空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


黄金と白銀 8

 城門がぶち抜かれた。
「ひゃっほー!」
 大型トラック――フロンティア通信中継車が城門へとぶつかってきたのだ。
 物資輸送と通信電波の中継という二つの役割を持つこの大型トラックは、そもそも後方からシャムスたち南カナン軍を支援するに留まっていたのだが、今はシャムスとその他の近衛騎士を乗せてけたたましく走行していた。というのも、待ってるなんてそんなの無理、と、羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)なる運転手が独断で戦場へ進み出たからだった。
 独断行動は褒められたものではないが、結果的に言えば、強行突破にはなったが無事に大通りまで出たのでシャムスも文句は言わなかった。
 が。
 城門の木材を粉々にして弾き飛ばした中継車は、大通りへと躍り出たそのままの勢いで、家屋の壁にぶつかった。衝撃が車内を揺らす。しかし、車は勢いを崩すことなく家屋の壁を破壊して再び大通りに出ると、今度はようやくそちらを走行した。
 イナンナを模した石像が左右に立ち並ぶ神聖な通りを、中継車は躊躇なく進む。ガタガタと床をかき鳴らし、トラックが石像にぶつかるのもいとわない。シャムスとその他の近衛騎士を乗せていることを忘れているのか……と思わんばかりの走りっぷりだった。
 その荒々しい運転に、思わず蒼白になったシャムスが運転手へと制止の声をかけた。
「ま、まゆり……もう少しスピードを……!」
「いーのいーの! どうせ街の人はいないんだから! それに、今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ!」
「うむ、言いえて妙じゃ」
「使い方が間違ってる気が……のあああぁ!」
 シニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)ののんびりした声に言い返している途中で、まゆりがハンドルを切った。車内が揺れて、シャムスの苦鳴があがる。
 ついに、大通りを守る神官兵たちがトラックへ突っ込んできたのだ。僧侶の魔法に騎士の槍、それに一般兵が車上に飛び乗って剣を振り下ろしてくる。だが、まゆりはむしろ受けてたつといった笑みを浮かべた。
「ふふ……ふふふふ……このトラックの鬼と呼ばれたドライバー、まゆり様の運転を邪魔しようなんて……上等じゃない」
「そんな呼び名は初耳じゃがのぉ」
「いくぜ、べいべー!」
 シニィがとりあえず言っておいた言葉はさておいて、なにやらシフトバーを切り替えた音がすると、運転はさらに荒っぽさを増した。
 ギャギャギャギャ――と、回転したタイヤと大通りの精緻に作られた床がこすれる、かん高い音が響く。そして次の瞬間、トラックは壮絶に加速した。
「のああああああぁぁぁ!」
「ぬ……」
 シャムスの悲鳴とシニィのうめき。さすがにシニィも顔をしかめたようだ。
 車上に乗った神官兵を振り落とし、トラックはとにかく前進、前進、前進した。神官兵の魔法など、その速度に追いつく暇もない。
 そして――ついにトラックは何かにぶつかって止まった。
「な、なんだ……っ!?」
 それは一瞬、何もない透明な壁に見えた。だが、違う。その壁は、闇が作り出した障壁なのだ。目の前にあるイナンナの神殿全体を覆うそれからは、まるで霧のような黒い闇が漏れ出している。
 その闇を見たとき、シャムスは肌に焼きつく気配を覚えた。その感触、その気配、そしてこの存在感は忘れられない。これは……
「!?」
 次の瞬間、シャムスは横へと飛んでいた。
 それまで彼女がいた場所に、炎の渦が降り注いだ。即座に体勢を立て直して仰ぎ見たそこにいたのは、レッサーワイバーンだ。そして、そこに乗っていたのは、彼女の記憶にもあるモートの部下だった。
「チッ……避けられたか」
 そいつは――モードレット・ロッドドラゴンは舌打ちしてシャムスを睨み据えた。翠玉の瞳に映る煌々とした殺意が、シャムスの瞳と交錯した。美しい金髪の下で、獰猛な獣が獲物を捉えた瞬間だった。
「貴様か……」
「相変わらず、ネルガルの支配から逃れようと躍起になっているのか? 呆れるぐらいの正義感だな」
「ふん……オレは、オレの守るべき民のために戦っているだけだ。正義なんてたいそうなことを言うつもりはない」
「言うな」
 モードレットは嘲笑するように薄く笑った。わずかに見下された気分が、シャムスの目尻を上げた。
「貴様こそ、なぜいまだにネルガルの味方をする?」
「面白い質問だな。そいつは……これが答えだ!」
 モードレットの返答と、レッサーワイバーンが翼をはためかせるのとはほぼ同時だった。シャムスごと吹き飛ばすような勢いで降下したワイバーンから、槍が飛び出す。吹きつけた強烈な風に一瞬視界を奪われるが、なんとかシャムスはそれを避けた。
「シャムス様っ!」
「邪魔するな!」
 シャムスへと駆け寄ろうとした近衛騎士たち。だが、その行く手をワイバーンから吐き出された炎が阻んだ。モードレットとシャムスを囲む炎の渦。
 戦いの空間が、作られた。
「別に俺はネルガルの味方になったつもりはないぞ。だが……遊び相手を見つけるには、こうするのがちょうど良いだろう?」
「それで、その相手とやらは見つけられたのか?」
「ああ…………最高に楽しい、玩具がなっ!」
 再び飛び立ったレッサーワイバーン。その炎が、今度はピンポイントにシャムスへと狙いをつけて火炎球となって襲いかかってきた。何度もそれを避けるシャムスの顔に、疲労の色が浮かぶ。
「さあ、どうした! エンキドゥの中には貴様の愛しい妹殿がいるぞ! その程度で助けられるのかっ!」
 それが、挑発だということは分かっていた。だが、自制しきれない怒りが、彼女の剣を握る力を強くする。
 攻撃を仕掛けるか。いや、ワイバーンを利用すれば、相手に届くまで跳躍することは難しくないが、その隙に攻撃を受けてしまう。なら、どうしたら……?
