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プロローグ

 9月22日の今日、パラミタでは夜空に満月が浮かぶ。
 徐々に膨らみかけた月を見上げ、自身が企画したお月見まであと僅かだと楽しみにしていた真城 直(ましろ・すなお)
 建物の準備は整っているので、あとは参加者に振る舞う料理を用意するだけ。
 厨房の様子を見に行こうと薔薇園の入り口に向かえば、皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)がきっちりと浴衣を着て立っていた。
(どうしたんだろう、ここにいるってことは、お月見に来たんだと思うけど……)
 そう問いかけたくても、まだ太陽は空高くから薔薇園を照らし、沈むにはまだ時間がかかりそうなことは明白。
 普段は女性の立ち入りを禁じている薔薇学では、可愛らしい女性の浴衣姿は目立ちすぎて、璃宇を奇異の目で見る者さえいる。
 けれど、そんなことは苦にもせず笑みを浮かべる璃宇に、全ての参加者があんな風に幸せな顔をしてくれることを願って、直は薔薇園内の各建物の様子を見てまわるのだった。
 そして、パートナーのヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)と言えば、このタシガン特有の霧を払うため、薔薇園の四隅に術を仕掛けていた。
 日付けが変わる頃までしかもちそうにないが、学生のお月見であればその位で丁度良いだろう。
(月に願うなんざ、ガラじゃねぇしな……)
 それでも、1日くらいなら月に惑わされたと思って願ってみるのもいいかもしれない。
 そんなことを考えながら、ヴィスタは次の術を仕掛ける場所まで向かうのだった。



 月が顔を出した17時頃、それを合図にジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)を連れて中央の建物を訪れた。
「まだ夕日も沈みきっていないのに、来客があるのか」
「日本の風情だけでなく、年頃の青少年たちが興味ありそうな催しにしてみましたからね」
 中央の建物の一角で、校長を持て成すため整えられた和風の月見部屋。
 彼らの後ろにはエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)も控え、少し早めに来た自分たちよりも早く薔薇園にいる参加者に驚いているようだ。
 夕日はやっと、地平線の先で姿を隠し始めたばかり。月の明るさはあるものの、まだ月見を始めるには早すぎるだろう。
「直、わざわざこの学舎で女性の参加を可能にしてまでやりたいこととは何だ?」
「……これは僕の推察ですが、校長が女人禁制にしているのは進学校としても恥じぬ美しき精神を宿すためではないでしょうか」
 異性が傍にいることで、やる気を出す者もいれば当然そちらが気になる者もいる。
 堕落せず鍛錬をさせるには、誘惑の元となるであろう異性を排除するのが望ましい、というのが直の意見だった。
「しかし、やはり紳士としての精神鍛錬は女性から学ぶことも多い。一時の休息と共に、我が校の生徒にも女性と交流して欲しいのです」
「なるほど。ならば、今宵の月より美しく成長させる自信があると?」
「全ては、ここに集う者たちの心のままに。僕が教鞭を振るわなくとも、月が教えてくれるでしょう」
 その自信の表れに、ジェイダスは笑みを浮かべる。
 これからこの場所で、どんな美しき物語が紡がれるのだろうか。



