空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

リアクション公開中!

【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」 【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

リアクション





【想い、それぞれに】



 同時刻、遺跡内部。

 階段を駆け下りた契約者達の足が、地下二階へと辿りつく頃。先行していたため一瞬スカーレッドの持つ法具の範囲から外れかけた瞬間、頭の中をふわりと何かがなぞったような感覚がして、歌菜と霜月は首を振って慌てて立ち止まった。光一郎達のおかげで地下まで歌が響いている事で、幾らか緩和されてはいるようだが、それでもやはり精神波の影響は地下へも流れているらしい。守られているからと油断をすると、剥き出しの意識にそれは直ぐにでも侵食しようとしてくるだろう。
 特に顕著だったのは、ゆかりだ。今にも侵食しようとする過去――自身のそれではなく、先日訪れた遺跡で触れた魂が、今も食い殺そうとでもいうかのように、殺せなかった女への未練を拗らせた狂気に、頭を抑えて首を振った。マリエッタがそれを支え、イコナが清浄化で何とか食い止めようとしているのを横目に、歌菜は思わず呟いた。
「北都さんたちは、大丈夫でしょうか……」
 恐ろしいのは、その精神波が与えるものが苦痛ではない事だ。負の感情ならば、耐える事が出来るだろうし、打ち消す事も出来るだろう。だが、この精神派が与えるのは後悔や未練を解消しようとする、本来なら癒しに相当するような種類のものだ。表情を暗くする歌菜に、羽純が「大丈夫だろう」と口を開いた。
「地下一階は、ティアラの歌も聞こえていたし、此処よりはむしろ影響は薄いはずだ。それに――人のことを心配している場合ではなさそうだ」
「……!」
 そう、階段を降り切った一同は、直ぐにその身を緊張させ、階段側を背にする形で半円形に陣を取った。通路の向こうに悠然と泳ぐ警備システムのひとつ、機晶ワームの姿が覗いたからだ。
「こっからは直線だ。いずれにしろ、あいつらをぶちのめさねぇと、先には進めねえぜ」
 垂が言うのに「あれは任せるのだ」と前へ出たのはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。
「あの兵器は見覚えがあるのだよ」
 そう、リリが思い出していたもう一つの悪遺「フレイム・オブ・ゴモラ」と対を成すこの遺跡の機晶ワームは、彼の遺跡にいたものと同じタイプの兵器だ。アレは確か、とその時のことを記憶を引っ張り出しながら、リリは続ける。
「あの巨体が宙に浮いているのは、床面に対となる浮遊装置が隠されているからなのだよ」
「なるほど」
 その言葉にララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が頷いて床を見る。今まで注視していなかった足元に、皆が警戒する傍らで、つられるように視線をやるのにリリは続ける。
「見た所、床パーツはマトリックス状に配置されていて、多少傷付けた程度では迂回路から動力が供給されるようなのだ」
「ふうん? なら……」
 そう説明している間に、侵入者に向かってワームが接近してきたのに気付いて、ララは槍を振り上げた。
「なら、迂回路ごと断てば良い」
 一声と共に、槍先に集めた冷気を、床に向けて大きく円を描くように撃ち出した。ぎゃりっと嫌な音を立てて床が抉られると、動力の道を失った床の上が黒っぽく変色して行った。その途端、機晶ワームが接近をやめ、その巨体を大きくくねらせて円を迂回するのに「なるほど」とララは頷いた。リリが説明したように、床下の浮遊装置によって浮上し、移動しているのであれば、僅かな隙間程度は超えていくのだろうが、浮遊状態を保てなくなるほどの空間を渡ることは出来ないのだ。
 そして、接近を阻まれる可能性を把握した機晶ワームは当然、遠距離の攻撃に切り替えようとした、が。かつて対峙したリリにとって、それは予測の範囲内だ。その巨体が迂回して正面を向く頃には、リリの唇は詠唱を紡ぎ出していた。
「清浄なる乙女の祈り。水面を渡る風。湖の貴婦人の溜息よ。見えずとも在り、在れども知れず。ただ来たりて在るべし!」
 瞬間、一同の前を、霧が包み込んでいく。機晶ワームの持つ遠距離兵器はレーザーであり、霧に含まれる水滴に乱反射・散乱することで、効力を失ってしまうのだ。虚しく点滅する機晶ワームの赤い目に、リリは余裕たっぷりに胸をそらした。
「ふん、敵の武器が判っていれば対処は容易いのだよ」
 だが当然、油断している余裕は無い。レーザーが効かないなら、直接攻撃すれば良いだけだ。抉れた床を迂回し、霧を突き抜けてきたワームは、その大きな口をあけて食い殺そうと迫る。が。
「させるか!」
 その時には、加速ブースターによって肉薄したララの槍が、ワーム自身ではなく、その頭の下へとやはり円形を描くように大きく抉っていく。その間、ララを狙って大きく開かれた口は、とセレンフィリティの一撃が一瞬その閉じるのを阻ませ、二人が飛び離れた次の瞬間、浮遊力を失った頭がゴシャっと音を立てて地面へと落ちた。そのまま、陸に打ち上げられた魚のように、じたばたと暴れる機晶ワームだったが、泳ぐ魚が地面に上がればその末路が決まっているのと同じように、浮かべなくなった機晶ワームの結末は一つしかなかった。すぐさま発射しようとしたレーザーが、その射出口からララの槍に潰されてしまうと、その口へと羽純のパイロキネシスによる炎が走る。勿論それだけではその装甲はびくともしないが、続けざま歌菜のブリザードが襲い掛かり、急激な熱変動によって弱ったその口の中へと、阿吽の呼吸で飛び込んだ二人の薔薇一閃が、頭部を完全に破壊して沈黙させた。
 その間にも迫ろうとする機晶ワームのレーザーを、再び呼び出した霧で防ぎながら、リリは「よし」と成果を確かめて一同を振り返った。
「この調子で動力室に急ぐのだよ」