 と、炎の向こうの中継車から声が聞こえたのはそのときだった。
「シャムス!」
 シニィの声だ。
 そして、声と同時に炎の向こうから投げられたのは、一本の瓶。そいつが炎の中に飛び込んで激しく割れると――火炎はモードレットが予想していた以上の火力になって燃え上がった。
「なに……!?」
 酒瓶だ。
 アルコールが炎に引火して、一時的にだがワイバーンに届くまでに噴き上がったのだ。その隙に、シャムスが飛び上がった。ワイバーンの足へ自分の足を引っ掛けると、それを利用して再度跳躍する。
「!」
 とっさに反転したことが功を奏したのか。剣はモードレットには届かずに、ワイバーンの身体を切りつけた。だが、それでもシャムスにとっては十分な攻撃だった。ワイバーンが苦しむ声をあげてもだえる。
「くそっ!」
 ワイバーンの負傷から、時間も残されていないと悟ったのだろう。モードレットは一気にワイバーンを降下させてシャムスへと接近した。シャムスも、それを待ち構える。
 そして――銀光が交錯した。
 モードレットの手に握られるのは、それまで扱っていた槍ではなく剣だった。それは、最後の最後に致命傷を与えるために隠し持っていた武器だ。当然、そいつはシャムスへと接近する寸前に振り抜かれ、シャムスの胸を貫くはずだった。
 だが……シャムスはそれに気づいていた。ワイバーンを切り裂く際に、刀身が輝く瞬間を見つけたのだ。
「ぐ……ぁ」
 呻きをあげたのは、モードレットの方だった。
 彼の刃の動きを読んだシャムスの刀身は、逆を突いて彼の腹部を切り裂いていた。ワイバーンから落ちて、膝を崩すモードレット。シャムスはそれに向き直り、最後の一撃を放とうとした。
 だが。シャムスの剣が、横合いから飛来した刃に弾き飛ばされた。
「……誰だ!」
 剣を追って飛び退いたシャムスは、それを拾い上げて、膝を落とした体勢で顔をあげる。だが、攻撃は飛んでこなかった。代わりに、炎もいとわぬまま飛び込んできた一人の青年が、モードレットを守るようにして、彼のもとに屈みこんでいた。
「椋……お前……」
「いいから。喋るな」
 モードレットのパートナー、久我内 椋(くがうち・りょう)だ。彼は、意識を失いかけているモードレットを抱えあげた。その際に、彼自身も苦鳴の声をあげている。よく見れば、手や衣服の隙間からは、包帯が垣間見えていた。彼も、怪我をしているのだろうか。
 モードレットを抱き上げた椋は、シャムスを見据えた。
「俺たちを……この場で始末するか?」
「…………」
 シャムスは答えなかった。
 手はいまだに剣を握っており、いつでも切りかかることはできる。警戒も解いてはいない。だが、なぜか彼女は、椋に切りかかることが出来なかった。あまりにも無防備な姿を晒していながらも垣間見える、彼の力――まるでモードレットを守ろうとする壁のような力を、感じたからなのかもしれない。
「…………」
 椋は黙ったままワイバーンに乗り込んだ。
 完全に意識を失ったモードレットを抱え込むようにして手綱を握り、ワイバーンの傷も労わってやる。そして、飛び立とうとした。
 そのとき。
「……ありがとう」
 椋は振り向くことなくシャムスにそう告げた。
 それを見送って、シャムスはようやく剣を納める。その時には、ワイバーンの放っていた魔法が、ともについてきていたコントラクターの魔法で鎮火する頃だった。
 そして、改めて闇の壁と向き合う。これを消滅させるためには、やはり……
「シャムス!」
 そのとき、まゆりの声が聞こえてきた。振り向くと、彼女は中継車に乗ったまま、なにやら空を指差している。それは、シャムスの頭上だった。
 続いて自分の頭上を振り仰ぐと、そこに降り立ってきたのは、一機のイコンだった。
 驚くシャムスの目の前で、コックピットハッチが開き、綾香が顔を出した。
「シャムス! 迎えに来たぞ!」
 迎え。
 シャムスはもう一度空を見上げた。
 そこでは、イナンナの神殿上空で戦っている、エンキドゥとギルガメッシュの姿があった。能力的には大きな差異があるはずはないが、ギルガメッシュがわずかに押されている。もちろん、その理由はシャムスには分かっていた。
「よし……!」
 綾香のイコン――イクス・マグナの手のひらに飛び乗るシャムス。そのままイクス・マグナが上空へと飛び立つ直前に、中継車から出てきたシニィが彼女を呼んだ。
「シャムス! とびっきりの酒を用意してあるゆえ、必ず勝って帰ってくるのじゃぞ。女神にも旨いと言わせる自信のある逸品じゃ!」
 その手に掲げられるのは、シニィおすすめの酒であった。そしてその隣では、まゆりがマイクを弄って「イナンナ様の激励よー!」と叫んでいる。どうせ、また勝手に録音でもしてきたのだろう。
 最後まで、二人らしい姿だ。思わず笑いをこぼした表情を、再び決然としたものに結びなおし、シャムスは空を見上げた。
 目標は――エンキドゥ。そして、心喰いの魔物……モートであった。