空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

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■パラミタ内海の海賊7


「相手も必死ですね……」
 東チームの香住 火藍(かすみ・からん)が弾込めを行いながら言う。
 久途 侘助(くず・わびすけ)は意外と粘っているセシルの方を見据えながら頷いた。
「みてぇだな。だが、ありゃ、そう持ちやしねぇだろ」
「いえ、彼は囮です」
「あン?」
「本命は、あちら」
 火藍の視線が示した方を見やれば、子幸が居た。後ろに莫邪を従え、口の周りに米粒を張っつけながら全力疾走で宝箱の方へと向かっている。
「なるほど」
 侘助は笑って、遮蔽にしていた瓦礫の上へ、ひょいっと飛び乗った。
「な、久途さん?」
 火藍が少し慌てたようにこちらを見上げてくるのが分かった。侘助は瓦礫の上で銃身を肩に掛けながら、彼の方へと片目を細めて見せ、
「可愛い後輩と遊んでくる。アレと会うのも久々だ」
「はしゃぎ過ぎです。狙い撃ちされますよ」
「なんにせよ、あいつらに宝箱を持ってかれたらこっちの負けだ。それに、弾、残ってんだろ? フォロー頼む」
 火藍が、なぁんか言いたげな溜息を一つ吐いてから、
「……あちらさんに、よろしくお伝え下さい」
「りょーかい」
 言って、侘助は服裾を翻しながら瓦礫を蹴り跳んだ。

「ぬううううおおおおお!! セシルさんの男気を無駄にはしないであります!!」
 口の周りに米粒をたんまりと引っ付けた子幸は全速力で宝箱に向かって駆けていた。その後ろを莫邪が銃を持ちながら援護のために追っかけて来ている。
 と――
「子幸ッ、待て!!」
 いきなり、莫邪に首根っこを引っ張られた。
「っへぐぅ!?」
 引っ張られて空を掻いた足先にペイントが弾ける。
「思ったより早く気づかれてたな」
 莫邪がずるるっと子幸を己の背後へと引きずり込みながら、銃弾が飛んで来た方を見据えた。
 子幸はケホッと一つ咳を落としてから、莫邪の後ろから銃撃してきた相手を確かめ、「おおっ」と瞬いた。
 彼らの視線の先に居た侘助がニヤリと笑う。
「さっきのは愛情の証だ。次は外さねぇぞ」
「先輩! 久方振りであります!!」
「おう」
 侘助がひらひらと片手を振ってから、
「香住が『よろしく』だとよ」
「はっ、光栄であります!」
「ゆっくり挨拶してる場合じゃねぇと思うんだが」
 莫邪が呆れた調子で言う。
 ほぼ同時に双方色んな所から銃弾が降ってきて、三人はそれぞれ手近な遮蔽へと転がり込んだ。
 子幸は、ひょいっと瓦礫の影から顔を覗かせ、
「申し訳ありません、先輩! ここは抜かせて頂くでありますよ!」
「ハンッ、そう簡単には抜かせねぇよ!」
 楽しそうな声が返ってくる。
 子幸は顔を引っ込めて、パートナーの方へと片手を伸ばした。
「バクヤ!」
「もう腹減ってんのかよ……」
 莫邪が手早く、”おひつ”からオニギリを取り出す。
「おらよ! これ喰ってさっさと走れ!」
「任せるであります!」
 子幸は莫邪に放られて空を舞ったおにぎりをキャッチした。
 それを一口のもとに葬り去る。
「もまままむまもっむ!!」
「……子幸、喋るのと喰うのは両立できるもんじゃ、ねぇからな」
 莫邪のボヤきに対して、子幸は真剣にうなずき、「ふまむままむ!」と返した。米粒が飛ぶ。


 侘助と子幸らが攻防を続ける向こう――
「はい、実況の水橋 エリス(みずばし・えりす)です」
 エリスがマイクを手にニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)のカメラに向かって言う。
「現在、中層中央ブロックの宝箱をめぐり、西チームと東チームによる争いは激化していく一方です。果たして、この戦いを制し、見事、宝箱を開くのは誰なのでしょうか? これより、邪魔にならない程度にインタビューを行っていきたいと思います」
 そうして、エリスが視線を向けたのは、カレンだった。ジュレールと背中合わせで銃を構えている。
 エリスは続けた。
「東シャンバラチームのカレン・クレスティアさんにお話しを伺ってみたいと思います」
 カメラがカレンに向けられる。
 と、同時にカレンの撃った弾が敵に当たって、相手を眠らせた。すかさず、カレンが、それを指差しながら鋭く言う。
「ジュレ! お願い!」
「ああ」
 カレンの背中から身を翻したジュレールが、数拍の間を取って狙いを定め、銃撃を行う。それは眠って瓦礫の端に寄りかかった相手の頭にペイントを撒いた。
「やった!」
 ぐっ、とカレンがガッツポーツを取ってから、あ、とカメラに気づき、
「んぶいっ!!」
 満面の笑みでカメラに向かって∨サインをしてみせる。
 エリスは微笑して、
「今の心境は?」
「やっぱり楽しいね! さっきのが最後の弾だったから、後は逃げ回りながら宝箱を狙うしかないけど頑張るよ!」
「そうか、弾を使い切ったのか」
 ふいに聞こえたのはジュレールの声。そして、ジュレールがカレンの首ねっこをわしっと掴む。
「へ?」
「勝負とは、かくも厳しい物なのだ」

