空京

校長室

【ろくりんピック】最終競技!

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見舞い


 空京大学医学部。
 鏖殺寺院回顧派首魁エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)と鮮血隊副隊長を名乗るトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、その身分を隠して、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)の見舞いに訪れた。

 病室の目立つ所に「悪霊退散」と書かれた、真新しい札が貼ってある。
ヒダカさんが作った、悪霊を遠ざける護符です」
 機晶姫アナンセ・クワク(あなんせ・くわく)が説明する。
「彼は、なかなか達筆なのですね」
 エメが感心したように言う。
「いいえ、念を込めて札を作ったのはヒダカさんですが、字を書かれたのは真田幸村さんです。ヒダカさんは漢字が書けませんから」
「……」
 札の効果も半減しそうな話だ。
 なおヒダカは、古王国時代の文字なら普通に読み書きができる。
 片倉 蒼(かたくら・そう)が見舞いにと持ってきた、饅頭詰め合わせをアナンセに差し出す。
「アナンセ様と黒田様でどうぞ」
「ありがとうございます」
「いいえ、先生にはいつもお世話になっていますから、お気になさらないでください」
 ただ、この日は黒田智彦(くろだ・ともひこ)ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)に連れられて出かけており、留守だった。
「智彦さんにメールしておきます」
 アナンセが饅頭の写真を撮って、智彦にメールで送る。
 それからアナンセは、エメが持ってきた蒼い薔薇と千石 朱鷺(せんごく・とき)が持ってきた花束を花瓶に活けに行く。
「皆さんは、砕音さんを歓談なさっていてください」
 砕音は意識不明のままベッドに横たわっているように見え、表向きはそういう事になっていた。
 だが今日の見舞い者は、そこは心得ていた。
 それぞれに砕音の手を握ったり、手を添える。


 病室とは違う、真っ暗な空間。まるで夢の中にいるような現実感のない場所に、見舞いの四人は立っていた。
「わざわざ来てくれて、ありがとうな」
 小さな少年が、羽織ったシャツを引きずりながら現れる。この空間での砕音だ。
 エメが肩ヒザをつき、優雅に会釈する。
「久方ぶりです、先生。黒崎君から大体の事情は聞いています」
 トライブも、砕音に挨拶する。
「調子はどうだい? ゆっくり話すのはこれが初めてかな」
「そういえば、そうだな。おまえこそ、体は大丈夫なのか? だいぶ酷くやられたそうだな?」
 トライブは自身の引き締まった筋肉をはたく。
「どーってことないな。もうピンピンしてるぜ。
 で、単刀直入に聞くけどよ」
 砕音は、うなずく。エメもトライブに質問を譲った。彼が聞きたいだろう事は、聞かずとも分かっていた。
「林 紅月の所在、分かるか?」
 トライブの真剣な眼差しにつられるように、砕音は表情を引き締めて答える。
「……現在地を言うなら、エリュシオン帝国領内のどこか、としか分からないな。
 彼女は現段階では、上司である白輝精と共に動いているはずだ。その白輝精は女王と一緒らしい。
 帝国としても、あの段階でシャンバラ女王本人が手に入るとは思っていなかったようで、扱いかねているフシもある。だが、帝都に送られる、と考えるのが自然だろう。
 そこで白輝精が、女王をつれていった勲功を認められて皇帝から一定の地位を与えられた場合、紅月は彼女の密偵としてシャンバラに潜入しに戻ってくると思う」
 それを聞いたトライブが身を乗り出す。だが砕音は、沈んだ調子で続ける。
「逆に、白輝精の知識や実績を皇帝が危険視すれば、帝国内に幽閉される。
 ……俺が帝国の人間ならば、紅月を白輝精に対する人質として監禁するだろう。白輝精はあの性格だから、殺されたってスペアの分身を隠し持ってるはずだ。だが紅月は生身だ」
 トライブの表情が厳しくなる。
「無茶でも無謀でも、俺はアイツに会いに行く……俺は鮮血隊副隊長だからな」
 砕音は少し考え、トライブとエメに言う。
「二人に注意しておきたい事がある。
 鏖殺寺院の地球支部は、もう支部とはいえない規模で、これまでの鏖殺寺院とは別組織と思った方がいい。
 あいつらは、もともとシャンバラで活動する鏖殺寺院を支える、資金調達や兵器開発を担当していたんだが。いつの間にか、独自に暴走を始めたらしい。彼らにとっては、俺たちシャンバラの鏖殺寺院は隠れ蓑であり、捨石に過ぎないようだ。
 地球系鏖殺寺院を支えるのは、これまでの学校という形の開発では飽き足らない、地球上の国家や組織だ。ネフェルティティ派の理想は、地球上組織の営利と一体化した彼らには通用しない」
「どうりでロクな反応がないはずだぜ」
 トライブが肩をすくめる。
「地球系鏖殺寺院の中には、シャンバラ系鏖殺寺院を目の仇にしている奴もいるから、接触する際は気をつけろ」

