空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第二回

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戦乱の絆 第二部 第二回
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■ツァンダ 蒼十字

 ツァンダ東の小さな村――
 その上空へ、帝国軍の部隊とシャンバラのイコン部隊による戦闘の場が、じわじわと迫り始めていた。

 強く叩きつける雨と風の中。
「待って!」
 荒井 雅香(あらい・もとか)は雨合羽をはためかせながら、慌てて駆けて行こうとした若者を呼び止めた。
「な、なんだよっ?」
「一人では危険よ。もう少しだけ待って、そうしたら、皆で避難所の方へ――」
「そんな悠長なこと言ってられるかよ!」
「落ち着いて。大丈夫。
 帝国はあくまでツァンダの占領だけを狙ってる。
 わざわざ民間人を狙って来るような真似はしない筈よ」
「だけど、連中は戦争仕掛けて攻めて来たんだぜ!?」
「もし、連中の中で誇りに反してこちらを襲ってくるような奴がいたら、私たちが皆を絶対に守る。
 だから、大丈夫よ。お姉さんを信じて、ね?」
 安心させるように大きく笑った口元に雨の味。
「そうどすぇ」
 清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が老人に雨具を装着させながら。
「今は固まって『民間人が避難してます』って分り易くしとった方が、下手に巻き込まれることもありまへん」
 と、イワン・ドラグノーフ(いわん・どらぐのーふ)が豪快に笑った。
「よぉ、兄ちゃん。元気が有り余ってんだったら一人おぶっとくか?」
 彼が示した方には、不安そうにイワンの後ろに隠れる子供の姿があった。
 イワン自身は既に片腕に一人を抱え、もう一人を肩車していた。
「え……いや、俺は……」
「なあ。これ、兄さんからあの子にあげたってもらえると嬉しいわぁ」
 尻込みしている様子の若者へ、エリスがチョコを差し出す。
「…………」
 少しの間を置いてから若者はチョコを手に取った。
 エリスが柔らかく微笑んでから、老人の方へと視線を戻す。
 雨具の中の首元へ己のショールを詰めてやって。
「ほ〜ら、これでもう寒うないどっしゃろ?」
「悪いねぇ」
「こういう時に怖いのは怪我よりも、病気や体の変調でございますからね」
 邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)が老人の手を取る。
「よーし、準備は整ったな。
 したらば、さっさとズラかるかぁ!」
 イワンが言って、ガッハッハと笑う。
 彼の調子につられて、子供たちはキャッキャと笑い合っていた。
「皆、はぐれないようにね!」
 そうして、彼らは雅香を先頭に避難所へと向かい始めたのだった。

「はぁ〜……」
 豪雨に打たれながら避難する人たちの背を見やりながら、エリスはこっそりと雨音に嘆息を逃がしていた。
 全てが理想通りに運ばないのが浮世なのだとしても……
「避けられた戦いがぎょうさんあったんとちゃうやろか、と思うのが人情どすなぁ」
 二つの国のお偉いさん方を思って小さくボヤく。
「……ほんまなにしてはるんよ」