あなたと共に

 18時。日没を迎えた庭園には、一般学生の薔薇学生に混ざり、他校からの参加者もちらほらとやってきた。
 まだ人の少ない通路を目的もなく歩く六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、パーティの取材と言ってアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)を連れて来たが、軽装の彼女からは取材に意気込む様子は見えない。
「ユーキ、どこから取材してまわるんだ? 主催の話でも聞きに行くか」
「え? えっと、そう……ですね」
 取材と誘った手前、別の目的があるとは言いだし難い。
 かと言ってアレクも、取材と聞いている以上は六本木通信社としての活動を邪魔することはないだろう。
 考え込み始めた優希の頭に、アレクはポンと手を置いた。
「……見ているつもりでも、素直に言われなきゃわかんねぇ事もあるんだぞ」
(素直に……)
 恋人同士なのに、何を遠慮していたのだろう。
 自分が忙しくてデート出来なかったのだから、素直に甘えることでアレクが不機嫌になることなんて、きっとないのに。
 眼鏡をやめたおかげで、優希の視線が真っ直ぐとアレクを捕らえる。
「本当は今日、2人でゆっくり過ごしたかっただけなんです。その……アレク、と」
 やりたいことを見つけた彼女が自分との時間を大切にしてくれたことも、呼び名が変わったことも嬉しい。
 アレクは少し驚いた顔をして、そっと腕を差し出した。
「やれば出来るじゃないか。今日だけの頑張りにするなよ?」
「は、はいっ!」
 照れながらも腕を絡める優希に、いつか口実などなくても誘い出してくれる日を望んでしまうアレクだった。
 そんな仲の良いパートナー同士もいれば、気苦労が絶えない者もいる。
 アルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)飛鳥 桜(あすか・さくら)に誘われて来たというのに、早速彼女の姿を見失った。
(どこを見てもカップルばっか……あの馬鹿、はしゃぎすぎだっての)
「ありがとう、すっごく嬉しいよ!」
 毒づくと同時に聞き覚えの有り過ぎる声。
 振り返ると、目の前では桜がはにかみながら薔薇学生と手を取り合っていた。
 言葉をかける気力もなくアルフが背を向けるが、会話を終えた桜に見つかったようだ。
「アルフ! こんな所にいたんだ。ほら、こっちこっち!」
「……別に、俺とじゃなくてもいいんだろ」
「何言ってんだよ、いーから行くよ!」
 歩き出そうとしないアルフの手を引いて、目的地まで向かう。
 その繋がれた手を見て、アルフは先程の光景を思い出し何故かイライラとしてしまうのだった。
 すっかりと暗くなる頃には、幸せそうな人も何かを抱えた人も集まって来た。
 恋愛絡みのおまじないを多く用意したので、集まる場所が偏ってしまうかと思ったが、意外にも人数は分散した。
 ここ、金運のおまじないのために用意された建物では、ガーデンパーティが主流で室内も風通しが良くなっている。
 どうやら、月と外気がおまじないに関係するらしいのだが、どんなおまじないをするのかと緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は仲良く訪れた。
「それにしても金運なのですね……恋愛運じゃなくてよかったのですか?」
「お金に困っているわけではありませんが、恋愛運はおまじないをしなくても大丈夫でしょう?」
 にっこりと微笑む顔は、この絆を信じて安堵している。
 途切れることなく続く未来に不安を感じることもなく、こうして寄り添える自分たちは幸せだと。
 そう笑いあっていると、見知った人影が横切った。
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が1人静かに建物に入って行くが、その表情は硬い。
「遙遠……」
 友人として声をかけるべきなのか、そっとしておくべきなのか。困惑の表情を浮かべるのは遥遠だけではなかった。
 シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)もまた、心配そうに建物を見上げている。
「大丈夫です、シーナさんに任せましょう。遙遠たちは、おまじないをするんでしょう?」
 遥遠がこれ以上、彼が心配しないよう、おまじないへ意識を向けさせるため、テーブルに置いてある手順をサッと確認する。
 難しいことなど何1つなく、財布を月にかざし風を通すように振ってみた。
「思っていたよりも簡単な手順ですね……遙遠、臨時収入があったらどうしますか?」
「買い物もいいし、旅行もいいし……遥遠と一緒ならなんでも」
「それなら、遥遠もおまじないしてみます。たくさん遙遠と遊びに行けるように。……ところで遙遠」
 じっとおまじないの方法を見ていた遥遠が何かを見つけたのか真顔になっている。
 どうやら、おまじないをする前に領収書やクレジットカードを抜いたりと整理しなければならなかったらしい。
「……見落としました。失敗したら旅行は公園に、買い物はクレープになりそうですね」
 おまじないは、叶うかどうかわからない。
 けれど、少し自信を失ったとき、何かに縋りたいときに心を平穏にしてくれるものかもしれない。
 叶ったら、叶わなかったらと楽しそうに笑う声が各建物付近から響き渡るのだった。