空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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重層世界のフェアリーテイル
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リアクション

「さて、何となくゲートを通って、何となく街に来てしまったけど、ここはどこだろう?」
 蒼空学園に通う鉄 覇南(くろがね・はな)はウィザードである。面白そうだからと、遺跡に現れたゲートを潜り抜けたことでワープしてしまい、気づけば他の契約者と共に第二世界にやってきてしまっていた。その後ろには、突然消えた覇南を慌てて追いかけてきた賀茂 昶(かも・あきら)の姿もある。
「見る限り、中世っぽい街並みですね……」
「だな」
 訪れた街を適当に歩きながら、2人は構えられた数々の店舗を見て回る。
 街の中は活気付いており、露天商だけでなく大掛かりな「店舗」というものも存在する――先ほどの武器屋の存在から見れば、それはよくわかるだろう。その店の種類も武器、防具はもちろん、飲食店や食料品店、あるいは怪しげな占い屋と多岐にわたっており、見る者の目を楽しませていた。
「と思ってたら、おあつらえ向きの魔法道具店があるな」
「おや、本当ですね」
 彼らの視界に飛び込んできたのは、どうやらマジックアイテムを販売しているらしい店の看板だった。特に魔法使いである覇南は、自身が勉強している魔法に関連があるからと、その店に入ってみることにした。ひたすらついてまわる昶も入ったのは言うまでもない。
「ふーん、結構いい雰囲気じゃないか……」
「当たり前のようにアクセサリー類が並んでますね」
 店内を見渡した覇南がそう口にする。その言葉の通り、店内はおどろおどろしい雰囲気とは無縁で、どちらかといえば非常に静かな、落ち着いた空気が感じられた。
 壁に設置された棚にはおしゃれな指輪やピアスといったアクセサリー。あるいは香炉のようなものまで置いてある。
 その場では買い物はせず、2人は店内の空気を堪能した後に店を出ることにした。

「おーっほっほっほ! わたくしにぴったりの舞台が整っているじゃありませんの!」
 高笑いと共に真蛹 縁(まさなぎ・ゆかり)は近くの民家の屋根から下界を見下ろしていた。派手で目立ちたがりな剣の花嫁は、どうやらこの中世ヨーロッパ風の世界が非常にお気に召したらしく、ご満悦といった表情を浮かべている。
「というわけでさぁ雛! 一緒に調査という名目で観光しまく――」
「こらー、そこのあんた! 早くそこから降りなさい!」
 下にいるパートナーの花柳 雛(はなやぎ・ひな)に命令を下そうとした矢先、やはりというか何と言うか、どうやらこの街の警備兵らしき魔術師の男から注意を受けた。民家の屋根に上ること自体が迷惑行為に該当する上、しかも無断である。怒られるのも当然といえば当然であった。
「あ、えっと。わ、わたくし別に怪しいものじゃなくってよ? ほ、補導されるいわれなんて……」
「怪しいかそうでないかという前に、まず迷惑になるから降りなさいと言ってるんだ。ほら早く!」
「あ、はい。すいませんごめんなさい……」
 いくら能天気であるとはいえ、下から杖を向けられ今にも火炎放射の1発でも飛んできそうな雰囲気には勝てず、縁は大人しく下界に降り立った。
「っていうか雛! わたくしを無視しないでくださります!?」
「……すみません。これはツッコんだらアウトかなと思いまして……」
「アウト!? アウトってどういうことですのよ!?」
「さすがに迷惑防止条例に引っかかりたくはありませんし……」
 本来、雛はパートナーの暴挙を止める立場にあったのだが、彼女自身の生い立ちのこともあって面と向かって止めるのが難しかった。その辺りの事情を知る者は少ないが、知っていればおそらく彼女を責めはしないだろう。
「……ま、まあ、もういいですわ」
 こめかみに手をやって、縁は当初の目的である「調査」に乗り出すことにした。もっとも、高所から現れるということに集中しすぎてしまったために、調査自体は雛頼りになったわけだが。
「あ、すみません。こちらに初めてお伺いする花柳雛という者なのですが……」
 道行く者に声をかけ、雛は聞き込みを開始する。
「この街で一番美味しいご飯のお店とかおすすめスポットとかありますか?」
 だがその内容は、いわゆる「この世界の調査」と呼べるのかどうか怪しいものだった。確かにこういった店を探すのも調査に含まれないことはないのだが……。
「……すみません、ちゃんと聞き込みします」
 縁が何かしら何処かに謝ってから聞き込みを続ける一方で――

