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リアクション
アイシャ接見
そろそろ戦闘が始まるらしいぞ――。
西側の動きの報告を受けて、ヴァイシャリーの館の中は慌ただしい。
■
「何? アイシャと面会したい、と。そう言うのか?」
ヘクトルは一行を見据えて、報告書に目を戻した。
目的は「慰問」。
面々の中には東シャンバラ・ロイヤルガード達もあり、問題視されるような学生の名も無い。
「特に問題があるとは思えない、か……」
「ヘクトル。
でも、アイリス様の証人が必要だわ」
シャヒーナの進言で、ヘクトルはアイリスの下を尋ねた。
「問題ないね」
アイリスは一言で切り捨てると、報告書をヘクトルに突き返す。
「それと、僕はセレンの事もあるし。
すべてのことは、君に一任するよ」
事実上戦闘に干渉しない旨を告げると、瀬蓮を連れて自分の執務室にこもろうとした。
「アイリス様、せめて護衛の者だけでも……」
「いらない。
第一、僕にそんなものがいると思うのかい? ヘクトル」
ヘクトルは黙って引き下がると、アイリスの背を見送った。
■
ヴァイシャリーの館・最上階。
風光明美なヴァイシャリーの地を一望できるこの階の一室に、アイシャは幽閉されていた。
「けれど、完全に自由にすることは出来ないんだよ。
ごめんね? アイシャ」
【七龍騎士仮団員】のマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は申し訳なさそうに呟くと、「狂血の黒影爪」を使った。
まもなく彼の姿はアイシャの影と同化する。
アイシャが振り向いた時、彼の姿はなかった。
「マッシュは?」
さあ? と魄喰 迫(はくはみの・はく)は肩をすくめる。
「影が……さっきから気味が悪くて……」
アイシャは身を震わせる。
テレポートは出来ずとも、「力」は健在なようだ。
「心配ないって!
悪いようにはしないからさ!」
不安げなアイシャに、迫はわざと明るく笑って見せた。
「それもこれもあんたを狙う、悪い奴が来た時の為の対策さ!
少しの辛抱だぜ」
「悪い奴? 私を狙う、て?」
「ああ、あんたを奪おうって。西側の奴らが騒いでいるみたいなんだ……」
迫は考え込むと一時その場を離れる。
“セキュリティ”で館内防衛の問題点を探し、ヘクトルに報告後、対策を練りたいということだった。
護衛の者は2人ではない。
少し離れた位置に、同じく【七龍騎士仮団員】の東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)。
傍らにバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が、今度こそ功をたてんとばかりにアイシャを警護する。
だが憔悴した感のある少女を安心させるべく、距離をおく。
4人にとって、ヘクトル達エリュシオン軍はどこまでも、「力なき少女」を悪漢どもから守るための「正義の味方」なのであった。
面会者が訪れる。
希望者は多数いたが、「西側の動き」もあるために時間がない。
そのため、ヘクトルが選定した10名の者達――【東シャンバラ・ロイヤルガード】とアイシャが特に希望した学生達のみに絞られた。
姫宮 和希(ひめみや・かずき)はアイシャとは初見だ。
が、【東シャンバラ・ロイヤルガード】ということで、接見の機会を得た。
ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が後に続く。
アイシャは部屋中央に設けられたソファーに腰かけていた。
蒼白な唇を結び、凛と見据える。
女王付きのメイドをしていただけあり、肝は据わっているようだ。
和希は警戒されることを案じたが、アイシャに尋ねてみることにした。
「俺が尋ねたいのは、女王の願いと君の本当の気持ちだぜ!
