空京

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戦乱の絆 第二部 第二回

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戦乱の絆 第二部 第二回
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ツァンダ/市街戦・2

 帝国の、十二星華達への執着を、前原 拓海(まえばら・たくみ)は訝しく感じていた。
 大々的とも言える、このエリュシオンの遠征。
 これに乗じた十二星華に対する裏の動きが、あるのではないか、と。
「それででございますか?
 いつも理子様達を優先している拓海様が、珍しいと思っておりましたが」
 パートナーの剣の花嫁、フィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)が、拓海の危惧を聞いて訊ねる。
「それも気がかりではあるが、向こうには酒杜先生がついてるから大丈夫だ」
「では、微力ながらわたくしもお手伝いいたします」
 フィオナはそう言って微笑んだ。


 坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)にはどうしても、エメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)に会って確認したいことがあった。
 それは問うまでもなく、目にすればすぐに解ることだった。
 かつてエメネアの為に、シャンバラと敵対することも厭わなかった、その唯一無二とも言っていい理由。
 影武者を得、姿を変えたという噂を聞き、いてもたっても居られなかった、その当人は、会ってみれば、かつてと同じ、巫女装束を身に着けていた。
 鹿次郎の脳内が薔薇色に輝く。
「えええええエメネアさ――ん!!」
「はい?」
 振り向くエメネアに向かって、すぱあんとダイブする。
「せ、せせせせせ、拙者と結婚して下さいでござる――っ!」
 ぽかんと目を見開くエメネアにがばりと抱き付く、その寸前。
 笹野 朔夜(ささの・さくや)が咄嗟にエメネアの腕を引き、拓海が鹿次郎の首根っこを掴み取った。
「この非常時に、何を馬鹿なことをしているのだ」
「馬鹿なことではござらん! 拙者は本気でござる!
 巫女装束は正義! 巫女装束は正義! 世界の危機よりも大事な問題でござる!」
 べしゃっ、と拓海に放り投げられ、すぐさまに起き上がった鹿次郎は反論した(大事なことなので二度言っている)。
 仮に今、エメネアが巫女装束でなかったとしても、それは大した問題ではなかった。
 何故なら、一度は巫女装束を着ていたのだ。
 再会したエメネアが巫女姿でなかったのなら巫女姿に戻さねばという使命感に燃え、抱え切れないほどの量の巫女装束を持参していたのだが、それが無駄になったのは嬉しい誤算である。
「……つまりあなたは、エメネアさんが巫女装束を着ているというだけでプロポーズしたんですか?」
 こめかみに痛みを覚えながら、朔夜が訊ねる。
 当然だ、ときっぱり答える鹿次郎に、深い溜め息を吐いた。
「……何故ツァンダの方に来たのかと思っていたが……」
 そんな朔夜の様子を見て、パートナーの笹野 冬月(ささの・ふゆつき)が、納得したように呟く。
 つまり朔夜もエメネアに思いを寄せているのだ。
「本気だろうが冗談だろうが」
 問題はそこではない、と、拓海が溜め息を吐く。
「今この非常時に、呑気にやることではないと言っているのだ!」
「はっ、待てよ」
 しかし懲りない鹿次郎は、そんな諫言を聞くこともせず、唐突に思い付く。
「ということは、影武者の方も巫女装束を着ているということか……!」
 ぎらりと目を輝かせ、ぐふふと含み笑いすら漏らす鹿次郎に、パートナーの剣の花嫁、姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は、他人のフリとばかりに少し離れた建物の軒下で、無心に弁当を食べていた。

「……えーと」
「とりあえず、あの男のことは忘れていい」
 何気に非情なことを言って、冬月はくるりとエメネアの向きを変えさせ、その視界から外す。
「それよりも、気をつけておくんだな。今のもそうだが――」
「ストップ! ちょっと待ってください」
 冬月の言葉を、アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)が遮った。
「――何だ?」
「敵を警戒させすぎてもいけないと思います。ここは内緒にしておいた方が」
 ひそひそと話し合う二人に、
「どぉしたんですう?」
とエメネアが訊ねる。
「何でもありません。
 ――そうそう、エメネアさん、3キロの砂袋は心臓など、急所に着けておくと体重が増えにくいですよ」
と、アシュレイはエメネアがぶら下げている砂袋を指差して言った。
「え、本当?」
 エメネアはあっさり信じて、いそいそと砂袋を着け直す。
 それは、エメネアが体重増加の宿命に抗って装備しているものである。
 砂袋というのは結構、防御の役に立つのだ。
 さりげなく注意を促した後で、アシュレイとパートナーのゆる族、ゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)は、光学迷彩で姿を隠し、密かにエメネアの護衛につくのだった。


