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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」 【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【想い、それぞれに】





「本当に良かったのか、これで?」


 遺跡が破壊されてから、十数分後。
 動力炉が失われた事で遺跡の全てが沈黙し、共に帰還した者達や、会場に残っていた者達へと治療をして廻っていた燕馬は、最後でいいから、と首を振った氏無のもとへやって来ると、完全に失われてしまった右腕に眉を寄せた。
 氏無の腕に記してあったのは、オケアノスでマーカーを作ろうとしていた魔法陣と同じ文字だ。とは言え、こちらは完全なものではなく、氏無の持つ“鍵”の性質を利用して、マーカーもどきのような物をつくり、発射された精神波を受け止めるための最後の手段として用意してあったものらしい。
 幸い、残ったエネルギーも少なかったために右腕だけで済み、痛覚まで失っているようなので、僅かに塩化の残っている部分を削ぎ落とすと、そもそもの傷跡と併せて治療を続ける燕馬に「良いんだよ」と氏無は笑みを浮かべた。
「ボクの数年越しの任務は、完了したからね」
 そう言って、二の腕から下を失った右腕を見つめ、燕馬の包帯がきつく縛ったその上を撫でた。特に惜しむ様子もなく、寧ろどこか満足げな笑みでを浮かべると、ふ、と小さな息を漏らした。
「これでボクの役目も終わり。まぁ、最善じゃないかもしれないけど、キミらの未来にいらないものをひとつ、どうにかできただけ、良しとするかね」
「……逆に、大きな置き土産を残して行かれ気もしますが」
 白竜がちらりと言うのに、氏無は喉を鳴らし「そりゃそうさ」と低く笑う。
「未来を背負うなら、過去も背負ってってもらわないとだからね」
「成る程、流石にしぐれの上司、ですね」
 呼雪は肩を竦めると「そういえば……あの四人、青褐、紫でしたか」と、オケアノスの洞窟の中で聞いた名前を口にした。氏無がぴくりと耳をそばだてたのに、呼雪はその先を続ける。
「残る二人の名前を教えてくれませんか?」
 意外そうに目を瞬かせ、直ぐその意図に気付いて、氏無は「蘇芳、木賊、さ」と懐かしむようにその名を口に載せた。恐らく本名ではないと判る、日本の色彩を意味する名前に呼雪が目を細める中で、氏無は「皆揃って、胡散くさい名前だよねぇ」とくすりと口元を緩ませた。彼ら四人の武器は回収され、ピュグマリオンの遺体もまた、脱出の際にアーグラが抱えて連れて返っているようだ。それらがどう扱われるのかは、今はまだわからないことだ。
 ちなみに、オリュンポスの十六凪は動力炉崩壊の時点で既に撤退し、それを見送ったハデスが、
「というわけで、シャンバラの契約者諸君! 我がオリュンポスは、今後も我らのやり方で世界征服を目指させてもらう!よろしく頼むぞ!」
 と、いつもの高笑いを残していったのは、また別の話である。
「まぁ……彼らの記憶や、今回の件全て――どうするのかは、キミら次第さ。好きな選択をするといいよ」
「後始末はボクの仕事、だもんな?」
 不意に重たい空気になりかかる気配に、燕馬が声真似をして茶化すのに「ええ?」と氏無は眉根を下げた。
「まぁだ働かせるつもりかい? ボクぁもう……」
「墓に入るのはまだ早いだろ」
 言いかけた言葉を遮って、燕馬はばしんとその背中を叩いた。結果的に腕だけで済んだものの、氏無が本当は「何を」犠牲にしようとしていたかは、何となく判っていた。死人は墓下に。その言葉どおりを望んでいたのではないか、そして今もそう望んでいるのではないか。そんな疑いに、燕馬はそれを払拭するように、更にもう一度ぱしんと軽めに氏無の背中を叩く。
「あんたにはまだまだ、頑張って、俺らのフォローをしてもらわないとな」
 そんな燕馬を助けるように、回復を手伝っていたヘルが「そうそう」と同意し、周囲もそれに頷いた。
「…………しょうがないなあ。まぁ後始末はするって言っちゃったものねぇ」
 一瞬。言葉を失うようにして、口を開いたが、すぐに氏無はわざとらしく難しい顔をすると「とはいっても、約束は出来ないかもしれないよぉ?」と首を捻った。どう言う事かと顔を見合わせるような空気が流れたのに反し、氏無は演技がかった仕草で大きな溜息を吐き出した。
「……首、繋がってるかわかんないもん」
 がっくりと肩を落とす仕草と共に、喉をなぞる手つきに、一同は軽く瞬き、一拍を空けて笑いを零したのだった。