 今度はエメが、砕音に話す番だ。
 プライバシーに関わる事なので、トライブは一足先に辞する事にする。一刻も早く、今聞いた話をもとに紅月に通じる手がかりを欲しい、という面もある。

 エメは少し世間話をしてから、おもむろに切り出した。
「……先生は今でも、キュリオさんを愛しているのですか?」
「えっ?! いや、今はラルクにゾッコンだしな」
 砕音は頬を赤らめ、シャツの中に隠れてしまった。エメは予想外の反応に、少々考える。
「すみません。ご家族として愛しているのか、とお聞きしたつもりでした」
「そ、そうなのか?!」
 砕音は、もっと赤くなった。
 蒼が「お饅頭でも召し上がって、落ち着かれてください」と饅頭を差し出す。
「ありがとう……」
 あむあむと饅頭を食べだす砕音だが、ふと気付く。
「なんで、この魔導空間に饅頭があるんだ?」
「そういえば、そうですね」
 差し出した当人の蒼も首をかしげる。
 そこにアナンセの声が響く。
(私が味や触感のデータを採取し、砕音さんに送信しました)
 砕音は納得し、それで気分も落ち着いたようだ。
「あいつが何を考えてるか、分からないからな……。できるなら、どういうつもりで俺に関わっていたのか聞きただして、ボコボコにしてやりたい」
 蒼がおずおずと尋ねる。
「キュリオ様の、あの黒い翼……地球には『堕天使』という概念があるそうですが、守護天使の翼の色が変わるなど、僕は聞いた事もありません。
 あれがエリュシオンの力なのでしょうか?」
 砕音は眉を寄せ、ついと手の平をもたげる。
「これかなぁ?」
 手の上に、小さな煙のような闇が現れ、消えた。
「これは?」
「ナラカから引き出した闇龍の力だ。こいつは顕現した直後は、闇のように見えるから、守護天使なら闇の翼に見えるだろうな。
 今にして思えば、この力はキュリオに与えられたものだったんだろう。まあ俺の場合、この力の器となるには、アナンセとの合体改造手術も必要だったけどな」
 急に砕音が、首を傾げ始める。
「どうされました? お体の調子が辛ければ無理なさらないでください」
 エメに言われて、砕音は困った表情になる。
「うーん。辛い、とかじゃなく、変な感覚があるんだ。何かこう……綺麗な風景を見てるんだけど、実はそれがよくできた絵で、裏には何かとんでもない物が隠れているような気がする……。ここ最近、よく感じるんだけど、何なんだろうな」
 エメは子供姿の砕音を、楽になるように自身のヒザの上に横たえると、その頭をなでた。
「プロメテウスの名を聞いた時、むしろ先生がその名に相応しいと思いました。
 先生もこれでゆっくり体と心の傷を癒せると思っていたのですが、そうならずに色々心配です」
 砕音は照れ笑いを浮かべる。
「俺は、そんな大それた者じゃないよ。危機が迫ってるのに、のんびり寝てられないしな」
 エメはほほ笑み、また砕音の頭をなでる。
「できれば、ラルク君が先生のエルキュール(ヘラクレス)になれば、と願います。
 もちろん私も、そうなるつもりはありますよ。できる事があれば、させてください」
「んー。じゃあ、ラルクとルーノアレエ嬢に怒られない程度に、もう少しなでてくれればいいや」
「なぜ、彼女を……」
 驚くエメに、砕音はにやりと笑う。
「ヒマなので、色々と情報収集しているうちにな♪」