空京

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戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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要塞内部・2

「1階フロアが、やっぱり、重要だと思うんですよね……」
 HCで位置を確認しながら、マッピングを続ける神崎 輝(かんざき・ひかる)は呟いた。
 大勢で攻略しているのに、中々埋まらない一角がある。
 中央部分だ。
「多分……ここに動力炉があるのではないでしょうか」
 しかし、中央部分への入り口がまだ、見つからないでいるのだ。
「これ、もしかしたら、2階から行くのかも」
 暗闇の中、手探りで、上の階に進めている者は少ないのだろう、2階部分のマッピングはまだ、1階ほどには進んでいないが、重ねると同じ位置が埋まっていない気がする。
 動力炉部分は吹き抜けていて、内部に入れるのは2階からなのかもしれない、と輝は考えた。
「輝。敵だよっ」
 パートナーの守護天使、シエル・セアーズ(しえる・せあーず)が呼んで、輝は顔を上げる。
 駆動音に気付き、御凪 真人(みなぎ・まこと)のパートナー、ヴァルキリーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の照らす光に、防衛ロボットが浮かび上がって見えた。
 闇と折れた通路に紛れてすぐに判別できないが、一体ではないようだ。
「……マッピングをしている場合ではありませんか」
「どうする?」
 シエルは訊ねた。
 マッピングを優先するなら、真人達に戦いを任せてこの場を離れ、道を探すという選択もある。
「ボク達は、敵を引き付けて戦いましょう」
「わかった!」
 他にも、道を探す者はいるだろう。ここは時間を稼ぐ方を選んだ。

「ここは俺達が引き受けます。皆さんは先に」
 要塞内の戦闘より、動力部の破壊を優先する者達を、一刻も早く到達させなくてはならない。
 真人の声に、一瞬の躊躇の後、
「頼みます」
と、斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)を始めとする数人が走り出す。
「絶対に止めなさいよ!」
 その背中に、セルファが叫んだ。
 動力部を破壊してしまえばこちらの勝ち。
 そして、建築物内という場所で複数の敵を相手に、全体魔法を使うなら、むしろ味方が大勢いない方が好都合だ。
 そう真人は判断する。
 しかも、建物の破壊を気にする必要もない。
「さて」
「全力で行くわよっ!」
 セルファもまた、後に力を残すことなど考えない。動力部を破壊するのは、別の人達に託した。
 警備ロボットが真人達に砲身を向け、弾丸が、マシンガンのように連射される。
 それに怯まず、銃弾が幾つか掠めることも無視して、自ら飛び込み、セルファはライトニングランスを仕掛けた。
 対機械に有効な攻撃を。真人は判断しつつ、セルファが離れた隙を狙ってサンダーブラストを放つ。
 ぎし、と警備ロボットが軋んだ音を上げた。
 シエルがリカバリを掛けていてくれたのだろう、セルファの痛みが少しずつ引いていく。
 セルファは警備ロボットを睨むように見ながら、ふ、と笑った。


 暗闇の死角から、突然攻撃を受けた。
「つっ!」
 反応が遅れたが、素早く振り返る。
「機晶姫!」
 闇の中に浮かび上がる敵の姿を見とめて、影月 銀(かげつき・しろがね)は呟いた。
 その機晶姫は暗視カメラと思われるゴーグルを着けて、闇の中でも問題無く行動できるようだった。
 素早く次の攻撃を仕掛ける機晶姫の攻撃を避け切れずに受けとめながら、銀は眉を寄せる。
 強い。だが。
「闇の中を得意とするのは、貴様等だけではないのだがな」
 銀は忍者だ。闇は銀の領分と言ってもいい。
 しかも、相手が暗視カメラを装着しているのなら話は早かった。
 攻撃を躱す銀に、パートナーの剣の花嫁、ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)がパワーブレスを掛ける。
「ミシェル、バニッシュを! 東北東!」
 どうせ位置は知れている。銀は構わず声を上げた。
 ミシェルはすかさず、指定された方向にバニッシュを放つ。
 突然の閃光に、機晶姫が怯んだ。
 カメラが焼かれたのだろう、距離を置くように後退する機晶姫を、しかし銀は逃がさない。
 追って攻撃し、仕留めると、ほっと息をついた。
「銀っ。大丈夫っ!?」
 ミシェルが歩み寄り、銀の怪我を治療する。
「……ああ」
 答えながら、銀は何処とも知れぬ闇を見た。
「……動力部の破壊は、まだか?」