 そんな会話が壁際の隅で行われていた一方。、
 ディルムッドの一声によって姿勢を正し、帝国式の敬礼を送った従騎士と龍騎士候補生に、シャンバラの留学生達が応じると、両者の間に自然と笑みがこぼれた。留学生達が武尊や刀真たちに頭を下げ、かつみやノーンたちと握手を交わす。一方で魔道師見習いらしい子供がにじり寄ってくるのを、生徒達を盾に逃げ腰気味のディミトリアス、という微笑ましくも映る光景をやや遠巻きに。まだ目を覚ます様子のない名のない少女や、ピュグマリオンの屍の処遇について、アキラがアーグラたちと言い合っているのを、どこか複雑な表情を浮かべてヴァジラは息を吐き出した。
 怒りの矛先は無くなったものの、その苛立ちやその根源が完全に消えたわけではないらしい。恐らく当人も明確には判っていないだろうその感情に、声を掛け損なっているティーに「貴様らの人よし具合には呆れるな」とヴァジラは独り言のように言った。
「今、魂を取り戻したところで……あの女は長くは保たんぞ」
 今はまだ、人間のままの美しさを保ってはいるが、それを維持していた屍術士、しぐれはもういない。腐るのか崩壊するのか、身体は直ぐに劣化していく。魂がそれにどこまで残り続けるかは不明だが、いずれにしろもって数日だけの生を助ける事に何の意味があるのか、と、吐き捨てるように言うヴァジラに、ティーは「ヴァジラさんは知っていると思いましたけど」とぽつりと言った。
「だから、あんなに――怒ったんでしょう?」
「…………」
 ヴァジラは答えなかったが、沈黙がその心境を殆ど告げているに等しい。僅かでいい、数日でもいい。利用されるだけではない生があってもいいはずだと、彼もまた感じたからこそ手を出したのだと今ならわかる。触れなくても、眉を寄せるその横顔の真意を悟れることに、ほんの少し表情を緩めて、ただティーは傍に添った。
 そんな二人の様子に、何となく声をかけあぐねていたキリアナに「ねえ!」と駆け寄って、その空気を明るく払拭したのは美羽とコハクだ。
「セルウスと金団長に頼んで、ヴァジラに感謝状、出してもらえないかな?」
 その言葉に、キリアナたちが顔を見合わせる中、美羽は続ける。
「ヴァジラがエリュシオンやシャンバラの仲間たちと一緒に、事件解決のため率先して行動した、ってことでさ」
「誰が……おい、待てっ」
 その言葉に、ヴァジラが顔しかめたが、美羽は構わず、その制止の声も聞かずにさっさと鋭鋒の方へ駆け出して行き、残ったコハクは「ジェルジンスクでのセルウスの言葉を思い出してごらんよ」と笑った。
「だって、今回のこれって“シャンバラとの新たな絆の礎として”貢献したってことになるでしょ?」
「……そうですね」
「そうね!」
 その言葉にキリアナが頷き、佳奈子も嬉しげに手を打ったが「馬鹿な」とヴァジラだけが苦い顔を更に苦くして吐き捨てた。
「余は貴様らの為に動いたわけでは……」
「じゃあ誰の為なんです?」
 反論しかけたところで、ティーが疑問を挟んだ瞬間、その表情は更に苦虫を噛み潰したように顰められたが「いつものツンデレ」などと本人には非常に不本意な評価を受けつつ、結局ヴァジラの「功績」はエリュシオンに届けられることになったのだった。





