空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

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【ろくりんピック】最終競技!
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■パラミタ内海の海賊2


 西チームの杵島 一哉(きしま・かずや)はフォアマスト(船首側のマスト)の横を抜けて、船縁に下げられた小型ボートの影に滑りこんだ。
「そろそろ接敵しそうですね」
 影から向こうを伺いつつ、こぼす。見えたのは、物陰の間を通った
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)キリカ・キリルク(きりか・きりるく)の姿。
「こちらは、自分たちが」
 共に上がってきていた金住 健勝(かなずみ・けんしょう)が、言って、手持ちのマスケット銃をボートの中へと放り、自らもボートの中へと潜り込む。
 一哉と同じようにボート影から向こうを伺っていたレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が振り返り、ボートの方を見上げる。
「お願いしますよ。健勝さんの腕が頼りなんですから」
「了解であります。訓練の成果、とくと見せるでありますよ!」
 声だけが返ってくる。姿は見えないが、おそらく彼は律儀に敬礼めいた動作をしているだろうと、なんとなく予想できた。
 一哉は、別の相手がもう一方から上がって来ているらしい方を見やり言った。
「では、私たちはあちらに対応しましょう」
「ええ」
 一哉の言葉にアリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)が頷き、メモリープロジェクターを起動する。
 一哉は彼女が投影した映像に軽く目を細めて、
「……反則くさいなぁ。なんとなく」
 ボヤいた。
 それが聞こえたらしいアリヤがこちらへと顔を向け、
「ルール上で規制されてはいません」
「それはそうですけど……」
「ならば問題はありません」
 言って、アリヤが投影したメモリプロジェクタの映像と共に壁際を体勢低く駆けていく。一哉は小さく息をついてから、彼女の後を追った。
 遮蔽から遮蔽の間を渡る時に見えたのは、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)クルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)
 積まれた樽の影に飛び込む手前で、牽制の一発を撃つ。
 
 一哉から放たれたペイント弾は後方の壁に爆ぜていた。
「……僕が先に行くから。向こうが出てきたところを狙って」
 珂慧は遮蔽に使っている樽に背を付け、そろりと向こうの様子をうかがいながらクルトに言った。
「あなたが囮に?」
「……うん」
 頷いて、珂慧はクルトの方を、しばし、じぃっと見やった。クルトがゆったりと首を傾げる。
「なにか?」
「……今回は構わなくて良いよ」
「心得ました」
 クルトの返答をタイミングに、珂慧は、たっと樽の影を出た。
 一哉が放った弾丸が珂慧の腕に当たって色を撒く。
 後方に続いていたクルトの放った麻痺弾が一哉に命中し、彼がずるっと床に倒れこむ。珂慧は潜り込んだ木箱の影から、一哉の頭部を狙って狙いを定め――引き金を引く、その寸前で、予期していなかった方向からの銃声。
 珂慧は、己の肩端にペイント弾を受けながらも引き金を引いた。こちらのペイント弾がギリギリ、一哉に命中してくれる。
 珂慧は、すぐに自分を撃った銃声の方へ鋭く視線を向けた。
 誰も見えなかったが――
「……何か使ってる」
「そのようですね」
 おそらく、光学迷彩とかメモリプロジェクターとか。
 ともかく、回り込まれていて、自分の居場所は安全じゃないというのは分かった。
 他の場所に隠れなければいけない。珂慧は次弾の入った小さな紙包みを取り出しながら駆けた。
 次の瞬間、また銃声。
 積まれた木箱の方へと駆けながら、珂慧はすぐ後ろを駆けているクルトの方を薄く見やって呟いた。
「……庇ってるし」
「咄嗟の事です。お許しを」
 クルトの背首の根元には珂慧に当たるはずだったらしいペイントが張り付いていた。

 一方――
 ヴァルとキリカは、西チームの選手相手に堂々と立ち回っていた。
「この帝王がここに居るということは、既に東シャンバラはこの競技において勝利している。そういうことだ!」
 帝王のオーラという名のヴァルの物凄い鬼眼は、相手の選手たちをなんとなく震え上がらせ、相手選手たちの攻撃を鈍らせ、そうして狙いの鈍った弾丸はヴァルを守るキリカのシールドに弾かれた。
 しかし、順風満帆に突き進む彼らを健勝の狙撃が押し止める。
 彼は鬼眼が届かない範囲に潜伏しており、射撃も正確だった。
 一射目はキリカが気合のサイコキネシスで弾をそらしたもの、二射目は防ぎ切れずにキリカが睡眠弾の餌食となる。
 そのため、ヴァルは体勢を立て直すべく、キリカを抱え、一時後退を余儀なくされたのだった。

 二人が相手を引き付けている内にエドワード・ティーチ(えどわーど・てぃーち)は、低く積まれた木箱などの影をひた走り、メインマストを超え、レジーナたちの側方へと回り込んでいた。
 先程、狙撃があったのはボートの方からだった。
 ボートからの射線がメインマストに遮られ死角となる位置について、エドワードは、ヴァルとキリカの方へ意識を向けていたレジーナへと銃口を向けた。
「待たせたなァ。最強の海賊、”黒髭”様が相手してやるぜ」
 引き金を引く。だが、その寸前で、
「――こっち!?」
 こちらに気づいたレジーナは身を翻していた。
「ッチ! 警戒してやがったか」
 エドワードは反射的に前方へ伏せるように飛んでいた。火薬の匂いの中をくぐって床の感触。レジーナの声に反応した西チームの生徒の弾がエドワードが先程まで居た地点に弾ける。
「弾一発、無駄にしちまったぜ」
 エドワードは吐き捨てながら、すぐさま身体を横に転がした。
 レジーナの銃撃がエドワードを追う。
「あっぶねぇあぶねぇ」
 エドワードは腕にレジーナのペイント弾を受けながら、樽の影にいそいそ隠れ、ポケットから火薬と弾の入った小さな紙袋を取り出した。その端を齧り切って、手早く弾込めを行う。っぺ、と紙端を吐き捨て、
「樹。俺様がチャンスくれてやったんだから、決めろよ」