 危惧は危惧で終わらなかった。
 拓海は籠手型HCで索敵してみたが、特に異常は感じられない。
 それでも警戒を怠らずにいたところ、その人物を見付けたのはエメネアだった。
「そこの人、逃げ遅れですかぁ? 危険ですよぉ。
 私達が付き添いますから……」
 道端に蹲るその人物に、声を掛けながら近付いて行くエメネアに、無用心に歩いて行くな、と思いながら拓海も続き、
「危ない!」
というアシュレイの叫びと共に、最小限の素早い動きで、ダガーの刃が閃いた。
 ドス、という音と同時、拓海がエメネアの肩を掴んで引き寄せる。
 ザー、という音がして、エメネアの胸から砂が溢れた。

「エメネアさん!」
 朔夜が、刺客をエメネアから引き離すべく、ナラカの蜘蛛糸を繰る。
 手首に巻きついた糸の刃を、しかし刺客は持っていたダガーであっさり断ち切った。
 それでも、エメネアを引き離すことには成功し、フィオナ達がエメネアと後退する。
「大丈夫ですか!」
「は、はい」
 幸運にも、エメネアは無傷だった。
 朔夜がエメネアに駆け寄り、そこに立ちはだかるようにしてアシュレイが姿を現し、仮面で顔を隠した刺客に軍配を投げ付けた。
「理子様が学ばれたツァンダに土足で踏み込むとは、不敬であろう!」
 ガツ! と軍配は刺客の眉間に強打し、刺客は仰け反るが、それでも素早く体勢を整え、さっとエメネアに視線を走らせる。
「往生際が悪いのであります!」
 大きく弧を描くように走り込み、エメネアの側面から滑り込む――そんな目測を立てていたろうか。
 刺客が動くと同時、そう叫んでサンダーブラストを撃ったのは、ゆるやか戦車だった。
 ゆるやか戦車は続けざまに銃を乱射し、刺客は倒れる。
「――くっ!」
 膝を付いていた拓海が、よろめきながらも起きあがり、光条兵器を手にすると、その刺客を斬り払ってとどめを刺した。

 はあ、と一息つくと、拓海は刺客の正体を改めるより先に、ゆるやか戦車を睨みつけた。
「……お前な」
 周囲は燦々たる有様だった。
 ゆるやか戦車の放った雷撃は、雨で濡れた地表を滑り、予想外の方向にまで広がっていたのだ。
 エメネアもその周囲も、蹲るように倒れている。
「せめて単体向けの魔法を撃てなかったのか」
「そんな魔法は持っていないのであります!」
 答えたゆるやか戦車の声が上ずっている。
 不幸中の幸いだったのは、拡散されたことによって、威力自体は弱まったことだろう。

「だ、大丈夫ですか……」
「は、はい……」
 朔夜とエメネアの会話が、先刻とは違う意味合いで繰り返された。



「雨、止まないなあ……」
 民間人の避難をほぼ終え、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は空を見上げて溜め息を吐いた。
 猫科に属するセイニィは、雨が苦手なのだ。愛用の星剣が弱体化してしまうのが、何より弱い。
 虚ろげな表情で雨を見ていたセイニィだが、急に厳しい表情になり、ばっと振り向いた。
 雨の薄闇に紛れるような黒尽くめのいでたちの人物が、いつの間にかそこに立っている。
 突如繰り出された攻撃を、セイニィは素早く躱した。
「何者よ!?」
 驚いたのは、隠れ身で密かにセイニィの護衛をしていた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だ。
「殺気を感じなかったぜ!?」
 先手を取られた。牙竜は失態に舌打ちしながら応戦する。

 二人から更に離れたところに潜んでいた、牙竜のパートナーの機晶姫、重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)もまた、突然滲み出るように現れた刺客に驚いていた。
 すぐさまスナイパーライフルを構え、狙い撃つが、まるで気付いていたかのように躱される。
「!? まさか……?」
 それでいて、刺客は全くリュウライザーに注意を向けてはいなかった。
「……歯牙にも掛けないということですか」
 目標であるセイニィ以外に興味はないのか。倒さなくても、攻撃されたら避ければいいと思っているということか。
 リュウライザーは再び狙いを集中するが、刺客は素早くリュウライザーの死角に回り込んだ。

「下がれ、セイニィ! こいつは俺が相手する!」
「冗談じゃないわ、舐められて黙って引き下がれないわよ!」
 牙竜の言葉に、セイニィは言い返す。
「雨は苦手だけど、全く戦えないってわけじゃないのよ!」
 そんなセイニィに、口の端で微かに笑って、牙竜は刺客に攻撃を仕掛ける。
 刺客が持つ武器も暗器のようだ。
 突っ込むセイニィを囮の形に、牙竜はワイヤークローで死角から仕掛けた。
「……!」
 肩口が裂け、刺客が怯む。
 セイニィと牙竜は同時に突っ込み、牙竜は隠し持っていた法輪でとどめを刺した。

「――何、こいつ?」
 終始ついに一度も言葉を発しなかった刺客の死体を見て、セイニィが眉をひそめた。
 牙竜も、その傷の下から見えるものに驚く。
 そこに見えていたのは、機械だった。
 魔法国家であるエリュシオンに似つかわしくない組み合せだ。
「……あの野郎か……」
 思い出すのは当然、体の半分が機械となっている男、テレングト・カンテミールだった。