First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last
リアクション
良雄救出
「ふん。でかく、硬く、タフなだけか」
クラウディア・ウスキアス(くらうでぃあ・うすきあす)は長髪を砂塵にはためかせながら、サンドボードで地表を駆けていた。
その後方――クラウディアの引きつけた寺院のシパーヒーが追って来ている。
そちらの方へ冷ややかな視線を傾けながら、クラウディアは更に吐き捨てた。
「下手くそ。
これならばウドの大木の方が未だ利用価値があるのではないか?」
声は相手に聞こえていないだろうが、まるで彼の挑発に乗ったかのように、
放たれたシパーヒーのアサルトライフルが傍の地面を削り取っていく。
刹那、岩場から飛んだ細い射撃がシパーヒーの頭部を掠めた。
それでも動きを止めなかったシパーヒーの頭部に二射目がヒットする。
それで、ようやくシパーヒーはクラウディアから岩場に身を潜めていた天司 御空(あまつかさ・みそら)の方へと意識を向けたようだった。
サンドボードに乗った司が機晶スナイパーライフルを担ぎながら岩場から飛び出す。
それをシパーヒーが地に足を付け、機体を安定させながらアサルトライフルの太い射撃で追う。
(作戦通りの位置にようこそ――行くよ、ルアーク!
援護をお願いっ!)
(はいよー。
空気薄いんだから無理しないようにね)
隠れ身で気配を潜めて好機をうかがっていた水鏡 和葉(みかがみ・かずは)が、
同じくカモフラージュで姿を隠していたルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)の援護射撃に合わせてシパーヒーへと距離を詰めていく。
和葉がライトニングブラストでコックピットを狙うも、叶わずに振り出された巨大な腕に叩き飛ばされる。
「――っくぅ!?」
和葉の身体が空中へ叩き飛ばされる。
クラウディアが和葉を助けるためにサンドボードを巡らせる。
その真逆の方向では――
魔鎧告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)を身に纏った平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)がシパーヒーへと詰めていた。
サンドボードから滑り降りるようにして、司は機晶スナイパーライフルを手早く構えていた。
レオの攻撃に合わせて標準を絞る。
シパーヒーが空へ逃れようとしているのが分かっていた。
「逃しはしない……鷹の眼からは、逃げられない」
司の的確な射撃とルアークの援護射撃がシパーヒーを抑えこもうとする。
「やり易くて助かるよ」
シパーヒーは、クラウディアたちの方や、多方向から行われる射撃へと意識を向けているようだった。
その隙に、レオはシパーヒーの死角を縫うようにシパーヒーの背後へと滑り込み――
「貫け、ゴルディアス・インパクト!!」
レーザーブレードで装甲を貫いた。
次いで、ようやくレオを認識したシパーヒーの攻撃を跳躍で避け、そのままヴィクウェキオールのレビテートで身体を浮き上がらせる。
そして、レオは砂埃を斬って巡らせた切っ先をシパーヒーの腹部へ叩き込んだ。
シパーヒーが強引に身体を巡らせ、離脱を図ろうとする。
「っく。あんまり時間をかけてられないんだけどなっ」
レオは身を翻し、彼を毟り取ろうとしたシパーヒーの腕から逃れた。
そろそろ援軍のシパーヒーがやってきてもおかしくない頃合いだった。
一機一機になら対応することも出来そうだったが、同時に複数相手にするわけにはいかない。
と――。
シパーヒーの頭部に、レーザーブレードが叩き込まれた。
「もう一息ってところだね」
【機晶型飛行翼】を広げた榊 朝斗(さかき・あさと)は、レーザーブレードをシパーヒーの頭部に突き込んだ格好のまま、レオたちの方へと笑みを向けた。
「手伝ってくれる?」
レオの問い掛けに、「もちろん」と返し、朝斗はシパーヒーの頭部の頭部を蹴って空中へと逃れた。
向こうの方では、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が援軍に現れたイコンの視界を無効化しようとして失敗しているし、
