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リアクション
「おっしゃー! 遂にここまで来たぜー!」
空京に到着するや否や、聡は大きく伸びをして叫んだ。
立ち並ぶ様々な店々、行き交う多数の人々は、自然と聡の気分を高揚させていく。
「さあ、お守はここまでだ! 一同解散、上手くやろうぜ!」
結局好き勝手に行動するばかりだった聡は、そう勢い良く宣言するや否や駆け出してしまう。
「おいおい……」
互いに声を交わしつつそれぞれに散らばって行くナンパ組を見送り、翔は一人取り残されたその場で困ったように肩を竦めた。一人でのナンパが不安で翔を連れ出したらしい聡は、いまやすっかり調子に乗ってしまったようだ。既に、どこか遠くへと去って行ってしまった。
「……アリサを呼ぶか」
翔がそう呟いたのと、ほぼ同時だった。不意に一人の少女と目が合う。
(あれだけ騒いでいたんだ、見られても無理はない……)
後頭部を掻いた翔が逃げるように歩き出そうとすると、翔の予想とは裏腹に、少女は真っ直ぐ翔へ向けて駆け寄ってきた。
「こんにちは! キミが一番カッコいいね、一緒にお茶でもどう?」
正面で足を止めると同時、畳み掛けるように紡がれる言葉に、翔はぎょっと目を丸める。
「? いや、その……」
戸惑う翔が目を泳がせていると、やがて少女は照れたようにく笑った。
「ふふっ、なんて。一応ナンパのつもりなんだけど、下手くそだね私」
「そ、そうだったのか。すまない」
「謝らないで、私は白銀 司(しろがね・つかさ)。キミ、天御柱学院の人?」
翔の制服を見つつ、司は問い掛ける。彼女の纏うパーカーの胸元からは、蒼空学園の制服が覗いていた。
「ああ。パイロット訓練生の、辻永翔だ」
「わあ、すごい! 実は私、イコンに憧れてるの。ね、イコンで空を飛ぶってどんな感じ?」
「ん……どんな感じ、と言われても、答えるのが難しいな」
困ったように首を傾げる翔に、司はくすくすと笑った。
「そうなんだ。じゃあ、キミが乗る子はなんて名前なの?」
「イーグリット」
「イーグリット?」
「そう、イーグリットだ」
目元を和らげて答える翔に、司は数回口内で名前を反芻すると、ぱっと表情を輝かせた。
「イーグリット。良い名前だね、カッコいい!」
「ありがとう。……っと」
不意に、翔のポケットで携帯が震えた。そっとディスプレイを窺うと、そこには『アリサ』の文字とメールの受信マークが表示されている。タイトルには、短く『至急』とだけ入力されていた。
「すまない、司。呼び出されてしまった」
眉を下げてすまなさげに言う翔に、司は笑顔のまま首を振る。
「ううん、急にごめんね。ねえ、メアド交換しない? またイコンのお話したいな」
「ああ、そうしよう。……じゃあ、またお茶でも一緒に」
メールアドレスを交換した後、翔はふと、思い出したようにナンパな一文を付け足した。
笑顔で見送る司へ背を向け歩き出した翔がメールを開くと、そこには『聡は一緒か? サクラが大変なんだ、すぐに連れて来てくれ』と書かれている。
「……まずいな」
翔はきょろきょろと辺りを見回し、付近に聡の姿が無いことを確認すると、彼の去って行った方向へと素早く駆け出した。
◆◆◆
(琳、天御柱学院に行くの? ボク、あそこで強化人間に志願したから……一応案内できるよ)
「え、そうだったの? じゃあ、何で今は……?」
藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)の精神感応を受けて、琳 鳳明(りん・ほうめい)は疑問気に問い返した。独り言にしては大きいそれに周囲の視線が一度鳳明を向くが、彼女は気にした様子もない。
(教官の指折って、逃げてきた。まあ、変装していけば大丈夫だよ。……ダメ?)
