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リアクション
第二幕:迫る敵の影
「い、いや……来ないで」
校舎二階。アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の目の前に一組のテロリストの姿があった。
彼らは侵入していたアリアを見つけると捕縛するべく近づいたのだが……。
「悪いがこっちも仕事でな。大人しくついてきてもらおうか」
腕を掴み、立たせようとするがアリアは力なくその場に座すばかりである。
彼女を連れて行くべく彼らは強硬策に出た。
「俺は手、お前は足を持て」
「了解」
そう軽く言葉を交わすとアリアを持ち上げて運び始めた。
「待って! ストップ!! 下着見えちゃうよーっ!?」
嫌がり、逃れようと身体を動かすが彼女一人の力でどうなるはずもない。
「落ち着け。動いた方が見えるぞ」
「見たの!?」
「残念ながら見えない」
「……残念?」
テロリストの一人がもう一方に怪訝な視線を送る。
「いや失言だったな。さっさと運ぼう」
そのときである。騒ぐアリアを運んでいた彼らの前に一組の男女が立ちはだかった。
「待て! おまえらの悪事はすべてお見通しだ!!」
「何者だ!?」
敵対者と判断するや否や、彼らはアリアを適当にその場に投げ捨てると即座に提げていた銃を構えた。
彼らの視線の先に立っていたのは猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)とウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)である。
「女性の扱いがなっていませんわ」
打ち所が悪かったのか、あられもない格好で気を失っているアリアにウイシアは視線を送る。そして――
「勇平君。何を見てますの?」
「見てないよっ」
猪川は言うが、視線はアリアへと向けられていた。
それが分かったのだろう。ウイシアは頬を赤く染めると猪川の足を強く踏んだ。
「痛い!」
「お前ら……舐めてんのか!」
痴話喧嘩に痺れを切らしたのか、テロリストは引き金を引いた。
銃口から出て来たのは鉛玉ではなかったが、それが脅威であることに変わりはない。
しかし猪川は放たれる前に相手の腕を払い射線を逸らしていた。
テロリストは次の行動に入るべく無用となった銃器を手放すと、払われた反動を利用し素手による打撃戦へと持ち込む。
猪川は迫りくる拳を左右にステップを踏むことで華麗に避けた。
「……若いが良い動きだな。だが――」
猪川の避けた先に、もう一方のテロリストが銃を構えていた。
引き金が引かれる。銃口から飛び出すのはゴム製の球体だ。
「くっ!?」
一発、二発と腕や足に衝撃が加わる。次いで鈍い痛みが奔り身体を硬直させた。
そのわずかな隙を逃すまいと、対峙していたテロリストが一直線に猪川へ向かって駆け寄る。
だが彼とテロリストのあいだに割って入る影があった。ウイシアだ。
「無茶をして……許しませんわ!」
手にしたシールドで相手の攻撃を耐えると、ウイシアは猪川を守るようにテロリストたちと相対する。
対峙する二組。実力もほぼ拮抗し、長丁場になるかと思えた矢先のことだった。
ウイシアの背後に控えていた猪川が前のめりに倒れこんだのだ。
「勇平っ!」
駆け寄ったとき、近くに隠れていたらしい何者かの姿をウイシアは視界の端に捉えた。
だが彼女の意識はそこで途切れた。
倒れ伏す三人から視線を外したテロリストは援護をしてくれた人物、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)に礼を述べた。
「助かったよ。あのまま戦っていたらどっちが勝っていたかわからなかった」
「良い。これも仕事のうちじゃからな」
そう一言を残すと彼女は影に溶け込むように姿を消した。
「鮮やかでしたね」
「まったくだな。隊長がわざわざ呼び寄せただけのことはある」
「それでこいつらどうします?」
「人質追加だ。連れてくぞ。そのでかい盾は邪魔になる。置いてけ」
幕間:残された記憶
校舎二階の南側、廊下にぽつんと残された盾に近寄る人の姿があった。
周囲を警戒しているのだろうか。時折廊下の端々に視線を送っている。落ちている盾を手に取ったのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ
彼女は目を瞑ると意識を集中させる。
脳裏に浮かんだのは猪川とウイシアの倒れる姿だ。
「これはやばいかも……」
盾を手にし、他に何か落ちていないか探していると近くの教室から四人組の男女が姿を現した。格好から察するにテロリストではないようだ。
