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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」 【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【決着の時】




 状況は、数十秒ほど遡る。

 彼らとピュグマリオンとが口論している間、一同が黙って聞いていたわけではない。動力炉に繋がる大小さまざまな動力装置の後ろで、状況を伺いながら垂たちは慎重に動いていた。
「……ち、やっぱり遺跡つっても兵器だな」
 そんな中、溜息を吐き出したのは垂だ。機晶脳化によって機器と繋がり、駆動を停止できないか試してみたのだが、矢張り、施設全体がそうであったように、兵器としてのセキュリティは硬く、通常に存在し得ない命令を受付ようとはしなかった。が、それも想定内のことだ。
「となれば破壊するっきゃねーが」
「問題は、強度ですね」
 頷いて、口を開くのはゆかりだ。遺跡へ突入した際、天井を突き破ったヴァジラの攻撃から逆算するに、設備の基本的な強度は汎用タイプのイコン装甲と同クラス、となれば、最も硬度を取っているだろう動力炉はそれ以上の硬さだろうと推測される。ヴァジラのみの攻撃力で果たして破壊しきれるかは疑問だ。もし彼が仮に全力を出した場合がどの程度かは予想できないため明言は出来ないものの、ピュグマリオン―ーしぐれは、それを計算に入れていないとは考えにくい。頭をぎしぎしと責めつけてくる過去の亡霊を押し付けて耐えながら、ゆかりは続ける。
「しぐれの目的は兵器の起動そのものではありません。ある程度破壊されようと、その兵器の力で帝国とシャンバラ両方に犠牲者を出し、最終的に戦争状態に持ち込ませるのが目的です」
 たとえ破壊だけ出来たところで、被害を出すのではない実が無い。リカインも頷いた。破壊力だけで言うならば、この場にいる契約者達の持つ力を合わせれば、強度に対抗する事は出来るだろう。だが、此処まできてピュグマリオンが何の対策もしていないとは思えない以上、破壊だけでは足りないのだ。
「完全に沈黙させるには、恐らくあの機晶石を破壊する必要があります。ですが――」
 当然、それを易々とさせるような相手ではない。先ず接近することが、至難の業だ。
「ではまず、確実性の高いところから破壊して行きましょう」
 そんな中、続けて言ったのは白竜だ。炉自体は硬くとも、地上のアンテナにエネルギーを送る部分、或いは制御盤など、人の手が触れなければならない場所は、恐らくそこまで強度は無い。同時に、兵器としての能力を大きく損ねる事が出来る筈だ。
「とにかく、先ずは発射をさせない事が第一です」
 こうしている間にもエネルギーが充填されていくのだ。羅儀が、白竜の白竜の特務兵団【天蛇】と共に気配を殺しながら捜索を行うのに、垂やゆかりもまた持てる機晶技術と知識を集めて、炉の構造的弱点を探っていき、そして――……


「全部ぶっ壊すのは、後だ。まずはそこの――エネルギーを何とかしてからだ」
 ヴァジラの肩を叩いた垂の目が、何かの手を見つけたと書いてあるのに、はじめてピュグマリオンは僅かにその顔を変化させた。笑みを深め、油断を消し、歪んだ殺気がその小さな身体から噴出してくる。
「何とかできると……思いますか?」
 声が更に低くトーンを落とし、その掌から黒く光が滲んだ、その時だ。
「……っ!?」
 ひゅ、と空気を切って、一本の矢がピュグマリオンの心臓を狙うように真っ直ぐに飛来したのだ。
 それは直ぐに、ピュグマリオンの黒い光の刃によって断たれたが、それは明らかに契約者達の降りてきた地点からはありえない角度からの一撃だ。ピュグマリオンがその目を細めて攻撃者を探す中、先に聞こえてきたのは涼やかな声だった。
「どこかにふよふよと浮かんでいらっしゃるものかと思いましたが、やはりあなたは「そこ」ですか、しぐれ様」
