校長室
戦乱の絆 第2回
リアクション公開中!
交錯 光臣翔一郎と火口敦の攻防は続いている。 関羽などの例外を除けば、翔一郎は西側でもトップクラスの強さを誇る。 だが敦は実は、それを上回るほどの実力を有していた。 (何者じゃあ、こいつ! 俺と互角張るたぁ) 渾身の一撃を止められて、翔一朗は心の中で絶句する。 敦は、単身徒歩でナラカに向かい、そしてパートナーと共に戻ってきた「ナラカ帰り」である。 自らも気がつかぬ間に、東ロイヤルガード最強を誇れるほどに鍛え上げられていたのだ。 「あっぶね!」 敦はそう言いながらも、すかさず反撃を繰り出した。 「てゆーかどうせなら関羽出てきてくんないっスかね。 サイン欲しいんスけどサイン」 「ほざけ!」 翔一朗は、叫びながらその攻撃を受け止める。 「この堀は、運河を利用しているようですね」 塀を守護するロイヤルガード達の目から身を隠しつつ、堀回りを一周してみて、ハンス・ティーレマンがクレア・シュミットに報告した。 「水位は下げられない、か」 池ではなく流れる水なので、堀の一部を爆破して水位を下げ、渡り易くしようという試みは無駄のようだ。 最も、それは二人が『東側が橋を落として篭城した場合』に考えていた作戦だ。 「ですが、彼等、橋を落とす気はないようですね」 というか、それよりも、こちらが門の前に攻め込む方が早かったというべきか。 クレアはちらと正門の方を見る。 自軍がそこを突破するのは、もはや時間の問題と思われた。 「……あとは、アイシャを保護できれば、か……」 「……聞くところによると」 ハンスが静かに苦笑した。 「アイシャさんは、正義という言葉がお嫌いとのことですが」 厳密にはアイシャは、“国の正義”という言葉に対して嫌悪を示したのだが。 確かに、それは建前として利用されることもあるだろうし、また正義という言葉では、動かない物事もあるだろう。だが。 「……自分なりの正義を、見出すことができればいいですね」 「会ったら、本人に言ってやるがいい」 クレアの言葉に、はい、とハンスは頷いた。 一方、ファレナ・アルツバーン(ふぁれな・あるつばーん)とそのパートナー、シオン・ニューゲート(しおん・にゅーげーと)もまた、館を囲む水堀を調べていた。 「『西シャンバラを迎え撃つ!』とかさ。 熱くなってくれればくれるほど、裏をかきたい、って思うものだよな」 シオンは面白そうにそう言ったが、事態は、そう簡単ではなかった。 「……駄目ですね」 ファレナは焦りを伴った口調で呟く。 これほどの規模の館だ。堀のどこかを出入り口とする、秘密の通路があるはずだとファレナ達は判断したのである。 それを辿って館の中、もしくは塀の内側に侵入でき、中から門を開けることができれば、早期突入が成せる。 だが、さすがにそれは、容易には見つからなかった。 「無いってことはないだろ?」 「ええ、いざという時の脱出口が無いはずはないと思いますから……ですが」 外周各所に配置されている東ロイヤルガード達との交戦を避けて調べているので、調査に、思ったより手間もかかっている。 シオンは念のためにファレナに「禁猟区」を施して敵襲に備えてはいるが、戦闘になってしまって、敵にこちらの動きが知られてしまっては元も子もない。 「さすがに、一筋縄では行きませんね。とにかく、もう少し探してみましょう」 「これじゃ、正面から行ってる連中に先を越されちゃうぜ!」 シオンは溜め息を吐いて天を仰いだ。 西の陣営も東の陣営も、最初からこの戦いが、短期決戦で一気につけられるものと知っていたので、特に前線では、力を出し惜しみされることなく最初から全力だった。 押し負けたら、負けだ。 激しい戦闘の中で、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は、負傷者の救護活動に当たっていた。 特に、西ロイヤルガード達の様子には気をつける。 彼等がいることといないことで、戦力的にも、士気的にも、大きく違いが出るからだ。 「あきまへん。キリがありまへんえ」 玲を手伝って治療を行い、また玲が治療を行う際にはその周囲で襲撃に備えるパートナーの魔女、イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が、半ば呆れたように言った。 