空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

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■パラミタ内海の海賊6


 船上はしっちゃかめっちゃかになっていた。
「――ですが、試合は続行しております」
 実況席にてルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)が言う。
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が眠たげな目で頭を掻きながら、
「死人はおろか大怪我を負ったのも居なかったって――丈夫だねぇ、皆さん。あるいは日頃の行いがよっぽどの良いのか」
「クドは出なくて正解でしたね」
「ははは、どういう意味なのかわかんないなぁ、お兄さん」
 ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)の言葉にクドは眠たそうに笑った。
 ドージェと関羽は既にどこかへ行ってしまっている。セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)は、難破船か幽霊船の様相となった舞台を眺めながら小さく息をついた。
「しかし、この状況で続行とは、コントラクターの試合ならではだな」

■船上
 西チームの芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)は郁乃のトレジャーセンスに従って荒れた船上を駆けていた。散々たる船上を弾丸が飛び交う光景は、いよいよ荒々しい海賊の戦いの様相を呈して来ている。
 ちなみに郁乃は開始と同時にバーストダッシュを使おうとして注意を受けていたため、スタートが少し遅れていた。
「今回に限っていえば、それもちょっとラッキーだったかもね」
「ですね。もし、さっきまで郁乃様がマストの途中に居たら、巻き込まれていたでしょうから」
 桃花が心底から安心したという風に息をつく。
 と、
「んっと」
 郁乃はデッキに横転していた小型ボートの影で動きを止めた。後ろに付いてきていた桃花の方へと片手を向けて制止を示し、
「この辺りっぽい、かな――桃花、援護お願い出来る?」
「ええ、了解しました」
 桃花が常に絶えない笑顔のまま、銃を構えて頷く。
 郁乃は、ちぎのたくらみで、ひゅるんっと幼児姿になり、ボートの影を飛び出した。
 瓦礫が散乱するデッキの上を駆けていく。
 宝の気配はすぐそこに感じていた。おそらく、前方に転がる樽の裏だ――ざぁっと滑りこむようにして向かった先。あったのは、何かを包んだ、ろくりんピック公式タオルだった。
「へ? なにこれ?」
 何気なくそれを拾うとタオルがほどけて、パラパラと中に包まれていたトパーズや宝石の彫像が床に落ちる。
 それで、郁乃は全て悟った。
「やばっ!!」
「そういうことだよ」
 離れた物陰にカモフラージュで隠れていたらしい八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)の放った弾丸が郁乃を狙う。
 タオルを投げ捨てながら転がった郁乃のそばを弾が掠めて、後方の樽を石化した。
「――郁乃様」
 桃花が優子の方へと銃撃を行いながら飛び出してくる。
 郁乃は小さな手足をパタパタさせながら起き上がって、遮蔽の方へと駆けた。が、別方向に潜んでいたアン・ボニー(あん・ぼにー)の弾丸に牽制される。
 そして、優子の第二射目が郁乃の背を捉え――郁乃はコキーンと可愛い石像になってしまった。

「郁乃様……なんて愛くるしい癒しのインテリア姿に。これは是非、一家に一像……」
 とっぷりと溜息を漏らしている郁乃を見やりながら、アンはコリコリと指先でコメカミを掻いた。
「いや見惚れてる場合じゃないと思うんだよね」
「あら――そうでしたね」
 郁乃がゆったりとした笑顔をアンの方へと向けてくる。
「この場合、仇を討つべきなのでしょうか。銃は苦手なのですが」
「まあ、数撃ちゃ当たるかもしれないし」
「あちらの方がお使いになったのは石化弾を二発。ということは、今は弾切れですね――なら、まずはあなたから?」
 ちゃ、と桃花が銃身をアンへ向ける。
「そういうことさね」
 うんうんと頷いて、アンは銃身を桃花へ向けた。
 一拍後に放たれる二つの銃声。
 その次のタイミングで、アンは口笛を吹き捨てながら遮蔽へと潜り込んで居た。銃弾を銃身に込めながら、にぃっと笑みを強くする。どうやら、こちらのドンパチに気づいた西の他の連中も近づいて来ているようだった。
 だが、逃げる気は毛頭無い。弾が無くなるまで撃ち尽くすつもり。
 アンは、ガィンっと銃尻を床に叩き付けて弾込めを終わらせ、遮蔽の外へと飛び出した。
「カリブの海賊は宵越しの弾は持たないってね!」
 火薬の匂いが立ち込める中に幻の潮の香りを覚えながら、アンは引き金を引いた。


『と――ただ今、宝箱の在処について情報が入りました。場所は……船内?』

 オーロラビジョンに船内中層の中央ブロックが映し出される。
 天井に開いた大穴から折れたマストが床へと斜めに伸びている。宝箱はその影に、瓦礫と共に転がっており、それを巡って西側と東側の選手たちは、熾烈な戦いを繰り広げていた。

