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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

リアクション

 3
  
 眩しいな、と。
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はそんなことを思った。照明のせいかもしれない。
 パートナーのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が身にまとったビスチェドレスの深い青色をしたバックサテンの生地が大人びた輝きを放つ。
 二人でパーティの様子を見る為に、それから雰囲気に慣れる為にぐるりと会場を一周してきたが、セレンはもう随分と馴染んでしまったように見える。
「意外」
「ん? どうしたの?」
「ううん。ただ、なんとなくエスコートし甲斐がなくって」
 セレアナが首を振る。
「なにそれ」
 セレンが笑ってほんの少し身をよじると、その腰で結ばれた大振りのリボンがゆったりと揺れる。
「口調はそのままなのね」
「気持ち丁寧にしてるつもりよ? やろうとしたって、完璧にはお嬢様言葉なんて出てこないんだし」
「……なんていうか、そういうのも含めて意外」
 それだけ落ち着いている証拠なのだろう。
 セレアナは普段からは想像出来ないセレンの様子に驚いていた。
「失礼ね」
 口ではそう言いながらも、セレンの表情は柔らかい。
 しかしその表情の裏、ほんの少しも不安が無いと言えば嘘になる。
 着飾ってきたのはセレアナも同じで、すらりとマーメイドドレスを着こなしていた。黒いレースが繊細にあしらわれていて、タイトなシルエットが「綺麗」だった。
 そんなセレアナと並んでいられるのが嬉しいのと同時に、ちゃんと振る舞えているか気になってしょうがない。
「でも、この分なら問題ないわね」
 ふいに、セレアナが言った。
「問題ない?」
「いつもの様子じゃ、踊ることもままならないんじゃないか、って思ってたから」
「踊る――あぁ、そういえば」
 眼を開いて、セレンが言う。
「まさか、忘れてたんじゃないでしょうね」
「立食パーティのことは覚えてたわ」
 セレアナが口を開こうとするのを制して、続けた。
「なんてね。忘れてないわよ。ちょっと、及び腰だったけど――大丈夫。今日はエレガントに決めるって決めてるから」
 言って、優雅にスカートを摘まんでみせる。
「だから、ちゃんとリードしてよね」
「ふふっ」
 セレンの大仰な仕草にくすりと吹きだしてから、
「ええ。お任せ下さい、お嬢様」
 手を差し出す。
「それにしても……こうして見ると本当にお嬢様みたいね」
 腕を引き寄せながら、改めてセレアナを見つめた。ドレスに合わせてアップにした髪型が、妙に似合っていた。
「……女は、変わるのは一瞬よ。いつまでも変わらないままじゃないんだから」
 そんな言葉を聞いて、セレアナは幽かに苦笑を浮かべてしまった。
 ふと、その二人の脇を駆け抜けて行く姿があった。
 セレンが振り向く。
 そして「ああ」と大きく頷いた。
「――兎耳の子って、アレか」