その中の一人、黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)が騎沙良に声をかけた。
「よお。あんたこんなところで何してるんだ? 一人じゃ危ないぜ」
「詩穂は調べ物をしてました」
黒崎の後ろに控えていたユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が詩穂の手にしている盾に視線を送る。
「サイコメトリ? 何が見えたのですか」
「部員の子が捕まっちゃったのを……」
「それはまずいな。捕まったやつの名前は?」
「勇平ちゃんと可愛い女の子が……その子の名前は知らないけど」
詩穂の発言に黒崎は驚いたように声をあげた。
「勇平って猪川勇平か!? あいつが捕まるとなると敵も相当の腕前だな」
「お知り合いですか?」
「友人だよ。ちなみに腕前は俺と同等くらいか」
黒崎が難しい顔をしていると、黙ってこちらの様子を見ていた御劒 史織(みつるぎ・しおり)とセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)が会話に参加してきた。
「助けに行くとしてもその情報だけではどこにいるのかもわかりませんねぇ」
「シオの言う通りだな。そこのおまえはサイコメトリが使えるらしいし、ここは一つ、あいつら捕まえて口を割らすか、持ち物奪ってそこから情報を得ようぜ」
二人の意見に黒崎は頷く。
詩穂も頷くと皆に言った。
「よろしくお願いします」
ところで、と彼女は続けた。
「どこに行くのですか?」
「さっき北側の教室で遊んでてな。そこが一番都合がいいのさ」
セレンは口の端を吊り上げて答えた。悪戯好きの子供みたいな笑顔だった。
■
詩穂が黒崎と遭遇した頃。
校舎二階にある教室で一組の男女が話し合っていた。
狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)とグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)だ。
彼女たちの足元には倒れこんでいるテロリストの姿がある。しかしどこにも外傷は見当たらない。周囲にも争った形跡はなかった。
「どうだい?」
「いた。確かに捕まってる。尾瀬君以外にも生徒や教員の姿があるよ」
「まったく皆無のやつ、手間取らせやがるなあ」
やれやれといったように狩生が肩をすくめた。
「場所はどこだ?」
「体育館。盲点だったね。外に見張りがいなかったから……」
「昇降口には見張り立ててやがったからな。てっきり要所に見張りを用意してるもんだと思いこまされてたぜ」
「それと問題が一つ。セキュリティルームに罠が仕掛けられてるみたいだよ」
狩生がハッとしたようにグレアムを見た。
「ルカルカに伝えてやれ。最悪の展開は考慮しねえと」
「了解。僕も君の言う通り訓練だと思うけど――」
グレアムの言葉を遮るように教室に一組のテロリストが侵入してきた。
「そこまでにしてもらおう」
言うが早いか、グレアム目掛けて発砲してくる。
狩生たちはしゃがみ、机の陰へ避難した。
「タイミングが良すぎじゃねーか!」
「誰かに見られてたのかもね。それと綺麗に邪魔されて伝えられたか自信ない」
「ったく……」
狩生は倒れていたテロリストたちが目を覚ます気配を感じつつぼやいた。
「四対二はさすがに無理があるぜ」
「さっきみたいに眠らせるのは無理だね。誰かが来てくれると良いんだけど……」
グレアムの声が聞こえたわけではないだろう。だが救いの手が彼女たちに差し出された。
「はーい。ちょっと失礼しますよ!」
掛け声とともにテロリストに奇襲をかけたのは火村 加夜(ひむら・かや)と蓮花・ウォーティア(れんか・うぉーてぃあ)だ。
「とりあえずデートの邪魔だから男たちは寝てなさい」
蓮花は言うと、手にした書物を目の前にいた男の首に強くぶつけた。
鈍い音とともにその場に崩れ落ちる。横を見やればもう一人も床に倒れ伏していた。
「デートじゃありません。ただの見学です」
そう言う火村の手にも書物が握られていた。
様子を見ていた狩生が呟く。
「やべえな。撲殺の現場見ちまったよ」
「まだ死んでないよ。それとそこの二人も起きそうだからまた寝かせとく」
グレアムが冷静に返した。
「兎にも角にも助かったぜ。ありがとよ」
「どういたしまして」
軽く挨拶をかわし、本題に入る。
「私たち今回の事件に裏がありそうって思って色々調べてるんだけど、何か知らない?」
「今からそれを調べに行くところさ。一緒に行こうぜ」
「どこに行くの?」
「セキュリティルーム。色々と面白いもんがありそうだろ?」
狩生の言葉に火村は頷くと一緒にセキュリティルームを目指した。