 現れたのは、先の神威の矢を放った望だ。続けて姿を表す契約者達の後ろから、アーグラと共にやって来た氏無の姿に、ピュグマリオン――しぐれは目を細めた。
「矢張り、来て頂けると思っていました」
 そのぞっとするほど不気味な声音に皆が息を呑む中、すっと誘うようにその手が氏無へ伸びる、その間へ、割り込むようにして望は一歩を踏み出した。それを一瞬、不愉快そうに眉を寄せながらも、余裕を崩さない少年の顔で、しぐれは小首を傾げて見せた。
「……良く、ご無事で?」
 塩にならずに済んだようですね、と意外そうな含みで笑うしぐれに、望は肩を竦めて見せる。
「悪徳に満ちた町の住人なら、それこそ過去を見ずにその場の快楽やらなんやらに現実逃避するでしょうから、その逆……つまりまぁ、アレができたらコウなってたと未練たらしく過去を『振り返る』よりも、コウする為にはナニが必要か、前に向かう為の事を考えて生きてますんで」
 あなたと違って、と言わんばかりの物言いに、しぐれは目を細めた。
「後悔は無い、と?」
「後悔なら、望と契約した時からしっぱなしですわよ」
 対して、溜息を盛大に吐き出したのはノートだ。
「何でこんな主人を主人と思わないメイドと契約したのだろうって……あまりにも癪なので、何が何でも主人として認めさせてやろうって常日頃から思っていますもの」
 ちろりと文句と共に望を見たが、当の本人はどこ吹く風だ。それにまたむかっと表情を変えつつも、直ぐに気を取り直してその剣先をひゅ、としぐれに向け直した。
「後悔や未練に浸る暇があるのなら、1度でも多く剣を振る方が有意義ですわ」
 止まっている場合ではありませんから、と無意識の内に痛烈にしぐれを否定しながら、その反論が返ってくる前にノートは「だいたい……」と首を傾げた。
「貴方の方が氏無大尉に未練タラタラなんではありませんの?」
 良く塩化せずにとはこちらの台詞ですわね、と続くノートの言葉に、しぐれは目を細めて緩く首を振ると何を馬鹿なことをと言わんばかりの、奇妙に演技がかった仕草で肩を竦めた。
「未練? ……まさか。私と隊長はまだ、志は同じだと信じています」
「それは妄執と呼ぶんですよ」
 望の言葉は容赦ない。が、しぐれもまた、堪えた風も無い。
「隊長は此処へ来た。それが全てですよ。隊長が此処にいて、けれど「これ」は止まっていない――……隊長、あなたもまた、“許せていない”……そうですよね?」
 両者が口を開くたびどんどん周囲の気圧が下がって行く。口を挟み損ねてはらはらとする者もあれば、その間で密かに動いている者もいる。しぐれはその後者に気がついたらしく、その掌に再び黒い光を纏わり付かせて、契約者達を睥睨して口元を歪めた。
「止めさせはしませんよ。これが始まりです。平和などと言う化け物の腸を食いちぎり、私たちは戦争をやり直せる……そのために、相応しい兵器だと思いませんか」
 笑う声が響き、契約者達へ向けて黒い刃が降り注いだ。一撃一撃は然程強いわけではないが、憎悪をそのまま形にしたような不気味な黒い光の刃は雨のように降り注ぎ、それに合わせて十六凪の銃弾が追撃してくるのに、契約者達は飛びのき、あるいは吹き飛ばして応じてはいるが、あっという間に防戦一方へと追い込まれた。そうやって行動させない事によって、時間切れを狙っているのだろう。見れば、機晶石は申すでの殆ど真っ黒に変色してしまっている。
 そんな中、直撃を避けながら金色の風で周囲にいる仲間達を癒し、ヘルと共に氏無を庇いつつながら呼雪が口を開いた。
「大尉、貴方自身の言葉を、伝えてあげなければ、彼はあそこから動けないんですよ」
 その言葉に僅かに躊躇い、けれど溜息を深く吐き出して「そうだねぇ」と小さく漏らして、体を支えられながら、氏無はしぐれに向かって一歩距離を詰めた。それに気付いたのか、しぐれがその視線を氏無へ向ける。 彼を見ているのか、かつての姿の方の彼を見ているのか、元々残り少なかったと思われる理性が軒並み失せたような昏い目が、瞬きもせずに凝視するのに苦笑して、氏無はゆっくりと口を開いた。
「まぁ――……まず、お礼を、言うべきなのかな。キミは、本当に都合良く動いてくれたよ」