 まだ少し、ステップがぎこちない自覚はある。
 それなりには形になってきたけど――御影 美雪(みかげ・よしゆき)が、音楽に耳を傾けながら心の中で呟いた。
 あんまり足を気にし過ぎるとかえって駄目らしい、というのが風見 愛羅(かざみ・あいら)にリードされながら何曲か踊って得た教訓だった。
 それにしても――
「愛羅から誘ってくれるっていうのも珍しいよね」
 少しは余裕も出て、周りを見回す事もできるようになっていた。
 それでも、気がついたら視線は愛羅の元に吸い寄せられていた。
 淑やかさを滲ませるドレスにはしっかりとフリルがあしらわれていたが、かと言って甘くなりすぎず、洒落た雰囲気を浮かび上がらせる。
 舞うという言葉そのままにドレスの裾が舞って、余計に愛羅の所作を華やかに見せていた。
「偶にはこういうのも悪くないでしょう?」
「いいよね。こんな優雅な雰囲気ってのも、なかなか味わえないし」
「そうですね。美雪のドレス姿も、こういう場面でしか見れないと思うと残念――」
 ノーブルな装いのティアードドレスがシルエットをふんわりとさせていて、その腰をきゅっと締めるリボンには薔薇のコサージュが添えられていた。
「それだったら、俺もだよ。愛羅だって、普段はドレス姿なんて見せてくれないでしょ?」
「そうかもしれません」
 柔らかく微笑んで、そう答えた。
 美雪もつられて笑みを浮かべる。
 こうして喋っていた方が身体が自然に動く気がした。
 愛羅に目を奪われて、その動きに集中できた。息が合っている――そんな気がした。
「――綺麗だよ、愛羅」
 殆ど無意識だった。
 美雪は、自分の声を聞いて、ようやく自分が何を言ったのかを理解した。
 けれどそれも本心には違いなかったから、何事も無かったかのように曲に合わせて身体を動かし続ける。
「な、何を突然…」
 愛羅が頬を赤らめた。
「今日は誘ってくれてありがとう」
 美雪が言う。
 愛羅が開きかけた口を閉じる。
 代わりとばかりに、壁際でターンする瞬間に、美雪の背中を引き寄せた。
 ホールに対して死角になったと同時に、美雪の頬にそっと唇で触れた。
「――えっ」
 目を丸くする。
 当の愛羅は、くすくすと楽しそうに笑っていた。
 美雪はレースのグローブ越しに愛羅の暖かさを受け止めながら、自分の頬が熱くなっているのを感じていた。
 少し遅れて、あっ、と。愛羅が声を上げた。
 美雪が愛羅の視線の先を辿ると、そこには頬を赤らめて二人のことを眺めている兎耳の少女が立っていた。

 桐生 円(きりゅう・まどか)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はロップイヤー――垂れ耳を模した衣装を着て、ダンスを踊っていた。
 歩が聞いたところによれば、ラズィーヤが見かけた獣人族の事言うのは、ロップイヤーだったらしい。
 具合を確かめるように、円が付け耳に手を伸ばした。
 ちぎのたくらみで外見年齢を下げたせいで、垂れ下がった耳が僅かに視界を遮ってしまう。
「ふふっ、円ちゃん、その耳似合ってるよー!」
「そう?」
 答えながら、歩を真似て身体を動かす。
 特に決まり事も意識せず動いてみるというのも楽しいなと、そんな風に思う。
「歩ちゃんも、似合ってると思うよ」
 はにかみながら言うと、すぐに再び口を開いた。
「衣装は良い出来だから、あとは獣人族の子が表われるかどうか――だね」
 円が言う。
 唐突に、歩が足を止めた。
 円がとん、と歩にぶつかる。
「どうしたの、急に止まって――あ」
 振り返った円の目に、兎耳の小さな女の子が映った。
 歩がラズィーヤから聞いていたのと同じ位の、小さな子だ。
 ただ――その耳は、ピンと立ちあがっていた。
 臆病な子なのだろうか。遠巻きにこちらを眺めているだけだった。
 歩が耳をぴょこぴょこと動かして少女の様子を窺う。僅かに興味を示したようだ。
 円がしゃがんで手招きをする。じっ――と円を見つめながら、ゆっくりと少女が歩み寄ってきた。
 歩と円が目を輝かせて頷きあう。
 恐る恐るといった調子で二人の傍まで来た少女と視線が合うように歩が屈む。
「一緒に踊らない?」
 そして、簡潔に尋ねた。
 少女は辺りを見回してから、こくりと、小さく頷いた。
 二人が手を差し出すと、ぎゅっとそれに掴まる。
「色々謎はあるけど」
 円が呟いた。
「ふふっ、楽しくなりそう」
 歩が笑って続ける。
 そして――三人して手を繋いだまま、ぐるぐるとダンスホールの喧騒に飛び込んで行った。