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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

リアクション

 2

 佐野 和輝(さの・かずき)はダンスホールで踊る静香を遠巻きに眺めて、ふっ、と頬を緩めた。
「良かった。元気そうだな」
 喧騒の先にもしっかりと静香の顔を見つめてから、踵を返そうとする。
「……ぁぅ、ねぇ和輝。なんか凄く視線を感じる気がするよ?」
 まるで『お姉様』にしか見えない彼の傍らにはアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、和輝のスカートの裾をぎゅっと握って縮こまっていた。
 百合園女学院の制服に身を包んだアニスは、不安そうな顔で和輝達を取り囲む人の壁を見上げていた。
 その様子はさながら小動物といった風だ。
 えっ――と、和輝辺りを見回す。
 百合園女学院主催の舞踏会ということもあって優雅に振る舞う和輝が、知らうのうちに憧憬の視線を集めていたのだ。
 和輝と一曲踊りたいと――言った調子で、取り巻きが和輝を囲む。
「……ゎ、ゎゎ」
 和輝がもみくちゃにされるのと一緒に、アニスはアニスで――その外見と様子が母性本能をくすぐるのか、それとも嗜虐心を刺激するのか、幾人かの生徒に囲まれて今にも泣きだしそうになってしまう。
「ああ――もう! こうなると思ったんだから……」
 和輝とアニスの後ろに付き添っていたスノー・クライム(すのー・くらいむ)が、アニスを抱きかかえて人波から抜け出す。
「――あ、アニス、スノー! どこに行くんだ」
 和輝『お姉様』が離れて行ってしまう二人に手を伸ばすが――それもすぐに取り巻きの生徒たちに掴まれてしまう。
「うぅ、スノー……怖かったよぅ」
「もう大丈夫よ、アニス。人のいなそうな方へ行きましょう。あ、でも和輝が弄られてるところも見えた方がいいわよね」
 和輝も楽しんでるみたいだしねえ――にっこりと笑いながらスノーが呟いた。

 人ごみから少し離れて、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)の二人が寄り添って椅子に腰掛けていた。
 日奈々は人の多さにくらくらとして、千百合の手を握った。
「ダンスはどうだった? 楽しめた?」
 千百合が恐る恐るといった様子で聞いた。
 ダンスはあまり得意じゃなかったけれど、日奈々にリードしてもらったら、思いのほかしっかりと踊れた気がする。
 自分がちゃんとできていたか、という意味を含めて日奈々の顔を窺う。
「楽しかったですよぉ。千百合ちゃんと息がぴったり合う感じがしました――」
「ほ、本当? よかったぁ」
 ほっ、と胸をなで下ろす。
「日奈々のリードが良かったのかな、何だか身体が自然に動く気がした。なんだかリズムが合わせてくれるみたいな」
 千百合が笑う。
 実際に踊っている時は、知らずの内に呼吸がリズムと、そして日奈々の息遣いとシンクロするような感じがあった。
「あ、そうだ――」
 余韻を名残惜しく思いながら千百合が口を開いた。
「ごめんね。結構人、いたね」
 申し訳なさそうに言う。
「大丈夫ですよぉ、千百合ちゃんがいますから」
「そっか……よかった」
 安心した、という風に大きく息を吐く。
「ふふ、どうしたんですかぁ」
「ううん。あたしも楽しかった。お詫びとお礼に、キスしてあげるね」
 さらりと言って、千百合が日奈々の頬に唇を寄せた――