 その思いもよらない第一声に、そしてその冷たい響きに、呼雪も、そして氏無を知る一同が思わず目を瞬かせ、一人疑いを切らさずにあった宵一が眉を寄せて、動向を見極めようとする中で、氏無は溜息を吐き出しながら続ける。
「キミが生きてるとは思ってなかった。皆死んじまってると思ってたからね。だから初動が遅れた。後手後手に回らざるをえなかったのには参ったよ……けど、キミの目的は判っていたからね。最終的にはここを選ぶだろうと思ってた……8割ぐらいは」
 その場の全員が半ばあっけに取られる形でそれを聞いている様子に「大体ねぇ、キミら揃ってボクって人間を勘違いし過ぎなんだよ」と肩を竦める仕草も、のんびりとした調子も普段通りで、それが逆に場にそぐわない。
「そもそも本当に、ボクが誰の味方だと思ってたんだい?……ボクはこの場にいる全員の――敵だぜ?」
「おい、おっさん!?」
「隊長……?」
 燕馬と同時、しぐれまでが声を上げるのに、氏無は塩化を始めている右腕を掲げて見せた。
「見なよ、未練だの後悔だのに捕まっちまって、この様だ。憎しみも、悲しみも、後悔も拭えちゃいない、受けた仕打ちを許せてもいない。キミの気持ちだって正直分からない訳じゃない。けどねぇ、わからねぇかなぁ、全部終わっちまった事なんだよ」
 しぐれが顔色を変え、戸惑ったような、裏切られたような眼差しで氏無を呆然と見つめたが、それに対して同情するような目を一度向けただけで、直ぐに首を振ってその目は切りつけるような鋭さで、敵を見る眼差しでしぐれを睨んだ。
「死んだものは戻らない。終わっちまったものは覆らない。払った犠牲に対して、ボクらがすべき事はいつだって、彼らの対価に見合うものを勝ち取る事だ。キミはかつての仲間達を弄んで、現実逃避のためだけに彼らの犠牲を無にしようとした。それを――許すわけには行かない」
 言いながら「同時に」とその目はしぐれから僅かに逸れて、契約者達の方に向き直り、まるで笑っていない目でにこりと口元だけを笑わせる。
「ボクはボクの役目を果たす。闇は闇に、死人は墓場に、そしてこんな在っちゃならない兵器は、まるっと消し飛んでもらいたいんだよ」
「やはり……」
 その言葉に、眉を寄せたのは白竜だ。
「貴方はこの遺跡を破壊するために、全てを利用したんですね」
「おや、気付いてたか」
 氏無は否定せずに肩を竦める。
「ボクは任務を果たしに来た。来る平和の時の為に、禍根を限りなく残さない事――誰のためでもなく、ボクのための望みだよ」
 だから最初から、キミたちとは目的が違うのさ、と氏無はぱちんと宵一へ片目を瞑って見せた。
「余波は気にしなくていい。ボクが何とかする。まぁどうするかはキミらの自由だけど――キミらの未来に“これ”はいらないだろう?」
 ちゃっちゃと破壊してくれると嬉しいなぁ、とおどけるようなその言葉に、宵一はくくっと喉の奥で笑い、不意に光を灯らせた結束の指輪の反応に、パートナーのリィムと共に武器を構えなおした。
「そうだな」
 応じるように、一同が武器を取り、動き出そうとする様子に氏無はもう一度しぐれを見やった。
「――さて、長話が過ぎた。これで終わりにしよう」
 冷たい声だが、優しい響きだった。だがそれを受け入れられる筈も無く、しぐれは何かを堪えるように眉を寄せ、ぎりぎりの所で笑みを保つと、その手を今度こそ氏無へ向けて翳す。
「…………させると、思いますか?」
 殺気を纏った音が、敵を倒す声で言う。決裂の合図に、ふん、と鼻を鳴らしたのはノートだ。
「往生際が悪いですわね」
「おやお嬢様、上手いこと言ったおつもりですか?」
 決めたところで望からしれっと言われて「違いますわよ!」と憤慨するノートはびしりと剣をピュグマリオン――しぐれに突きつけ「望、何か言っておやりなさいな」とパートナーへ顎をしゃくって見せた。
「そうですね――オケアノスではお世話になりました。そのお礼……させていただきます」
 その一声を合図に、場が動こうとした、その時だ。
 一気に膨れ上がった両者の殺気の弾けんというまさにその時