 激しい雨の向こうで不穏な音が響いている。
「助けたのか?」
 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)の問い掛けに芦原 郁乃(あはら・いくの)は笑顔で頷いた。
「傷ついた人は救わなきゃ」
「エリュシオンも今やただの敵国、それでも――」
「それでも」
 言って、郁乃は意識を失っている龍騎士の腕を取って肩で抱え上げようとした。
 上空の戦闘で落とされてきた龍騎士だ。
 傷は癒したが雨ざらしにするわけにはいかない。
「わたしの持つ力は、こういうときのためにあるんだって思うから。
 ここで暮らすみんなに、悲しみとか別れがあったりしちゃいけないよ」
 郁乃の言葉に透玻が軽く息をつき、もう片側から龍騎士を支える。
「頑固な考え方だ」
 龍騎士を廃小屋の中へと運び終えた頃。
「透玻様!」
 璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が逃げ遅れていたらしい子供を抱えて低空を滑ってくる。
 その後に秋月 桃花(あきづき・とうか)影月 銀(かげつき・しろがね)が他の逃げ遅れた人たちを連れて続いていた。
「残っていた方はこれで最後です!」
「では、急ぐとしよう」
「避難集合の位置が変更されたらしい」
 銀が言う。
 彼のパートナーのミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は集まるべき場所を皆に伝えるため、
 空飛ぶ箒を用いて上空でバニッシュを放つ役目をおっていた。
 自主的に避難する者たちにとって、その目印はありがたく。
 この辺りの避難誘導の初手はスムーズに行われていた。
 今は付近の戦闘が始まったことと自主的な避難に危険が伴うことから、皆への連絡だけに留めているが。
 銀より場所が伝えられ、透玻が雨粒に顔を顰めながら軽く空を仰ぐ。
「本格的に村の上空が戦闘域になったか……。
 万が一での地上戦を警戒しながら行こう。
 龍騎士との戦闘だ、一般人には近づくことすら危険だろう」
 彼女の言葉を裏付けるように、空の向こうで衝撃が爆ぜる。
 ひぐ、と泣きかけた子供を璃央が「大丈夫ですよ」と雨具の上から撫でる。
「わたしが先行して安全を確かめるよ!」
 郁乃は、ぐっと拳を握って見せた。
「桃花は後方の護りをお願いね」
「了解しました、郁乃様」
 桃花が笑顔で頷く。
「郁乃様が思う未来のために、そして、穏やかな明日を迎えるため、皆様は桃花が必ずお護りいたします」




 ツァンダ南東の避難所。
 既にかなりの人数を飛空艇で葦原島や空京へと避難させたが、それでもまだ多くの人たちが、この避難所で身を寄せ合っていた。
 空京を経て地球からの支援物資が届けられていたこともあり、それなりに満足な対応を行うことが出来てはいる。
 戦場からも離れているし、この雨の中、万が一に備えて歩哨に立ってくれている仲間も居る。
 それでも、人々の心を圧迫する恐怖を拭うのは、とても難しいことだった。
 だから、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)は、負傷者の治療の合間に幸せの歌を紡いでいた。
 この歌による心の安寧は一時のことだとしても、今は人々に少しでも心を休めておいて欲しかった。
 いずれ嫌でも立ち向かわなければいけない、危うげな未来への不安。
 そんな一人一人に訪れるだろう戦場を生き抜くために、今は。

 一方――
 橘 舞(たちばな・まい)たちもまた、避難誘導の途中で回収された負傷者の治療を行っていた。
 こちらに運び込まれる数はそれほど多くなかったが、中には帝国兵の姿もあった。
 しかし、舞は彼らにも分け隔てなく治療を施していた。
「まったく、帝国の連中まで助けるなんてね」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が呟く。
 彼女自身は帝国との戦いようだったが、舞に付き合ってこちらに来てくれていた。
「怪我人に、敵も味方も軍人も民間人もないですからね」
 舞の言葉にブリジットが片目を細めながら息をつく。
「私はもう二、三度張り倒してやってもいいと思うけど……」
「帝国は蒼十字に賛同して、攻撃はしないと約束してくれているようですし、彼らとも話し合えば、きっと理解し合えるはずです。
 それに……」
 舞は負傷者の傷に手をかざし意識を集中させながら微笑んだ。
「いつか再び平和が戻るその時に、一人でも多くの人がその平穏を享受出来るように頑張りたいじゃないですか」


■藤野姉妹

「早く、こっち!」
 アルマ・アレフ(あるま・あれふ)の声と彼女の魔道銃の銃声。
 駆けている。幾つもの足音。追う者と追われる自分たち。
 強い雨の感触と厚い水の匂いを掻き分けて、開けた場所に出たと感じる。
「――ここでなら」
 十二星華・藤野 赫夜(ふじの・かぐや)の声。
「真珠ちゃんは僕の後ろへ!」
 高 漸麗(がお・じえんり)は転身すると同時に今まで握っていた藤野 真珠(ふじの・まこと)の手を引き、彼女を己の後方へと導いた。
「……漸麗さん」
 不安そうな真珠の声の方に、短く笑みを向けてから。
「大丈夫だよ、僕らがついている」
 漸麗は、手早く構えた太古の弦楽器【筑】に撥を走らせた。
「凍てつく北風よ、この旋律と共に――」
 コゥ、と膨れ上がる冷気。
「吹き荒べ……!」
 弾いた音の刹那に爆ぜる。

