リアクション
◇ ◇ ◇ 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、前回の事件から遡り、都築の報告書関連を調査してみた。 都築が行方不明になった時点で、聖剣の有効利用方法について、どこまで調査研究が進んでいたのか。 許可を得て、都築の私用のパソコンデータまで全て洗い出す。 「コーラルネットワークに介入……?」 パソコンの画面に向かって、ゆかりは呟いた。 都築の最後の情報は、コーラルネットワークについての情報を得る為に、イルミンスールのアーデルハイトへ、面会の予約のメールを送っていたこと、だった。 「ううう、もう頭がウニだぁ……」 パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が限界寸前になっている。 「そうね、この辺で動かないと、調べた情報が無駄になってしまうわ」 ゆかりの言葉に、顔を上げたマリエッタは、ふと周囲を見渡した。 「そういえば、やけに仕事がスムーズに進むと思ったら、あのいけすかない奴がいないのね」 「ああ、彼には別件を頼んだわ」 「そうなの。それじゃ暫くストレスから解放されるわね!」 マリエッタは無邪気に喜ぶ。 「……」 せいせいしている様子のマリエッタを見やりながら、ゆかりは、何となく、もやもやとしたものを胸に抱える。 都築中佐の件も気になるが、先日、ドクター・ハデス(どくたー・はです)らによってヨシュアが誘拐された件が、ゆかりは気になっていた。 誘拐事件自体は片付いたが、ヨシュアを狙った動機が謎のままだ。 そして、ハデス達一味に、見慣れない少女がいたという。 「気になるわね……でも、そちらまで手を回してる余裕は今はないし……そうだ」 ゆかりは、情報科の部下である経堂 倫太郎(きょうどう・りんたろう)に、その件の調査を命じた。 厄介払いも出来て一石二鳥、と思ったのだ。 ゆかりからの任務を聞いた時、倫太郎は、微妙な表情をしてゆかりを見返した。 「な、何?」 「……いいえ。任務拝命します」 微かな苦笑をひっこめて、倫太郎は敬礼する。 軽口のひとつも叩かず任務に向かった倫太郎に、僅かに拍子抜けしたゆかりだったが、仕事に対しては真摯に向かう人物でもあったのだ、と思い出す。 だが、以来、胸の奥の奥に、何か、小さなささくれのようなものがあるようで、ふとしたきっかけで気になってしまうのだ。 はた、とゆかりは我に返った。 また彼のことを気にしている。 (ああもう……どうしてこんな、気になって仕方ないの) どうして、と考えてしまってはっとした。 何故、彼のことをここまで意識しているのか。 「まさか……私はあいつのことを……?」 愕然と呟いて、ふるふると頭を振った。 「何言ってるの私、冗談じゃないわ!」 考え込んでいると思ったら、突然叫びを上げたゆかりに、マリエッタは驚いて、目を白黒させてゆかりを見た。 「……まあ、厄介払いされたんだろうなぁ……」 一方倫太郎は、ゆかりから任務を受けた時のことを思い出して苦笑した。 解ってはいたが、仕事は仕事、ここは真面目に取り組むだけだ。 誘拐事件の調書から、ドクター・ハデスの共犯者に対して、 「朝永真深という人物ではないか」 という証言があったらしい。 彼女の先輩だという、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)というアイドルの証言だ。 朝永真深について調査すべく、ツァンダの蒼空学園に向かう。 その過程で、同じように誘拐事件の詳細を調べる、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、そのパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に遭遇し、合流した。 「こんなの、憲兵科か情報科の仕事じゃないの」 「まあまあ、他の経験も重要よ」 ぼやくセレンフィリティをなだめるセレアナを見て、ふうん、と思う。 「……何?」 「いやぁ、あと二歳行ってれば、直球ど真ん中だったのになと」 じろり、と、恋人でもあるセレンフィリティがセレアナの前に立って倫太郎を睨んだ。 「二歳行ってれば、って言ったでしょうが」 射程外です、と、倫太郎は両手を上げて笑う。 「……二歳って随分具体的ね。誰か、該当する人がいるのかしら」 「はあ? まさか」 笑って手を振る倫太郎は、ゆかりが、彼女らの二歳年上であることを勿論知っているのに、思い出さなかった。 現在十七歳。機工士。蒼空学園所属。 朝永真深は、事件の少し前から、蒼空学園ではその姿を確認されていないが、交友関係を調べていて、倫太郎は興味深い証言を得た。 それは、「誰も朝永真深のパートナーを見たことが無い」ということだ。 結界の存在する空京ならともかく、蒼空学園生徒としてツァンダで生活していたということは、最低一人のパートナーが居たはずだ。 だが、学園生徒の誰も、彼女のパートナーを見たことも聞いたこともなかった。 本人同士は会ったことがない、いわゆるネット契約というものかもしれなかったが、倫太郎はその点を気にする。 「正体不明のパートナーか……。何か、関係があるのか?」 そこを重点的に調べてみたものの、ネット契約という確証もなければ、他の手掛かりを掴むこともできなかった。 先輩である綾原さゆみの証言によれば、朝永真深は、 「興味のないことは居眠りしてスルー」 「興味があることに急に目を輝かせて行動」 というような性格の人物らしい。 「さゆみには悪いけど、そんなの、擬態、演技って可能性もあるわよね」 彼女は、後輩を信じたい気持ちを捨てきれないらしい。けれど、セレンフィリティは冷静にそう思う。 「アジトの線からは、ダメみたいね……」 現在、勿論朝永真深は逃亡中だ。 この事態を想定しているのなら、事前に何処かに隠れ家を用意しているのではないかと、二人は一年前の資料から、空家検索をしてみたが、これといった情報を得ることができなかった。 「空京には、もう居ないわね」 セレアナは、そう判断した。 「念の為、空京警察に朝永真深の写真付きで通知を出しておくわ」 指名手配依頼を出してから、セレアナはセレンフィリティを見た。 「ハルカにターゲットを移したかもしれない可能性があるんでしょう。 だとしたら、調べるべきは、空京じゃなくて、イルミンスールじゃないかしら」 あの事件の時、恐らく真深は、服役中のオリヴィエと同じ街に住んでいる、ということで、ヨシュアの方に、目的を達する可能性が高いと判断したのだろう。 「そうね……。それが失敗したことで、ハルカへターゲットを変更したとすると……」 「隙だらけのドクター・ハデスは正直二の次だったけど、ひょっとして、彼って今も、朝永真深と同行中なのかしら」 ふと、セレアナがそう呟いて、セレンフィリティと顔を見合わせた。 「そっち方面から攻めて行けば早かったのかしら?」 「向こうも、そこまで馬鹿じゃないと思うんだけど……」 |
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