「さて、どの服が良いか……」
 ジア・アンゲネーム(じあ・あんげねーむ)は、服屋でこの世界の装束を眺めていた。
 聞き込みを行う上で重要なことの一つは相手から信頼を得ることだ。郷に入っては郷に従え――この世界の人々と同じ格好をするのは信用を得ることに繋がる、とジアは考えていた。
 それに衣類というのはその土地がどのような場所であるかを示す手がかりにもなるはずだ、と。
 見たところ、この世界の極一般的な服装はイルミンスールや中世ヨーロッパのそれに近いようだった。
「あくまでファンタジーを地でいっているわけですね」
 ジアが一人頷きながら流した視線が、じぃっと一着のケープを眺めているダンケ・シェーン(だんけ・しぇーん)を掠める。
 常に無表情な彼女は、今もまた何の感情も見せぬまま、ただケープを見つめていた。
 近づいて、問いかける。
「ダンケ。あれが良いのですか?」
「……!」
 ジアに問いかけられて、ダンケは弾かれたように彼の方へと振り返った。
「良かったら、身に着けてみますか?」
 ジアが微笑みながら言ってやった言葉に、ダンケは何と返して良いか分からないといった風に無表情をジアに向けていた。
 彼女は、先ほどジアのために大道芸で金を稼ごうとした。
 かつて見世物小屋に売られていた獣人の少女だ。
 そうやって自身を見世物とし、人に奉仕することしか知らないのだろう。
 ジアがダンケに、そんな事などしなくて良いのだと伝えた時、彼女はその無表情にほんの少しだけ嬉しそうな雰囲気を覗かせた。
 ジアはダンケが見つめていたケープを取って、彼女の肩に羽織らせてやった。
 壁に溢れかえる色取り取りの衣装の隙間に置かれた楕円の古い大きな鏡にケープを羽織ったダンケの姿が映る。
 彼女の表情は何も変わりはしなかったが、その頬はほんの少しだけ紅潮していた。

 街から離れた上空――
「ひゃぁ」
 紅護 理依(こうご・りい)は、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)の駆る空飛ぶ箒の後ろに乗っかって、第二世界の空を突っ切っていた。
 この世界が何処まで続いているのか調べるため、理依と駿真はビスタ・ウィプレス(びすた・うぃぷれす)セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)たちと二手に別れ、それぞれ北と南に向かって真っ直ぐ飛び続けていた。
 深く黒い森の上や切り立った山々の横を飛び抜けていくのは、爽快だった。
「これ、気持ちいいねぇ」
「楽しんでばっかじゃなくて、ちゃんと地図係やれよー?」
 駿真に言われて、理依は、はたと自分の役目を思い出した。
「あ、うん。分かってるよ、ちゃんと」
「忘れてたろ? 緊張感がないなぁ」
「忘れてたわけじゃないってば」
 理依は駿真の腹に腕を回した格好で、器用に『地図』を開いてみせた。
 先ほど街の雑貨屋で購入した物だ。
 駿真が、ちょうど自身の腹の辺りに広げられた羊皮紙を覗き込み、首をかしげた。
「白紙?」
 彼が言った通り、その羊皮紙には何も書かれていなかった。
 理依は、ひょこっと駿真の身体の横から顔を出して。
「んっとね、雑貨屋のおじさんが言うには、ここに自分の唾液を媒介にして魔力を注げば現在地が見えるって」
「へぇ、さすがって感じだな。早速やってみてくれよ」
「うん。……ええと……こう……んー……あれ?」
「何にも起きないぞ?」
「お、おかしいな? これであってるよね?」
「いや、オレに聴くなよ」
「うー……こ、こうかな? えーい」
「……映らないな」
「……ぐむむ」
 二人同時に、はぁ、とため息をついたその時。
 理依の持っていた地図にチリチリと小さな炎のような光が無数に走り出し、辺りの地図が羊皮紙に描き出され始めた。
「おー、面白いな、これ」
「って……あれ? 途中で終わっちゃった」
 羊皮紙に描かれた地図は、その頭の半分がふわふわと曖昧な線で途切れていた。
「ちょうど、あの辺りだな」
 駿真が指さした大地の果て、そこにはオーロラの壁が広がっているのが見えた。
「あれが、この世界の果て?」
「さあ? ともかくさ、とりあえずあそこまで行ってみて、更に向こうへ抜けられるようなら行ってみようぜ!」
 言って、駿真は空飛ぶ箒を加速させた。
 やがて二人は、東の果てから西の果てへと連なる広大なオーロラの壁の前へと辿り着いていた。
「……大迫力」
「テンション上がっちゃうよな。……それじゃ、行きますか!!」
 そうして、二人を乗せた空飛ぶ箒は思いっきりオーロラへ飛び込んでいった。
 ぐにょん、と奇妙な感覚があって――
「やぁ、駿真。思ったより早い再会だったね」
「理依様、ご無事で何よりです」
 二人は妙に聞き覚えのある声に呼ばれた。
「セイ兄!?」
「ビスタさん……? え、どうして?」
 辺りを見回すと、そこはゲートのそばだった。
 セイニーの空飛ぶ箒が、ひゅぅっと駿真たちに近づき、箒の後ろに乗っていたビスタが言う。
「我々もここにあるのと同じオーロラの壁に辿り着きましてね。先ほど、通り抜けられるか試したのです」
「そこで君たちに出会った、というわけ。これがどういうことか分かるかな? 駿真」
「え……?」
 急に問いかけられて顰められた駿真の顔をチロッと見やってから、理依はセイニーに答えた。
「この世界はオーロラの壁に囲まれていて、そのオーロラを通り抜けると……ゲートのあるここへ戻される?」
「そういうこと」
 頷いたセイニーは、人の良さそうな笑顔で「よく出来ました」と付け加えた。