空京

校長室

戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
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リアクション

 アイシャ接見
 
 そろそろ戦闘が始まるらしいぞ――。
 西側の動きの報告を受けて、ヴァイシャリーの館の中は慌ただしい。
 
 ■

「何? アイシャと面会したい、と。そう言うのか?」
 ヘクトルは一行を見据えて、報告書に目を戻した。
 目的は「慰問」。
 面々の中には東シャンバラ・ロイヤルガード達もあり、問題視されるような学生の名も無い。
「特に問題があるとは思えない、か……」
「ヘクトル。
 でも、アイリス様の証人が必要だわ」
 
 シャヒーナの進言で、ヘクトルはアイリスの下を尋ねた。
 
「問題ないね」
 アイリスは一言で切り捨てると、報告書をヘクトルに突き返す。
「それと、僕はセレンの事もあるし。
 すべてのことは、君に一任するよ」
 事実上戦闘に干渉しない旨を告げると、瀬蓮を連れて自分の執務室にこもろうとした。
「アイリス様、せめて護衛の者だけでも……」
「いらない。
 第一、僕にそんなものがいると思うのかい? ヘクトル」
 
 ヘクトルは黙って引き下がると、アイリスの背を見送った。
 
 ■
 
 ヴァイシャリーの館・最上階。
 風光明美なヴァイシャリーの地を一望できるこの階の一室に、アイシャは幽閉されていた。
 
「けれど、完全に自由にすることは出来ないんだよ。
 ごめんね? アイシャ」
 【七龍騎士仮団員】のマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は申し訳なさそうに呟くと、「狂血の黒影爪」を使った。
 まもなく彼の姿はアイシャの影と同化する。
 アイシャが振り向いた時、彼の姿はなかった。
「マッシュは?」
 さあ? と魄喰 迫(はくはみの・はく)は肩をすくめる。
「影が……さっきから気味が悪くて……」
 アイシャは身を震わせる。
 テレポートは出来ずとも、「力」は健在なようだ。
 
「心配ないって!
 悪いようにはしないからさ!」
 不安げなアイシャに、迫はわざと明るく笑って見せた。
「それもこれもあんたを狙う、悪い奴が来た時の為の対策さ!
 少しの辛抱だぜ」
「悪い奴? 私を狙う、て?」
「ああ、あんたを奪おうって。西側の奴らが騒いでいるみたいなんだ……」
 迫は考え込むと一時その場を離れる。
 “セキュリティ”で館内防衛の問題点を探し、ヘクトルに報告後、対策を練りたいということだった。
 護衛の者は2人ではない。
 少し離れた位置に、同じく【七龍騎士仮団員】の東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)
 傍らにバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が、今度こそ功をたてんとばかりにアイシャを警護する。
 だが憔悴した感のある少女を安心させるべく、距離をおく。
 4人にとって、ヘクトル達エリュシオン軍はどこまでも、「力なき少女」を悪漢どもから守るための「正義の味方」なのであった。
 
 面会者が訪れる。
 希望者は多数いたが、「西側の動き」もあるために時間がない。
 そのため、ヘクトルが選定した10名の者達――【東シャンバラ・ロイヤルガード】とアイシャが特に希望した学生達のみに絞られた。
 
