リアクション
06 サルヴァ撃退 精神世界での戦いの流れを大きく変えたのは、現実世界でのイーリャの行動がきっかけだった。 ラグナロクの艦内にて娘ともいうべきジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)を傍らに待機させながら、その行動を始めようとしていた。 それは、自身の健康を支えている生命維持ナノマシンを地震から取り外し、それをグレースへと注入するというものだ。 かつて生物兵器によるテロに遭い、重い後遺症を背負っているイーリャが元気に活動できるのは、ひとえにこの生命維持ナノマシンの存在があるからだった。 「ママ……それを外しちゃったら!?」 だから、娘ともいうべきジヴァは当然のことながらイーリャのことを心配する。生命維持ナノマシンを外してしまえば、イーリャは半死半生の病人に逆戻りしてしまうからだ。 「大丈夫……死にはしないわ」 イーリャは、ジヴァにそう語りかける。 だが、それは嘘だった。確かに、即死はしない。それでも、イーリャの寿命は十年を切ってしまうことになるだろう。そして、イーリャと契約しているジヴァの寿命も…… それを押し隠し、イーリャは青い瞳に決意の色をたたえた。 「ダエーヴァの解析は済んだ、敵基地も特定できた……解析班の仕事は終わりね、一つ除いて。……後はあなただけよ、グレースさん」 拘束され、脳波や心電図などをモニタリングするためのケーブルが体のあちこちに伸びているグレースを見ながら、イーリャは囁いた。 「別に、研究結果があなたに決意させてことを気に病んでいるってわけじゃないわ。貴女に何かがあるとサイコダイブ中の皆が困ったことになるし、今の貴女はとても興味深い研究対象なの。勝利への自己犠牲を由とするなら、細胞の一片まで……活かしてもらうわよ?」 現状、グレースのバイタルデータは想定の範囲内だった。イーリャは白衣を脱いでグレースの隣に横になると、自らの身体から生命維持ナノマシンを取り出した。 「あっ……」 その瞬間、イーリャの表情が苦しげなものになる。 「さあ、ジヴァ……これを、彼女に……」 そして、ジヴァに生命維持ナノマシンを手渡す。 「……ママ」 ジヴァは少しだけ悩んでから、グレースの正常な細胞に生命維持ナノマシンを注入した。そして、ナノマシンは新たな宿主となったグレースの生命活動を維持するべく、ダエーヴァ細胞への攻撃を開始したのであった。 そして、精神世界。 ナノマシンがダエーヴァ細胞絵の攻撃を開始すると、精神世界内ではそれはグレースの意識を駆りて具現化された。 ハート、ダイヤ、スペード、クラブ……トランプの4つのスートのマークの付いた兵隊。グレースが子供の頃に読んだ物語に登場したトランプの兵隊の形を借りて、ナノマシンは精神世界に出現した。 「なっ! なに!?」 驚いたマイナが、思わず叫ぶ。 「あれは……トランプの兵隊? とりあえず味方のようだな」 昌毅は、トランプの兵隊の動きを見て味方と確信する。 ハートの兵隊はグレースを守るように動き、クラブはグレースをサポートするように動く。そしてダイヤは敵を妨害するように動き、スペードは敵に強力な攻撃を叩き込む。それはグレースの肉体で行われていることの、精神世界での再現でもあった。 しかし、いくら援軍を得たとはいえサルヴァは強力だった。サルヴァは攻撃のリソースの大半をグレースに振り向け、契約者たちの対応はあえて無視をするように動き出した。 「がら空きだぜ!!」 昌毅がそう叫びつつイコンを模した地震の姿でサルヴァに攻撃をしかける。 弾幕も薄くなった今、それらをすり抜けて二丁の拳銃を巨大な目標に叩きこむのはたやすいことだった。発射される銃弾のことごとくがサルヴァに吸い込まれ、そのたびにサルヴァはダメージを受けていく。そして現実世界における兵器群のコントロールが甘くなり、契約者たちは戦闘を有利に進めていくこととなる。 だが、その分グレースに負担がかかっていた。サルヴァはグレースの体内のダエーヴァ細胞に対してグレースを侵食するように指示を出し、侵食に専念したサルヴァの力に、グレースは抗うことが出来なかった。 