「――とか、言ってそう」
 光学迷彩に身を包んでエドワードとは逆側から回りこんでいた水神 樹(みなかみ・いつき)はクスリと笑みながら、レジーナの背へと麻痺弾を放った。レジーナの身体が倒れる。
 それに気づいて、そばに居た西生徒がこちらへ銃を向けるのが分かった。が、樹は遮蔽へと逃れず、彼の方へ向かって床を蹴っていた。同時に、頭に樹の頭に黒猫の耳が生える。相手が驚きながら撃ったペイント弾が身体前に構えていた銃身に爆ぜた。
 彼の懐に低く滑り込んで、足元を蹴り狩る。
 そして、呆気無く転倒した彼を彼の持った銃ごと膝で押さえ込みながら、樹は通常弾を手早く銃に込めた。
 ぱんっと、彼の頭にペイント弾を撃ちつけ、樹は素早く、そばの樽の影に転がり込んだ。
 エドワードは通常弾を持っていないから、レジーナの方は自分か、ヴァルたちがとどめを刺すしかないが……西の生徒たちがレジーナを安全な場所へ移動しようと向かっているようだった。
「間に合いませんか……」
 樹が次弾を込めながら軽く眉を寄せた矢先――ヴァルの放った必殺の跳弾がレジーナの胸を撃った。
「さすが」
 と、呟いた瞬間、肩にスパーンっと衝撃。
「――え?」
 それに気づいた時には、ふらぁっと意識が暗く遠のいて、
「……睡眠弾……?」
 ぱたりと樹はその場に倒れてしまった。

 前方で樹が倒れ、すぐに西生徒に胸を撃たれたのを、ヴァルは後方から目撃していた。舌を打って、そちらの景色を観察するように見回す。
 樹を撃ったのは、キリカを撃ったのと同じ狙撃手のように思えた。
「狙撃ポイントが悟らることを見越して何発か撃ったら移動しているのか」
「さすがに手馴れていますね」
 睡眠から意識を取り戻し、そばに立っていたキリカが言って、ヴァルは頷いた。
 少しだけ、現状とは別のことを考える。
「相手がやるだろうことが掴めていれば、誰一人として死なせることなく勝敗を決することも出来る」
「理想ではあります」
 ヴァルは少し、間を置いてから、
「これは模擬戦足り得ると思うか?」
「限定的な状況として、ではありますが」
「そうだな」
 もし、もっと多くの状況を理想的な形で終わらせようとするならば、やはり、得ておくべき情報は戦術ではなく、要因となり得そうな”何か”の方なのだろう。
 だが、今は……とりあえず、今やれることをやり、得られるだけのものを得ることにする。
 ヴァルは気を取り直して、銃を構えた。
「今はとりあえず東シャンバラを優勝へ導く! 海賊お……海賊帝王に、俺はなる! 行くぞ、キリカ!」
「はい!」

 そうして、しばしの攻防が続いた後――
 メインマスト周辺は、西シャンバラチームが、やや有利という状況になっていた。
「――が、存外粘りますね」
 西チームの戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、フォアマスト中部に設けられた足場に身をひそめながら、メインマストに近づく東チームの選手を狙撃していた。
 現状、厄介なのは東の先頭に居るクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)の存在だった。
 盾で弾丸を防ぐ彼を遮蔽代わりに、サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)佐野 亮司(さの・りょうじ)らがマスト下を牽制している。
「もう少しで、こちらが先行できそうなんですがね」
 小次郎は、とりあえず彼ら以外の東勢を狙撃してから、銃に弾を込め直し始めた。
「そういえば、大久保さんたちが妙案があるとか」
 警戒にあたっているリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、思い出したように言う。
「妙案?」
「ええ。作戦を相談した時に――」
 リースからその内容を聞いて……小次郎は、うっかり暫くの間、遠くの空を眺めてしまっていた。
 リースが、微笑と苦笑の混ざったような表情を軽く傾けて、
「でも、案外うまく行くかもしれませんわ。だって、『海賊』と名のついた競技ですもの。多少、破天荒なくらいが丁度良いかも」
「まあ……とりあえず、援護しておきますか」
 言って、小次郎は視線と共に銃口を甲板の方へと向けた。

「っく、これ以上は無茶かもしれません」
 クライスは盾で西側の弾丸を受け止めながら、後方の仲間たちへと言った。
 クライスの後ろで床にぺたんと座り込みながら銃に弾込めをしていたサフィが、亮司の方へ、
「そろそろ届くんじゃない? 駄目ー?」
「もうちょいってとこだな」
 亮司が木箱の影から顔を覗かせて、ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)が眠らせた西のチームメイトの頭に通常弾を撃ち込みながら応える。
 弾を撃ち尽くしたらしいジュバルがマスケット銃を床に放り、メインマストの方を見やり、
「ふむ、少しばかり相手に隙が出来れば良いのだがな」
「隙かぁ……」
 サフィが銃口に押し込んでいた込め矢(弾と火薬を押し込めるための棒)を引き抜きながらボヤき、そして、
「イケるかも」
「どうするんですか?」
 問いかけたクライスと、亮司とジュバルの視線が集まる中、サフィが、にまっと笑む。
「まあまあ、このサフィちゃんにドーンとまっかせなさーい♪」