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)はアイシャとは初見だ。
 が、【東シャンバラ・ロイヤルガード】ということで、接見の機会を得た。
 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が後に続く。
 アイシャは部屋中央に設けられたソファーに腰かけていた。
 蒼白な唇を結び、凛と見据える。
 女王付きのメイドをしていただけあり、肝は据わっているようだ。
 和希は警戒されることを案じたが、アイシャに尋ねてみることにした。
「俺が尋ねたいのは、女王の願いと君の本当の気持ちだぜ!
 どうしたいんだ?」
「辛いことがあるんなら、申すのだ!」
 ガイウスが畳み掛ける。
「辛いこと?」
「女王になる重責は、誰もが簡単に負える物ではない。
 吸血出来なかったのは重圧に耐えかねたから、違うか?」
 アイシャはゆっくりと頭を振る。
「アムリアナ女王様は、シャンバラには国家神が必要だとお考えです。
 私が両代王様の血を得てシャンバラの国家神となることが、彼女の望みです」
 ひと息ついて視線を落とす。
「私の気持ちは、その望みをかなえること。
 それ以上はありません」
「? っていうと?」
「敬愛する女王様に頼られたから、ただ嬉しくて……だから私は女王に、『国家神』にはなりたいと思います。
 けれど、シャンバラの方々のためになる、とまでは考えていなかった。
 考えているとしたら、『血を吸えば、女王様がお亡くなりになられてしまうかもしれない』。ただ、それだけ……。
『辛そう』に見えるとおっしゃるのであれば、そのことでしょう」
 ですから、と前置きしたうえで。
「『国家神』となることが叶いました暁には……。
 出来ることなら、その……放っておいて欲しいの……」
「な、何だって!?」
 和希はガイウスと顔を見合わせる。
 そんな勝手な話があってたまるか! と。
「吸血を急ぐのは危険だ、と。俺は警告しに参ったのだが……」
 ガイウスは戸惑いつつも、見解を述べる。
「これで決まったな。
 そんな覚悟で、女王や理子を失うかもしれぬ危険を冒してまで、シャンバラをゆだねる訳にはいかない」
 彼はいきり立って席を立つ。
 和希は、ガイウス! と叱咤しつつ。
「それでも、俺はおまえを信じるぜ」
 両手を握った。
「この命に代えて、女王とアイシャを守る事を約束する。
 それで女王を救い出し、ダチと戦うなんて馬鹿な争いは終わりにさせるさ!」
「和希……私は……っ!!」
「心配ないって! 俺に任せておけって! アイシャ」
 和希は片手を振って、席を立つ。
 ガイウスを追って、部屋を後にした。
 アイシャの瞳が不安定に揺れ動く……。
 
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は【東シャンバラ・ロイヤルガード】である上、護衛対象を把握しておくという名目で、接見の機会を得た。
 ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)は出口に控えて、クライスを待つ。
「初めまして、【東シャンバラ・ロイヤルガード】のクライス・クリンプトです」
 アイシャは驚いて、彼を見上げる。
「僕は『道具』に、見えますか? アイシャ」
「…………」
「でも、シャンバラを、轢いては女王陛下を守る為ロイヤルガードに志願しました。
 例え多少不便で、他人から見たら駒にしか見えなくても……それが、僕自身の意思ですから」
 アイシャはゆっくりと頭を振った。
「クライス、違うの。悪いのは、私。
 覚悟の無かった自分の方だって、分かっている。でも……」
 膝の上でギュッと拳を握りしめる。
「ごめんなさい。『シャンバラの方々のため』とまでは、考えていなかったのよ。あの時は……」
「あの時は?」
 クライスは眉根を寄せて、ホウッと溜め息をついた。
「迷っているんだね? アイシャ」
 彼は席を立った。
「その迷いが、君や僕等にとって、よい方に動くとよいのだけれど……」
「主、時間です」
 ローレンスが呼ぶ。
 クライスはアイシャに一礼すると、過ぎ去りざまローレンスに告げた。
「アイシャは迷っている、だから西側に協力しよう!
 僕等の行動が、アイシャの決心につながると思うから」
 