 実況席――
「……って、あそこに今、ちらっと映ったのってセシル?」
 ルナティエールが、また猫を被り忘れる。
「そのようだな」
 セディがうなずいた横で、ルナティエールが、ふぅん、と楽しそうに目を細め、
「まあ、せいぜい無様な試合と無茶はしなきゃいいけど。あの馬鹿は」
「我が姫よ。マイクにはしっかりと声が入っているのだが」
 セディの言葉にルナティエールの眉が軽く上がった。そして、
「さて、宝箱を手に入れるのは果たしてどちらのチームなのでしょうか!」
 ころっと声音を変えたルナティエールの実況が響き渡る。

■船内中層、中央ブロック
「あ、なんか今、馬鹿って言われた気がする」
 セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)は、まばゆい笑顔を浮かべながら、瓦礫の中を転がった。過ぎ去った後方に幾つもペイントが弾けた音が咲く。
「そういや、あの性悪は実況やってんだっけ」
 零し、セシルは、割れて盛り上がった床面を遮蔽物にしながら、水晶 六花(みあき・りっか)の方を見やった。
 六花は、斜めに中層を横切っているマストの影で、セシルが囮として引きつけた連中を狙い撃っている。
 と、六花が手を上げて合図を送ってくる。セシルは『了解』と返し、別所の影に潜んでいる草刈 子幸(くさかり・さねたか)草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)の方へと視線を向けた。莫邪は”おひつ”を背負っており、そこから米をとって握ったらしいおにぎりを、子幸がバクバクと食べている。一見奇妙な光景だが、聞いた話ではおにぎりを食べることによって子幸は真価を発揮するのだとかなんとか。
 ともかく。
 二人がこちらの視線に頷くのを確認してから、セシルは軽く屈伸した。
「ルナ、セディ兄、見てろよ。俺たちが絶対に勝ってみせるからなー、っと」
 ふぅ、と息を抜いて精神統一。辺りの発砲音がよく聞こえる。
「っし、行くか!」
 セシルは遮蔽を飛び出して、向こうの方に転がる宝箱目がけて駆け出した。東の選手たちが慌てて遮蔽物から顔を出してセシルを狙う。その内の一人が六花の射撃によって眠りに落ちた。が、他幾つもの弾丸がセシルに向けて発射される。
 セシルは「へへ」と短く笑み噛んだ。
「囮冥利に尽きるってヤツだな――よっしゃあ、避けて避けて避けまくってやる! どんどん来やがれ!」


「やっぱり、こっちで良かったんだ」
 東チームのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は、船内通路の端から中央ブロックをうかがいながら零した。落下してきたマストの先端によって天井に大穴の開いた中央ブロックには、日差しが斜めに差し込んでおり、中にこもった煙と埃を白く照らしている。
 その光景の中では、未だ西と東のチームが、そこに転がる宝箱を巡っていた。
「宝あった!?」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がセシリアの横に顔を出す。彼女たちとは先ほど合流した。
 そして、カレンが宝箱を視認して、うきゃっとハシャいだ声をもらす。
「早く行こう! 取りに行こう!」
「いや、こういう時こそ慎重に行動するべきだ」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の声にカレンがそちらを振り向いて、軽く不満げな表情を浮かべる。
「早くしないと、お宝が誰かに取られちゃうよ? それに、飛び交う弾丸の中を決死の覚悟でお宝目指すって、なんだかすっごくとてもドラマちっくだよ! でね、撃たれて志半ばで撃たれた時は、『くっ……ボクのことは構わずに、行って……みんな、ボクの死を無駄にしない、で……ぱたり』――」
 カレンが何処までも”クサい”演技を披露しながら地面に倒れ伏してみせる。そして、彼女は数秒後に、ひょこっと楽しそうな顔を上げて「全パラミタが泣くね!」と力強く言い放った。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が後ろの方で、心底から感心したように「おぉー」とぱちぱち拍手をしている。
 ジュレールが真剣な表情にある視線を冷ややかにカレンへと落とし、
「カレン。これは遊びやスポーツではなく、『戦い』なのだ。ましてや、ここは『戦場』だぞ。そんなフザけた気持ちではすぐに命を落とすことになる」
「いや、一応スポーツの分類みたいだし、ここは空京スタジアムの会場だよ……」
 セシリアは肩をこかしながら言って、ついでに「退場はあっても命は落ちないと思う」と付け加えた。
「…………」
 しばしの動作停止の後、ジュレールが再動してセシリアへと視線を返した。
「ともあれ、勝負事――事に銃を使った競技で負ける訳にはいかぬ」
「ええとぉ。では、私とセシリアで援護を行いますので、あなた方は宝箱を狙う、というのが良いと思うですぅ」
 メイベルが片手をあげながらのんびり言った提案に、三人はそれぞれ頷いた。
 手短に打ち合わせを行って、二手に別れる。