「フハハハハハハハ! 待たせたな!」
 聞き覚えのある声が、一同の耳へ飛び込んできたのだ。
「……ハデス君」
 驚きに目を瞬かせる十六凪の前に、白衣をなびかせながらつかつかと歩を詰めるハデスは「今の俺はパワード・ハデスだ」と訂正し、その場の空気を完全に硬直させているのにも構わず「十六凪よ、お前が言うように、俺の世界征服のやり方は甘いのかもしれぬ」と口を開いた。
「だが、お前がやろうとしている強引な世界征服は、我らが否定するシャンバラ国軍の卑劣なやり方とどこが違うのだ?」
 静かに語るハデスの声は、その場に居合わせる者達の耳に奇妙に届く。
「俺は、平和という大義名分のためなら、平気で部下を切り捨てるようなシャンバラ国軍のやり方が気に入らぬ。古い慣習にいつまでもとらわれたままの帝国のやり方も気に入らぬ」
 普段の物腰からは想像が付かないほど淡々と、しかし強い意志のそこに宿る声音が、殺気で満ち、悪遺の放つ歪んだ空気をも押し流して、まるで自身へと誓いなおすようにして続く。
「だから、国民が自分たちのために自由な政治ができる国を作るために、『ご近所と仲良く』をモットーに掲げた秘密結社オリュンポスを立ち上げた―――世界を征服するには、まず隣人と手を取らねばならんのだ」
 悪の――と、呼んでいいのかどうか、それすら疑ってしまいそうな、真っ直ぐでどこかくすぐったさを覚えさせる口上だが、本人が真剣であるが故に、笑い飛ばすような心地には不思議となれなかった。
 そして、いつものようにびしっとポーズを決めたその指は、十六凪に向けて真っ直ぐに突きつけられる。
「十六凪よ!お前は、我がオリュンポスの理想とは相容れぬ! よって、お前をオリュンポスから永久追放すると、ここに宣言する!」
 十六凪の表情から余裕の笑みが消え、ぐっと顔を険しくする中、事の成り行きに呆気に取られる一同の中「ぷはっ」と盛大に噴出したのは氏無だ。そのまま堪らないと言うように背中を折り、くくっと笑いを溢すその後ろから、まるでファンファーレのように音が響いた。
『――ちょっとー、聞こえてる? え、もうマイク入ってるの? それじゃ、歌うわよ――!』
 流れてきたのは、ラブの声だ。氏無たちと共に動力炉へ到着してから直ぐ、接続作業に入ったのがついに完了したらしい。氏無が指摘したように、システムそのものを書き換えることは出来なかったものの、エネルギーの流れの中に、強引にラブの歌声を流し込んだのだ。人間の男に恋をした人魚が唄ったと伝えられている人魚の歌が精神波に混ざりこんで、効果を消しこそしないものの、その密度を阻害している。
 そして、その一瞬の空気の乱れた隙に動いていた白竜達は、アンテナへのエネルギーの送電線の一部を切り落とす事に成功していた。エネルギー供給の乱れはそのまま、精神波の影響し、地上にいる契約者達にも伝わるだろう。
「……っ」
 初めてしぐれの顔色が変わるのに、氏無はようやく笑いの発作が収まったようで、髭を擦りながら肩を竦めて見せた。
「どうやら、キミたちの負けのようだね十六凪くん――しぐれ」
 その言葉を証明するように、爆発音が次々と上がり、送電線を一つ一つ破壊して炉の機能を低下させていく。当然のごとくしぐれは契約者達に一斉に攻撃を仕掛けようとしたが、先手を取られなければ契約者達の方が手数が多いのだ。白竜や望の攻撃がしぐれの攻撃を防ぐ間、しぐれに追い討ちをかけていたのはシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)だ。先日も一方的なテレパシーを送った折、まるで返事をもらえなかった事にへこんでいたのだが、心機一転、再びしぐれ――ピュグマリオンへと異文化交流を再開した。
『またお会いしましたね。お元気そうで何よりです、覚えていらっしゃいますか?』
 先日は世間話、今度は屈託なく得意技を問い、もちろん一方的に聞くのは良くないからと、直接頭に響く声にしぐれが苦い顔をしているのにも構わず、シーサイドは生き生きと自身のことも説明する。
