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≪スプリングカラー・オニオン≫と魔法学校の編入試験

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≪スプリングカラー・オニオン≫と魔法学校の編入試験

リアクション

「『
=====act1.苦悩の少女=====


 ≪ルブタ・ジベ村≫で、ブルーのウィッグを降り注ぐ陽光に煌かせながら、海音シャにゃん(富永 佐那(とみなが・さな))は駆けていた。
 緑のカラーコンタクトに映っていたのは、軍手を装着していた榊 朝斗(さかき・あさと)の姿だった。

「――あっさとくん♪」
「うわっ!?」

 猫耳と尻尾をつけた海音シャにゃんは、無邪気な笑顔で、飛びつくようにしてハグをしてきた。
 転びそうになった朝斗は、足を踏ん張りどうにか耐えていた。

「い、いきなり、何か用なの!?」
「いいえ。特にそういうのはないです。ただ、朝斗君に会えたのが嬉しかっただけですよ」

 海音シャにゃんは強く抱きしめ、頬をくっつけた。
 朝斗の顔がほんのり赤くなっていた。

「そ、そんなことより――」
「『そんなこと』!? 
 ひどいです。私はこんなにも朝斗君に会えるのを楽しみしていたのに……」

 朝斗から離れた海音シャにゃんは、あまりのショックに薄ら涙を滲ませる。

「もしかして、朝斗君は私に会うのが嫌なんですか?」

 一歩後ずさり困惑した表情を見せる朝斗。泣かせるつもりなどなかったのだ。
 助けを求めるように視線を左右を動かした朝斗だったが、生徒達は苦笑いで見守っているだけだった。
 朝斗は、一端視線を海音シャにゃんに戻すが、すぐに目を逸らし、赤く染まった頬をかきながら答える。

「――そんなことはないよ。むしろ僕も嬉しい、かな」

 内から湧き上がる熱い衝動に、海音シャにゃんは自身が笑顔になっていくのがわかった。

「あっさとくぅぅぅん!!」

 再度飛びつき、頬ずりしだす海音シャにゃん。
 朝斗は、そんな海音シャにゃんを慌てて引きはがそうとする。

「じゃなくて! ボクが言いたかった事は、作業してたらその服が汚れちゃうんじゃないかって――」
「ありがとうございます! 心配してくれるんですね!?」

 やっぱり朝斗は抱きつかれた挙句、柔らかい土の上に押し倒されていた。
 海音シャにゃんは、ブルーを基調としたメイド服が汚れる事も気にせず、朝斗との再会を喜んでいた。


 海音シャにゃんと朝斗を、一瞥するポミエラ・ヴェスティン。
 手にメモを取るための道具を持っている。
 その表情はどこか苛立っているようだった。
 すると、突然想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が抱きついてきた。

「ポミエラちゃん、ひさしぶり♪ 元気だった?」

 瑠兎子はポミエラに会えた事を心から喜んでいるようだった。
 しかしそんな瑠兎子に、ポミエラは喜ぶどころかムッとしてしまう。

「わたくしは元気ですが、何か用ですの?」
「え、ううん。特に用事はないけど……」

 ポミエラの態度に、瑠兎子はせわしなく瞬きして驚いていた。
 首に回された手をどかして、ポミエラは瑠兎子から離れた。

「では、わたくしはレポートを作成しなくてはなりませんので」

 何か声をかけようとする瑠兎子を置いて、ポミエラは独り畑の周辺を歩きだした。

 茶色い土を眺め。
 ぽつんと立つカカシに触り。
 収穫した野菜を手に取った。

 でも、レポートを完成させるヒントは見つからない。

 研究をまとめた資料を見た時、最初何が書いてあるのかわからなかった。
 一生懸命調べて、ようやく部分的に読めるようになった。
 しかしそこには、『はっきりとした突然変異の要因はわからない』と書かれていた。
 
 あの時、ポミエラは暗い谷底に落とされた気持ちだった。
 それでも、諦めたくなかった。
 直接、自分の目で見れば何かわかるかもしれないと思った。
 でもやっぱり何もわからない。
 脳裏に不穏な単語がよぎる。