 メイベルとセシリアは瓦礫を登った高所からカレンたちを援護していた。
 二人が見下ろしていた先で、ジュレールがカレンを盾にして宝箱へ突き進み始める。
「あらぁ?」
「ジュレールちゃん……なんて非道な」
「死を無駄にしないで、とはこういう事だったのですねぇ。すさまじい献身の心ですぅ」
 感心したようにうなずくメイベルの言葉に、セシリアは、へしっと手を虚空に振って突っ込んだ。
「いやいや、カレンちゃん『ジュレの人でなし〜』とか叫んでるし」
 とかなんとか言っている間に、結局、ジュレールは宝箱にたどり着いたようだった。

 ジュレールは何か色々とボロ雑巾のようになったカレンをどさりと床に置いて、宝箱の留め金を解いた。
「これで、この戦いは我と東の勝利、か――」
 ガチャ、と宝箱の蓋を開く。と、入っていたのは西チームでも東チームでもない如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だった。
「…………」
「……あ……あつぃ……し、死ぬ」
 汗だくのタンコブだらけの彼女がずるり、と箱から這い出して来て、ぜぇはぁと息を切らせながらぼんやりジュレールを見上げる。
「あ……。私は、あれだよ……ハズレ。じゃじゃーん……ミミックです。こういう仕掛けがあったら面白いじゃんっと思ってやってみました。でも、箱の中は太陽に熱されて拷問サウナ状態になるし、何か知らないけど、ものすっごく揺れたりして、ほんと辛かった。出たかったけど、中からじゃ開けられなかったし……」
 あのまま偽宝箱の中で死んでしまわなくて本当に良かった、と感慨深げに漏らしてから玲奈は、よっこいしょと銃をジュレールに向けた。
「というわけで、ミミックな私から石化弾をキミに……って、え?」
 ぐいっと、玲奈の額が銃口に押される。銃を彼女の額に押し付けていたのはジュレールだった。天井の穴からの逆光となっているだろうジュレールの表情を見上げる玲奈の顔はきょとんっとしていた。と、無言無音となっていた周囲で、銃を構えたらしい音が大量に鳴る。
「へ……? あ、あの、えっと……」
 そうして――
 その場に居た全員の総意として、玲奈に大量の弾丸が叩き込まれたのだった。

「では、コメントを一言」
 エリスのマイクがジュレールに向けられる。その足元では、ボロボロのカレンの横でズタボロになった玲奈がピクピクと痙攣していた。
 ジュレールは、天井の穴から覗く青空を静かに仰ぎ見て、独り零すように言った。
「虚しい」

■船上
「――どうやら、あちらが偽物だったようじゃな」
 東チームのミア・マハ(みあ・まは)は携帯に繋いだイヤホンから情報を得てレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)たちへと告げた。
 彼女らは、荒れ果てた船上、先の折れたマストの根元に身を潜めていた。
「となると、やっぱりアレが本物の宝箱だね」
 レキがマストの影から向こうの瓦礫の中に転がっている宝箱を見やりながら言う。
 宝箱を発見したのは、ついさっきの事だ。しかし、発見は西チームの選手たちとほぼ同時だった。しかも、マスト落下の衝撃で宝箱周辺の床は、かなりのダメージを負っているようで、迂闊に近づくことが出来ない。
 加えて残弾と相手の数の探り合いもあって、半ば膠着状態に陥っていた。
「オレたちはフォローにあたる。それで良いよね? 雷號」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)の言葉に呀 雷號(が・らいごう)がうなずき、二人は獣化した。雪豹の耳と尻尾が生える。
「相手も、そう弾は残っていないはずだよ。まずオレが――」
「ほうほう」
「ふむ、これはなかなか」
「あの……聞いてる?」
 尋人の問いかけに、レキとミアが顔を上げる。尋人の耳や尻尾をもふもふ触りながら。
「失敬な奴じゃな、ちゃんと聞いておるわ! わらわを舐めるでない! もちろん尻尾の次は耳付き頭を触らせてもらうぞぇ!」
「そうだよ! バカにするのも大概にして欲しいな! 何の話だっけ? ボクが無類の動物好きだって話!?」
 もふもふもふもふもふもふ。
「思いっきり聞いてないのは分かったから、まずは手を離そうかっ」
「えー」
「えー、じゃなくてさぁ……」
「そなたが悪いのじゃぞ。かような、可愛らしい『もふもふ』をわらわたちの前に持ち出すゆえ」
「……くっ、こういうのがあるから獣人化は嫌なんだよ! でも、東を勝利させてシャンバラピンクにハグしてもらうためには、そうも言ってられな――」
「取り込み中のとこ悪ぃが。さっさと腹決めねぇとあっちに持ってかれちまうぜ?」
 口の端を曲げた日向 朗(ひゅうが・あきら)が言って、零・チーコ(ぜろ・ちーこ)がガリガリと顎の下を掻きながら、
「とりあえず、俺たちが特攻して宝箱を掻っ攫う。それで良いんだろ? それだけ分かりゃ十分だ。とっとと行こうぜ、朗」
「それで間違いない。――わらわも囮をしてやるゆえ、しっかり役目を果たせよ」
 むふん、とミアは薄い胸を張った。