空京

校長室

戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
戦乱の絆 第2回 戦乱の絆 第2回

リアクション


空京、エリュシオン宮殿、イリヤ分校


 空京大学、公共資料検索スペース。
「……ふぅん」
 山田 桃太郎(やまだ・ももたろう)は目の前に展開した幾つものデータを眺めながら、顎に指をかけた。
 データは魂の循環に関する研究論文の数々。
「地球とパラミタの世界連結が、魂の循環に影響を及ぼしているかもしれないって見解は、複数の研究結果からの導きだされたものみたいだね」
「分かりやすく言え、バカ太郎」
 横からデータを覗き込んでいたアンナ・ドローニン(あんな・どろーにん)が、半顔を顰めながら言う。
 桃太郎は軽く肩をすくめて、
「誰か一人が提唱した説じゃないってことさ。幾つもの研究結果から、多分そうなんじゃないかって考えられている。当然、専門で研究している人も何人か居るだろうけど、結果が出るまでには至っていないようだね」
 と――。
「面白いことに興味を持っているようだな」
 ふいに男の声が聞こえる。
 そちらを見上げれば、空京大学の学長アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)の顔があった。
「あ、ゲイグリーン」
 アンナがぽつっと失言して、慌てて口を押さえる。
 桃太郎は顎を傾け、にんまりと上目使いにアクリトを見やった。
「ちょうど良かった。アクリトさんに訊いてみたいことがあったんだ」
「世界連結が魂の循環に与える影響についてか」
「そう――今、姿を表しているゴーストイコン、そして、随伴歩兵のアンデット。これは魂の循環に異変が生じているということだと、僕は思っているんだけど」
 そこで、アンナがずいっと割り込み、
「そもそもシャンバラ以外の国にはゴーストイコンはいないのか? エリュシオンのイコン部隊が未だシャンバラに出張っているところを見ると、あちらには出現していいないみたいだが」
「現状、確かにシャンバラ以外にゴーストイコンは出現していないようだが、シャンバラに居るゴーストイコンが別の地域へと拡散すれば、そこに新たなゴーストイコンが発生する可能性はある」
 アクリトがアンナの方へと言ってやってから、桃太郎へと視線を戻す。
「世界連結がゴーストイコンらに何らかの影響を与えている可能性は高いと私も考えている。だが、今回の大規模な出現については、明確に何者かの仕業だろう」
 桃太郎は、ついっと視線を伏せながら少しばかり考え、
「こういう事が出来るのは――」
「神、それも環菜やドージェに匹敵する力を持った者だろうな」


 空京、カフェ。
「ありがとうございました」
 東間 リリエ(あずま・りりえ)が、目の前の男性に礼を言う。
 彼は気さくに笑ってカフェを出て行った。
「嬉しそうだったな」
 カフェを出て行った彼を目で追いながら、ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)がこぼす。
「お元気だったようですから。……意識不明の重体で、元気だというのは少し変な話ですけど」
 リリエは砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)に訊いてみたいことがあったのだが、面識の無い自分たちがいきなり彼を訪問するのは難しいと考えた。
 そこで、砕音の見舞いに行く者に砕音への質問と見舞いの花束を託した。
 そして、先ほど、砕音からの回答と花束に対するお礼の言葉を見舞いに行った者から受け取ったのだった。
 質問は、『エリュシオンからシャンバラを見た場合、シャンバラは危険な存在なのではないか』というもの。
 リリエは、通常、国家の目的とは繁栄と防衛であると考えている。そして、それはエリュシオンも同じであると。
(闇龍もシャンバラと地球が繋がったことで力を増し、封印された今もその状況は変わっていません。……そういった、影響が他にもあるのだとしたら? 例えば、ナラカが近くなる、とか)
 エリュシオンの目的がそれを防ぐことだという可能性も、なくはない。
 砕音からの回答は――理由については憶測の域を出ないものばかりだが、エリュシオンにとってシャンバラが危険だということについては、その通りだろう、とのことだった。
 だからこそ、かつてエリュシオンはシャンバラを滅ぼすために鏖殺寺院を支援するなどしていた、と。
(やはり……パラミタと地球が繋がっているというのは、あってはならない不自然なことなのでしょうか……?)
 ズッ、とジェラルドがジュースをストローで飲み干した音。
 リリエは、はたと我に返った。
 一つ瞬きをしてから、氷の隙間のジュースを飲もうとしているジェラルドを一瞥する。
 そして、彼女は窓越しに在る空京の風景へと視線を向けた。