「ダーメ。今日は空京でショッピングでもしよう」
(……まぁ、琳と一緒ならどこでもいいよ)
奇妙な会話を繰り広げながら歩く二人組の前に、不意に人影が滑り込んだ。
「初めましてッス! お姉さん、オレと一緒にお茶なんていかがッスか?」
狭霧 和眞(さぎり・かずま)だ。一見ナンパとしては正しい台詞だが、背後に不安げなルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)を伴っていては、殆どただのお誘いに近かった。
「え、ええと……どうしよっか、天樹ちゃん」
(……)
天樹は精神感応ですら何も言わず、じっと和眞へ抗議の視線を向けている。
和眞はどうしたものかと慌てた様子で鳳明と天樹を交互に見やった。
「だ、だめッスか?」
「うーん、どうしようかな……」
困ったように苦笑を浮かべた鳳明の隣に立つ天樹へと、不意にルーチェが歩み寄った。
驚く天樹の手を、そっと優しい仕草で掬い上げる。
「大丈夫、兄さんは怪しい者ではありませんよ」
(……琳……)
ふんわりと微笑むルーチェに、天樹は警戒心を解かれたのか、戸惑うように鳳明を見る。
「そうだね、じゃあ、ご一緒させてもらおっか」
「あそこにミスドがあるッス、広いからきっと席もあるッスよ」
誘う和眞に、鳳明は表情を綻ばせて頷いた。天樹も幾らか雰囲気を和らげ、彼女に続く。
四人は当たり障りのない会話を交わしながら、混み合うミスドへと吸い込まれていった。
◆◆◆
「そこの可愛い君。俺とどっか遊びにいこうぜ!」
不意に投げ掛けられた言葉に、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)はきょろきょろと辺りを見回した。
彼女が手に持つ袋には、幾つかの生活雑貨が収められている。
「んー、私のことですか?」
リースが疑問気に問い掛けると、天海 総司(あまみ・そうじ)は「勿論」と頷いた。
「ふふ、喜んで。一緒に遊びましょう」
満更でも無さそうに笑みを浮かべているリースの手から、総司はそっと袋を奪い取る。
「重いだろ、持つよ。まだ買いたいものがあるなら手伝うぜ」
「買いものはもう終わりです。何しましょっか〜」
ナンパだと気付いているのかいないのか、リースは楽しげに辺りを見回す。
隣に並んで、総司も周囲を窺った。ふと、一軒の喫茶店が目につく。
「まずはお茶でもどうだ? 疲れてるだろ」
「うーん、それより、折角だから遊びませんか?」
そう言ってリースが指差したのは、賑やかな音楽に包まれたゲームセンターだった。
ユーフォーキャッチャーからビデオゲーム、メダルゲームまで様々なゲームを取り揃えた大型のゲームセンターへ、二人は連れ立って歩いていく。
「今日、やけに天御柱学院の学生さんが多いですよね。何かあったんですか?」
「い、いやその……ほら、休日だからみんな遊びに来てるんだろ」
集団でナンパに来ました。などとはとても答えられず、総司は慌てて取り繕う。
「でも、そのお陰でこうして総司さんと遊べるのは嬉しいですね」
「そ、そうか? へへ、じゃ、折角だからとことん楽しもうぜ」
地下一階、ビデオゲームの筐体の前に並んで立ち、総司は照れたように笑いながら返した。
(なんだかすごい喜んでるー。ふふ、私も嬉しいな)
「はい、負けませんよー」
機嫌良く笑い合い、リースと総司はゲームに興じ始めた。
彼らが協力プレイを楽しんでいるのと同じゲームセンターの一階、ユーフォーキャッチャーコーナー。
「うーん、なかなか難しいっすねぇ」
緩やかに店内を見回しながら、言葉の内容とは裏腹に楽しげな声音で、デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)は呟いた。彼の隣では、笹井 昇(ささい・のぼる)がやれやれと肩を竦めている。
