リアクション
・ドロシーのお色直し
「順調に準備は進んでいるようですね」
小屋のテラスから、ドロシーが庭園や裏の石窯を眺めていた。
「ドロシー様?」
彼女に声を掛けたのは、イルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)だ。
「イルゼと申します。失礼ですが、お洋服がボロボロですよ?」
決して着れない状態、というわけではないがドロシーのエプロンドレスは所々解れている。
「大切な服なのかもしれませんが、淑女は着飾り、身を綺麗にしておくことを忘れてはいけません」
「そう言われてみると、確かに長い間修繕するのを忘れていたかもしれませんね」
本人はそれほど気にしてはいなかったらしい。
「そちらの服を直す間、こちらにお着替え下さいであります。この村の庭園にも似合うと思うのであります」
シュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)が、ドロシーに服を渡した。
「せっかくですから、この機会に新しい洋服もあった方がいいかもしれませんね。着替える前に、ちょっといいですか?」
イリス・クェイン(いりす・くぇいん)は、自分の持ってきた着替えを取り出し、ドロシーの身体に合わせてみた。
幸い、というべきか背格好がイリスと近いこともあり、サイズの方は大丈夫そうだ。一緒に来ているクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)から裁縫道具一式を取ってもらい、ドロシーの容姿に合わせてアレンジし始める。
「ありがとうございます。もし、生地が必要でしたら言ってくださいね」
「洋服の生地があるんですか?」
思わず、イリスは聞き返した。本人の服がボロボロなのに、洋服を作るだけの素材は揃っていることは少々不思議だ。
「子供達の服を作るのに、使ってますから。ついつい自分のことは後回しにしてしまうんですよね」
微笑みをもって、ドロシーが答えた。
「少し見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
小屋の中を見渡すと、木製の織り機のようなものがある。村で採れる植物の繊維から作られた布地とのことだが、手触りからするに木綿や麻が原料だろう。
(これが終わったら、ここにあるのでも作ってあげようかしら)
百パーセント天然繊維というのも、珍しい。
同じように、八乙女 虧月(やおとめ・かづき)もそれを手に取っていた。彼女もまた、これに興味を持ったようだ。
「あたしも裁縫はそれなりに出来るから、これ使わせてもらっていい?」
虧月がドロシーに確認を取った。
「ええ、どうぞ。もし宜しければ、私よりも子供達に作って頂ければとも思います。きっと、喜びますよ」
外の世界のファッションというのは、きっと村の子供達にとっては新鮮なものに感じられるだろう。
「あと、ドロシーさん……その腕、大丈夫ですか?」
今度は三百瀬 盈月(みよせ・みつき)が心配そうにドロシーの左腕に目を遣った。
「大分前に剥がれてしまいました。けれど、痛みがあるわけではないので、不自由はしていませんよ」
とはいえ、生身の身からすれば痛々しく映ってしまう。
イリスとしても、洋服作りもそうだが、本当は身体の方も見てあげたい。が、機晶技術に関してはさほど詳しくはない。
「とはいえ、そこから広がっていったりしたら、せっかくの綺麗な顔が台無しってもんだ。一応ちゃんとチェックしておいた方がいいぜ」
自分では大丈夫だと思っていても、ちゃんと診てもらったら気付くことだってある。
ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)がドロシーに診断をさせてもらうように促した。
「ちょうど着替えるところでしたからね。男性陣も小屋の外に出払ってますし、今のうちですよ」
志方 綾乃(しかた・あやの)も、それに乗じる。
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
彼女の許可を得たとこで、早速綾乃は問診に入った。
「最近になって身体が思うように動かなくなったとかってことはありませんか?」
「特にはないですね。自分でも不思議なくらいです」