 『不合格』

 繰り返される日常。
 広い家の中で、お父様の仕事が終わるまで、お金で雇われた人と過ごす日々。
 時計を手に、冷たい玄関で今か今かとお父様の帰りを待つ毎日。

 思いだすと、涙が滲んでくる。
 ポミエラはしゃがみ込んで、必死に泣き出しそうになるのを耐えた。
 
「泣いたらダメですわ。今、泣いたらわたくしは……」
 
 ポミエラは深呼吸をして、自分に大丈夫だと言い聞かせた。
 何度も繰り返し、楽しげに学校へ登校する自分を想像した。
 そうすることで少しだけ希望が見え、元気になれた。

「おやおや、どこか怪我でもしたのですか、可愛い新人さん?」

 ポミエラが顔をあげる。
 すると、目の前にエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が立っていた。
 情けない姿は見せまいと、ポミエラは目元を袖で拭って立ち上がった。

「別にわたくしは怪我などはしていませんわ」
「それはよかった。キミの綺麗な肌に傷がついたら大変ですからね」

 笑いかけるエッツェル。
 しかし、フード下のエッツェルの顔には包帯の覆われていたため、ポミエラには表情を読み取ることができなかった。
 だからポミエラは、エッツェルのことを不審者と思い込み、警戒しながら話を聞いていた。

「挨拶が遅れました。
 私は愛の伝道師、エッツェル・アザトースと申すもの。故あって素顔を晒せぬことをお許しください」
「わたくしは……ポミエラ・ヴェスティンですわ」
「ポミエラさんと言うのですか……可愛い名前だ」
「そうですか?」

 ポミエラはエッツェルが何の目的で話しかけてきたかわからず、困惑した。

「私服姿も素敵ですが、ポミエラさんにはイルミンスールの制服がとても似合いそうですね。
 制服の上品な紫に可愛らしいピンク色。いずれもポミエラさんの魅力を存分に引き出してくれることでしょう」
 それにマフラー……」
 
 黙って聞いていたポミエラは、指摘されて首元に手を当てた。
 そこには薄桃色の手編みマフラーが巻かれていた。
 
「ご両親からのプレゼントですか?」

 ポミエラはゆっくりと首を振り、震える手でマフラーを握りしめた。

「これは……大切な……」

 声が震える。
 目尻が熱くなってきた。
 一端、止めたはずの涙がまた溢れ出してきた。
 途切れそうになる言葉を、ポミエラは必死に絞り出す。

「イルミンスールの……お友達から、頂いた……ものですわ」

 ポロポロと涙を流すポミエラに、エッツェルは手を差し伸べようとする。
 
「ポミエラさん、大丈……」
「――ですわ」
「え、何ですか?」
「がっこう……いきたい、ですわ」

 涙が止まらない。
 マフラーをもらった時のことを思い出すと、学校に行きたいという気持ちが溢れてくる。
 こんなにも行きたいと思うのに、どうしたら試験をパスできるかわからない。
 レポートに何を書いたらいいかわからない。
 どうすれば悲しい気持ちが、収まるのか。
 全然わからなかった。
 
「わたくし、どうしたら……」
「一緒に玉ねぎを収穫しよう」

 泣いていたポミエラの肩に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が手を置く。
 セレンフィリティは白い歯を覗かせてながら、ニッコリと笑っていた。

「でも、わたくしはレポートをやらないと……」
「それなら大丈夫よ。
 学校側がポミエラに本当にやって欲しいことは、他にあるはずだから」

 自信満々に語るセレンフィリティを、ポミエラは不安そうな目で見つめていた。
 セレンフィリティはしゃがみ込むと、正面からポミエラの瞳を見つめる。

「ポミエラ、勉強するだけだったら一人でもできるわ
 でもね。学校にはポミエラ以外にもたくさんの人達がいるの。
 学校に入ったらその人達と一緒に遊んだり、仕事したりする事になる。
 そうやって勉強だけじゃない、楽しい思いや時には悲しい思いをしながら、ポミエラの中の大切な部分を育てていくの」
「大切な……部分」
「そうよ」