 漸麗の放つ冷気を抜けた刺客が真珠を狙う。
「きゃぁ!?」
「案ずるな」
 狙われた真珠の前へと滑りこみ、天 黒龍(てぃえん・へいろん)は敵の刃を打ち跳ねた。
「あ、ありがとう…黒龍さん! …漸麗さん!」
 真珠が漸麗の服裾をぎゅぅっと握り込みながら、か細い声で言う。
 独自に避難誘導を行っていた赫夜たちが刺客に襲われたのは、先ほどのことだった。
 襲撃に気づいたのは、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)
 そして、敵の狙いが赫夜の命にあると察した彼らは、一般人を巻き込むことがないように人気の無い場所まで逃げて来たのだ。
 周囲に人は居ない。
 片を付けるなら今だった。
 踏み足で飛沫を掻き、二閃の突きを叩き込む。
「真珠は私たちが守る。そちらは任せるぞ」
 刺客の無機質な機械の腕が飛んだその先では、佑也たちが赫夜と共に敵と戦っていた。

「すまない、こんなことに佑也殿やアルマさんを巻き込んでしまった」
 赫夜が刺客を斬り捨てて言う。
「真珠と私のために、また、あなたたちまで――」
「謝らないで。ただ、俺は赫夜さんが居なくなるなんて考えたくもないんだ」
 佑也は赫夜と共に、二刀を閃かせながら刺客たちの間に身を馳せていた。
 片方の刀で敵の一手を弾いて、鋭く身を翻す
「だから、赫夜さんは俺が絶対に護りきる。絶対にだ!」
 刺客を斬り飛ばして開けた景色の向こう、雨にずぶ濡れた赫夜の笑みが見えた。
「――ありがとう、佑也さん…」
「……当然のことだよ」
 佑也は赫夜に微笑み返した。
「そういうのは全部片付いてからよ!」
 アルマの叱咤と銃声を合図に、二人はまた視線を強めて敵へと身を返した。

 そうして、彼らは刺客を退けることとなる。


■ザクロ

 ツァンダ空狭、パラミタルーサーズコート付近。

「ゴーストイコンまで来るなんてねー」
 甲斐 英虎(かい・ひでとら)が、呑気な調子でこぼす。
「イコンは“足”としてしか使う気は無かったんだけどなー」
 ボヤきながらでも彼の操るスペレッセのライフルは、ゴーストイコンをしっかりと牽制していた。
 随伴歩兵アンデッドを連れているがゴーストイコンは一機のみ。
 浮遊機晶石で飛行させているために若干機動力に不安はあるが、こちらは問題無く押さえることが出来そうだった。
 問題は……
「トラっ」
 甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)の声に合わせて英虎がスペレッセの機体を翻させる。
 その肩口をバルバロイが抉り取っていく。
「――んっく」
 揺れた機内でユキノは危うく舌を噛みかけた。
 衝撃で閉じかけた目を片方、無理やり開きながら、バルバロイの向かった先を確認する。
「抜けられました。パルコへ……」
「そっち向かってる皆に『ごめん』って連絡よろしくー」
 英虎がスペレッセに光条サーベルを抜かせながら言う。
「ついでに、『すぐに行くから』って言っといて」


「なるほど……この守り。どうやら本当に在るらしいな」
 バルバロイを駈りながらジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は呟いた。
 サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)の情報通り、ザクロ・ヴァルゴ(ざくろ・う゛ぁるご)の像はパラミタ ルーサーズ コートにあるらしい。
 硬化しているとはいえ、十二星華だ。
 奪っても、破壊しても、現状では帝国への土産になりそうだと彼らは考えていた。