■エリュシオン宮殿

「……大した収穫は無かったわねぇ」
 師王 アスカ(しおう・あすか)は、兵士に囲まれて通路を歩きながら、小さく嘆息した。
 その手にはアスカたちの質問に対する回答書があった。
 謁見出来なかった代わりに受け取ったものだ。
 実際にアスコルドが記したわけではなさそうだが、まあ、ほとんどアスコルドからの返答として問題なさそうだった。
 アスカは、アスコルドが何故アイシャを女王のそばに置いたのか――アイシャの件は初めからアスコルドが仕組んだシナリオの一つなのではないか、ということを問うた。
 それに対して、アスコルドからの回答は……おおざっぱに言って『好きに捉えろ』といったものだった。
(まあ……最初から仕組んでいるにしろ、いないにしろ。アイシャの使命や、シャンバラの独立が大帝自身の脅威になるってことはなさそうなのよねぇ。アイシャ捕獲のための龍騎士派遣が最低限の対処だったのは、たぶん、その通りだろうし)
 それに、なによりアスカには、アイシャが女王の覚悟を汲めるような器ではないと思えていた。
 んー、と考えている横で――
「謁見もだが、肖像画の件は残念だったな」
 蒼灯 鴉(そうひ・からす)に言われて、アスカは軽く息をついてうなずいた。
「まあねぇ」
 質問とは別に、アスコルドの肖像画を描かせて欲しいと願ったのだが、そちらも断られてしまっていた。
 実を言えば、そちらの方が少し悔しい。
 パラミタ一の画家を目指す彼女にとって、歴史の重要人物を描くことは、大帝の思惑を探ることと同じくらい重要なことだった。
「でも、それはまだチャンスあるでしょ」
 自分に言い聞かせる意味でも言葉に出す。
 それを聞いた鴉が、満足そうに薄く笑んでいた。


 一方、同じく謁見叶わなかった天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)
オルキス・アダマース(おるきす・あだまーす)らも回答書を受け取っていた。
 質問の内容は、『一体、今、パラミタには何が起きているのか。そして、5000年前のシャンバラ滅亡の前後に一体何があったのか』というもの。
 シャンバラと地球が繋がったのは5000年前にもあったことだ。
 その時にも今と同じようにカナンの異常などが起こっていたのか……。
 回答には、『パラミタは今、変革の時期を迎えている』といったことが書かれており、だからこそ、アスコルドが大帝となったという風に読むことが出来た。
「過去の出来事については回答無しか……」
 エリュシオンでも正確には掴んでいないのか。
 そう素直に明かすような内容ではないのか。
「あるいは、過去の出来事から鑑みて、今が変革の時期であるという意味なのか……」
 ごちた華嵐をオルキスが見上げる。
「で、結局、何が分かったのさ?」
「やはり、現状はどうにもシャンバラだけの問題ではなさそうだ、ということだ」
 そして、華嵐はスゥと目を細めた。
「ひょっとすると、事はパラミタ全体の問題なのかもしれんな」


■ミツエ

 イリヤ分校、地下。
 ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)ボア・フォルケンハイン(ぼあ・ふぉるけんはいん)は、パラ実イコンでイリヤ分校の復興作業をしていたパラ実生徒に案内され、ある一室に居た。
 応接室というよりは休憩所に近い趣の部屋で、お菓子やらジュースやら酒やら漫画やらがほうぼうに転がっている。
「……横山 ミツエ(よこやま・みつえ)は説得に応じてくれるでしょうか?」
 ボアが壁に掛けられた乙王朝の旗を眺めながら呟く。
 ザウザリアスは、ボロボロのパイプ椅子にきっちりと腰掛けた姿を動かさず、返事も返さなかった。
 と、何やらワーワー騒がしい声が聞こえてくる。
 なにやらドリルがどうのとか、スピードがどうのとか言い合う声が近づいてきて、ミツエらしき声が喚く。
『だーから、心配しなくても大丈夫よ! とっておきのイコンを作ってみせるから! それは――劉備・曹操・孫権が乗る“動く三国志”になるわ! 楽しみに待っていなさい!』
 聞こえたその声にボアがザウザリアスの方を、少し困ったような様子で見やる。
「聞こえなかったことにしてあげましょう」
 ザウザリアスがぽつりと返した直後、ガチャリとドアが開いた。
 ミツエが姿を現す。
「待たせたわね!」
「いえ」
 ザウザリアスとボアは立ち上がった。
 ボアが頭を垂れる。
「唐突な訪問にも関わらず、会っていただき感謝します」
「基本的には来る者拒まずが心情よ。で、話っていうのは?」
「アスコルド大帝とのパートナー契約の件よ」
 ザウザリアスの言葉に、ミツエの目端がツツと吊り上がる。
 ザウザリアスは構わずに続けた。
「大帝があなたをパートナーとして欲したのは地球の中国政府の融和を模索しているからではないかと思うの」
「…………」
「地球勢力と戦争になった場合、いくら帝国と言っても無事で済むわけではないし、かつての龍騎士を維持できなくなってきている現状では負ける可能性も考えられる。しかも、今は強化人間が開発され、地球勢力は以前よりパラミタ進出を容易くしている……全ては時間の問題だわ」
 ザウザリアスはそこで、一つ息を置き、ミツエを見据える目と語調を訴えかけるようなものにした。
「これは、帝国のためではなく、パラミタのためなのよ」
「お願いです、ミツエさん。中原の女帝とアスコルド大帝。お似合いのパートナーだと思いますよ。このパラミタをあなたの故郷とし、守るためにも……どうか!」
「…………」
 ミツエは黙ったまま、じぃっとザウザリアスを見返していたが、ふいに、「……フッ」と笑った。
「大帝が真意では何を考えているかは分からないけど、少なくとも中国は私を保険にするつもりなんでしょうね……そんなの、まっぴらごめんよ!!」
 ずばんっとテーブルに掌が叩き付けられる。
「しかし――」
 ボアの言葉に、ミツエが不敵な笑みを向けた。
「安心なさい」
 そして、ミツエの手はバッと虚空に伸ばされた。
「あたしが中国もパラミタも平定して、完っ全な平和を実現してあげるから!!」