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リアクション
「はじめまして。天御柱学院、銃撃戦闘研究会の天司と言います。宜しかったらどうぞ」
天沼矛の搭乗口付近で、天司 御空(あまつかさ・みそら)は立ち上げたばかりの同好会のメンバー募集うちわを配り歩いていた。
せっせと歩きまわる彼から少し離れたところでは、パートナーの白滝 奏音(しらたき・かのん)がうちわで自分を扇ぎながら、のんびりとスティックチョコレートを齧っている。
(御空、退屈です)
(やることないなら手伝ってよ!)
冷房の利いた空間であるにも関わらず、汗だくで歩き回る御空は、精神感応で語り掛ける奏音に叫ぶように語り返した。そんな彼らの視線の先で、薔薇の学舎の制服を着た少年が、とたとたと歩き回っている。
「どうすれば乗れるんだろうねぇ、これ」
のんびりとした口調で傍らのクナイ・アヤシ(くない・あやし)へ問い掛けた清泉 北都(いずみ・ほくと)は、きょろきょろとあたりを見回しながら、疲れたように足を止める。
クナイは自然な仕草で北都を支えるように寄り添いながら、同じく辺りを見回している。
「何かお困りですか?」
御空はうちわを差し出しつつ、二人へ歩み寄った。奏音もひょっこりとそれに付き添う。
「ええ、この天沼矛というものに乗りたいのですが……」
「ああ、でしたら案内しますよ」
にっこりと差し出されたうちわを受け取り、北都は御空の言葉に目を輝かせた。
そんな北都の反応に、クナイも嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
丁寧にクナイが一礼し、「任せて下さい」と笑顔の御空が請け負った。
そうして搭乗口へ向かう途中、御空は折角だからと同じような目的で辺りをうろつく生徒たちへ、次々に声を掛けていく。
「あう……エレベーター乗りたかったのに……また迷った……」
と不安げに辺りを見回す鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)へ「よければ一緒に」とうちわを差し出し、
「!? あ、ああ……」
ぼんやりと天沼矛を眺めていたアステル・ヴァレンシア(あすてる・ばれんしあ)へ唐突に声を掛けてはうちわを差し出し、
「え? あ、はい、ぜひ……」
行き交う人々を何気なく眺めていたエルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)を誘いつつうちわを差し出し、などなど。
気付けばすっかり大所帯となった一行は、手続きを済ませて天沼矛へ乗り込んだ。
「わあ、たかーい! すごーい! きれー! 高所恐怖症じゃなくてよかったぁ〜」
無邪気にはしゃぐルナ・エデュリス(るな・えでゅりす)の隣で、狸田 いなりん(たぬきだ・いなりん)もまたきゃいきゃいとはしゃぎ声を上げている。
「たかーい! すごいすごーい!」
巨大建造物、天沼矛。高く昇ったその窓から外を覗き込むと、一面に広がる海京を一望できる。 並走するように空京へと向かっていく新幹線が空を駆け登り、二人は一緒になって声を上げた。そんな彼らの様子を一歩離れて眺めるアステルは、幻想的な景色を背景に、呟くように言葉を零す。
「この光景が、あとどれくらい見られるのか……」
「伊邪那岐命と伊邪那美命が天浮橋に立ち、天沼矛で混沌とした大地をかき混ぜた時滴り落ちた雫が固まってオノゴロ島になったという日本の伝承にある国産みの儀。二柱の神はその地で結婚したと言うわ。
……そのうちここも、結婚目前のカップルたちのデートスポットになったりするのかしら?」
その傍らに立ち、エルフリーデもまた呟きを落とした。一瞬驚いたように肩を跳ねさせたアステルは、エルフリーデを横目に見やる。
「おまえ、詳しいんだな」
「折角乗りに来るならと思って、少し調べてみたんです」
どこか照れたように目を逸らしてしまうエルフリーデに、アステルは困ったように視線を泳がせた。
「……おまえも、パイロット科か?」
身に纏う制服から同校と判断したアステルは、当たり障りのない話題を選んだ。
「ええ。あなたも?」
「ああ、そうだ。アステル・ヴァレンシア。よろしくな」