本人も、前にメンテナンスをしてからかなりの時間が経っているだろうという自覚はあるようだ。
「この感じだと、皮膚は自然に剥がれたみたいだな」
ドロシーの左腕は陽に当たっていたためか、劣化が早かったようだ。
「やっぱり、いくら平気だと言っても中身剥き出しのまま外気に触れている状態は良くねえな」
腕が錆びて動かなくなった、なんてことは十分にあり得る。
「すいません、少し私達もいいですか?」
ドロシーの身体を気に掛けていたのは、何も二人だけではない。長谷川 真琴(はせがわ・まこと)とクリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)がドロシーの治療を手伝いに来た。
「あたいも機晶姫だし、人工皮膚が必要なら提供出来るよ」
本格的な機晶姫のメンテナンスをするための道具はさすがにないが、天御柱学院でイコン整備を常日頃から行っている彼女達もまた、機晶技術や機械修理、先端テクノロジーに関する知識はひと通り持っている。
綾乃達はドロシーの診断で分かっていることを改めて伝えた。
「道具が足りないようでしたら、こちらにありますわよ」
ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)が彼女達に、機晶姫用の治療道具を示した。
「普段から、機晶姫の方達が怪我したときに備えて持ち歩いていますのよ」
それを用いて、ドロシーへの応急処置を始める。
「ありがとうございます」
「さあ、ドロシー。うちの真琴、腕は確かだから少し我慢しておくれよ」
真琴がドロシーの左頬と左腕に皮膚を丁寧に張る。腕の分はわずかに足りなかったため、不格好ではあるがテーピングを行い、露出しなくなるようにした。
「今はこのくらいしか出来ませんが、その内ちゃんとしたメンテナンスをしたいですね。その時は花妖精の子達と一緒に、みんなでシャンバラに遊びに来てみてはどうですか?」
綾乃はそう言って、ドロシーを誘ってみた。
「お気持ちは嬉しいのですが、私は村の外へ出るわけにはいかないのです。この村に咲く花や木々、様々な植物の全てを知っているのは、今は私だけですからね。いなくなっている間に枯れてしまう、なんてことにならないようにしたいのですよ」
見た目こそ可憐な少女だが、ドロシーはこの村で唯一の「大人」だ。子供達の支えになっているということも理由としてあるのだろう。
* * *
「あの機晶姫、さっきこの中に入ってったよなァ〜?」
南 鮪(みなみ・まぐろ)は庭園で見かけたドロシーを追ってやってきた。すぐに来れなかったのには、理由がある。
「なー、にーちゃん。この髪の毛、どーなってんだー?」
見た目のせいか、好奇心旺盛な花妖精の子供達が集まってきてしまったのである。
「すっげー、これ生きてるの?」
村に着て乗りつけたままになっていた
ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)も、注目を集めている。
「痛てて……引っ張んじゃねェ!」
知り合いの闇商人(だと鮪が勝手に思い込んでいる知人)のために花妖精の品質チェックをと考えていたのだが、子供と戯れている様子は、傍から見れば面倒見のいい兄ちゃんだ。
背中の少年を下ろし、ドロシーのいる小屋の扉を勢いよく開けた。
「ヒャッハァ〜! お前が闇商人さんの新しいスケか」
鮪の目に飛び込んできたのは、一糸纏わぬ姿のドロシーだ。ちょうどメンテナンスの真っ最中だったのである。
そして中にいるのは、自分以外女性。
「こいつァいいところに来たぜェ〜!」
この状況でも引かないのが鮪である。
「「「男の人は出てって下さい!!」」」
多勢に無勢。あっけなく小屋の外に追い出されてしまった。
「大丈夫かー、にーちゃーん?」
彼は満足気な表情を浮かべた。ドサクサに紛れ、用意していた新品のパンツと小屋の中にあった彼女の下着をさりげなくすり替えることに成功したのだ。
「我が、生涯に、悔、い――」
そこで鮪は力尽きた。
* * *
「さ、終わりましたよ」
ちょっとしたハプニングもあったが、ドロシーのメンテナンスが終わった。服の方はまだ修繕中であるため、イルゼが持ってきた代わりのものを着ている。
彼女が小屋からテラスに出て、ベンチに腰掛けた。
「よろしければ髪のブラッシングをしてもよろしいでしょうか? 綺麗な髪なので整えてみたいと思いまして……髪は女の命ですからね」