「解っている」 イルマが言わんとすることを知っていて、玲は答える。 彼は、怪我人の救助を、東西を問わずに行ったが、彼等は、動けるまでに怪我が言えれば、礼を言って、そしてまた、戦うのだ。 そして誰かが負傷して倒れる。 「……だが、見過ごすわけにはゆかぬな」 その怪我を治療しなくては、手遅れになる者もいる。 傷が癒えたら起き上がってまた傷つくと知っても、放っておくわけにはいかなかった。 「……くっ」 何というジレンマ。矛盾。玲は思わず門を見やる。 「まだ、決着はつかぬのか」 早く終わればいい。 そして、終わったなら、紅茶でも飲んで一服するのだ。 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、ふう、と息をつき、用意していた沢山のお守りに手を触れた。 夢見は、本隊からはやや離れたところから、スナイパーライフルで狙撃による味方の援護をしていた。 敵味方混乱している中を、東側の生徒を選び、できるだけ傷つかないように狙撃するのは難しい。 狙える標的は狙ったが、その他、塀の柱の上から攻撃してくる生徒や、レッサーワイバーンや小型飛空艇などで上空から攻撃してくる相手を狙う。 非常に集中力のいる仕事なので、自らの防衛に注意を回せず、少し離れたところから、パートナーの英霊、張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)が周りを見張っている。 一息ついた後で改めてライフルを構えた夢見は、東陣営から飛び立つレッサーワイバーンを見付けた。 レッサーワイバーンの羽を狙い、機動力を失わせようとしたが、驚いたことに、ワイバーンは夢見の攻撃を躱してその頭上を越えて行く。 「……!」 しまった、と、身を翻し、後方に飛んで行くワイバーンに改めて狙いを定めるが、俄かに急降下したワイバーンから誰かが飛び降りるのが見えた。 陣の中心、金鋭峰のいる場所だ。 「……団長!」 夢見は小声で叫ぶ。 「大丈夫でござる、夢見殿」 夢見が潜んでいた場所から身を乗り出したことで、文遠が歩み寄った。 「あの場には、関羽殿もいるでござる」 パートナーの魔鎧、リリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)を身につけ、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、西の総隊長である金鋭峰を標的に定めた。 「くく、【教導団の勝利の女神】と呼ばれたこともある私が、鋭峰と戦うっていうのも、皮肉が効いてていいよな」 面白そうに独りごちながら、陣の中心を目指す。 上空からなら一気だ。 狙撃があったが、あらかじめ様子を見ていたので、場所を判断して躱すことができた。 「ま、ほんとのところは、倒すっていうか、ちょっと派手にやりたいだけなんだけどな」 あいつ地味だしなー。 リーダーとして、もうちょっと目立った方がいんじゃね? と、余計な心配をしてみる。 本陣の上空に来たところで、レッサーワイバーンから飛び降りた。 無論向こうも気付いているだろうが、お構いなし、というかそれでいい。 「鋭峰も仕事でストレス溜まってるだろっ!? ここはひとつ、派手にやろうぜ!」 幻影を作り出して惑わせつつ、魔導銃を2丁構えて鋭峰の頭上に飛び降りる。 遠距離攻撃のできる武器だが、派手にやりあうことが目的なので、あえて至近距離まで迫った。 が、そこで、ミューレリアと、じろりと彼女を見据えつつも動こうとしない鋭峰との間に、関羽が飛び込む。 「……げっ!」 ぎょっとする。 関羽の存在を忘れていた。 「させぬ!」 言い放つなり関羽は、ミューレリアを、全ての幻影ごとまとめて薙ぎ払う。 「うわ!!」 まとめて吹き飛ばされ、ミューレリアはべしゃ、と地面に叩き付けられて転がったが、羅英照等が武器を手に駆け寄ってくるのに気付いて、すぐさま起き上がった。 「簡単に、将に手を出させると思うてか」 凄む関羽の言葉に、あー、こりゃ駄目だ、とあっさり諦める。 何度挑戦しても無駄だ。格が違いすぎる。 