 レースがふんだんにあしらわれたゴシック・ロリータ服に身を包まれて、笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)がダンスホールの脇に立っていた。
 慣れない服装にちょっとだけ恥ずかしい気持ちがある一方、嬉しいという気持ちの方が強かった。
 舞踏会の空気を吸っているだけでもそれなりには満足感があったのだが、けれど暫くして物足りなくなった。
 折角だからダンスも踊らないと――そんな事を考える紅鵡の視界に、一人で会場内を散策しているミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の姿が映った。
 快活そうな、可愛い子だ。
 ミーナがゆっくりと紅鵡の近くへ歩いてきた。
「あの――」
 と、紅鵡が口を開いた。
「あのボクと…私と踊ってくれませんか?」
 簡潔に言った方が良いだろう、と。紅鵡が僅かに頬を赤らめて言った。
 それを聞いたミーナは、
「ミーナでよかったら」
 満面の笑みを浮かべて答えた。
「ミーナも今、お相手を探してたの――あ、名乗らなきゃね! ミーナは、ミーナ・リンドバーグっていいます」
「ボクは……えっと、私は笹奈紅鵡」
「紅鵡ちゃんだね! ふふっ、お洋服も可愛いね」
 ミーナが屈託なく、無邪気そうに言う。
「そ、そうかな」
「うん! 声かけてもらえて嬉しいな」
 真っ直ぐな言葉に紅鵡がはにかみながら顔を伏せる。
「あの……それと、私、踊り方がよく解らないから……リードしてくれませんか?」
「そうなんだ。任せて!」
 ミーナがぐっと拳を握って頷いた。
「私から声かけたのに、ごめんなさい……」
「ううん! いいんだよー、謝る事なんてないよ。楽しくやらなきゃ。早速行こう!」
 言って、ミーナは紅鵡の腕を引いてダンスホールへ向かって行った。

 高島 恵美(たかしま・えみ)がぐるりと会場を見回す。
 ミーナが新たにパートナーを見つけたらしいのが見えた。自分も誰かと踊りたいな――と、知り合いの姿を探す。
「恵美ちゃんっ!」
 ふいに、背後から声がした。
 振り向き様、その声の主に抱きつかれる。
「たのしんでますか〜」
「あらあら、ヴァーナーちゃんじゃない」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がぎゅっと恵美の腰を抱きしめる。
「さっきけも耳ちゃんたちともお友達になったんですよ〜!」
「まぁ――そういえばそんなことを聞きましたねぇ」
 言って、会場を見回す。以前聞いた情報では『いるらしい』だったはずの兎耳の獣人族の少女達が当たり前のようにパーティに参加していた。
「てっきり皆さん、付け耳をしているのかと思いましたわ」
 冗談めかして笑う。
「ボクも付け耳してくればよかったです。ウサ耳は可愛いんですよ〜」
「ふふ、そうねぇ。ウサ耳ヴァーナーちゃん、見てみたいかも」
 恵美が言うと、ヴァーナーがくすくす笑って、その場でくるりと回った。
 ミディ丈のスカートが、腰のリボンと一緒に可憐に舞う。
「ヴァーナーちゃんは今一人なの?」
「そうなのですよ〜。色んな人と楽しく踊ったりしてるんですよ」
「そう。それなら」
 恵美がこほん、と演技がかった咳払いをする。
「――かわいいお嬢さん。私と一曲踊ってくれませんか?」
「も、もちろんですわ、お姉様……?」
 ヴァーナーが戸惑いがちに答える。
「……ふふっ」
「あはは!」
 二人顔を見合わせて笑みを零した。
 それから、二人手を取り合って、流れてくる音楽に引かれるように歩いて行った。

 男装の麗人といった風情のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)が、パートナーであるテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)の手を引く。
 長身にタキシードが映え、周囲の視線を集める。
 男性パートを探している生徒の為に、とこの服装で参加したのだ。
 百合園女学院主催だからこそ、とも言えるような男装の佇まいだった。
 そんなマリカを今まで見物するだけだったテレサを、マリカがホールに連れ出す。
「マリカさん、出足払いをかけそうになる時があってちょっと危なっかしいのよね……」
「だ、大丈夫よ! 今日だって沢山の人と踊ったけど、大丈夫だったもの」
「確かにそうなんですけど……そういえば、獣人族の子とも踊っていましたわよね?」
「うん。ちょっとシャイなだけで、普通の子だったよ」
「そうですか――」
 普通の子、普通の子、とテレサが呟く。
「本当に女の子なのかしら? 実は男の娘とか?」
「ははは、かもしれないね」
 マリカが笑う。
「その方が面白いよ」
「ふふ、そうかもしれませんわ」
 テレサが答えるのと同時に、曲が始まった。
「――それでは、ちゃんとリードしてくださいね?」
「う、うん」
 言われるとどうしても気にしてしまう。
 それを堪えて、あくまで優雅に――ステップを踏む。
 服装のせいもあってか、いざこうしてエスコートするとなると気が引き締まるのだった。