 要塞内には、警備ロボットが収納されている格納庫や、倉庫と思われる部屋、居住区と思われる区画などがある。
「……個人的には、出来れば帝国と戦いたくはないのだけど」
 帝国には今、アイリス・ブルーエアリアルがいる。
 百合園女学院に在籍するカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)としては、複雑な思いがあった。
 それでも、今はシャンバラを護らなくてはと思い、ここへ来た。
 動力部をまっすぐ目指す者達の援護の為に道を開き、敵の足止めをしながら、その部屋を見付けたのは、カトリーンのパートナーの英霊、明智 珠(あけち・たま)だった。
 何かの機械があり、一瞬動力部かと思ったのだが違うようだ。
 笹野 朔夜(ささの・さくや)に憑依する、奈落人の笹野 桜(ささの・さくら)も、続いてその部屋に入る。
 珠が入り口近くの壁にスイッチを見付け、何気に触れると、部屋の中が明るくなった。
「この部屋、電気が点くの?」
 カトリーンが驚いて、内部を見渡す。
「……何かの、制御室でしょうか?」
 そう言ったのは桜だった。
「……なるほど……」
 制御システムと思われるその機械に、目立つレバーがついていて、カトリーンは躊躇する。
 だが、どうせここまで来たのだ、とも思う。
「よくは、存じませんが」
 珠もまた、カトリーンの躊躇に気付いて、苦笑して言った。
「今以上の事態の悪化は、ありませんよ」
「……そうね」
 頷いて、ガチン、とレバーを引き上げる。
 何が起きたのかは、すぐには解らなかった。だが、桜が気付く。
「通路の電気が点いています」
「ブレーカーだったのね!」
 だが、それは一瞬のことで、ガチンと勝手にレバーが下りて、照明はすぐに消えてしまった。
「システムの制御を、強制的に奪われてしまったようですね」
 少し考えて、桜が言う。
 そこへ、カカッと足音が響いて、部屋の中に機晶姫が飛びこんで来た。
「……邪魔をしないで貰えませんか」
 桜が溜め息をつき、カトリーンと共に身構える。
「朔夜さんが、望んでいるのです」
 動力部を破壊し、この要塞を止めることを。
 ここまで来るのに、どれ程不便だったことか。
 照明があるのと無いのでは、状況は大きく変わる。
 今も動力部に向かっているであろう仲間達の援護の為にも、どうしても制御を取り戻して、要塞内に灯りを点けなければならなかった。


 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は、戦う為に要塞に乗り込んだのではなかった。
 いや、ある意味、彼女の戦いをする為に、来たのだ。
 武器を取って戦うことだけが『戦い』ではない。
 この戦いに臨む、一人でも多くの人を治療する。少しでも、後に辛いことが残らないようにする為に。
 その傷を癒す対象に、敵も味方もなかった。傷ついた人がいたら、分け隔てなく癒すつもりでここへ来た。しかし。
「……結和」
 苦い表情で唇を噛み締める結和を、パートナーの獣人、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)が気遣わしげに呼ぶ。
「……ごめんなさい、大丈夫です」
 結和は顔を上げたが、エメリヤンは何か言いたげに首を傾げた。

 二人が、ここへ来て治療できた相手は、実のところ味方勢ばかりだった。
 何故なら敵勢は、機械ばかりだったからだ。
 結和の手で治療できる相手ではなかった。それが結和には、虚しく、悲しい。
「……何だか、悲しいですね」
 エメリヤンの表情を見て、結和はそう呟く。
「味方が、機械だけなんて」
 彼は、信頼できる味方を得ようとも思わず、たった一人でここまで来たのだろうか。
 ふる、と頭を振って、結和は気持ちを切り替えた。
「浸っている暇はないですね……今は、一人でも多くの人を、助けないと」
 こうしている間にも、戦いは続いている。




「よく脱獄できたものだ」
 ヒラニプラから脱獄し、要塞内でテレングト・カンテミールと対面した霧島 玖朔(きりしま・くざく)は、そう言われて肩を竦めた。
 候補、という補足は付けども、彼の配下として、脱獄後彼の下へ戻って来たのだ。
「手引きしてくれる奴もいたしな。
 ……だが確かに、予想してたより、相当簡単ではあったな」
 ちら、とパートナーの機晶姫、ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)を見る。
 彼女も黙って頷いた。
 外から玖朔の脱獄を手伝ったハヅキも確かに、予想外に容易だったと感じていた。
 ふむ、と、カンテミールは呟く。
「……泳がされたか?」
 まあいい、と、特にそれについて彼は気を払わなかった。
 現時点で、優先的に留意すべき事項と思われなかったからだ。
 ところで、と、玖朔は訊ねた。
「……一体何を企んでるんだ? 俺から見たら、暴走とも見て取れるぜ」
 玖朔の問いに、カンテミールは静かに笑う。
「時の流れは公平だが、平等ではない、ということだ」
「つまりあんたは、時間が無いってことか。
 ……まあいい。俺はシャムシエルの護衛につくぜ。
 彼女が計画の要なんだろ? そのナリじゃ、側に行けないだろうしな」
 そう言った玖朔の前に、直径3センチ程の小さな球体がふよふよと飛んでくる。
「それに案内させよう」
 暗闇の通路を、ぼんやりとした光を放ちながら飛んでいく球体に続いて、彼はシャムシエルの元へ向かった。