どうしたいんだ?」
「辛いことがあるんなら、申すのだ!」
ガイウスが畳み掛ける。
「辛いこと?」
「女王になる重責は、誰もが簡単に負える物ではない。
吸血出来なかったのは重圧に耐えかねたから、違うか?」
アイシャはゆっくりと頭を振る。
「アムリアナ女王様は、シャンバラには国家神が必要だとお考えです。
私が両代王様の血を得てシャンバラの国家神となることが、彼女の望みです」
ひと息ついて視線を落とす。
「私の気持ちは、その望みをかなえること。
それ以上はありません」
「? っていうと?」
「敬愛する女王様に頼られたから、ただ嬉しくて……だから私は女王に、『国家神』にはなりたいと思います。
けれど、シャンバラの方々のためになる、とまでは考えていなかった。
考えているとしたら、『血を吸えば、女王様がお亡くなりになられてしまうかもしれない』。ただ、それだけ……。
『辛そう』に見えるとおっしゃるのであれば、そのことでしょう」
ですから、と前置きしたうえで。
「『国家神』となることが叶いました暁には……。
出来ることなら、その……放っておいて欲しいの……」
「な、何だって!?」
和希はガイウスと顔を見合わせる。
そんな勝手な話があってたまるか! と。
「吸血を急ぐのは危険だ、と。俺は警告しに参ったのだが……」
ガイウスは戸惑いつつも、見解を述べる。
「これで決まったな。
そんな覚悟で、女王や理子を失うかもしれぬ危険を冒してまで、シャンバラをゆだねる訳にはいかない」
彼はいきり立って席を立つ。
和希は、ガイウス! と叱咤しつつ。
「それでも、俺はおまえを信じるぜ」
両手を握った。
「この命に代えて、女王とアイシャを守る事を約束する。
それで女王を救い出し、ダチと戦うなんて馬鹿な争いは終わりにさせるさ!」
「和希……私は……っ!!」
「心配ないって! 俺に任せておけって! アイシャ」
和希は片手を振って、席を立つ。
ガイウスを追って、部屋を後にした。
アイシャの瞳が不安定に揺れ動く……。
クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は【東シャンバラ・ロイヤルガード】である上、護衛対象を把握しておくという名目で、接見の機会を得た。
ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)は出口に控えて、クライスを待つ。
「初めまして、【東シャンバラ・ロイヤルガード】のクライス・クリンプトです」
アイシャは驚いて、彼を見上げる。
「僕は『道具』に、見えますか? アイシャ」
「…………」
「でも、シャンバラを、轢いては女王陛下を守る為ロイヤルガードに志願しました。
例え多少不便で、他人から見たら駒にしか見えなくても……それが、僕自身の意思ですから」
アイシャはゆっくりと頭を振った。
「クライス、違うの。悪いのは、私。
覚悟の無かった自分の方だって、分かっている。でも……」
膝の上でギュッと拳を握りしめる。
「ごめんなさい。『シャンバラの方々のため』とまでは、考えていなかったのよ。あの時は……」
「あの時は?」
クライスは眉根を寄せて、ホウッと溜め息をついた。
「迷っているんだね? アイシャ」
彼は席を立った。
「その迷いが、君や僕等にとって、よい方に動くとよいのだけれど……」
「主、時間です」
ローレンスが呼ぶ。
クライスはアイシャに一礼すると、過ぎ去りざまローレンスに告げた。
「アイシャは迷っている、だから西側に協力しよう!
僕等の行動が、アイシャの決心につながると思うから」
鷹野 栗(たかの・まろん)と羽入 綾香(はにゅう・あやか)はアイシャが森で世話になった者達だとのことから、接見の機会を得た。
東側の学生達ゆえ、特に怪しまれもしなかった。
「ごめんなさい、ローブ。失くしてしまって……」
アイシャは栗と綾香に開口一番謝った。
栗達はいいえ、と柔らかく微笑する。
「気にしなくていいのよ。それに、アイシャさん。
私達はあなたに頼って頂くのも、迷惑だとは思ってないわ」
あそこ、と窓を指さす。
外が見える。
「下にレッサー・ワイバーンを止めてあるの」
「? ワイバーンで来た、てこと?」
「そうじゃなく……アイシャさんが万が一組織による保護を望まないときは、ワイバーンで……」
「栗!」
アイシャは人差し指を唇にあてて、頭を振った。
その指を、そっと背後に下ろす。
影……?
ハッして、栗は綾香に目配せする。
綾香が頷く。
綾香も気づいたらしい。
影に細工があるようだ、と。
「栗はそなたに、自分の姿を見ているのじゃ。
意志が固い。
あまり人に頼ろうとはしない。
組織からの束縛を嫌う。
……だから、放っておけぬ」
綾香の言に頷くと、栗は口の形だけでアイシャに促した。
逃げましょう、と。
アイシャは淡く微笑して、頭を振った。
「ありがとう。でも私、嬉しいのに……ううん、違う。
自分でもどうしたいのか、わからなくなってしまっていて……」
リア・レオニス(りあ・れおにす)とレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)も、特にアイシャが望んだことから面会が許された。
「約束を守りに来たのさ」
リアはそう言って花束を渡した。
「薔薇の花束」だ。
まあ、とアイシャは口元に手を当てて絶句する。
「ありがとう、リア、レムテネル。覚えていて下さったのね?」
「美人の言うことならばね」
リアはウィンクする。
「代王の血を吸う際は、その……支えになるさ。いろんな意味でのね」
「リア?」
「吸血って、違う種族との融合だろ?
それが女王ともなれば、何が起こるともわからないしさ」
「私を気遣って下さるの? 嬉しいわ、リア!」
アイシャは素直に喜んだ。
時間が来て、リア達は次の者達と変わる。
代王一行と合流する途中、レムテネルはすばやく匿名でメールを送信するのだった。
『アイシャは、最上階の部屋にいます。
西側の方々に、そうお伝え下さい!
親切な誰かさんより』
時間が押している。
時間的に見て、あと一組がせいぜいのようだ。
そうした次第で、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)のみ面会が許された。
彼等が接見出来たのは、【東シャンバラ・ロイヤルガード】であったことと、アイシャが特に希望したことによる。
呼雪は友人達を階下で待たせると、ヘルと共に接見に臨んだ。
「お茶のお礼を……ありがとうございました。
それに、あの時は取り乱してしまって……」
いいや、と呼雪は首を振った。
ヘルが、どーぞ♪ とケーキを差し入れする。
ヴァイシャリーで評判のケーキ屋だそうだ。
「呼雪は女王陛下に会えたら、話したい事が沢山あるんだって。
誰かが自分の身を犠牲にせずに済むような方法がないかって、いつも考えてる。
アイシャちゃんの事もだよ」
「ええ、それは……いまは、分かります。
ここにいれば、ロイヤルガードの方々のお噂は耳にしますから」
アイシャは周囲にさっと目を向ける。
ヘルがケーキの差し入れで、注意をそぐ。
そうして護衛の者達を遠ざけた後、呼雪は本題に入った。
「時間がないから、単刀直入に言うぞ。
何故エリュシオンにいたんだ?