「……引き際は早めに、だな」 苦笑して、ミューレリアはその場を逃げ出した。 「団長、お怪我はありませんか!」 走り寄ったエミリア・ヴィーナに、金鋭峰は 「問題ない」 と答えた。 何もしていないのだから当然である。関羽は鉄壁の守りだ。 シャムシエルが襲撃してくるのではというエミリアの予測は外れたが、鋭峰が何ともなかったことに安堵した。 「見付けたぞ、シャムシエル!」 のらくらと歩いているシャムシエル・サビクの姿を見付け、グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)が叫んだ。 その声に、同様にシャムシエルを探していた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)もまた、その姿を捉える。 「ん? ボク、見つかっちゃった?」 シャムシエルは、振り返ってグレンの姿を見留め、 「誰?」 と首を傾げた。 グレンは、ぎり、とシャムシエルを睨みつける。 「……シャムシエル。 お前が一瞬たりとも野放しできない存在だということは、マ・メール・ロアの戦いで知っている。 あの時に受けた傷の礼、ここで返させてもらう!」 かつて、傷を受けたその胸に、手を触れながらそう言ったグレンに、シャムシエルは嫌そうな顔をした。 「やだなー。いつまでも昔のことにこだわってる男って、もてないよ?」 「黙れ!」 グレンのパートナーの機晶姫、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が、シャムシエルに煙幕ファンデーションを投げ付けながら、アシッドミストを放つ。 「うわっ」 突然視界が閉ざされて驚くシャムシエルを、グレンが縛り上げようとした。 だが、 「あーびっくりしたっ」 と、スルリとそれを躱したシャムシエルは、煙幕の外にヒョイと出て来る。 「シャムシエル!」 そこに正悟が現れた。 何としても、シャムシエルをぶっとばしてやらないと気がすまない。 できれば奇襲を仕掛けたかったが、状況的に無理と諦めた。 パートナーの剣の花嫁、エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が、シャムシエルと共にいて、加勢してくると思われる、ジークフリート・ベルンハルトの前に立ちはだかる。 「邪魔はしないでくださいね」 こんなことをしなくとも、とジークフリートは思ったが、黙って肩を竦めた。 また何か出た、と、シャムシエルはうんざりした表情を見せる。 「……誰?」 キッ、と、正悟は鋭くシャムシエルを睨みつけた。 「お前が忘れても、俺は忘れてないぜ。 人を洗脳して操り、信念を曲げさせるようなクソッタレ、生かしておけない!」 吐き捨てるように言って、攻め込む。 「この腕の借り、今度はお前の身体に刻め!」 正悟は、シャムシエルによって失われた腕の、あえてその、反対側の腕を狙った。 「やだなあ。 無理矢理言うこと聞かせて辛い思いをさせるより、洗脳の方がよっぽど本人幸せだと思わない?」 「……てめえ!」 西の為にも東の為にも、シャムシエルはここで潰しておかなくてはならない。 正悟の渾身の一撃を、シャムシエルは自らの光条兵器を抜き払って受け止め、溜め息を吐いた。 「……やってらんない。じゃあね」 シャムシエルが、面倒くさいとばかりに肩を竦めて飛び退いた。 「シャムシエル!?」 ノストラダムスが叫ぶ。 しまった、とジークフリートは思った。 自分が不利になったら撤退するだろうと最初から思っていたのだ。 それなのに、タイミングを見誤った。 まだ戦いの先端が開かれたばかり、“不利”とまでは言えない状況だったからだ。 「仲間でしょ。助けてね。 てことで、あとはよろしく!」 という捨て台詞も、最後まで届かなかった。 「待て!」 グレンと正悟は、シャムシエルの前に立ちはだかるジークフリートを見逃すわけにはいかず、またジークフリートも東シャンバラのロイヤルガードとして、味方側であるシャムシエルを追いかけ、ここを逃げ出すわけにはいかない。 「……ちっ!」 ジークフリートは魔導銃を構える。 お互いに死なないように戦うのは骨が折れそうだった。