 鷹野 栗(たかの・まろん)羽入 綾香(はにゅう・あやか)はアイシャが森で世話になった者達だとのことから、接見の機会を得た。
 東側の学生達ゆえ、特に怪しまれもしなかった。
「ごめんなさい、ローブ。失くしてしまって……」
 アイシャは栗と綾香に開口一番謝った。
 栗達はいいえ、と柔らかく微笑する。
「気にしなくていいのよ。それに、アイシャさん。
 私達はあなたに頼って頂くのも、迷惑だとは思ってないわ」
 あそこ、と窓を指さす。
 外が見える。
「下にレッサー・ワイバーンを止めてあるの」
「? ワイバーンで来た、てこと?」
「そうじゃなく……アイシャさんが万が一組織による保護を望まないときは、ワイバーンで……」
「栗!」
 アイシャは人差し指を唇にあてて、頭を振った。
 その指を、そっと背後に下ろす。
 影……?
 ハッして、栗は綾香に目配せする。
 綾香が頷く。
 綾香も気づいたらしい。
 影に細工があるようだ、と。
「栗はそなたに、自分の姿を見ているのじゃ。
 意志が固い。
 あまり人に頼ろうとはしない。
 組織からの束縛を嫌う。
 ……だから、放っておけぬ」
 綾香の言に頷くと、栗は口の形だけでアイシャに促した。
 逃げましょう、と。
 アイシャは淡く微笑して、頭を振った。
「ありがとう。でも私、嬉しいのに……ううん、違う。
 自分でもどうしたいのか、わからなくなってしまっていて……」

 リア・レオニス(りあ・れおにす)レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)も、特にアイシャが望んだことから面会が許された。
「約束を守りに来たのさ」
 リアはそう言って花束を渡した。
「薔薇の花束」だ。
 まあ、とアイシャは口元に手を当てて絶句する。
「ありがとう、リア、レムテネル。覚えていて下さったのね?」
「美人の言うことならばね」
 リアはウィンクする。
「代王の血を吸う際は、その……支えになるさ。いろんな意味でのね」
「リア?」
「吸血って、違う種族との融合だろ?
 それが女王ともなれば、何が起こるともわからないしさ」
「私を気遣って下さるの? 嬉しいわ、リア!」
 アイシャは素直に喜んだ。
 時間が来て、リア達は次の者達と変わる。
 代王一行と合流する途中、レムテネルはすばやく匿名でメールを送信するのだった。

『アイシャは、最上階の部屋にいます。
 西側の方々に、そうお伝え下さい!
 
          親切な誰かさんより』
 
 時間が押している。
 時間的に見て、あと一組がせいぜいのようだ。
 
 そうした次第で、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)のみ面会が許された。
 彼等が接見出来たのは、【東シャンバラ・ロイヤルガード】であったことと、アイシャが特に希望したことによる。
 呼雪は友人達を階下で待たせると、ヘルと共に接見に臨んだ。
「お茶のお礼を……ありがとうございました。
 それに、あの時は取り乱してしまって……」
 いいや、と呼雪は首を振った。
 ヘルが、どーぞ♪ とケーキを差し入れする。
 ヴァイシャリーで評判のケーキ屋だそうだ。
「呼雪は女王陛下に会えたら、話したい事が沢山あるんだって。
 誰かが自分の身を犠牲にせずに済むような方法がないかって、いつも考えてる。
 アイシャちゃんの事もだよ」
「ええ、それは……いまは、分かります。
 ここにいれば、ロイヤルガードの方々のお噂は耳にしますから」
 アイシャは周囲にさっと目を向ける。
 ヘルがケーキの差し入れで、注意をそぐ。
 そうして護衛の者達を遠ざけた後、呼雪は本題に入った。
「時間がないから、単刀直入に言うぞ。
 何故エリュシオンにいたんだ?
 女王とはどうして知りあった?
 それとアイシャ自身は……本当は、どうしたいんだ?」
「エリュシオンへはたまたまです。紹介された働き口が、そこだったから。
 私は幼いころから働きづめで、
 メイドの技量をかわれてアムリアナ様付きとなり、
 彼女と出会って……」
 アイシャの顔色が悪くなる。
 口元に手を押さえてうずくまった。
「? どうした、アイシャ?」
「な、何でもありません……」
 ガタガタと震えて、呼雪の腕を必死につかむ。
 アイシャの状態が良くなるのを待って尋ねると、彼女はひと息ついて。
「何でもないの。ただ、昔の話をすると、なぜかこんな風に不安になるの。
 自分でも分からないのだけれど……」
「そうか……」
 そんなに嫌な過去でもあるのだろうか?
 最後の質問に、アイシャは「『国家神』にはなりたいが、その後は放っておいて欲しい」と気弱に答えた。
 その後、呼雪はヘルに請われてピアノを披露することとなる。
 アイシャの気休めになるよう、始めはオードソックスなワルツで。
 何曲目かにタシガンの伝統舞踊曲のアレンジを混ぜる。
 少女の表情が安らぐのを見て、彼は自分の判断に誤りがなかったのだと悟った。
 