 室内の照明は、始めから点いていた。
 培養槽のような、巨大な透明の円柱。
 何かの液体に満たされたそこに沈む全裸の少女は、酷く無防備に見えた。
 エル・ウィンド(える・うぃんど)がその部屋に到達した時、中は低い音を響かせて動する機器類の他は静かで誰の姿もなく、ただ調整カプセルの中でたゆたうシャムシエルだけが居た。
 今なら、と思わずにはいられなかった。
 今なら、労せずして倒すことができそうだった。
 しかし、エルにはそれは躊躇われた。
 カンテミールの身勝手な思想によって作られ、数奇な運命を背負わされた、十二星華の一人。
 その境遇に、エルはシャムシエルを、ホイップ・ノーンとダブらせてしまうのだ。
 二人は全く似てはいない。それでも、カンテミールの計画を阻止する為には必要だと思っても、シャムシエルを殺すことが、エルにはどうしてもできなかった。
 彼女を殺した手で、ホイップを抱きしめることが、自分にできるだろうか、と。

「……仕方の無い人ですね」
 そんなエルの心中に、パートナーの機晶姫、ホワイト・カラー(ほわいと・からー)は軽く溜め息を吐いて、調整カプセルに繋がれている計器類を見た。
「何とか、コンピューターを操作して、彼女のプログラムを書き換えてしまえないでしょうか?」
「できそうか?」
 コントロールパネルを調べるホワイトにエルが訊ねる。
 答えようとしたホワイトははっとした。
 培養槽の中で、シャムシエルが目を開けたのだ。
 シャムシエルは二人を見てすうっと目を細めると、カプセルの内壁に手を当てた。
 メリ、とヒビが入ったかと思うとカプセルが割れ、液体が破裂するように流れ出る。
 エル達が避けて後退する前に、ヒラリとシャムシエルは飛び降りた。
「何で、パパじゃない奴がここにいんの」
 険しい表情で言うシャムシエルに、エルは口を開きかけるが、答えを必要としないシャムシエルは問答無用で攻めこんできた。
 武器を持たないシャムシエルは、それでも強い。
 迷いを持つエルは攻めあぐね、ホワイトが援護するも、叩きのめされてしまう。

「――いい眺めだな」
 ひゅ、と口笛が吹かれて、シャムシエルは入り口の方を見た。
「おっと、俺は味方だぜ」
 入って来た玖朔の言葉に、シャムシエルは
「パパ?」
と虚空を見上げる。そして、玖朔達には聞こえない言葉を聞いたかのように、頷いた。


 玖朔を導く、暗闇の中を進む光の球体を、偶然見付けた神崎 優(かんざき・ゆう)もまた、密かに後を付け、そして、シャムシエルの居る部屋に辿り着いた。
 HCで、要塞内に居る他の仲間達に位置を伝え、中の人数を確認して、パートナーの守護天使、水無月 零(みなずき・れい)と頷きあう。
 中で誰かがやられている。
 様子を伺っている余裕はなさそうだと判断し、中に飛び込んだ。
 要塞内、動力部を破壊する仲間の邪魔をさせない為に、目的達成まで、シャムシエルを引き付けておかなくてはならない。
 それが優の目的だ。
「ここに居たか、シャムシエル」
 刀を抜きながら言い放つ。
 エルにとどめを刺そうとしていた玖朔が振り返って応戦の体勢を取ったが、シャムシエルは、くるりと踵を返してぺたぺたと歩いて行きながら玖朔に言った。
「適当に、相手しててよ。服着てくるから」
 玖朔に阻まれ、優はシャムシエルを追うことはできなかった。
 優と零は連携を取りつつ、奇抜な動きで玖朔を翻弄するも、決定打を与えられない。
 やがてシャムシエルが星剣を手に戻って来てからは明らかに劣勢に転じた。
 回復を終えたエルが立ち上がり、優に加勢するが、覆せない。
「分が悪い。ここは一旦引こう」
 こちらが倒されてしまっては元も子もない。優とエル達は退却することにした。