 そうして、危なげなくワームをやり過ごしながら進む一方。
 その分出来た余裕がそうさせるのか、先を急ぐ者達の苛立ちや怒りは、いつの間にか次第にふつとその温度を上げているようだった。

「なんか、さっきからお前の方が顔色悪いぞ、大丈夫か?」
「ええ……平気です」
 大分調子を取り戻しつつあった羅儀が、今度は自身のパートナーが僅かに様子がおかしいと、心配げに声をかけてくるのに、そう言って頷いたものの、白竜の心中は平穏なものではなかった。
(こんなものは……存在していてはいけないものだ)
 先を急ぐ傍らで、白竜は内側からともすれば溢れそうになる怒りに、ぐ、と拳を軽く握り締めた。その矛先は、誰へ、と言うものではない。この遺跡、いや兵器そのものへと向けられたものだ。
 氏無のように、部隊や兵士の存在が消されるのは無い話ではない。軍隊という性質がそれを必要とすることも理解している。だがいざその当事者となった時、受け入れられるかどうかは、別の問題だ。自身の引きずり出される記憶に眉根を寄せながら、仲間達から集まった情報を頭の中で整理していく。氏無自身の過去と役目、何を果たそうとしたのかということ、そしてその大元の原因となる、この兵器。
 民間人まで虐殺の対象に含む、この禍々しい力を持った遺跡の存在を、かつての軍部は利用しようとし、それを今も尚、隠蔽しようとしているのなら、存在してはいけない兵器であり、破壊しなければならない。そうしなければ、この兵器のある限り同じ犠牲は繰り返される可能性がずっと残り続けてしまう。
(氏無大尉、あなたは……)
 理王から寄せられた情報――ライブ中、施設の担当者がインタビューの際に答えていた「着物姿の男」に、思い当たるのは氏無だ。もし本当にそうだとするなら、ここをしぐれを迎え撃つ場所として準備していたのかもしれない。
 何のために、どんな思いで。
 それを考えると、背中の古傷がじわりと熱を持つように感じて、白竜は眉を寄せた。

 軍人として兵器への怒りを抱く白竜に対して、同じく軍人としての鉄心は、個へ向けての凍るような冷たい怒りがその足を早めさせていた。
(なるほど…そういうことか)
 不明瞭だった施設の実態、状況を予期していたかのように、スカーレッドの持ちこんだ法具。繋ぎ合わせて見えてくるものに、涼しげな顔を保ちながらもその内心はふつふつと不愉快さが沸き上がって、反比例するように鉄心自身の放つ気配がどんどん冷たさを増していく。
 ヴァジラの前へ立ちはだかった少女。確かに彼女自身にも憎悪があり、理由があり、敵であったのは間違いはないが、ヴァジラのそれとは近くとも違い、彼女のそれはただ巻き込まれ、利用されただけだ。
(憎悪も無念も、自分とて同じ立場であったなら変わらず抱くだろう。それを否定する気はない。だが、よくもそれに付け込むようなマネを……)
 彼ら自身も被害者である。それは判る。同じく理不尽に潰されてしまった犠牲者なのだとも判っている。憎むな恨むなという方が無理なのも理解している、が。
(モノには限度と言うものがある……到底、認める事は出来ない)
 軍人として、ある程度覚悟はあったはず、とは言えないが、性質は理解していたはずだ。少なくともその道を選んだのは自分の筈だ。それが、恨みを抱くだけならばともかく、他を巻き添えにし、同じように踏み躙られたものを利用するそのやり口が、あまりに醜い。自分も同じく軍属であるが故に、軽蔑も怒りも、到底納められそうも無かった。
 だが、その怒りを衝動に移してはならない、とも判っている。自分を律しながら、先頭を行くヴァジラと、その直ぐ後ろをそっと案じながら添うティーの背中を、鉄心は見守るように眺めた。
(こんな時……なんて、言えば……)
 その視線の先、ティーは眉を寄せてヴァジラの横顔を見やっていた。
 元々少なめの口数が減り、舌打ちが増え、その目に殺気と苛立ちが滲む。背中から感じる怒りは、触れれば火傷しそうなほどに熱い。けれど、それも無理は無い、とティーは伸ばせない手をきゅっと握った。
 名前もない少女。同じ存在として作られ、同じように捨てられ、そして同じように憎悪の中に目覚め、利用されて終わった小さな身体、短すぎた命。
(怒って、当然ですよね……)
 同情ではないだろう。ヴァジラという少年の性格はどこまでも孤高で高慢で、他者の弱さを認めはしないだろう。そんな彼の怒りは、境遇を重ねたからなのか、他の理由からなのか、理解するにはヴァジラは自身を中々明かそうとしない。判っているのは、ヴァジラが怒りにあかせて力を振るうとき、自身が傷つく事へ頓着が無い、ということだ。
 自身は破壊そのものだと称したことがあった。現実、ヴァジラの持つ力は破壊にこそ真価を発揮し、暴力的な部分は本性の一つだろう。怒りや憎悪が弾けたとき、自身を飲み込ませてしまう事も厭わないその苛烈な性質は、今も失われていないのではないか、と時々ティーは不安になるのだ。
 目を放さないように、いざという時にその手を掴めるように、と、ティーはその距離を保ち続けるのだった。