「あっ……ああ……あああああああああああああああ!!!」 グレースが、精神世界と現実世界の両方で悲鳴を上げる。次の瞬間、精神世界からグレースの存在が消えた。 「グレースさん!?」 現実世界。 ラグナロクの艦内で叫んだのはカルカーだった。 サイコダイブしているはずのグレースが目を開くと、ゆっくりと起き上がったからだ。 「……ここがユーたちの船の中かい?」 そのグレースの口調は、いつものものとは違っていた。 「誰だお前は!?」 思わず、そう尋ねるカルカー。 「ミーは、サルヴァと言うよ。キヒヒヒヒ」 グレースの美しい声で、下品な物言いをするサルヴァ。 「おっと、拘束されているようだね……」 サルヴァが力を入れると、グレースの拘束は外れてしまう。 だが、このことを予期して何人もの契約者が待機をしていたことが、サルヴァにとっての不幸だった。 まず、ジヴァが動いた。ジヴァはグレースを乗っとったサルヴァの瞳を覗き込み、【※エンド・オブ・ウォーズ】で、戦意を喪失させようと試みる。 「ぐっ……!」 だが、グレースに移ったのは一部だけとはいえ元はといえばたった六機で地球全土を掌握できるまでに改造されたワンオフカスタムのインテグラルがベースである。ジヴァの力では完全に無力化することは出来なかった。 「それで十分!!」 だが、一瞬無力化出来ただけで十分だった。 グレースの警護にあたっていたカルカーのパートナーの一人夏侯 惇(かこう・とん)が、まずはサイコキネシスでグレース=サルヴァの動きを拘束する。更にジョン・オーク(じょん・おーく)も同様にサイコキネシスをグレース=サルヴァに施し、更に動きを拘束しようとする。 「よくやった! いいかグレース! はいそうですかって殺す訳にはいかないだろ!!」 ドリル・ホール(どりる・ほーる)がそう叫びながら、パワードスーツで底上げした馬力でグレースを後ろから羽交い締めにすると、惇とジョンもグレースの物理的な拘束に加わる。 「なに!?」 そこまでの一連の流れは、ほんの一瞬で行われた。そのためにサルヴァは驚く暇すら与えられなかった。 「グレース、グレース! 自分が誰なのかを忘れないで、思い出してよ! あなたは―――あなただ!」 そして、カルカーがパワードスーツの機械装置の部分から露出させていた電気回路をグレースの体に押し付けると、電流を流す。 電気ショックでグレースの体がそのまま気絶をしてしまい、サルヴァとグレースの接続が強制的に切断された。 グレースの精神活動が停止したことで、サイコダイブをしていた契約者たちは強制的に現実へと引き戻された。同時に―― 『よくやった、諸君。ダエーヴァの動きが一気に弱まったぞ!』 艦内放送を通じて、ダリルの声が流れる。 『ところで、カルカー中尉』 「……なんでしょう?」 不意にラグナロクと一体化しているダリルに呼びかけられたカルカーは、何事かと身構える。 『中尉のパートナーの一人に剣の花嫁がいたはずだ』 「ええ、そうですが……」 カルカーには、なんのことかわからなかった。 『その花嫁は、光条兵器を使える状態にあるかな?』 カルカーは、ジョンに視線で確認する。 「ええ、私なら光条兵器をいつでも使える状態にありますよ?」 カルカーの代わりに、ジョンが答える。 『結構。正直、イーリャの行動がなければ分の悪いかけだったのだが、現状ならば成功率は高いはずだ』 「……どういうことでしょう?」 『光条兵器は使用者の意思で切るものと切らないものを選択できる。ここまで言えば理解できるはずだ……』 「なるほど、わかりました」 ジョンは、理解が出来たという表情で、自らの体内に納められていた光条兵器を呼び出した。 「さあ、これはあなたがやるべきです」 そして、カルカーに光条兵器を手渡す。 「……これで、グレースさんを救えるんだな?」 ジョンは、静かに頷く。 「これで――これでハッピーエンドだ!!!」 光条兵器は、グレースの中のダエーヴァ細胞だけを選んで切り裂いた[/bold}。 そして、様々な回復の魔術が、即座にグレースにかけられるのだった。 |
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