「はい、お願いします」
イルゼがドロシーの髪をとかし始めた。
「あと、これをどうぞ」
花の形をしたヘアピンを、彼女がプレゼントした。
ちょうどメンテナンスの間外にいた
如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、そんな様子を目に映し、小屋の方に歩み寄った。
「子供達の案内でひと通り見せてもらったけど、本当に自然が多くて綺麗なところだ。遺跡があるけど、この村はドロシーさんがやってきた頃からこんな感じなのかな?」
それに重ねるようにして、彼のパートナーである
ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)も尋ねた。
「皮膚が自然に剥がれるくらいってことは随分長くいるようですが……よければあなた自身の昔話も聞かせて貰えませんか?」
「そうですね……」
遠くを見つめるその様は、どこか昔を振り返っているかのようだった。
「あら、昔話? あたしも聞いてみたいわねぇ」
そう言って近くに来たのは、
ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。ドロシーのお色直しを手伝っている人達を微笑ましげに眺めつつ、耳を傾け始める。
彼のパートナーの
タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は、テラスから見えるところで花瓶に花を活けている。お茶会の会場に飾るのであろう。
「私がこの村に来た頃、まだここは荒れ果てた土地でした」
遺跡があることから、この辺りも「大いなるもの」との戦いで荒廃したのだという。
「そこで、この土地の人達と一緒に苗木や花の種を植え、育て始めました。それから五百年、でしょうか。私が数えていた時間はそこまでです。自然が豊かになる頃には、私以外の人は皆いなくなってしまいました」
その最後の村人であり機晶技師であった人がプレゼントしてくれたのが、あのエプロンドレスなのだという。
「それからしばらくして、この村に現れるようになったのが、花妖精です。気付いた時にはたくさんの子供達に囲まれていました。成長すると村の外に出て、入れ替わるように花妖精が生まれてくるのです。たまに帰ってくると、色々と外のお話を聞かせてくれたり、私の身体を見てくれたりしていましたが、ここしばらくは帰ってくる子がいませんでしたね」
『死者を土葬すると花妖精になって帰ってくる』というのは、ティル・ナ・ノーグに伝わっているという伝承だ。
ならば、ドロシーは子供達の保護者であると同時に、この村に眠る死者を守る「墓守」でもあるのかもしれない。
(警戒心が薄いのは、相変わらずね……)
プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)は、テラスで会話しているドロシーの姿を見つけ、近付いた。
ほとんど人が来ない、というより一度来てもこの村の出身者でなければ再び来るのは難しい場所であるため、ドロシーは来訪者があると歓迎していた。プリムラにはそれが心配だったのである。
彼女を一旦呼び出して旅先で見つけた花の種を渡しつつ、
「……もしもの時のこと、考えてる?」
と、こっそり確認した。
「今、村の外は決して安全ではないのよ。私と同じ花妖精が闇商人に捕まって売り飛ばされたり……」
おそらくドロシーは、花妖精が闇商人の餌食になっているという実態をまだ知らないだろう。
「そういえば、さっき闇商人がどうだとか言ってた方がいましたね。子供達と仲良くしてらっしゃったみたいなので、悪い人ではないと思ったのですが……」
「そういうところが危なっかしいのよ。少しは警戒して」
ぺシ、と反射的にチョップしてしまう。
「村のことが心配なのは分かるけど、もう少し優しく……」
矢野 佑一(やの・ゆういち)が口を挟んできたので、睨みつけた。
「ごめごめん、睨まないでよ」
とはいえ、一応言い聞かせはしたからこの辺でいいだろう。
「ドロシーさん、出来ましたよ」
小屋の中から、イリスが洋服を持って出てきた。
「可愛いですね。ありがとうございます」
それを受け取り、見回すドロシー。
小屋の裏手の石窯からは甘い香りが漂ってくる。庭園の方でも、会場のセッティングが始まっていた。
もうすぐ、お茶会本番だ。