 大切な部分。
 それが何なのか。ポミエラには漠然としすぎていてわからなかった。
 ただ、はっきり公言しなかったセレンフィリティの口調から、目に見えない物な気がしていていた。

「学校側は、ポミエラにそれを知って欲しかったんじゃないかな」

 セレンフィリティの言う通り収穫作業を行えば、大切な部分が何なのかわかるのだろうか。
 ポミエラは拭えぬ不安を胸に抱く。

 すると、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)がセレンフィリティの言葉に補足してくる。

「その証拠が課題内容が書かれた紙だと思うよ。
 紙には強調して書かれた部分があったよね。
 確か、『他の生徒と協力して作業を行うこと』だよね。
 それこそポミエラに気づいてほしかった、試験官の意図なんじゃないかな」

 ポミエラは用紙を取り出し、確認した。
 確かに、『協力』の二文字が赤く強調されている。

「もちろん、レポートが白紙ってわけにはいかないから、情報は私達が代わりに集めておくよ。
 だからポミエラは安心して皆と『協力』しながら収穫を手伝ってきなよ」

 ポミエラはそれで本当にいいのだろうかと思った。
 不安になって周囲を見渡すと、生徒達が笑って頷いていた。
 ――涙が流れた。

「まぁ、なに皆さんでポミエラちゃんを苛めているんですか!?」

 すると、朱桜 雨泉(すおう・めい)がポミエラ達の所に走ってくる。
 雨泉はセレンフィリティとポミエラの間に入ると、守るように両手を広げて立ち塞がった。
 どうやら、遠くから泣いているポミエラを見て、苛められていると勘違いしたようだ。

「ポミエラちゃん、もう大丈夫ですからね」
「え、ちが――」
「行きましょう」

 慌てて訂正しようするポミエラの手を掴んで、雨泉が歩き出す。
 遠ざかる雨泉達の後ろ姿を見ながら、セレンフィリティがため息を吐いた。

「ま、ポミエラが元気になったしいいよね……」
 
 セレンフィリティ達はそれぞれの作業に戻ることにした。

 
 雨泉に連れて行かれたポミエラの目の前には、≪スプリングカラー・オニオン≫の緑色の葉が並んでいた。
 
「さぁ、今日中に全て収穫してしまいましょう。
 そうすれば残りの日数はレポートに集中できますよね」

 ニコニコ笑いかける雨泉。
 しかし、一部が終わっているとはいえ、まだ収穫前の≪スプリングカラー・オニオン≫はたくさんある。
 今日中に終わるか疑問だった。

「大丈夫です。皆さんと一緒にやればすぐに終わりますよ」

 雨泉はポミエラの手を握りしめて語っていた。

 それは絶対的な確信があったわけではない。
 雨泉の言葉には『期待』や『目標』が含まれていた。
 それでも、その言葉はポミエラを励ますには、充分なものだった。
 なぜなら、ポミエラの力になりたいという雨泉の気持ちが、しっかり伝わってきたのだからだった。

「玉ねぎは、このように葉っぱの部分を持ってですね……」
「雨泉さん」
「なんですか?」

 名前を呼ばれた雨泉は、≪スプリングカラー・オニオン≫の葉から手を離して振り返った。
 せっかっく止まったにもかかわらず、ポミエラの目からまた涙が流れてきた。
 協力してくれる生徒達の存在が、嬉しかった。
 仕事だからではなく、ポミエラのために力を貸してくれる。
 その事が、ポミエラに涙を流させた。

「ありがとう……ござい……ます」

 ポミエラは嗚咽をまじえながら口にする。
 最初から一人で思いつめる必要なんて、なかったのだ。

「ポミエラちゃん……」

 雨泉は驚きながらも、そっとポミエラの背中を摩っていた。


「いたた……」
「おいおい、ポミエラに収穫する姿を見せるんじゃなかったのか?」

 腰に手を当てている風羽 斐(かざはね・あやる)を、翠門 静玖(みかな・しずひさ)は心配そうに見ていた。

「スキルを使えば楽なんだが……」
「それじゃあ、ポミエラの手本にならないだろ」

 斐はポミエラに玉ねぎの収穫方法を見せようとしていた。
 ポミエラにあわせて、スキルを使わず作業を進めていた。
 そのため、しゃがみ込んで作業が続き、腰にダメージが来ていた。