 彼等はメイドに追い立てられて、部屋を後にした。
 
 呼雪の中に残ったのは、アイシャの不安げな様子だった。
 助けて、と。
 あの時必死に、そう呟くように訴えていなかっただろうか?
 放っておいて欲しい、と言う回答にも、迷いはあるようだが……。
「ねーえ、呼雪」
 ヘルの声で我に返る。
 ヘルは眉をひそめている。
「なあーんか変じゃない? あの子」
「? アイシャの事か?」
「うん、森の時でも思ってたんだけどさ。
 何と言うか、違和感っていうか……」
「違和感?」
 うんとヘルは頷く。
 違和感、か。
 呼雪は呟くと、そのまま腕組みをして考え込んでしまった。
 階下から友人達の自分を呼ぶ声が流れてくる……。
 
 ■
 
 接見の時間は終わった。
 室内は接見後の清掃でわたわたとしている。
 
「お疲れ様です……」
 アイシャはメイド達に疲れた様子で一礼する。
 彼女達は周囲のサッと見渡すと、アイシャの耳元で囁いた。
「アイシャ、私を見忘れたのか?」
 顔を上げる。夜薙 綾香(やなぎ・あやか)アンリ・マユ(あんり・まゆ)だ。
 あっと、声を上げようとするアイシャの口を片手でふさぐと。
「心配するな、お前の誤解を解くために来た。
 そうした次第で、好意でお前の護衛をしてやるのだ」
「誤解? 護衛?」
「ああ、『力に興味がある』といった。あれは『利用したい』と言う意味ではない」
 アイシャは小首を傾げる。
「私達は、『女王の力』が誰かに利用されるのを避けたい。
 だから、お前が望む通りにして欲しくてな。
 その為の力添えをさせてもらおう、と。そういうことだ」
「人の話は最後まで聞きなさいということですよ、アイシャさん」
 少女の顔がみるみる赤くなる。
 ごめんなさい、と唇が動いた。
「分かればいい。『根回し』を使ってまで忍び込んだ甲斐があったというものだ」

 そうして彼女達はアイシャの承認を得て、最後まで少女の護衛役を忠実に果たしたのだった。
 
 ■
 
「何者だ?」
 アイシャの様子を見に来たヘクトルが、扉の前で立ち止まった。
 男が1人、その場にしゃがみ込んでいたのだ。
「え? ああ、別に。
 落し物をしてしまって……」
 ヘクトルは早くしろ、と言って、中に入った。
 迫を呼び止めて、セキュリティについてのあれこれを指示する。
「さあて、潮時かな?」
 その男――リオン・ボクスベルグ(りおん・ぼくすべるぐ)はメモを懐に仕舞うと、何食わぬ顔でその場を離れる。
 彼は当初アイシャとの面会を希望したが、選定要項2つのどちらにも叶わず、出来なかった。
 そのため、戸口から聞き耳を立てることにより、西側へもたらす情報を得ることに成功したのだった。
 彼が得たこのアイシャの部屋に関する情報は、その後、パートナーの蓮城 紫(れんじょう・むらさき)を使って、逐一西側にもたらされることとなる。
 紫は戦闘中に「説得」を使い、命懸けで情報伝達に貢献するのだった。
 
 ただし中には入れなかったツケは、「アイシャの影に細工はあるらしいが、何事かは分からない」という情報の不確かさと言う形で現れることとなる。
 
 ■
 
 程なくして、西側の進撃が開始される――。