 小型飛空艇から飛び降りて、瀬島 壮太(せじま・そうた)は石像と化しているザクロの手に触れた。
 細く、冷たく、硬い。
「ザクロ……」
「壮太、急いで! 敵が来てるって!」
 ミミ・マリー(みみ・まりー)が小型飛空艇を着陸させながら言う。
 片手には携帯が握られている。
 英虎からの連絡だろう。
「情報は確かなのよね?」
 葛葉 明(くずのは・めい)が問い掛けてくる。
 彼女もまたザクロを救おうと、ここへやって来ていたようだった。
「ああ、方法は間違っていないはずだ」
 天音から聞いた、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)がユーフォリアの硬化を解いた方法。
(ザクロ姉さん……。
 俺は、あんたに生きていて欲しい)
 強い想いを込めて、石像と唇を合わせる。
 それで、彼女の硬化は解ける筈だった。
 しかし――
「……何で」
 壮太の呟きを掻き消すように響いた、乱暴な羽撃き。
「来たか。――とりあえず、ザクロ様を中へ」
 ニース・ミョルニル(にーす・みょるにる)がアーミーショットガンで空中のバルバロイたちを牽制しがら言う。
「何でだよッッ!!」
 銃声響く中、壮太は叫んだ。
 彼女の手は冷たく、硬いまま。
「壮太!!」
 ミミが煙幕ファンデーションを放ちながら叱責するように彼を呼ぶ。
 一行は煙に紛れ、ザクロの石像と共に屋内へと潜り込んで行った。

 しばし後、バルコ内の通路。
「……駄目ね」
 幾つかの一般的な石化回復方法を試していた明は嘆息した。
「頑固な呪いだわ」
 おそらく、カンテミールだろうと女王だろうと無理やり解呪することは不可能だろう。
(正規の方法にしても……)
 石像の傍で難しい顔をしている壮太の方を見やる。
 彼が試した方法の根拠は先ほど聞かされた。
(同じ状況の呪に、同じことを試しても駄目だった。
 方法が合っているのだとしら……足りないのは、想い?)
 それを口にするのは、少し酷な気がした。
 多分、この解呪に必要なのは、対象の過去も気持ちも理解した上で、それでも相手を大切にする想いとか、そんなものなのだろう。
 他人を正確に理解する……それは、とても難しいことだ。
 人の心の中は複雑で、決して覗き見ることは出来ない。
 ほんの僅かな材料から勝手に想像するしかない。
 物言わぬ者のこととなれば、尚更。
 最も必要なのは、一種の偶然なのかもしれなかった。
 フリューネがユーフォリアを解き放ったのは、長い時間を経て、ようやく訪れた運命のようなものだったのだろう。
 硬く佇むザクロの方を見やる。
(まったく。
 この時代――あたしなら、あなたの力を正しく評価してあげられたっていうのに。
 損、しちゃったわね。ザクロ……)

 パルコ付近の上空。
「チッ――やはり、ゴーストイコンでは相手にならないか」
 如月 和馬(きさらぎ・かずま)は、ボロボロのゴーストイコンを繰ってスペレッセの攻撃から必死に逃げていた。
「しかし、妙ですね」
 後部席でエトワール・ファウスベルリンク(えとわーる・ふぁうすべりんく)がこぼす。
「ああ、カンテミールの特殊部隊どころか帝国軍すら、こっちに来る気配は無い。
 どうやら、連中にとってザクロはもう『死んでいる』らしいな」
 吐き捨てる。
 とんだ無駄骨だ。
 せめて、ザクロの像くらい持ち帰ろうにも、向かったジャジラッドは、屋内で像を守る連中に手を焼いているという。
「さすがにこれ以上、置物に労力を割くのは馬鹿馬鹿しいか――退くぞ。ジャジラッドに伝えろ」
「はい。撤退の援護は?」
「そんな事をしていたら俺たちが落とされる。
 バルバロイなら抜けて来れるだろ。
 先に行っている、と言っておけ」
「分かりました」
 そうして、彼らは撤退して行ったのだった。