『ギフト用ブレードでばっさりかサンダークラップで痺れてもらうのが得意です!』
 それがしぐれを惑わせているとは思いもよらず、シーサイドは返事をくれなくてもくじけない! と、更にあれこれと会話を脳へと送っていく。それがしぐれから判断力を徐々に削がせ、その意識が逸れた、瞬間。
「――これでお仕舞いです。さあ、お嬢様」
 望の放った一撃が、真っ直ぐに指し示す標的へ向けて、ノートはその翼で飛び込み、一気に間合いを詰めると、その勢いのまま、その剣が心臓へと付きたてられた。実体の無いものを斬るその剣技は、一撃、二撃、三撃と、まるでしぐれの妄念を断ち切るように振るわれ、そして――その体が、吹き飛ばされるようにして動いた、次の瞬間。
 漸く剥き出しになった場所へ向けて、ゆかりのマジックデストラクションが放たれた。着弾と同時、装甲が幾らか抉れたがまだ、ひびが入っただけだ。なら、と次に飛び出すのはリカインだ。レゾナンド・テンションに居合わせる仲間たちの思いを込めて、拳の一撃を叩き込む。衝撃がびりびりと響いて足元まで震わせた。一撃、二撃、叩き込まれるたびに装甲がひしゃげて、ついに機晶石の姿が現れた。ぜぇと呼吸を乱すリカインは、それを見て一旦飛び離れると、ヴァジラの傍らでぐっと拳を握り締める。
「それじゃあ、行くわよヴァジラ君……!」
 一声。リカインの夢想の宴によって生み出された幻は、沈んでいった海底都市の“絶命の剣”アジエスタだ。その茜色の髪が揺れ、その目が命を絶つ一点を指し示すように短刀の切っ先を向けて飛び込む。それは殆ど祈りだ。本来の彼女の能力を再現できるわけではない以上、指し示す位置が正しいとは限らない。それでも、リカインは彼女の力を願い、それを叶えるようにして、ヴァジラの剣が既に抜かれいた。
「全く……待ちくたびれたぞ」
 ずっと今この一瞬まで抑えてきたのだ。にいっと口元を引き上げながら、ヴァジラは近くにいたものまで一緒に弾き飛ばそうとでもするかのように、その腕に力を込めると、アジエスタの飛び込むその剣がたどり着いたのとほぼ同時。垂がアブソリュート・ゼロで動力炉の周囲を固める中で、凍えるような魔力を固めたその一撃を振り下ろした。
 爆音は一つ。着弾の衝撃が周囲をビリビリと震わせ、砕かれた機晶石の生み出した衝撃が垂の生んだ氷の壁によって阻まれる。だが、その既に溜まり切ったエネルギーは、収まるべき場所をなくして膨れ上がり、弾けようとした、が。
「おっさん…………!」
 燕馬が思わず声をあげ、駆け寄ろうとしたのを「危ない!」とザーフィアが止めた。何時の間に傍に寄っていたのか、氏無の塩化を始めていた右腕が、突然に強い光を放ったかと思うと、その肌の上にびっしりと古代文字が浮かび上がっている。その文字に「それは」と望が声を漏らした。オケアノスで見た、壁に描かれていたあの文字だ。
「言ったろう、後始末は……ボクの仕事だよ」
 次の瞬間。目に眩しいほどその文字が光を放ったかと思うと、ぐしゃりと言う嫌な音を立てて、氏無の右腕は塩となって砕けて落ちたのだった。



 同時刻、会場。
「……精神波が」
「消え……ましたねぇ」
 地上で最初にそれに気付いたのはティアラと武尊だった。
 戦闘を終え、ディミトリアスとその生徒達の編み出した結界のおかげで負担こそ大分減ったものの、まだ危機が去ったわけではない。警戒を解かないまま、またティアラに頼りきったまま、じりじりとして待っていたからこそ、その変化は直ぐに判ったのだ。
 地上に残った契約者達は頷きあうと、応じて巨大化カプセルによって巨大化した又吉が、わっしとアンテナへと組みかかった。さながら怪獣映画のごとき光景が広がり、ナオのアブソリュート・ゼロの壁が破壊の余波を防ぐ中、ミシミシとアンテナの根元から、ステージの割れる音が響く、強引ではあるが、巨体の圧力が細身のアンテナにかかっているのだ。ギギギッと嫌な音が響く中で、その場に居合わせた一同は、一斉に拳を突き上げた。
「行っけ―――!」
 その激励に応じるように、又吉の腕は、ついにアンテナをへし折る事に成功したのだった。