「ご協力、誠に感謝いたします」

 そうして――……全員が合流を終え、それぞれが事後に忙しなくしている中、ディルムッドや鈴たち数人以外の人払いを済ませると、“無事保護された”形になったティアラに、鋭鋒は頭を下げた。
 対して、ティアラは何とも言えない表情で小首を傾げる。
 事態そのものは、当初の予定よりもどちらかと言えば良い結果に終わったと言っていいだろう。
 兵器の被害は当事者に留まり、破壊による影響は出ていない。留学生達も無事であり、シャンバラとの共闘によって、彼らの中に確かに絆の芽生える手応えはあった。が、その反面で浮上したのは別の問題だ。
「ティアラ的にはメリットも大きいのでぇ、構いませんけどぉ……むしろ“釣り合わなくなって”しまった感じですねぇ?」
 天秤の一方的な傾きを示唆する、公人としてのティアラの言葉に、鋭鋒は「承知の上です」と頷いた。
「私が相応に責任を取る形で、収めていただくことになりますね」
「……部下の不始末に頭を下げるのが上の役目とは言え、お察しいたしますぅ」
 個人としてのティアラは同情をこめて苦笑し、潜めて言うと、こほんと切り替えて声音を変えた。
「エリュシオン帝国としては、先日のご恩もありますので、自らの追及はなるべく致しませんがぁ……全くしない、というわけにもいかない立場だということはぁ、ご理解くださいねぇ」
 その言葉に、鋭鋒は当然という顔で逆に頭を下げた。
 当初は幾らか“事故”という形で処理し、ティアラのかけた“迷惑”と相殺を図る予定であったものが、まだ紛れていたかもしれない共犯者を逃した可能性はゼロでは無いし、それに連ねて増えてしまった“様々な厄介ごと”の後始末は、これからが本番といったところだ。
「こちらの共犯者の方はぁ、エカテリーナさんと、佐那さんの活躍に期待……ってところですねぇ」
 視線が問いかけの形を持っているのに、鋭鋒は「こちらも、適任者が動くでしょう」と頷いた。その後潜められた声が互いの立場ならではのやり取りを交わし、最終的にこの遺跡の“落としどころ”に話が及んだ。
 殆どの情報はまだ、契約者達と両国上層部にしか無い状態ではあるが、兵器が稼動してしまったことは事実であり、エリュシオン側からすれば、原因の究明を求めざるを得ない。公にされる事実によっては、かつて帝国を狙っていた兵器が稼動状態のまま存在していた事への追求は免れないだろう。
 ただし、勿論シャンバラ側だけの責任ではない問題の性質上、今なら、両国で発生した誘拐事件と併せ、全てを隠蔽することは、可能だ。しかし、鋭鋒は緩く首を振った。
「そうした結果がこれですから、同じ轍を踏むような真似は寧ろ危険でしょう」
「……あなたが被ることになる責任は大きいですよぉ?」
 今回の件で揺らぐだろう立場に、更に追い討ちをかけることは間違いないが「それも仕方が無い事でしょう」と鋭鋒は淡々と答えた。
「この件に奮闘した契約者達の努力を無為にはしたくありません」
 その言葉に、ティアラは表情を緩めると「ラヴェルデさんの方は、腹を割る気になったっぽいですのでぇ……“お話し合い”についてはこれからさせいただくことになるかと思いますぅ」と意味深に言いながら、ティアラはまだ煙を上げている遺跡へと視線を向けた。
「当事者でないティアラが言うのは僭越なんですがぁ……心配はいらないかもですよぉ」
 ぽつと漏らされた言葉に、鋭鋒が首を傾げると、ティアラは悪戯っぽく小首を傾げる。
「どんな過去も、アレには敵わないと思うんですよねぇ……?」

 その視線の先では、エリュシオンの留学生と救出されたシャンバラからの留学生、そしてシャンバラの契約者達が、互いの健闘を称えあい、和気藹々としている光景が広がっている。
 共に同じ目的で戦い、そして達成できたという満足感は、それぞれの中で絆という形で芽吹くだろう。交わされる握手と笑みが、それを確信させる。
  
 払った代償は大きいが、それに見合うものは確かに、得ることが出来たという満足感からか。
 知らず、鋭鋒の口元はほんの僅か、緩んでいたのだった。


担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加いただきました皆さま、大変お疲れ様でした

前回までの各方面ばらばらの状況から一転、一箇所へと集まっていただきました今回

双方のこれまでの行動の結果によって、たどり着いた結果のこのルート

最後まで多彩なアクションを頂きまして、大変楽しく拝読させていただきました


真正面から挑んで頂いたり、各地から臨んで頂いたり、また別口から切り込んで頂いたりと

あれこれ賭けと冒険と様々で、相変わらず予想の更に上を皆様に超えていただいております


特に、普段事後や最中のフォローを行う役割の人間が機能していなかったこともあり

ガイドにも記載しましたとおり、厳しい判定となった部分もいくつかありますが
正直もっと大事になるんじゃないかと思った部分はきっちりと抑えていただき
思っていた以上の結果に落ち着いてくれたように思います
(詳細については後日マスターページにて掲載予定です)
アクションからガイドまでのペースも駆け足気味で情報が混在し
至らなさやら色々とご負担をおかけしてしまったと反省仕切りの今回のシリーズですが
ここまで頑張っていただけて、本当にありがたく思っております


さて、残すところは後日談となりますが、同時にこのシナリオの本当の最後でもあります
皆様のアクションによってどのように結末を迎えるのか、マスターとしてどきどきいたしますが
最後までお付き合いをいただけましたら、それに勝る事はございません
どうぞ、よろしくお願いいたします