「エルフリーデ・ロンメルよ。よろしくお願いします」
互いに表情を綻ばせ、挨拶を交わす。二人は外に広がる景色を眺めながら、少しずつ、互いの訓練状況などを語り合い始めた。
「すっごいねー! ねぇエル、このエレベーターってどうなってるのかな?」
ぺたぺたと壁を触りながら声を上げたのは、高峯 秋(たかみね・しゅう)だ。問いかけられたエルことエルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)はパンフレットを見ながら答えた。
「ええと、パラミタの浮遊力を使って安定? させているみたいだね」
「へえ、すごーい! ……あ、雲がすごく近くに見えるよ!」
「わたあめみたいだね!」
ルナやいなりんも二人の傍に駆け寄り、同調して一緒に騒ぎ始める。
「アキ君、空の上ってすごいね。……こんなに綺麗なところだったんだ」
感動を隠さずに嘆息を漏らすエルノに、秋はうんうんと頷いた。
「空京もきっとすごいところだよ。だって空に浮かんでるんだもんね!」
「うん、楽しみだなあ」
エルノはスカートの裾を押さえながら、身を乗り出して窓の外を覗き込む。
「ボクも楽しみ! ねえ、皆で一緒に回ろうよ。ボク、今度は迷わないよ!」
そう言って、氷雨はにっこりと笑った。
「まずは空京のミスドに行ってみたいな」
一同は、わいわいと地図を囲んであれやこれやと相談を始める。
一面に広がる海京は陽の光を浴び、きらきらと美しく照らし出されていた。
「うーん、残念ながら銃は持ってないのよねー」
御空の勧誘に、偶然乗り合わせた館下 鈴蘭(たてした・すずらん)はうちわを受け取りつつ残念そうに肩を竦めた。
その隣では、パートナーの霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)がちらちらと御空を窺っている。
「そうですか……機会があったら、遊びに来て下さいね。連絡先はうちわに書いてありますので」
「ええ、ありがとう」
眉を下げた笑みを浮かべる御空に、鈴蘭もすまなそうに笑って答えた。
そうしてから、鈴蘭は沙霧へと目を移す。
「色々なサークルがあるね、沙霧くん。次は何を見にいこっか」
「う、うん……」
(僕は鈴蘭ちゃんがいてくれれば、それでいいんだけどな)
内心で困ったように溜息を零す沙霧の眼前へ、不意に一枚のうちわが突き出された。
「わっ!?」
慌てた様子で顔を上げると、ぱたぱたとうちわで沙霧を扇ぐ北都の姿が目に入る。
「驚かせてごめんねぇ」
「具合でも悪いのですか?」
沙霧の反応に驚いたように目を丸めた北都がのんびりと謝罪し、クナイが傍らから問い掛ける。
「い、いや、その……大丈夫、ごめんね。ありがとう」
おどおどと視線を彷徨わせながらも告げられた沙霧の言葉に、北都とクナイは顔を見合わせた。
「あ、ごめんね、ちょっと緊張しちゃってるみたいなの」
咄嗟に鈴蘭のフォローが入り、北都は納得した様子で頷く。
そんな沙霧の腕を、横から伸びた腕が不意にがしっと掴んだ。
「えっ!?」
「ねえねえ、みんなもボクたちと一緒にミスド行かない?」
ひょいと手を伸ばしたのは、氷雨だ。向けられる視線に、沙霧は慌てて鈴蘭を窺う。
「鈴蘭ちゃん、どうする?」
「良いんじゃないかな、うん、私たちも行こうよ!」
笑顔の鈴蘭の言葉に、沙霧も渋々頷いた。北都とクナイもそれに混ざり、輪の中へと向かって行く。
その途中で、北都はふと足を止めた。窓の外へ広がる幻想的な世界へ、緩やかに目を向ける。
「綺麗だねぇ」
差し込む光に照らされ、喜色を湛えた北都の横顔もまた眩く輝く。
誰よりも近くでそれを見詰めるクナイは、幸せそうに頬笑みを浮かべると、そっと彼の手を取った。
「ええ、綺麗ですね」
「じゃあ、僕たちも行こっか。イコンの話とかも、聞かせてもらおう」
クナイを見上げた北都は、彼の面持ちに浮かぶ満足げな笑みに目元を綻ばせる。
自然な所作で緩く手を引いて、北都はクナイと共に輪の中へと向かって行った。
出会い、期待、歓喜、戸惑い、様々な想いを乗せて、天沼矛は空へと駆け昇る。
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