朝斗が持っていた鏖殺寺院イコンの解析資料集にはシパーヒーの事は書かれていない。
状況は想定よりよろしくない。
このシパーヒーを急いで片付けた方が良いのは明確だった。
「とはいえ、こっちは簡単そうだね」
そうして、彼らは早々に一機のシパーヒーを無力化し、シパーヒーの部隊を引きつけることに成功した。
それによって、良雄を助けようという者たちは、相手に気づかれることなく寺院内部へと侵入することが出来たのだった。
■
「既にシャンバラ側は良雄救出を始めてるみたいだな」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、シパーヒーが誘導されていく様子を眺めていた。
「彼らが救出してきた際に良雄を説得、でしょうか」
千石 朱鷺(せんごく・とき)の言葉に、アイリスが首を振る。
「大人しく説得に応じるかは分からないからね、奪った方が確実だ」
瀬蓮が居なければ、彼女は自ら寺院へおもむき、良雄を強奪しようとしていただろう。
しかし、今は、下手に動いて寺院とシャンバラを相手にし、瀬蓮を危険に巻き込んでしまうようなことは避けたいと考えているようだった。
なにより、瀬蓮の前でシャンバラと戦うのは気が引けているのだろう。
その一方で、良雄を確実に大帝の元へ連れていかなくてもならない。
「シャンバラが良雄を救出してきたところを奪う」
「そいつは止めておいた方がいいと思うがな」
トライブは仮面の下で口を曲げながら言った。
「確かにシャンバラが、素直に良雄とこちらを引き合わせるとは限らないが――
下手に手を出して機嫌を損ねることもないぜ。
それとも、また瀬蓮にシャンバラと戦ってるところを見せるつもりか?」
「……だが、大帝は良雄を手にいれればシャンバラとの和平交渉を進めると言っている」
「だから、ちゃんと説得すればいい。
あいつの性格から考えて――
世界だ国だなんて言わず、あくまで好きな女の子を助けるため、ってのを強調すれば、案外ころっと付いてくる気になるんじゃないか?」
「……君が言うと説得力があるな。
だが、僕は――」
と、アイリスとトライブは近づいてきた足音の方へと振り返った。
武器を構えようとした者たちをアイリスが片手を振って制す。
姿を現す小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、次いで、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)とクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)。
コハクが瀬蓮の方へ優しく視線を向けてから。
「良雄は必ずあなたたちに引き合わせます。
だから、少し待っていてください」
「良雄が説得に応じなかった場合は、やはり、奪わせてもらうことになると思うが?」
アイリスの声は冷ややかだった。
美羽が言葉を返す。
「それでも、やっぱりちゃんとじっくり話し合うべきだよ。
その方が、仲間同士で戦うより、ずっといい」
「アイリス……」
瀬蓮がアイリスを見つめる。
アイリスは薄く細く深呼吸をしてから、言った。
「分かった。
君たちの約束を信じよう。
だが、妙な素振りを見せれば、容赦はしない」
そして、アイリスは、彼らが良雄を自分の元へ連れてくるまで、手出しをしないことを約束した。
■救出
ひんやりと冷たく佇む石作りの寺院の内部には、繰り抜きの窓から神秘的な陽の光が差し込んでいた。
強く満ちているのは、香とバターのそれが混じり合った独特な匂い。
そういった厳かな雰囲気を全て吹っ飛ばすように。
寺院の壁が吹っ飛んだ音が派手に響き渡る。
「あー、スッキリした」
大豆生田 華仔(まみうだ・はなこ)は口端に煙草を咥えながら、もうもうと立ち込める粉塵の中に立っていた。
「また、派手にやったねぇ。ハナちゃん」
だらりと笑いながら言った九 隆一(いちじく・りゅういち)の方をじろりと見やる。
「ハナって呼ぶな。
――ま、よく分かんねーけど、とりあえず連中の気を引いときゃいいんだろ?
