースを取り戻しさえすれば、粥は間違えることはない。生徒たちに的確な指示を出し、てきぱきと進めていく。高額報酬をもらうからには、見合った働きをするのだ。
「教育はサービス業よ! 分校の教師たちもよく見ておくことね!」
「違います! 教育は心と絆です!」
 熱血教師化したエンヘドゥが粥との対抗意識を露にしている。
「幻想ばかり抱いていると、足元をすくわれるわよ」
 生徒たちが教師たちとの交流で更生するさわやか青春学園ドラマの展開を無条件に夢見ていたのなら大間違いだ。媚びる必要はないけれども、生徒たちが多感な時期を費やすにふさわしい価値を提供するのは教員として当然のこと。
 そう、教育はサービス業。粥はもう一度自分自身に言い聞かせる。
 ボランティア精神は素晴らしいだろう。無償で尽くす姿は尊いだろう。だが、商売としての教育のどこが悪い、と彼女は思う。貴重な金銭を頂くからこそ、顧客である生徒たちに最良のサービスを提供することができる。品質の向上に真剣に取り組み、生徒たち一人一人の時間的価値を高め、柔軟に改善し更なる教育の進化を遂げることができるのだ。
「訓練を通じて、最良の知識と経験を手に入れましょう!」
「はいっ。よろしくお願いします!」
 生徒たちの、言わされている感たっぷりのいい返事が響き渡った。
「皆がいい子にしているので、今日は特別にイコンと操縦士のお兄さんたちが応援に来てくれましたわよ」
 エンヘドゥは、小学生たちに出張イベントを紹介する口調で言った。
「お行儀よく、お話を聞きましょう。後で感想文を提出してもらいますからね!」
「いや、俺達は訓練に直接参加するつもりはないんだけど、何で俺主導でイコンで実践訓練するみたいな感じになってるの?」
 天御柱学院生の斎賀 昌毅(さいが・まさき)は、周辺の護衛と暴徒鎮圧のためにイコンのフラフナグズを持ち込んできていた。訓練では機晶エネルギーが途絶えている設定のためにイコンは動かないことになっているのだが、賊にそんな理屈は通用しない。敵がイコンでの襲撃を試みた場合相応の攻撃手法が必要だということで、イコンを用意してあったのだ。
 そんな彼は、分校に到着早々、訓練の前準備として周辺を見回っていたエンヘドゥに見つかって連れてこられてしまったのだ。彼女に悪意はなく天然なため、強く文句も言いがたい。
「天御柱学院生は、イコンのエキスパートですわよね?」
 エンヘドゥは、期待に満ち溢れた純粋な目で昌毅を見つめた。何かすごいパフォーマンスをやってくれるに違いない、と好奇心旺盛な少女の表情だ。
「いいかい、エンヘドゥ。これは君たちの訓練だ。君たちが主体性を持って取り組むことが大切なんじゃないか。イコンは脱出訓練用にしばらく使用してもらっても構わないから、皆が力を合わせて頑張ってくれ。俺は、訓練の邪魔にならないように見守っているから」
 昌毅は、やんわりと断ることにした。イコンで必殺技の一つも見せてやれなくはないが、趣旨が違うし不本意だ。エンヘドゥを悪く言うつもりはないが、何でも引き受けていると芸をさせられるどころか、その内とんでもないことまでやらされそうだ。天然お姫様とは距離を置いておくのも上手い接し方の一つなのだ。
「そうですね。誰かを頼りにしてばかりではいけませんわね」
 エンヘドゥは、素直に頷いて生徒達に向き直った。
「イコン使用時に災害に遭遇した場合の訓練も実施しますわ。貸してくださる方に感謝して取り組みましょう」
 エンヘドゥと粥は、生徒たちをグループ分けしまとめ始めた。点呼整列して、いよいよ訓練に取り掛かろうかというところだ。
「防災訓練って、普通は避難経路を確認して終わりじゃないんですか?」
 昌毅のパートナーのマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は、教師達の張り切りる様子を眺めながら言った。彼女もお手伝いに来たのだが、主目的は訓練への参加ではない。
 彼らは、馬場正子の呼びかけで、夜間の暴徒鎮圧のために対策を立ててきていたのだ。
 昼間は他の契約者たちも活発に動いているので暴徒たちも大きな騒ぎを起こしにくいだろう。明るい間は有志達に任せておいて、日が暮れてからが出番だった。
 それまで、イコンの脱出訓練でも眺めて応援するとしよう。
 
 そんなこんなで、防災訓練のイベントはにぎやかに始まったのだった。