「ほら、いい加減に帰るぞ。……ん?」
そんな彼の腕に、不意にぎゅっと抱き付く少女の姿があった。
驚きに見開かれた昇の瞳に、満面の笑みを浮かべた鈴倉 風華(すずくら・ふうか)の姿が映る。
「ねぇねぇー、風と一緒に遊ぼうよ〜!」
上目遣いに甘えた声で要求する風華に、昇は困ったように首を傾げた。
「私と、か?」
「あー、はいはい。……遊ぶならオレと遊んだ方が楽しいっすよ、何して遊ぶ?」
そこにデビットが割り込み、にっこりと風華へ笑顔を向ける。
「え〜とね、ぬいぐるみ取ってほしいの!」
風華は嬉しそうに破顔すると、まっすぐユーフォーキャッチャーのうちの一台を示した。
とたとたと駆け寄り、うさぎのぬいぐるみを指差す。
「あれがね、取れないのー。ほーしーいー!」
「任せとけって。これくらい軽い軽い……ほら」
風華の視線の先、デビットが手慣れた様子でユーフォーキャッチャーを操作する。
アームに掴まれたぬいぐるみの動きに合わせて風華の頭が揺れ、それはぴたりと穴の上で止まった。
「余裕っすよ」
得意げなデビットの言葉と同時に、ぽとりとぬいぐるみが取り出し口へ落ちる。
片手でそれを拾い上げたデビットは、ぽふ、と風華へ押し付けた。
「わぁい、ありがとうー!」
ぱぁっと風華の表情が輝き、両腕でぬいぐるみを抱き締めた風華は、途端に機嫌良く店内を走り出す。
「あ、ちょっと待てって、危ないっすよ!」
慌ててデビットが後を追い、手を伸ばすが、小柄な体を活かして筐体の間をすり抜ける風華を捉えることが出来ない。
そのまま店の外へと駆け出した途端、ぬいぐるみを挟んで、風華は正面から一人の女性とぶつかった。
「うにゅー……」
「あら、大丈夫?」
ぺたりと目を回して寄り掛かってくる風華に、荒井 雅香(あらい・もとか)は驚いたように目を丸める。
自転車を脇に留めた彼女が風華の頭をそっと撫でていると、遅れてデビットが駆け付けた。
「あーあー、大丈夫っすか?」
まるで保護者のように風華を摘まみ上げ、デビットは首を傾げる。
その隣では、遅れて追い付いた昇が雅香へ丁寧に一礼していた。
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
「私は大丈夫だけど、その子は大丈夫かしら?」
心配そうに見守る一同の視線の中で、ふらふらと目を回していた風華の瞳が、おもむろにぱっと開かれる。
「復活! ねぇねぇ、今度はみんなでシューティングゲームしようよー!」
ぬいぐるみを両手で抱え、何事も無かったかのように風華は笑う。
一足早く駆けていく彼女を、デビットは慌てて追い駆けた。残された昇と雅香は、ひとまず顔を見合わせる。
「あなたたちも空京散策かしら?」
しばしの沈黙の後、雅香は地図を片手に切り出した。昇が目を向けると、そこには赤で幾つかの印が描かれている。
「いや、私はパートナーの見張りを」
肩を竦めつつ疲れたように言う昇に、雅香は「そう」と喉を鳴らして笑う。
「私は気になるお店を探して歩いていたの。ほら、空京に来る機会ってあまり無いから」
「ああ、それは有意義な過ごし方だな。何か面白い店があれば……と」
「きゃはは、あったれ〜! 二人も早く、早くー!」
昇が問いを紡ぎ掛けたところで、背後から風華の急かす声が響き渡った。
昇と雅香はもう一度顔を見合わせると、どちらともなく苦笑を零す。
「またの機会に、教えてほしい」
「そうね、まずは皆でシューティングゲームを楽しみましょう」
自転車を所定の位置へ留め直し、二人は風華たちの待つ筐体へと向かって行った。
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