だったら、てっとり早くこんなもんだろ。めんどくせぇし。
さ、次行くよ、次」
「頑張るねぇ、ハナは。愛してるよー」
「ハナって呼ぶんじゃねーってんだろ。
あと、さりげなく気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ、ウゼェ」
「さて、オレもてきとーに頑張るかな」
次の破壊工作に取り掛かった華仔の罵倒を横に、隆一がパキリと指を鳴らす音が小さく響いた。
「侵入者だ!! 侵入者が居――ぼぐぉ!?」
「そうだオラァ! 侵入者はこっちだぜ!! どんどん来やがれ!」
夢野 久(ゆめの・ひさし)は、壁が破壊された音におびき寄せられた寺院兵を、槍の柄で殴り倒し、威勢良く声を張り上げた。
彼は、良雄救出組のために、仲間たちと共に内部の寺院兵たちの陽動を行っていた。
周囲では、久の三匹の牧神の猟犬が寺院兵を相手に暴れまわっている。
迫る大量の足音。
「っしゃ、来やがったな」
久は騒ぎを聞きつけ、更に集まってきた寺院兵たちへと向き直った。
「作戦通りだ。
後は擦り切れるまで暴れ倒すだけだぜ、てめぇら!!」
久の怒号と共に魔獣たちが、一斉に寺院兵へと襲いかかりそれらを蹂躙していく。
久たちに応戦する寺院兵たちの銃撃音もまばらな、その一方で。
佐野 豊実(さの・とよみ)の則天去私が他方から寄って来ていた寺院兵たちを吹っ飛ばした。
「さて、ドージェ氏の祖国ってのは、ちょっと興味があったけども――
まあ、今は人命が優先というか……良雄君にはもう少し楽しませてもらいたいからね。色んな意味で」
「……良雄なんて、正直どうでもいい」
鬼崎 朔(きざき・さく)は、寺院兵の集団の中で、彼らの棍をさばいていた。
久の放つ荒ぶる力の覇気が、寺院兵を斬り倒す切っ先に勢いをつける。
四方八方から突き出される棍先を、避け、剣で受け、払い、あるいは棍の表面に手のひらを滑らせながら距離を詰め、その手元を取って捻りあげる。
腕を捻られて床に膝をついた相手の顔面を容赦無く蹴り砕いて、朔は、力を失った相手の身体を己の後方へと投げ捨てた。
朔の背後を狙い迫っていた大量の棍が彼らの同胞を打つ鈍い音が響く。
鋭く身を返して。
「……そこに鏖殺寺院が居るなら……私は全てを屠るだけだ」
仲間を倒された怒りをあらわにした寺院兵たちを睨み、構え、そして、呟く。
「貴様等に生きる価値はない……死ね」
朔が則天去私で寺院兵たちを討ち倒していく一方で。
スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)はブラックコートで気配を消しながら、周辺の内部の様子を探っていた。
「……何か、情報はないありましょうか……」
と、壁に描かれた文様に目が止まる。
「……これは――」
そこには、黒い棒で貫かれた男の姿が描かれていた。
テクノコンピューターにストックしておいた情報と照合してみる。
先遣隊がこの寺院を調べた時の記録に、同じように黒い棒に貫かれた男の砂絵があった。
「……つまり、これは、この寺院にとって何か重要な――」
「やはり、貴様らも、黒のリンガを狙っていたか」
憎々しげな声の方へと振り向く。
ライフルを構えた寺院兵が居た。
が、彼はすぐに豊実が大雑把に放った則天去私に巻き込まれ、吹っ飛ばされた。
「黒のリンガ……?」
衝撃で崩れた瓦礫に混じって倒れる寺院兵を見やりながら、スカサハは首をかしげた。
■
陽動組による騒動の喧騒が遠くに聞こえていた。
「――ようやく見つけたわ」
伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、柱の影から通路の奥をうかがい、呟いた。
その視線の先には寺院兵に連行されている御人良雄の姿。
彼らの会話が聞こえる。
「儀式は中止か」
「侵入者どもの排除が先だ。
奴らに万が一にでも御神体を奪われるわけにはいかん」
「あー……それで、オレどうなっちゃうんッスかね……?」
「侵入者を排除し次第、改めて儀式を行う」
「ううっ、やっぱり、黒くてぶっといアレをぶっ込まれるッスか……。
なんで最近は貞操の危機が続くッスか……」
「なに顔赤くしてんだよ、マスター」
明子が見にまとっている魔鎧レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)の問い掛けに、明子はハッと我を取り戻した。
「ううう、うるさい!
そんなことより、ちゃっちゃと助けるわよ。
彼の貞操がアレされる前に!」
「アレってなンだよ?」
「いいからっ」
「へいへい、お仕事お仕事」
明子はベルフラマントで気配を消し、タイミングをはかってから、良雄たちの方へと素早く駆けた。
「ん?」
寺院兵の一人がこちらに気づいた時には、明子は姿を現し、真空波を放っていた。
「ッォゴ!!?」
「ななななんッスかぁ!?」
良雄をすり抜けて、彼を拘束した鎖の端を持っていた寺院兵が吹っ飛ぶ。
「なんッスかぁ、じゃない!
助けに来たのよ!!」
明子は狼狽えた良雄をさっさと姫抱きして、通路を駆けた。
後方から、寺院兵の放った銃撃音。
数発の弾が魔鎧の背に着弾する。
「今更マシンガンなんか効くかこのやろー!