「わかっている。……大丈夫。まだまだ余裕だ」

 今は軽く電流が走った程度の痛みだが、無茶すると明日はベッドから起きれないかもしれない。
 斐の額から汗を流れる。静玖はため息を吐いた。

「そうかよ。腰痛になっても知らないからな」
「お兄様、いじわるはいけませんよ」

 静玖を一括して、雨泉が斐に近づく。

「お父様、無理はなさらないで下さいね」
「あぁ、大丈夫だ、雨泉。ありがとう」
「お兄様も……」

 雨泉が、静玖をじっと見つめてた。
 無言で見つめる雨泉。静玖の首筋を汗が伝う。

「わ、分かったよ。
 ったく、オッサン。フォローするから、無理はすんなよ」
「すまない。頼む」
「任せな」

 苦笑いを浮かべる斐に、静玖は笑って答えていた。


 ポミエラは作業を離れて、水分補給をしていた。
 すると、エッツェルが近づいてきた。

「もう、大丈夫そうですね」
「はい……先ほどはお見苦しい所を見せてしまい、すいませんでした」

 ポミエラが頭を下げて謝る。
 エッツェルは気にしなくていいと、手を横に振っていた。

「落ち着いた所で、先ほどの続きでもしましょうか?」

 顔に巻かれた包帯の隙間から、優しい目を見えた。
 気分がすっきりしたからだろうか。
 ポミエラにはエッツェルの印象が先ほどとは違い、優しく見えた気がした。
 クスリとポミエラが笑った。

「いいえ、やめておきます。
 続きはわたくしが入学して素敵な制服を着た時に、聞かせてもらうことにしますわ」
「そうですか。残念ですね」
「心配してくださってありがとう」
「はて、何のことですか?」
 
 エッツェルはわざとらしく首を傾げてみせていた。

「今、とても素敵な笑顔をしていますよ」
「そ、そうですの……?」

 ポミエラは頬に手を当てると、熱くなっているのがわかった。 
 エッツェルが視線を畑の方へと向ける。

「それはそうと、ポミエラさん。
 今のうちに話をしなくてはならない方が、いるのではないですか?」
「?」

 誰のことかわからず、不思議に思いながらエッツェルの視線を追うポミエラ。
 すると、視線の先にとある人物を見つけた。
 ポミエラは、飲み物を放り出し駆け出す。

「瑠兎子さん!!」

 視線の先にいたのは、先ほど冷たく当たってしまった瑠兎子だった。
 
「あの! 先ほどはひどい態度をとってしまいました。
 ごめんなさい!!

 ポミエラは勢いよく頭を下げて謝った。
 視界が水滴で歪んでみえる。
 頭を下げたまま、ポミエラは必死に訴えた。

「わたくし、レポートを完成させるのに必死で、周りが全然見えなくて、でも、それは皆さんと同じ学校に行きたいからで、言い訳ばかりで許してもらえないかもしれません。
 けど、わたくしは――」
「大丈夫」

 ふいにポミエラの両肩が、持ち上げられた。
 顔をあげたポミエラの目の前には、優しく微笑む瑠兎子の姿があった。

「ポミエラ、大丈夫。わかってるから」

 瑠兎子は、優しくポミエラの頭を撫でた。
 ポミエラは流れ出しそうになる涙を必死にこらえた。

「ポミエラは学校に入るため頑張ってる。
 それは偉い……偉いことよ」

 瑠兎子がそっとポミエラの背中に手を回し、抱きしめようとする。
 しかし、ポミエラはそれを拒否した。

「いや?」
「……す、すいません。
 今、抱かれたらまた泣いてしまいそうですわ」
「そっか」

 瑠兎子は苦笑いを浮かべると、もう一度ポミエラの頭を撫でて離れた。

「よっし、じゃあ頑張って収穫しようか。
 夢悠、ポミエラちゃんのために頑張るわよ」
「了解」

 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が籠を持ってくる。

「ポミエラ、最終試験に合格するよう俺も協力するよ」 
「はい!」

 ポミエラは笑顔で返事をしていた。