校長室
建国の絆 最終回
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紅月 林 紅月(りん・ほんゆぇ)は、草原の中にぽつりと置かれた岩の上に座り、艶の無い瞳でぼんやりと闇龍を見上げていた。慌ただしい風が草原に波を作り、彼女の髪を騒がせていく。 と、彼女がトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)の気配にゆっくりと振り返った。 「まだ居たのか」 紅月の言葉に、トライブは口端を上げた。 「まだ答えを聞いてねぇ」 「……お前は私を好きだと言った」 紅月が岩の上から腰を上げながら言う。 トライブは彼女へと近づき、軽く首を傾げた。 「あんたは、どうなんだ?」 「滅び行く世界で、私と共にその行く末を見たい、というならば止めはしない」 言って、紅月がこちらに背を向けるように体を巡らせる。 その肩を、トライブの手が捉える。 「ッ……俺はな、紅月」 無理矢理、引きずり戻すように彼女の体を自分に向き合わせ、トライブは続けた。 「世界の行く末なんてものには興味ねぇ。だが――今の状況を見て笑ってる奴らが居るってのは気に入らねぇ」 彼女の両肩を引っ掴んだ手に力を込めたまま、彼女の鼻先に己の鼻先を擦らんばかりに寄せる。 「紅月。このままじゃ駄目だ。このままじゃ、あんたが絶望した自治省での事件と同じ道をシャンバラが辿っちまう。これはその時の再現だ」 「……そんなことは、分かっている」 紅月の細い指先がトライブの頬に触れる。 「全て分かっている……」 トライブは彼女を見つめる目を強め、 「それで、いいと思ってるってことかよ」 「全てを滅ぼしたい。そう願っているということだ」 彼女の唇が、薄く、トライブのそれに重なる。 そして、彼女はゆっくりと後ずさるように彼の元を離れた。 ひとつ、細い息をついてから、 「――私は、我がパートナーと共に行かねばならぬ」 彼女は視線を落とし、どこか気乗りしない様子でそう告げた。 「行きたくないなら行かなければいい」 トライブの言葉に、紅月は軽く笑みをこぼしてから首を振った。 「そういう訳にもいかない」 そして、彼女の視線がトライブへと返る。 草を打ちつけて返る風の匂いの中で、彼女の背景にあったのは闇龍の鎮座する空だった。 「トライブ・ロックスター。……すべてが終わる時、私の脳裏に浮かぶのはお前ただ一人だ」 それは告白。 「――紅月ッ!!」 トライブが地を蹴り、伸ばした手は、テレポートで掻き消えた彼女の余韻だけを掠めた。 ◇ 「彼女が寺院の指示から外れて動くなら、横山ミツエを頼ることを勧めようと思っていましたが……」 千石 朱鷺(せんごく・とき)は、岩に腰かけて、草原の向こうの森のざわめきを眺めながら続けた。 「考えてみれば、紅月としては、横山ミツエの元に行く理由はなにも無いのですよね」 国家主席の娘であるミツエなら、自治省で起こった事件の真相を知っているかもしれない、とか、そういったことを考えたりもしていたが……普段直接に国家主席と会っている訳では無いミツエが、そこらへんの詳細な事情を知っているかというと、難しそうだった。 「まあ、全て杞憂でしたけど……」 言って、朱鷺は背中合わせに岩に腰を降ろしているトライブの背をちらりと見やり、嘆息した。 「冗談です」 と――トライブが立ち上がり、絡めた手を空へと突き上げ、ンーと背を伸ばした。手が解かれ、 「っし、行くぞ。朱鷺」 「え?」 見上げる。 トライブが見下ろして来る。 「ここで滅びを待ってても仕方ねぇだろ」 と一度笑ってから、彼は彼方へと視線を向けた。 「紅月は絶対に守る。好きだから傷つけさせない――そして、悲しませたくないから、俺も生き抜く。今は、とりあえずそれだけだ」