私を倒したかったらイコンか龍騎士でももってきなさいっ!」
「実際、弾を浮けてるのは俺だけどねェ」
ともあれ、明子は煙幕ファンデーションを振り撒き、良雄を連れてその場から逃亡して行ったのだった。
その後、明子たちは、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)、ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)らと合流し、寺院の外を目指していた。
途中、良雄を暗殺しようとした生徒の襲撃などもかわしつつ、出口を目指す道中。
「ところでさ、今回はアンタなんで捕まってたのよ」
「気づいたら、妙にでかくて黒い棒の先に引っかかってたんッスよ。
そしたら、その周りに居た人たちが、騒ぎ初めて……儀式がどうのこうのと……。
そのうちに、俺はウゲンからの捧げ物だから、その棒で刺す刺さないの話になってッスね……」
「……それ、さっきも少し聞こえてたんだけど、何でそーなんのよ……」
「俺が聞きたいッスよ。
なんか急に棒の先に姿を現したのが、連中の心の琴線に触れたんじゃないッスかねぇ?」
「あなたの引っかかっていたという棒。
それはこれでは無いですか?」
エルシュのパートナーのディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)がデジカメを見せる。
そこには、壁一面に壮大な曼荼羅の描かれた部屋の中央に、黒く太く巨大な黒水晶の棒が立てられている画像があった。
「あ、これっすよ、これ!」
「先ほど、あなたを探している途中で見つけたものです。
共にあった記録によれば、これは“黒のリンガ”と呼ばれているもののようですね」
「どうせなら持ち出そうと思ったんだが、中々のデカブツでな。
写真撮って、そこにあった奴らの経典だけかっぱらってきた」
エルシュが悪戯げに笑う。
デュオロスが、経典を掲げて見せてから。
「面白いことが分かっていますよ。
黒のリンガは元々カイラス家に伝わっていたものであり、
そして、“兄ドージェがウゲンを殺す時に使ったものだ”、と」
「――は、兄ドージェ?」
「ウゲンはドージェに殺された?」
明子がもらした声に、ザウザリアスの声が重なる。
デュオロスがうなずく。
「ええ。
ウゲンはドージェの弟のようです。
そして、ウゲンは、ドージェにこの黒のリンガで突き刺されて死んだらしい。
その時に数億の霊の力を手に入れ、ウゲンはその霊が持つ力の一つを使い、転生を行った、とも書いてあります」
「つまり、黒のリンガは霊槍の一種で、ウゲンはそれに貫かれたことにより、コンジュラーに目覚めたってことだ」
「ってことは、俺が刺されてたら、俺もウゲンみたいなスーパーパワーを手に入れたッスかね?」
「今まで何人もの人間が望む望まないに限らず、あの黒のリンガに刺されてるらしいが……
生き残りはゼロだってよ」
エルシュが片目を細めながら言う。
デュオロスが頷き。
「そもそも、黒のリンガ自体が既に意味をなしていない、ということもあるでしょうが――
普通に考えれば、数億をのフラワシに適応できるような潜在能力を持っている人間は非常に稀だと思いますよ」
「助けて下さりありがとうッス、マジで」
「それは良いですが……」
ボア・フォルケンハイン(ぼあ・ふぉるけんはいん)が言う。
「あなたはこれからどうするつもりですか?」
「へ、どうするって……」
「大帝の元へ行くのか、行かないのか。ということです。
噂では、大帝はあなたと一つになる事を望んでいると」
「……行くわけねぇッス」
「もしかしたら、エリュシオン帝国をまるまる乗っ取れるチャンスかもしれないのに?」
ボアの突拍子も無い言葉に、良雄が「へ?」と明らかに意味を受け取りきれなかった顔を見せる。
「大帝はあなたと一つになる、と言ったのですよね?
これが、噂で流れているようなプロポーズではなく、単純に『融合』という意味合いに近いものだとしたら?」
「そ、それは貞操の危機というより、生命の危機なのでは!?」
「何も、一つになった時にあなたの存在が、必ず消えるというわけではないように思います。
上手くすれば、逆に大帝を乗っ取れるかもしれない。
あなたが大帝になれば、大帝が何をどう考えていようとも、シャンバラと帝国の争いは終結させることができる」
「い、い、いや、ちょっと待ってほしいッス。
なんか、話が妙に壮大過ぎて、何が何だか……」
「考えてもごらんなさい。
エリュシオン帝国の大帝、という地位がどれほどのステータスであるのかを」
ボアが白い人差し指をスゥっと良雄の鼻先に向け、笑む。
「大帝となり、この戦争を終結させたあなたからのアプローチを受けて、断る者など……皆無です」
「俺、ちょっと大帝に会って来るッス」
こうして。
良雄は、自ら大帝の元へおもむく決意を固めたのだった。
First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last