女王とはどうして知りあった?
それとアイシャ自身は……本当は、どうしたいんだ?」
「エリュシオンへはたまたまです。紹介された働き口が、そこだったから。
私は幼いころから働きづめで、
メイドの技量をかわれてアムリアナ様付きとなり、
彼女と出会って……」
アイシャの顔色が悪くなる。
口元に手を押さえてうずくまった。
「? どうした、アイシャ?」
「な、何でもありません……」
ガタガタと震えて、呼雪の腕を必死につかむ。
アイシャの状態が良くなるのを待って尋ねると、彼女はひと息ついて。
「何でもないの。ただ、昔の話をすると、なぜかこんな風に不安になるの。
自分でも分からないのだけれど……」
「そうか……」
そんなに嫌な過去でもあるのだろうか?
最後の質問に、アイシャは「『国家神』にはなりたいが、その後は放っておいて欲しい」と気弱に答えた。
その後、呼雪はヘルに請われてピアノを披露することとなる。
アイシャの気休めになるよう、始めはオードソックスなワルツで。
何曲目かにタシガンの伝統舞踊曲のアレンジを混ぜる。
少女の表情が安らぐのを見て、彼は自分の判断に誤りがなかったのだと悟った。
彼等はメイドに追い立てられて、部屋を後にした。
呼雪の中に残ったのは、アイシャの不安げな様子だった。
助けて、と。
あの時必死に、そう呟くように訴えていなかっただろうか?
放っておいて欲しい、と言う回答にも、迷いはあるようだが……。
「ねーえ、呼雪」
ヘルの声で我に返る。
ヘルは眉をひそめている。
「なあーんか変じゃない? あの子」
「? アイシャの事か?」
「うん、森の時でも思ってたんだけどさ。
何と言うか、違和感っていうか……」
「違和感?」
うんとヘルは頷く。
違和感、か。
呼雪は呟くと、そのまま腕組みをして考え込んでしまった。
階下から友人達の自分を呼ぶ声が流れてくる……。
■
接見の時間は終わった。
室内は接見後の清掃でわたわたとしている。
「お疲れ様です……」
アイシャはメイド達に疲れた様子で一礼する。
彼女達は周囲のサッと見渡すと、アイシャの耳元で囁いた。
「アイシャ、私を見忘れたのか?」
顔を上げる。夜薙 綾香(やなぎ・あやか)とアンリ・マユ(あんり・まゆ)だ。
あっと、声を上げようとするアイシャの口を片手でふさぐと。
「心配するな、お前の誤解を解くために来た。
そうした次第で、好意でお前の護衛をしてやるのだ」
「誤解? 護衛?」
「ああ、『力に興味がある』といった。あれは『利用したい』と言う意味ではない」
アイシャは小首を傾げる。
「私達は、『女王の力』が誰かに利用されるのを避けたい。
だから、お前が望む通りにして欲しくてな。
その為の力添えをさせてもらおう、と。そういうことだ」
「人の話は最後まで聞きなさいということですよ、アイシャさん」
少女の顔がみるみる赤くなる。
ごめんなさい、と唇が動いた。
「分かればいい。『根回し』を使ってまで忍び込んだ甲斐があったというものだ」
そうして彼女達はアイシャの承認を得て、最後まで少女の護衛役を忠実に果たしたのだった。
■
「何者だ?」
アイシャの様子を見に来たヘクトルが、扉の前で立ち止まった。
男が1人、その場にしゃがみ込んでいたのだ。
「え? ああ、別に。
落し物をしてしまって……」
ヘクトルは早くしろ、と言って、中に入った。
迫を呼び止めて、セキュリティについてのあれこれを指示する。
「さあて、潮時かな?」
その男――リオン・ボクスベルグ(りおん・ぼくすべるぐ)はメモを懐に仕舞うと、何食わぬ顔でその場を離れる。
彼は当初アイシャとの面会を希望したが、選定要項2つのどちらにも叶わず、出来なかった。
そのため、戸口から聞き耳を立てることにより、西側へもたらす情報を得ることに成功したのだった。
彼が得たこのアイシャの部屋に関する情報は、その後、パートナーの蓮城 紫(れんじょう・むらさき)を使って、逐一西側にもたらされることとなる。
紫は戦闘中に「説得」を使い、命懸けで情報伝達に貢献するのだった。
ただし中には入れなかったツケは、「アイシャの影に細工はあるらしいが、何事かは分からない」という情報の不確かさと言う形で現れることとなる。
■
程なくして、西側の進撃が開始される――。
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